旅路はるかなり~スピリチュアルリズムの訓える霊界生活~

普遍的な真理を地上に伝えんと
邁進されし観えざる方々と、
享けとめた真理を命賭けて拡げられた先達たちへ、
とりわけ奇しき縁の山村幸夫さんに
感謝の想いをこめて本書を捧げます。

はじめに

 この本を手になさったあなたは、「霊」という文字を見て、どんな心境になるのでしょうか?もしもこの文字から恐怖感を抱くようでしたら、その恐怖は多分に間違った宗教の教えや、古来より流布している世間の間違った常識によって、あなた自身が妄想・妄念に陥り、その結果の勘違いから起こっていることです。本書を読み終えるまでには、なんとかその誤解を解き、少なくとも過大な恐怖心は抱かないようになって頂きたいと思います。そして、もっと願えますならば、神と約束してきたこの地上生活を一生懸命に全うしたときには、素晴らしい来世が用意されているのだと、それこそ死んだ先のことが楽しみと思えるほどになって頂けたら、筆者としても最高の喜びです。
 私の前著『微笑みの日々』は、山村幸夫さんの著作『神からのギフト』と『与え尽くしの愛』の副読本的内容で、主にこの地上生活を心身ともに健康で生き抜くための心構えをお話ししました。それに続く本書では、すべての人が辿る、地上生活を終わった後の旅路についてお話ししてみたいと思います。いわゆる「地上編」に続く「霊界編」ということになります。
 実は、この「霊界編」こそが私自身のいちばん知りたかったことなのです。山村さんも「霊界は素晴しい所ですよ」と話してはおられますが、その霊界の具体的な様相まで事細かに
話すことはあまりありませんでした。それは、病気治療の場での質問応答でしたから、なかには現実に死の恐怖を持ち合わせておられるような、患者さんたちを目の前にしているわけです。ですから、あまり死後の世界を前面に押し出すのもはばかるような、そんな微妙な心遣いもあったのだろうと推察できます。
 その点、ここでは、山村さんの本二冊を既にお読みになられた方々を対象ということで、
遠慮せずに、霊界のことをもっと詳しくお伝えしていきます。

 最初に、どうして「霊界編」が私の重要科目になってしまったのかということから…。
 私が多分二歳くらいの頃でしょうか、肋膜炎を煩いまして、もう死にかけたそうです。 そのことが私の記憶にもありませんし、年老いた母親も今ではその年代を覚えていないのですが、死線をさまよったのは確かです。それ以来、虚弱で病気がちな幼少時代を過ごしました。小学校へも、同期のみんなより一年遅れで入学しました。
 それくらい体が弱かったものですから、私にとって「死」はいつでも身近にあるような感じでした。当然、「死」を怖れる気持ちは人一倍強烈に持ち合わせながら生きておりました。
 この「死」に対する恐怖心は大人になっても引き続いたものです。そんなことから、「これだったら死んだ先のほんとのことを知りたい」と思って、霊界のことを勉強しだしたようなわけです。
 当初は今のように、精神世界の本などはほとんど書店にはありませんでしたから、真言密教系の教団に属しました。そして自分のいちばん知りたい霊界の実相をいろいろと先輩方に問いかけましたが、残念ながら知りたい答は頂けませんでした。
 そんな折に『シルバー・バーチの霊訓』と出会いまして、それからは近藤千雄先生の本を片っ端から読みふけりました。そして、私なりにスピリチュアリズムの真髄にふれることができ、ようやく求めていた答をみつけられたのです。
 おかげさまで今は死に対する恐怖も消えました。それどころか、あちらに還ることを楽しみとさえ思えるまでになってきました。
 そんなことから「霊界編」が得意科目になってしまった私が、今の段階で理解している「霊界観」をこれからまとめていきます。もちろん人間としても途中段階の私が、霊界のすべてを語れるはずもないのですが、それでも普通の人よりは多くの書物に触れて一所懸命に求めて来ましたので、少しは参考になる情報があるはずです。気楽にお読みください。
 しかし、死んだら「無」になると信じきっておられる唯物論者にとっては、「まったくバカバカしい」の一語に尽きる、あほらしいことばっかりです。でも、よろしかったらお付き合い頂けませんか。いつかあなたが肉体を脱いで霊界生活に入った時には、きっとお役に立つはずですから…。
 反対に、死んだ先にも何かがあるらしい…、もしもあるのだったら、そこがどんな処なのか知りたい…、そんなあなたでしたら、大事な霊的知識をたくさん取り込めます。
 もちろん、私自身は唯物論者ではありません。人は死んでも死なないで(死ねないと言う方が正確です)、その個性をいつまでも持ち続けたまま、次の世界で生活をしていくという死生観を持ち、魂の永遠なることを信じている者です。
 そんな結論に到った私から観ますと、世間では「老後の生活設計」という言葉はよく聞きますが、皆さん、その後に必ず来るはずの生活に対して、「死後の生活設計」を立てたことがあるのでしょうか?  他人事ながら気になります。
 生きとし生けるものには必ず死という現象が訪れます。どんなにお金持ちであろうと貧乏人であろうと、また王様であろうと庶民であろうと、すべてのものがこの摂理から逃れることはできません。絶対公平の法則です。
「死んだ先のこと? 死んでから帰って来た人は一人もいないんだから、そんなことが
分かるもんか。死んだら無になるだけだから、そんなことはどうでもいいんだよ」
霊的な世界を信じない人がよくおっしゃる理屈です。そんな方は、「死んだら無」なのだから考えるだけ無駄だと思うのでしょうか。
あるいはもしかして、死ぬことは怖いことだから、いつか必ず来ることだとは分かっていても、できるだけ考えないようにして毎日を過ごしていたいのでしょうか。
なかには「死んだ先のことなんか縁起でもない」と思う人もいらっしゃるでしょうが、 それはとんでもなく勘違いです。おそらくは霊的な知識を得ておられないから、あるいは仏教などで地獄思想だけを叩き込まれているから、そのような「死」を怖れる気持ちに到っておられるのでしょう。
でも、私たちは輪廻転生のなかで、地上生活と霊界での生活を繰り返しながら、己の霊性を向上進化させつつある、「永遠の生命」を持った存在なのです。まさに永遠なる魂の旅路の途上で、今地球の上に住んでいるだけなのです。
霊界とは、巷間(こうかん)言われるような、魂が鬼火みたいになってその辺を飛び回るというような、そんな怪談じみた世界ではありません。霧に閉ざされた、茫洋とした抽象的な世界でもありません。なんといっても、この世もあの世も、実際にある「具体的な世界」なのですから、学問的な抽象論にならないよう、具体的に表現してまいります。
それに、私が何を願って本書をまとめるのか・・・、それはまず、「この地上圏に留まるような地縛霊にだけはならないで、早く成仏してくださいね」ということからです。
無知は迷いのもとになります。「知識」として霊界のことを聞いておくだけでも、将来必ずお役に立つはずです。この本を読んで、その時には信じてもらえなくともよいのです。 ただ知識として脳細胞に一度入力されたものは、同時に霊体の記憶素子にも確実にバックアップされます。そして、肉体を脱いだ後では、その霊体脳細胞が表面に出てきて活用されるのですから、あちらの世界で必要に応じて必ず思い出されるはずなのです。
あなたが将来、この地上でのお役目を終えて還られた時、もしも先の新しい世界で迷うことがありましたら、本書に書かれた事を思い出してください。きっと道案内になります。 そしてまた本書は、これまでにあまり霊的な本に触れる機会もなかった一般の方々を念頭に置きながら話を進めます。話の大半も、一般の方々が普通に歩まれる霊界の出来事であると理解しておいてください。霊界のほんの入り口ということです。
如来様や菩薩様、あるいは大天使、高級霊のおられるような神界は、我々凡人には到底理解もできないような光の世界ですので、これまでに霊界通信を送ってくださった方々にさえも窺い知ることのできない境涯です。それぐらい霊界は深遠なる世界であるとだけ理解しておいてください。
そして、これが最も肝要な事なのですが、死んだ先のことが分かったら、この地上を安心して生きていけるだけでなく、地上で生活している今の生き方が如何に大事かということも悟っていきます。因果律と波動の法則によって、地上生活と霊界生活とには連続性のあることが分かってくるからです。その意味からも、正しい死後の世界の知識は、あなたの生き方を前向きで間違いのない方向へと導いてくれる羅針盤となってくれるはずです。
私自身も、このスピリチュアリズムによって訓えられた真理や霊的な知識の数々で、苦悩多きこの地上生活をなんとかここまで乗り越えることができました。同様に、本書が伝える、先人たちや霊界の指導霊たちからの知識や情報が、お読みになる方々へ平安と活力を与えるものであることを願ってやみません。
二〇一〇年四月 横浜に於いて
黒木昭征 識

第一章 本題に入る前に

スピリチュアリズムの興ったわけ

 昨今、スピリチュアリズムという心霊科学が日本にも浸透してきていますが、この霊界からの啓蒙運動が地上の人たちに対して動き出した背景には、すべての人たちが本来還るべき光の世界にスーッと成仏してくれるようにとの願いもあるのです。それくらい、今、 死んだ後で迷い霊となって、この地上をうろうろしている人たちが多いと思ってください。
 その迷ってしまった原因には、人それぞれの訳があるでしょうが、いちばん多いのが、 間違った宗教の教義を信じ込んでしまったことからです。そのこともありまして、 スピリチュアリズムでは組織宗教の間違いを正す場面が多くあります。
 いずれにしても、一人ひとりに必ず守護霊と指導霊が付き添ってくださっています。一人として放って置かれることもなく、すべての方が神の保護の下にあるのです。でも、そのことにさえ気付かないで、自分勝手に地上をうろついている霊たちが多く存在するのが現状です。そして、その地縛霊たちを諭す霊界側のお世話がこれまた大変なのです。
 まず地縛霊自身が、今居る環境が本来の位置ではないことに気付き、光の世界へ上がろうという向上心を持ってもらわなければなりません。なぜなら、人間は自由意志を持たされた大人の霊ですから、本人の意思が最大限尊重されるからです。ですから、指導霊たちが無理やり縛り付けて、上の霊界へと引っ張って行くようなことはしません。
 また「波動の法則」というものもありますから、本人の意識が向上して霊格が上がらぬ限りは、地中に暮らしていたモグラをいきなり地上に引っ張り出すようなもので、連れてもいけないものなのです。ですから、実に辛抱強く本人の気付くのを待ちます。なかには、 何百年も何千年も待つ場合もあります。
 一人残さず光の世界へと導くために、霊界の指導霊たちが奮闘しておられますが、残念ながら、死んだ後に気付いてもらうのは、このように時間もかかるし、大変なことなのです。おまけに、地上からは、どんどんと間違った教えに染まった人たちがやって来ます。
 そんなわけで、「これはもう、地上で生きているうちに本当のことを知ってもらうしかない」として始まったのがスピリチュアリズムの目的の一つでもあったのです。
 「スピリチュアリズム」と横文字が並びますから、さも近寄りがたい感じがするかも知れませんが、なにも難しいことではありません。ほんとうは、皆さんがいちばん知りたい 「死んだ先」のことを教えてくれる、霊界からの通信だったのです。
 「スピリチュアリズム」とは、日本語で「心霊主義」とか、「神霊主義」などと翻訳されていますが、本書では、英語での呼び方に統一していきます。
 ちなみに、「スピリチュアリズム」とは、スピリチュアライズする (霊的に浄化する) ことに語源を発しています。


スピリチュアリズムの信憑性

 これから引用していく霊界の情報がほんとうのことなのか?
 もちろん、私自身は信じているからこそ、こうして編集していけるのですが、初めてスピリチュアリズムという言葉を聞いた方にしたら、疑問もあることでしょうから、少し簡単に説明しておきます。
 実は、このスピリチュアリズムの信憑性については、欧米では百五十年くらいも前から、 それこそノーベル賞クラスの人を含めた、色んな科学者や知識人たちが実験・検証を繰り返し、とっくの昔に本物であるとのお墨付きを与えています。いわゆる「心霊科学」として認められているのです。
 それが、残念ながら今の日本の学界では、認められないどころか、実験・検証すらもしてもらえません。もしも霊の存在を否定するのだったら、それこそ徹底的に検証してほしいものです。霊的な現象 (アポーツ・ラップ現象・心霊写真など) や、霊言・自動書記・ 霊感書記による霊界通信、そして最近の心霊治療といわれる癒しの現象等々について、彼ら欧米人が百五十年も前から徹底的に検証したように…。
 古くは日本でも、明治時代、山形県鶴岡市に長南年惠 (おさなみとしえ) という、とんでもない霊能力を発揮していた女性がおられたという事実もあるのですが、何らの科学的な検証をされることもなく、歴史の中に埋もれてしまいました。
 その後大正から昭和初期にかけて、浅野和三郎先生を中心とした心霊研究が欧米と並行して行われ、実際に霊媒を対象として、物理的な霊現象や霊視実験などが行われていた時期もあったのですが、時局の影響もあり、官憲の圧迫で一般化することなく、一部の研究者の間だけでの運動に終わっていた時期が長く続きました。
 それでも最近は真面目に取り組む方も増え、テレビ番組でも放映されるようになりました。テレビで視聴率を狙ってショー的に放映することの功罪は別として、それなりに世間の人たちに知らしめる役目は果たしているのだろうと思います。
 このスピリチュアリズムという心霊科学の発端は、今から百五十年程前にアメリカ・ニューヨーク州の小さな町で、ある幽霊騒動が起こったことからです。

 一八四八年、ハイズビルという町にフォックス一家が引っ越してきました。そして間もなく、家のあちこちで物を叩くような音や弾けるような音が頻繁に聞こえるようになりました。それも、ケートとマーガレットの姉妹がいる時に限って、そういう現象が起きるのです。
 ある日、妹のケートが面白半分に、
 「鬼さん、あたしのするようにしてごらん」
 と言って手を叩いたところ、同じように音が返ってきました。次に、姉のマーガレットが手を四つ叩くと、同じく四つの音が返ってきたのです。
 その様子を見ていた母親が、
 「じゃ、あたしの子供たち全員の年齢を当ててごらん」
 と言うと、今はもう嫁いでいる長女や、働きに出ている息子たちなど六人全員の年齢を正確に当てたのです。さらには、少し間を置いて三つの音がしました。それが三歳で亡くなった、いちばん下の子供の年齢だったのです。
 そこで、母親は、
 「あなたは人間なの?」
 と問いかけましたが返事がありません。
 「もしも死んだ人間の霊だったら、二つ叩いてちょうだい」
 と言うとすぐに二つの音が返ってきました。
 このようにして訊いていくうちに、とんでもないことが分かりました。その音の主は三十一才の男性で、行商でその家を訪ねた時に、前の住人に殺されて金を奪われてしまったというのです。しかも、死体はその家の地下室に埋められたというショッキングなストーリーでした。
 事実、その後の発掘調査で、男性の白骨死体が発見されました。
 こうした幽霊騒ぎは、それまでにも世界各地であったのですが、それらは一時的な話題で終わっていました。ですが、このハイズビルの騒ぎには、米国やヨーロッパの科学者や文学者、法律家、裁判官などの、もともと心霊現象には無関心なはずの著名人が関心を寄せて集まってきました。そして、現場の家を訪れたり、霊媒体質のケートとマーガレットを対象にして実験研究したりして、科学的な検証に挑んだのです。要は、姉妹がトリックを使って人々をだましているのではないかと疑ったうえで、本物かどうかを徹底的に検証したのです。
 この時の事件を「ハイズビル事件」と称して、スピリチュアリズムを研究する人のなかでは、もっとも有名な出来事になっています。近年の心霊研究の夜明けとも言われています。
 そして、その後に各地で頻発した霊現象に対しても、世界的に有名な科学者たちが本格的な検証に取り組み、その結果、「死後も霊魂は存在する」という結論に達しました。
 このような経緯を経たことで、スピリチュアリズムは「科学的に検証された心霊科学」とも言われるわけです。
 主に欧米を主体としたスピリチュアリズムの本が、昭和初期の頃には浅野和三郎先生の手で著作や翻訳がなされて、日本でも出版されました。そして最近では、近藤千雄先生や多くの翻訳者の方々のご苦労で、日本でも数多く出版されています。
 これらの出版本のなかの記述から、死んだ先の、霊界の情報を拾い上げていくと、信頼できる霊界の知識をまとめることが可能です。そうすると、死んだら無になるどころか、素晴しい世界が待っていることが分かります。「死」というのを怖がる必要は全然なかったのです。
 死への恐怖を取り除くのは精神力ではありません。知識を得ることが一番の早道です。巷間(こうかん)言い伝えられているような、例えば、死んだら火の玉になって墓場を飛び回るとか、悪いことをしたらブタに生まれ変わらされるとか、そんなおかしな死生観・霊界観ではなくて、もっと学問的に実験・検証された霊界の情報があるのです。そうした正しい知識・ 情報こそが、あなたの死ぬことへの怯えを消し去ってしまうはずです。


浅野和三郎先生

 この本の中で私がいちばん参考文献として引用させて頂いたのは、浅野和三郎先生の著作本です。なかでも中心となったのは『霊界通信・小桜姫物語』と『霊界通信・新樹の通信』、そして浅野先生が翻訳されたワァド著『死後の世界』の三冊です。
 もちろん、『シルバー・バーチの霊訓』や、『霊界通信・ベールの彼方の生活』、そしてモーゼスの『霊訓』など、近藤千雄先生の翻訳された、多くのスピリチュアリズム関係の本も参考にさせてもらいましたし、その他多くの先人たちの文献も活用させて頂きました。
 しかし、そうした最近の刊行物は、今でも書店で簡単に購入できますし、皆さんも苦労することなく読むことが出来ます。
 それに比べて浅野先生の本は、何しろ昭和初期の頃の発刊ですから、現代の人たち、特に若い年代には、その復刻版という印刷そのものが、旧仮名遣いや古い書体の漢字ですから、なかなか読みづらくて、手にし難いものであろうかと思います。その点、昭和十九年生まれの私には何とか読解できますので、若い世代の方々や、日頃あまり書籍に接する機会の少ない方々のために、分かりやすく表現することで、お役に立ちたいと思いました。
 そんなわけで、最初に浅野和三郎先生とワァド氏のことを紹介しておきます。日本に於ける心霊研究のさきがけでもあり、また第一人者でもあった浅野先生の経歴を知ることで、本書に引用した多くの事例が決していい加減なものではないということがご理解頂けるでしょう。それはまたワァド氏にしても同様です。
 考えてみたら、現代のスピリチュアリズムは、このような素晴らしい方々の、人生をかけた実地検証を経て発展してきたのです。
 先に浅野和三郎先生の経歴を私なりに紹介しておきます。

 浅野先生は明治七年 (一八七四) 八月十三日、茨城県稲敷郡河内村字源清田に生まれました。浅野家は代々医を業とした家系で、先生は男だけの三人兄弟の末っ子です。
 明治二十一年、上京して私立の東京英語学校に入学。明治二十四年に憧れの第一高等中学校に入学して、学びが漢文から和文へと進むなか、英語の読書力が年毎に加わったことから、「昔の人は和魂漢才と言ったが、自分は和魂漢才洋想ということで進んでみよう」 と思い立ち、外国語を専攻科目とします。
 明治二十九年、東京帝国大学文科大学英文学科に籍を置き、同三十二年に同校を卒業しました。その大学入学の年に小泉八雲先生が英文学担当教師として赴任し、卒業まで彼の教えを受けることになりました。
 当時は美文 (美しい語句を用い修飾をつくした擬古文) が流行しておりましたので、先生もその文体での作品を数多く「帝国文学」「新聲」「明星」などに発表しておられました。 馮虚 (ひょうきょ) の号で処女作として発表したのは『吹雪』という作品で、先生が帝国大学英文科に在籍中の二十四歳の頃のことです。
 作品発表と同時に、英文科在籍中から翻訳にも筆を染め、多くの外国文学を日本に紹介しました。なかでも、同窓の戸沢姑射(とざわこや)氏との共同作業の『沙翁全集』は我が国における最初のシェークスピアの完訳ということです。また、先生が翻訳したワシントン・アービング著の『スケッチブック』は、明治末期から大正にかけて増刷を重ねた人気本であったそうです。後に渡英後の航海中に、船内でアービング氏と偶然対面した際には、「君のおかげで本がヒットしました」と感謝の言葉を頂戴したそうです。
 大学を卒業した後、ふとしたことで海軍機関学校に招かれて横須賀に赴任し、明治三十三年三月から海軍教授として、英語の教官を勤めました。そして同年十一月には、かねてからの婚約者多慶さんと結婚し幸せな家庭をもったのです。その海軍との関係で、日露戦争時の参謀であった秋山眞之海軍中将とも親交があり、当時のロシアのバルチック艦隊との海戦作戦に係わる秋山参謀の霊視体験など、面白い逸話も遺されています。
 このように順風満帆の生活だったのですが、大正五年海軍を辞めて、心霊研究の道に入る決心をなさいました。その決心の元となった理由にはいくつか挙げられます。
 まず、作品『吹雪』の発想がある種のインスピレーションによって成ったことです。一旦インスピレーションによって筆を取ったが最後、不思議なことに何年経っても記憶から消えることがなかったそうです。
 また、恩師の小泉八雲先生が日本の怪談妖怪等に興味を示し、その影響を受けたことや、 外国文学を翻訳していて、外国の幽霊話にふれたことも影響しています。
 それと、明治四十年頃に目撃した催眠術の実験も、心霊研究に至る予備的経験です。
 さらには、大正四年の春、三男の三郎を突然襲った原因不明の高熱がありました。この発熱はあらゆる手だても空しく約半年間も続いたのですが、最後に三峰山の女行者の祈祷で予告通りに熱が下がり、三郎がもとの通りの健康を取り戻したという不思議な体験です。
 そして、先生の妻、多慶夫人(注①)が優れた霊媒であったことも加えられます。
 これらの経験から、それまで先生のなかで占めていた、科学万能の学識が大きくゆらぎはじめ、ついに現代の科学、心理学、哲学等の文明を超えた、ある種の霊妙なものの存在に深い憧憬を抱くようになったのです。
 そして、大正四年、偶然に三峰山で旧知の友人飯森氏と出会った先生は、初めて大本教のことを知らされ、約二ヶ月間熱心に彼の話を聴きました。そして、大正五年に大阪で全国の英語大会が開催された折り、大会終了後直ちに大本教の本部があった京都の綾部を訪れ、教祖直、王仁三郎、澄子等に面会しています。先生は、その時からすでにこの教祖に対する憧憬が始まった、と述べておられます。
 綾部訪問の直後には王仁三郎を横須賀の自宅に迎えて、心霊研究はいよいよ具体的になりました。そして、王仁三郎が帰ってからの約五十日間の鎮魂と審神者の真剣な修行で、 先生にも日夜神憑り現象が起こり、研究的良心の満足が得られた反面失敗も多く、また教団と接することへの世間の誤解と非難攻撃も多大なものでした。
 大正五年の七月下旬に再度綾部に赴き、大本神論の精査研究に取り組んだ結果、教祖直が突然神憑り状態に入ったという明治二十五年から大正五年までの、約二十五年間の神諭の予言と世界の事実がぴったりと符合していることを確信し、大本教と共にする覚悟を決めたのです。
 同年十一月王仁三郎自らが横須賀まで迎えに来ました。そして十六年間過ごした横須賀を後にした浅野先生一家は、そのまま綾部の並松に居を構えたのです。先生が四十二歳の時のことでした。
 先生は大本教の機関紙を「神霊界」と改称し、大本の発展にその蘊蓄(うんちく)を傾けたのですが、 綾部の生活はただ忙殺の一語に尽きたと言われます。
 浅野先生を迎えた大本は、それまでの地方的な民衆ばかりでなく、知識階級の信者をも集めて爆発的に成長し、大正十年には天理、金光の両教団に次ぐ一大教団となりました。
 しかし既に大正八年から当局の調査と警告が大本に対して始まっており、大正十年二月には第一次大本事件というものが起こりました。その際、当時教団の責任と指導の立場にあった教団の教主補出口王仁三郎と浅野先生は、不敬罪と新聞紙法で起訴され、一審で有罪を言い渡されました。
 この激動のさ中に、王仁三郎との意見の食い違いがあり、なおかつ教団の背後霊団の不純に気付いていたこともあって、先生は幹部や論客たちと共に、教団を離れました。
 こうして、大正十二年三月、東京の本郷元町に、当時の知識人たち八十余名を集めて、 今度は組織宗教とは一線を画した「心霊科学研究会」を発足させたのです。まもなく関東大震災に遭いましたが、その後も『心霊と人生』を刊行するなど活動を継続させました。
 大正十四年七月、十年の歳月を送った綾部を家族と共に引き上げ、横浜市鶴見区に移り住みました。
 昭和三年ロンドンに於ける第三回世界神霊大会に、正規の日本代表として一名のみ招待されて出席しました。そして、グロートリアン・ホールにて「近代日本における神霊主義」 というタイトルで英語の講演もしておられます。講演の内容は、日本神道の由来及び性質や、日本の神道がスピリチュアリズムと全く共通であること、また明治維新以降急速に跋扈しつつある唯物主義の下にあって、神霊の威力が依然として日本国内に発現している事実等が骨子でした。
 当時の神霊大会の名誉総裁はコナン・ドイル氏であり、世界の二十七ヵ国がこれに参加しています。また、パーティの席では、コナン・ドイル氏を初めとする多くの心霊研究家たちと親しく歓談し、それらの人たちに浅野先生がサインして貰ったメニューカードも浅野家に遺されております。
 こうした親交を通じて世界の国々の心霊研究団体や、心霊学者、代表的な霊媒との関係が出来上がり、この心霊大会の後では、ロンドンだけでなく世界各地を訪れることになりました。英国では、ホープ氏の心霊写真撮影を自ら確かめ、ついでにパリへも出かけてフランス心霊本部のリペエル氏とも会談しております。先生は英語だけでなく、フランス語にも通じていたのです。次には、アメリカのクランドン邸における物理実験にも加わり、 物質化霊の指紋を作成し、それを日本に持ち帰りました。
 この時の約六ヶ月に及ぶ欧米での体験が、よりいっそう死後個性の存続を確信させることになりました。それとともに、それまでの神霊研究 (正確な実験実証の結果を有りのまま突きつける、純然たる一つの科学) から、神霊主義 (上の結果を取り入れ、これを基本として組み立てられた哲学、信仰) へと進み、日本の古神道に根ざした日本心霊主義を人生の指導原理とすることを目指すようになりました。
 日本に帰ってきて間もなく、次男の新樹氏の死という悲しみにも遭いましたが、心霊研究家として更に探求を深めて行ったのです。そして、この頃から妻の多慶さんを通じた霊界通信を開始し、これがその後の『小桜姫物語』と『新樹の通信』へとつながりました。
 また、この当時、浅野先生の指導のもとに、日本にもようやく世界的な霊媒が出現して、 多くの心霊現象が研究室内で確実に起こせるようになりました。
 元々先生の心霊研究家としての立場は、霊媒 (霊能者) としてではなく、あくまでも冷静に霊現象を観察、検証する、審神者 (さにわ) の側にあったのです。その点では、最終的には組織宗教の弊害に気付いて大本教を離れましたが、その間に体験した教団の中での神憑りやお筆先 (自動書記) などの霊現象の検証は、先生にとって貴重な研究材料ともなっていたわけです。
 このように、心霊の研究に没頭すること二十年、その間、世間の冷たい評価や悪罵を浴びながらも苦闘を続けてきた浅野先生でしたが、昭和十二年二月三日、急性肺炎で六十三歳の生涯を閉じました。

 本書の中にも、浅野和三郎先生の著作の『霊界通信・小桜姫物語』と『霊界通信・新樹の通信』からたくさん引用させていただきました。その両書について、あらかじめ内容を簡単に紹介しておきます。
 ただし、予め、これだけははっきりと申し上げておきますが、本書の中には組織宗教の本からの引用は一切ありません。それは、山村さん同様、私自身も組織宗教の弊害と教義の間違いを訴えるスピリチュアリズムの立場で生きている者だからです。
 某教団からは、「小桜姫の霊訓」なるものが発行され、信者もそれを信じているようですが、私から観たら、信ずるに値しない創作霊言集です。例え、どんなに本物らしく装ってみたところで、如何せん、品格だけは誤魔化せないものです。
 まったく彼の総裁殿は、釈迦やら、イエスやら、天照御大神やら、弘法大師やら、色んな有名人が降りて来たと言っては、我田引水的な内容で霊言集を発行していますが、どのように厳格な審神者をしていると言うのでしょうか。教団の内部でしか通用しない、そんな創作霊言集に惑わされてはいけません。疑惑の眼差しのなか、第三者の実験・検証にも立派に応え、真実性を証明してきたのがスピリチュアリズムの霊界通信なのです。


『霊界通信・小桜姫物語』

 小桜姫とは、神奈川県三浦市の浜諸磯にあります、諸磯神明社の小桜神社のご祭神として祀られている方ですが、実はこの三浦の地に実在した女性です。
 小桜姫が産まれたのは今から四百年程昔の鎌倉でした。後に相州三浦新井城主三浦導寸の嫡男三浦荒次郎義光の奥方として迎え入れられ、現在は「油壺マリンパーク」となっている辺りのお城で幸せな日々を過ごしておられたのですが、当時は三浦一族と小田原の北条氏との間に争いがあり、三年間籠城を続けた挙句、荒次郎をはじめ一族のほとんどが城を枕に討ち死にをして果てました。
 籠城の前に落ち延びた姫たちは、城の対岸にある諸磯に隠れ家を造り、そこから夫たちの安否を窺っていたのですが、目の前で城は焼け落ちてしまいましたので、気落ちした彼女は間もなく病となり、寂しく帰幽したのです。その後、姫を尊崇する村人によって小桜神社が建てられました。
 この小桜姫が、霊媒であった浅野多慶夫人に憑ってきて、霊界通信を始めたのです。 霊界から、心霊研究家としての浅野先生に貴重な霊界情報を伝える使命が与えられたのです。
 小桜姫は多慶夫人にとって守護霊に当る存在で、このお二人は切っても切れない堅い絆で結ばれていたことになります。
 そしてこの三者、即ち、霊界側の通信霊が小桜姫、取次役の霊媒が浅野先生の奥様・多
慶夫人、そして審神者 (さにわ) としての聴き取り役が浅野和三郎先生ということで、『小
桜姫物語』が編纂されたのです。


『霊界通信・新樹の通信』

 新樹とは浅野和三郎先生と多慶夫人の間に次男として生まれた息子さんのお名前です。
 その新樹氏は、明治三十七年の生まれで、なかなかの腕白小僧として育ち、長じてもハーモニカに親しんだり、スポーツに熱中したりするなどと至って健康であったのですが、昭和四年、突如として黄疸に罹り、そのまま満州の病院で亡くなりました。
 その死後に霊媒である母親の多慶夫人に罹ってきて、霊界の事情を語り始めたのです。
 「現世ではろくな仕事もできなかった代わりに、せめて幽界からしっかりした通信を送
ってお父さんを助けよう。それが僕として一番損害を取り戻す所以であり、一番意義のある仕事であろう。それには是非お母さんの体を借りなければならない。僕最初から他の人ではイヤだと思っていた」
 このような事情で新樹氏からの霊界通信が始まったのです。小桜姫の場合と同じく、やはり霊媒は多慶夫人、そして審神者・聴き取り役は浅野和三郎先生ということになります。
 そして、この『新樹の通信』と『小桜姫物語』の霊界通信は、時期が重なっている部分もあり、なかには新樹氏と小桜姫が互いを訪問し合う場面も見られます。
 いずれにしても、お二人とも心霊研究にとっては貴重な霊界情報を地上へ届ける大事なお役目を背負っての活動で、それがお互いの仲を取り持つ多慶夫人との縁が手助けして、 このような日本には珍しい霊界通信が遺されることになったのです。

(注①)これまでの『小桜姫物語」では「多慶子」と記されているのですが、娘さんの秋山美智子さんの証言では、 ご本人も家族も「多慶」と称されていたそうですから、本書ではお名前を「多慶」と記します。


ワァド博士の経歴

 もう一冊、本書で多くの文章を引用させていただいた『死後の世界』もあらかじめ紹介しておきます。翻訳者は浅野和三郎先生。最初の出版は大正十四年です。
 ワァド博士の人物像とその霊能力については、『死後の世界』の冒頭の解説で浅野先生が紹介しておりますので、そこから概要で紹介します。

 ワァド氏、正確にはJ・M・S・ワァド氏は英国・ケンブリッジ大学のトリニティ・ホールのスカラァであり、バチェラー・オブ・アーツの学位を有する方です。世界中に霊媒はたくさんおられますが、彼のように学識、頭脳、品格等が兼ね備わり、一個の人間としても素晴らしい存在はほとんど見当たりません。
 同氏の霊界探検は、微に入り細に入り、条理は整然としており、加えてその文芸的手腕が傑出しており、幽界の状況が紙面から躍如として浮かび上がるような感じです。
 彼の霊媒的な素質は生まれつきの優れた才能であり、一つの宿命であり、また約束であるようです。しかし、彼がこの霊媒能力を習得するために努力したからその能力を得たということではなく、むしろ同氏の叔父に当たるL氏の霊魂が、ワァド氏に霊媒的な能力のあることを察知して、霊界の方から通信を試してみたことからワァド氏の才能は開花しました。その後、L叔父さんと、その背後霊団の協力と指導によって貴重な霊界通信が行われたのです。
 もちろん、それまでにも、永年に亘りワァド氏が心霊的な諸問題の研究に没頭していたことも、霊界側が同氏を選んだ理由の一つでしょう。
 ワァド氏の霊界訪問の方法は次の三つに分けられます。



①霊視能力


 これは眼の前にありありと霊界の一部が映ることです。と言っても、肉眼で見えるのではなくて、霊的な眼で見える現象です。最初はワァド氏も普通の夢かと考えたのですが、それが自分の叔父が亡くなった月曜日になると繰り返し見えたのです。しかも、明瞭正確であり、かつ連続的で、前回の夢の続きが次回に現われて来るのです。夢の中で見るものは主に霊界の状況で、誰もまだ行ったことのないような原野を縦横に探求し、そしてそれがことごとく正確であったのです。



②自動書記


 ワァド氏の場合は、まったく無意識のトランス状態になって自動書記を行いますので、 従って当人の意識は全然混入しておりません。一部の心理学者などは、すぐにこれを潜在意識の作用等と結論付けますが、それは無理な論法です。ワァド氏自身も潜在意識説には大反対です。そして、その説の証明のために、ある霊界人の氏名や経歴などを公表しました。そしてその霊界人の地上時代のことを八方調査して検証した結果、霊界通信が真実であると証明されたのです。



③霊魂遊離


 これがワァド氏の最後に発揮した能力です。トランス状態で彼の霊魂が肉体から離脱し、 実際に霊界の探検を行うのです。ワァド氏の実の弟のレックスという人は、陸軍中尉で一九一六年四月に欧州の戦場で戦死を遂げましたが、ワァド氏はしばしば霊界でこの実弟と会い、いつも一緒になって霊界の色々な実験調査に当たりました。この辺りでファド氏の霊能力は最高潮に達しているようで、記事の正確さ、鋭利な観察力、またその描写の巧みなことは、普通の神懸りの産物とは比べ物にもなりません。


また、ワァド氏も、自著の序文の中で、自分が心霊問題に関わる心境を次のように語っています。

 私、ワァド自身が、一九一四年に妻の父上L叔父の死、そして一九一六年実弟のレックス中尉がオランダの塹壕内で戦死、同年の秋に母親が帰幽するなど、一年のうちに近親の者を三人も失っているのですから、この五年に及ぶ欧州戦役中、如何に多くの人たちが悲しい想いをなされているかはよくお察しすることができます。
 私には読者の多くの方々にはない一つの長所があります。私は幽界に出かけて行って、 死者の方々と直接お話ができるのです。それでいて、私は人の死を世にもつらいものと感じます。だとしたら、私のような真似のできない方々の悲しみはどんなにか深いものでありましょう。
 私が本書を発表するに至った動機は、私と同様の不幸な境涯にある方々に少しでも慰安を与えたいと感じたからです。
 私は、弟の死ぬずっと以前から、死者は決して死ぬものではないことをよく存じていました。しかし、死者が幽界でどんな生活を送っているのかは当時の私にはよく分かりませんでした。
 こうした死後の世界の真相を世間に発表する時は、一般の人たちや各既成宗教の教師たちからの非難攻撃を覚悟して掛からなければなりません。時には愚かな事として嘲られ、 時には魔術者として排斥されます。ひどい時には、少々気が狂っているのではと疑われます。が、これは新しい真理が最初にどうしても遭遇させられる道程です。
 とは言え、私はまるっきり普通の平凡な人間です。この身を実業界に置き、複雑な現世の事務を処理していくことによって生計を立てている、ただの人間です。為替相場の変動、 原料の仕入先、ドイツ人の貿易発展策、貿易上の統計表…、これらが普段私の関与している問題で、私がこのような事柄について論文や報告を書きますと、方々の貿易雑誌、商業雑誌は喜んで採用し、掲載してくれます。
 単に金銭上のことから言えば、心霊的な書物を書くよりも、例えば「南米における英国貿易の進展策」などのものを二、三冊書いた方がはるかに得なのです。私は謝礼を目的とする職業霊媒ではありません。それなのに、世間の批評家たちは私の頭脳の健全性を疑っております。
 私自身が、この霊界からの消息が真実ではなく、また悲しみに満ちた人たちに何の役にも立たないものであると感じたら、決して公表することはなかったでしょう。
 それはそうと、私の伝える死後の生活の描写が不自然なことでしょうか?  われわれが幼児の頃より頭に入れられた、天国や地獄の物語よりも比較にならぬほど、絶対に合理的であり、有力なものです。
 これまでの既成宗教は、死後の生活について何らの合理的な物語をわれわれに教えていません。公平に観れば、キリスト教は当初の一時期その門戸を開いたが、後に再びこれを閉ざし、往時の預言者たちがもたらしたところは、後の人たちによって曲解されたり、誤解されたりして、見る影もないものになってしまっている。
 大体、既成宗教は、私たちがいちばん知りたいこと、「死後私たちは何処へ行くのか?」 ということに何らの回答も与えていません。そうだとしたら仕方がありません。私たちが科学的な見解を加えながら、「死」についての秘密をあばこうではありませんか。


 これでお分かりのように、『死後の世界』とは、ワァド氏本人がその霊媒能力を遺憾なく発揮して、霊界を探訪し、その様子をまとめた本ということになります。
 ご本人がその霊眼で実際に見聞したこと、霊界の住人たちと実際に交わした会話の数々ですから、真実味と、ある意味凄味が文章から感じ取れます。


如是我読 (にょぜがどく)

 私自身、本当のことが知りたくて、これまでに数多くの本を読んできました。内容も霊界だけにはこだわりませんでした。何故なら、素粒子から宇宙大のことまで、色んなことが不思議で、それだけに色んな世界のことが知りたいと思っていたからです。もっとも、 素人のことですから、霊界のこと以外は、浅く広くということにはなりますが…。
 そんなわけで、これから話しますことは、決して私自身の体験談でもなく、ましてや新発見でもありません。そのほとんどはスピリチュアリズム関係の霊界通信の書物からかき集めた、いわば総集編みたいなものです。
 それでも、これまでに多くの本を読む機会がなかった人にとっては参考になることが多いはずです。難しい部分は、できるだけ分かりやすい表現にほぐしていきます。
 そしてまた、それぞれの霊界通信が、違う時代に、違う場所で、違う通信霊から、違う霊媒を通しているのに、内容は同じような事柄を伝えて来ます。このことが、私自身、霊界通信の中身を信じる根拠でもあるのです。
 世間には、「講釈師、見てきたような嘘を言い」という川柳があります。その意味では、 ホントなら随所に、「だそうです」という用語を使わなければならないところですが、それではどうにも話の真実性が薄れてまとまりません。
 仏典でも、最初には、ブッダの話したことを「如是我聞(にょぜがもん)」(私はこのように聞きました) と言って伝えますので、それになぞらえて、私の場合は「如是我読」(私はこのように読みました)、または「如是我信」(私はこのように信じています)ということで読み進めて頂けたらよろしいかと思います。
 ただし、これはとても大事な心得なのですが、あくまでもあなたご自身の理性と良心に照らし合わせながら読み進めて行ってください。それらが拒否するようなことは決して受け容れてはいけません。
 反対に、この本を読んだことから、これまでに信じていたことに疑問が生じたら、素直に視野の広い考え方を取り入れて行かれることをお薦めします。
 そして、それらの知識から、「死」という現象の向こうにも生活のあることを受け容れてしまえば、死は絶望でもなく、恐怖でもなく、かえって鈍重なる肉体からの開放であることが分かってきますから、死に逝く先に希望を見出すことが出来るようになります。これまでに死ぬことが怖くて仕方がなかったのは、ただ、死んだ先のことを知らなかったからなのです。
 全ての人にいつかは寿命の尽きる時がやってまいります。それまでに、ぜひ皆さん、還るべき魂の故郷の地図帳を手に入れておかれますように……。
 地図を持って還るのと、何にも知らないで還るのとでは、死後の生活に大きな違いが生じてきます。そりゃあ、地図があったほうが有利です。それも、より正確な地図だったら, 断然有利で、実際に役立つ実用編の霊界地図となるはずです。間違っても、宗教で教えるような地獄絵図など持ち帰ってはいけませんよ。
 そして、もっと大事なことは、死んだ先の世界が分かってくると、今、この地上でどう生きねばならないかも分かってきます。
 仏教で教えるような、「死んだらみんな仏になる」ということではないのです。そこには因果律と波動の法則 (別名、調和の法則) が連綿として続いていきます。人はみな、この地上での生き方を原因として、その結果を受け取ります。そして、その人の霊性に応じた霊界に還ることになります。
 誰しも、素晴しい、楽しい世界に還りたいでしょう?  苦しくて恐ろしい世界はイヤでしょう? だったら、今のうちから心を清めて、素晴しい世界の波動と自分の心の波動を同じにして過ごすことです。そのためにも、真理に目覚め、正しい霊的な知識を得ることはとても大事なことになります。

自殺の戒め

 これから霊界のことをお話しますが、その前に是非お約束して頂きたいことがあります。それは、死んだ先にも生活があるからといって、自らの命を絶つことなど絶対にしないでください、ということです。
 確かに、すべての人に永遠の生命が与えられておりますから、間違った選択で自殺の道を選んだとしても、その人の霊魂が消えてしまうことはありません。いつまでもあなたという個性を持ち続けながら生きていきます。
 ただ、その間違った選択 (自殺) の後で与えられる死後の世界の環境があまりにもきびし過ぎるということです。自殺の場合は、そのほとんどが、まずは地縛霊となってしまい、 まともに光の世界に上がることはできません。永くつらい反省の時を真っ暗な世界で過ごさなければならないのですよ。
 そして、ようやく霊界の生活を終えて、輪廻転生で次の地上生活に戻ったとき、これがまたきびしい人生プログラムを背負わされることとなってしまうのです。いわゆる「自殺のカルマ」というペナルティを与えられることで、苦難に満ちた人生を来世で過ごすことになると霊界通信では訓えています。
 「自殺のカルマ」の顕われとしては、来世に於いて、苦難が多いということのほかに、「最も生きていたい時に死ななければならない運命」を背負わされるとも言われています。
 この地上生活は、「人生劇」とも表現されるように、ある意味、地上という舞台のうえで繰り広げられる「劇」なのです。その脚本をこしらえたのは、あなたと、あなたの守護霊と、そしてあなたを地上に送り出した高級指導霊たちでした。これらの霊たちとあなたが、今回の人生で学ぶべき目標と、そのために用意する「カルマの解消」という設定を相談しながら決めてきたのです。
 どなた様も、その脚本 (ブループリント) を手にしながら、「はい!きっとやり遂げてみせます」と約束なさったのですよ。
 そう、お母さんの産道を通る時に、それ以前のことを全部忘れさせられましたから、生まれる前のことを覚えてはいないでしょうが、みんなそうやって約束してきたのです。それが、劇の途中で舞台から逃げ出してしまうのですから、きついお仕置きがあるのは仕方がありません。
 それに、人生劇は一人では演じられません。必ず仲間の役者がいるはずです。あなたを地上に産み落とすお役目のお母さんを初めとして、父親、家族、そして多くの仲間たちが、 今回の地上劇のそれぞれのお役として約束しあって下りてきたのです。いわゆる、「魂の旅役者一座」みたいなものです。それなのに、そのなかの一人が突然降板してしまったら、 他のみんなは困ってしまうじゃありませんか。約束違反としてきついお仕置きがあるのが当然です。
 なんでこのように初めからきついことを申し上げるかと言いますと、最近の日本人の自殺の状況があまりにも悲惨だからです。ここ十年近くにもなるのではないでしょうか、年間に三万人を超える人たちが、毎年、毎年、自殺という間違った選択をしておられるというのは…。
 計算してみてください。一年で三万人以上ということは、毎日約百人近くの人たちが自殺しておられるんですよ。大変なことです。何でこの事が社会的に大問題にならないのでしょうか?
 山村幸夫さんが、自殺した人のその後のきびしい境涯について強く警告を鳴らしたのですが、依然として、日本の宗教界や精神世界の指導者がこのことを取り上げる気配はありません。
 キリスト教の教えのなかには多くの間違いがありますが、ただ一つ、結果として成功を収めているものに「自殺の戒め」があります。神から与えられた命を自ら絶つことをきびしく禁止しているものですから、キリスト教信者のなかで自殺する方はほとんどおられないのです。「イエスだけが神の子」という、その拠って立つ教義はまったくスピリチュアリズムとは違うものですが、それでもこの自殺という行為に歯止めが掛かっていることだけでも有難いことです。
 日本での自殺者の多くが、「死んだら無になるのだから、自殺して早く楽になりたい」 という間違った死生観で事に及んでしまうのでしょうが、なかには、「死んでもその先がある」ということを知って自殺に及ぶ心配があります。
 これはある指導者の悔やまれる述懐として、本に記されていたことです。
 若者たちを前にして、この永遠の命を説きながら、死後の生活もあることを話していたら、そのなかの一人の目が異様に光った感じがしたというのです。なんとなくそのことが気になっていたら、案の定いやな予感が的中して、いくらもしないうちにその若者が自ら命を絶ってしまったのです。多分、それ以前から自殺願望があって、そこに死後も生活があることの知識が加わったことから間違った選択をしてしまったのでしょうね。
 そんな、表面だけスピリチュアリズムを聞きかじっただけで、間違った選択をしないでくださいね。とんでもないことになりますよ。
 大体、まともな人だったら絶対に人を殺すようなことは出来ないはずです。世間では自殺のことを「自死」と表現したりします。そう表現したいご遺族のお気持ちもよく分かりますが、「この先、少しでも自殺する人が少なくなりますように…」との想いを込めて、 敢えて言わせて貰いますならば、自殺とは「自殺人」です。
 他人であれ、自分であれ、その神から預かった生命体を殺すということは殺人行為です。 このような認識になったら、少しは考え直して下さるのではないでしょうか。
 ちなみに、私なりの所見で申しますなら、自殺の行為を正気のままでなさる方は、まず少ないことではないかと思います。そのほとんどが自殺霊に憑依されて、本人の意識ではない、別人格に体を支配されて自殺行為に走ってしまうのではないかと理解しています。
 でも、死の寸前に憑依霊は肉体から抜けますから、突然に意識の戻ったご本人は事の重大さに気付くのですが、その時はもう手遅れなのです。
 この意識が戻った瞬間の恐怖心と、その時に見せ付けられる自分の肉体の最期の様子が、 その後も強烈に残ってしまって、それが成仏を遅らせることになるとも言われています。
 自殺霊の実態については山村さんの本に詳しく述べられております。もう一度読み直してみてください。太宰治や近松門左衛門等、大体日本人には自殺を美化する風潮がありますが、自殺した人たちのその後の実態は、そんな生やさしいものじゃないですよ。凄まじい世界に入り込みます。その実態については後述します。
 また、いわゆる「波長の法則」によれば、憑依される側にも百パーセントの責任があるということになります。自殺願望が自殺霊を引き寄せてしまうということなのですが、だったら、自殺霊と同調するようなマイナス思考にならないで明るく前向きに生きることです。そのためにも、正しい霊的な知識を得て、その法則のなかにある神の大慈悲に気付くのです。
 神は気まぐれで人間に試練をぶつけるのではありません。すべて因果律によるもので、 自分自身が過去に蒔いた種の結果です。その種が、魂の成長にとってまさに最適の時期を選んで芽生えてきます。
 そうかと言って、神はあなたが背負えないほどのお荷物は決してその肩に乗せません。人それぞれの試練も、必ず乗り越えられるはずのハードルの高さに設定してあります。
 あなたが神と約束してきたことを、今回の人生劇でも、どうぞがんばって全うなさってください。自らの命を絶つなんて、そんな弱気なことを考えちゃ絶対ダメですよ。

シルバーバーチの自殺への諭し

 自殺については、『シルバー・バーチの霊訓』のなかにも度々諫める言葉が出てきます。 それらを寄せ集めて紹介しましょう。

──自殺行為をどう観ていますか。

 事態を改善するよりも悪化させるようなことは、いかなる魂に対してもお勧めするわけにはまいりません。自殺行為によって地上生活に終止符を打つようなことは絶対にすべきではありません。もしそのようなことをしたら、それ相当の代償を支払わねばならなくなります。それが自然の摂理なのです。地上の誰一人として、何かの手違いのためにその人が克服できないほどの障害に遭遇するようなことは絶対にありません。
 むしろ私は、その障害物はその人の性格と霊の発達と成長にとって必要だからこそ与えられているのですと申し上げたいのです。苦しいからといって地上生活にさよならをしても、その苦しみが消えるわけではありません。それは有り得ないことです。またそれは摂理に反することです。地上であろうと霊界であろうと、神の公平から逃れることはできません。なぜならば、公平は絶対普遍であり、その裁定はそれぞれの魂の成長度に合わせて行われるからです。


──自殺者は死後どのような状態に置かれるのでしょうか。

 それは一概には申し上げられません。それまで送ってきた地上人生によって異なるからです。開発された霊的資質によって違ってきます。魂の発達程度によって違ってきます。 そして何よりも、その自殺の動機によって違ってきます。
 キリスト教では自殺をすべて一つのカテゴリーに入れて罪であるとしておりますが、そういうものではありません。地上生活を自分で勝手に終わらせる権利は誰にもありませんが、自殺に至る事情には酌量すべき要素や環境条件がいろいろとあるものです。


──いずれにせよ自殺行為が為にならないことだけは間違いないでしょう。

 むろんです。絶対に為になりません。地上生活を勝手に終わらせることが魂にプラスになったということは絶対にありません。が、だからといって、自殺した者がみんな暗黒界の暗闇の中に永遠に閉じ込められるわけではないと申し上げているのです。

──神は耐え切れないほどの苦しみは与えないとおっしゃったことがありますが、
  自殺に追いやられる人は、やはり耐え切れない苦しみを受けるからではないでしょうか。

 それは違います。説明の順序として、これには例外があることから申し上げましょう。 いわゆる精神異常者、あるいは霊に憑依されている場合もあります。が、この問題は、今はわきへ置いておきましょう。いずれにせよ、このケースはごく少数です。大多数は私に言わせれば臆病者の逃避行為であると言ってよいと思います。果たすべき義務に真正面から取り組むことができず、いま自分が考えていること、つまり死んでこの世から消えることがその苦しみから逃れるいちばん楽な方法だと考えるわけです。ところが、死んだつもりなのに相変わらず自分がいる。そして逃れたはずの責任と義務の観念が相変わらず自分につきまとう。その精神的錯乱が暗黒のオーラを生み、それが外界との接触を遮断します。 その状態から抜け出られないまま何十年も何百年も苦しむ者がいます。
 しかし、私がいつも言っているように、いちばん大切なのは動機です。何が動機で自殺したかということです。ままならぬ事情から逃れるための自殺は、今述べた通り、そう思惑通りには行きません。が一方、時たまあるケースとして、動機が利己主義でなく利他主義に発している時、つまり自分がいなくなることが人のためになるという考えに発している時は、たとえそれが思い過ごしであったとしても、さきの臆病心から出た自殺とはまったく違ってきます。

 いずれにせよ、あなたの魂はあなた自身の行為によって処罰を受けます。みんな自分の手で自分の人生を書き綴っているのです。いったん書き記したものは二度と書き変えるわけにはいきません。ごまかしはきかないのです。自分で自分を処罰するのです。その法則は絶対であり不変です。
 だからこそ私は、あくまで自分に忠実でありなさいと言うのです。いかなる事態も本人が思っているほど暗いものではありません。その気になれば必ず光が見えてきます。魂の奥に潜む勇気が湧き出てきます。責任を全うしようとしたことが評価されて、その分だけ霊界からの援助のチャンスも増えます。背負い切れないほどの荷はけっして負わされません。なぜなら、その荷はみずからの悪業がこしらえたものだからです。神が「この人間にはこれだけのものを負わせてやろう」と考えて当てがうような、そんないい加減なものではありません。
 宇宙の絶対的な法則の働きによって、その人間がその時までに犯した法則違反に応じて、 きっちりとその重さと同じ重さの荷を背負うことになるのです。となれば、それだけの荷をこしらえることが出来たのだから、それを取り除くことも出来るのが道理のはずです。 つまり悪いこと、あるいは間違ったことをした時のエネルギーを正しく使えば、それを元通りにすることが出来るはずです。


──因果律の働きですね。

そうです。それが全てです。

──たとえば脳神経に異常をきたしてノイローゼのような形で自殺したとします。
 霊界へ行けば脳がありませんから正常に戻ります。
 この場合は、罪はないと考えてよろしいでしょうか。

 話をそういう風にもって来られると、私も答え方によほど慎重にならざるを得ません。 答え方次第では私がまるで自殺した人に同情しているかのような、あるいは、これからそういう手段に出る可能性のある人に口実を与えていることになりかねないからです。
 もちろん私にはそんなつもりは毛頭ありません。今のご質問でも、確かに結果的にみればノイローゼ気味になって自殺するケースはありますが、そういう事態に至るまでの経過を正直に反省してみると、やはりそのスタートの時点において、私が先ほどから言っている「責任からの逃避」の心理が働いていたのです。もしも、その人が何かにつまずいた時点で、「自分は間違っていた。やり直そう。そのためにどんな責めを受けても最後まで責任を全うしよう」と覚悟を決めていたら、不幸をつぼみのうちに摘み取ることが出来ていたはずです。
 ところが人間というのは、窮地に陥るとつい姑息な手段に出ようとするものです。それが事態を大きくしてしまうのです。そこで神経的に参ってしまって正常な判断力が失われていきます。ついにはノイローゼ気味となり、自分で自分が分からなくなります。問題はスタートの時点の心構えにあったのです。

第二章 霊界の大要

霊界とは千変万化の世界

 これからお伝えする情報は、あくまでも多岐にわたる霊界のなかの、ほんの一部分であると思ってください。
 「霊界は想念の世界である」という言葉があります。ですから、千人いれば千通りの、 万人には万通りの霊界があるといっても過言ではありません。そしてまた、ご本人の意識が変われば、瞬時にして周りの光景が入れ替わるという、地上生活では考えられないようなことも起きたりします。
 それに、霊界とは大いに広い世界です。例えば、地球に宇宙人が円盤で飛来してきて、 南極に降り立ったとします。すると、彼の報告では「地球は寒くて雪と氷だらけの世界だ」 となります。
 また別の円盤はゴビ砂漠に着陸して「地球は砂だらけの星だ」と報告します。
 日本に降り立った宇宙人は、「山紫水明の素晴しい世界だ」と言ってくれるでしょうね。
 このように、霊界も様々な様相を示す多次元の世界なのです。ですから、ある一つの「霊界通信」だけで、霊界のことがすべて分かってしまうわけではありません。
 とは申しても、やはり法則に則って創られた世界ですから、そこには自ずと法則性があります。天国も極楽も、そして地獄さえもが、すべてがゴチャゴチャに混在する…、そんなことは決してありません。波動の法則によってきちんと区分けされております。やさしい人たちが集まっている界に、地獄に堕とされているような、凶暴な人が入り込んで来ることは絶対にありません。安心してください。
 あなたの意識の持ちようによっては、どのようにも千変万化する世界です。もちろんそこには、「波動の法則」という厳然たる摂理もありますので、なんでもかんでも自分の思う通りにはいきませんが、でも、上を向いて努力する気持ちがあれば、いつでもその願いに比例する援助が用意されております。
 その意味でも、「永遠の地獄」とか、「無間地獄」というものは存在しません。たとえ暗黒界に落ち込んだとしても、本人に気付きが芽生えさえすれば…、そして光の世界へ上がりたいと願いさえしたら…、いつでも手助けしてくれるような体制ができております。

素直な心がいちばん

 私は霊能者ではありませんので、例えば、「私の父は成仏しているのでしょうか?」と訊かれても霊視することはできません。でも、その方の生前の様子を伺うと大体想像は付きます。
 まず、死んだ先の世界についての正しい知識を得ておられたかが重要なポイントです。
 皆さんも、どこかに観光旅行するとしたら、前以て現地の様子を調べるはずです。なかには、「いや、何にも知らないままで訪ねることも楽しいんだ」という方もいらっしゃるでしょうが、それでも最低限、交通手段や宿泊のことだけは用意なさるはずです。用心深い人は、しっかりと観光地図まで用意して、道に迷わないよう備えます。ですから、生前に、正しい霊的な知識を学んだ方でしたら、まず「大丈夫」ということになります。
 くれぐれもお願いしますが、宗教で教えるような「間違った霊界地図」を抱えたままで還ることは、かえって迷い道に踏む込むことになりますから、気をつけてくださいね。
 その次には、当然、そのお方の生前の生き方で想像できます。
 この地上でどれだけ立派な地位に就いたかではありません。どれだけ財を成したかではありません。どれだけ有名だったかではありません。その方の生き方がどれだけ「人様のために」ということであったかということです。自分事よりも、家族を含めた周りの方々のために、どれだけ心を配られた生活であったかということです。
 私たちが還る霊界とは、要するに、その人の魂の成長度合いに応じた世界ということになるのです。このことを「波動の法則」あるいは「波長の法則」ともいうのですが、もっと分かりやすく言いますと「類は友を呼ぶ」世界です。ですから、生前の生き方をお伺いしたら、その方と同様な生き方をされた方々の集まる世界ということで、大体の想像は付きますでしょう。
 もちろん、これらのことも大事なのですが、これらの要件を満たしていなくても、その人に「素直な心」があれば大丈夫なのかなとも思います。
 なんと言っても、新しい世界では、この地上生活とは大分様相の違う局面が目の前に広がってくるのですから、当初は戸惑うことが多いと思います。
 この地上生活でもそうですね。例えば、学校を卒業して、見知らぬ土地に就職したときに、新天地にうまく順応できる人と、なかなか馴染めない人とがいます。
 すぐに溶け込める人は、新しい環境に対して、柔軟な心で対応できる方々ではないでしょうか。いわゆる「素直な心」の持ち主です。
 霊界に還った時も、このように素直な気持ちで、新しい世界に順応していってください。
 大丈夫です! ほんとは、いつでも導く体制はすっかりと出来上がっているのですから…。ただ、当のご本人が、そのことに気付かないだけなのです。

知的牢獄

 反対に、この地上に於いて、有名な宗教家だったり、指導者や哲学者だったりした人たちが、意外と迷いの道に踏み込んでしまっているものなんです。
 自分が拵えた教義や世界観・宇宙観のなかにどっぷりとはまり込んでしまって、彼ら固有の狭い世界に留まってしまうのです。彼らは、その世界が究極の世界と思い込んでいますから、もうそこから一歩も踏み出そうとはしないのですね。
 このように、他から束縛されるのではなく、自分自身の知性で自分を閉じ込めてしまった状態を「知的牢獄」と称します。

 私たち俗人よりも、ある意味、頑固でなかなかに成仏の難しい方々と言えましょう。
 霊界は、その奥行きと言い、その広がりと言い、無限大なるものです。どんなに優秀な人間が考えついたこと、あるいは啓示を享けたことといっても、所詮は物質世界という、最も波動の粗い次元の存在が考えたものです。人間の頭で考えて「極めた」とか「悟った」 とかいうのは、無限大なる神の領域を理解していない者の勘違いであることを悟るべきなのです。
 皆さんは、そのような愚かな道に入り込まないでください。霊界とは、限りなく上へとつながる世界です。その途中から先は、とても人間の頭脳では理解することができません。とは申しても、私たちの還る霊界は「地球の霊界」ということになりますから、その意味では広がりにも限りがあります。そして、その先は「太陽系の霊界」、「銀河系の霊界」 というように、どこまでも広がる宇宙大の霊界となるのですが、もっとも私たちがその世界まで到達するには天文学的な時間を要することでしょう。
 取り敢えずは、もっとも身近な地球神界の中の霊界です。ここだって、人智ではとても理解し難い広さ、奥行きなのですよ。
 さて、どんな霊界があなたの前に広がることやら…。どうぞ、楽しみにしながら、いつでも素直な気持ちで、目の前に広がる新しい世界に柔軟に対応していってください。そしたら、まず大丈夫!

組織宗教の間違った教え

 菩提寺や信仰する教団に多額のお布施・献金をして、「これで素晴しい極楽・天国に行ける」と安心している方もおられますが、この布施・献金も、本当の霊界の実態を知ったら、 単に教団幹部が喜ぶだけの、自己満足の世界であることが分かります。
 それと、死んだ先の世界がどんな処なのか?  いわゆる霊界の具体的なことを教えて下さる宗教家はなかなかおられません。
 本当なら、こんなことはお寺の坊さんや教会の神父さん・牧師さんが教えなきゃいけないことなのですが、残念ながら、それらの方々は、教団に都合の良いような、間違った教義しか知らないようです。
 現に、私の知り合いが葬式の場で、この人はきんきらの装束をまとった偉い坊さんだから、きっと何でも知っておられるだろうと思って、「霊界ってどんな処ですか?」とか、「人間、死んだら何処に行くんですか?」とか訊ねてみたそうです。そうしましたら、これまでにお訊ねした、三人が三人とも、「さあ、そんなことを拙僧に訊かれても…」と言われて、 ちっともまともな答は頂けなかったそうです。
 瀬戸内寂聴さんも、よく講話の席で皆さんから、
 「死んだらどうなるのですか?」
 と質問されるのですが、寂聴さんもその答は未だ持ち合わせてはおられないようで、
 「わたし、死んだことがないから分からないの」
 と答えるしかないそうです。寂聴さんご自身の本にそう書いてありました。
 私の実家は浄土真宗という宗派ですから、もちろん、「南無阿弥陀仏」と唱えたら阿弥陀様が極楽浄土に連れて行って下さると教えます。ですから、私の魂は極楽の池にある蓮の花の上で、未来永劫、安住させて貰えるのだと信じ込んでいた時期もありました。いわゆる「極楽往生」という思想によって、自分の死後に安心感を得ていたわけです。
 でも、蓮の花の上にただジーっとしているだけの来世観が物足りなくなりました。
 次には密教という中にもっと本当のことがあるのではないかと思って、真言密教系の教団に属したことがあります。そして、さっきの知り合いが訊いたようなことを色々と質問したのですが、先輩方はどなたも明快に教えてはくれませんでした。今にして思えば、結局、その辺の答は仏教の中にはなかったのです。だから、誰も答えられなかったのです。

 考えてみたら、大分昔に、自らを「霊界の宣伝マン」と称しておられた丹波哲郎氏が、真言宗総本山の高野山に招かれて霊界の話をされました。また、最近でも、よくテレビのスピリチュアル番組に出演する江原氏が、やはり高野山に招かれて講演されたそうです。
 これって、教える側と教えられる側が逆だと思いませんか?  れっきとした、弘法大師に縁の高野山の僧侶が、俗世の人間に霊界のことを聞くのは、まったく逆さまも良い所です。
 とは云え、元々、仏教の原始経典のなかでも、霊界のことについては実は何も語られてはいないのです。
 お釈迦様に弟子の一人が「霊界はあるのですか」と訊ねました。その時の答えが、「無答」 もしくは「無記」となっております。有るとも無いとも、答えてはおられないのです。
 その経典を読んで、ある宗派では、「お答えにならなかったのだから霊界は無いのだ」 と解釈しています。また別の宗派では、「いや、霊界は在るんだけれども、それを教えても皆には理解できないことだからお答えにならなかったのだ」と主張します。
 いずれにしても、具体的な答はお釈迦様も遺されませんでした。「死んだ先のことを想い煩うよりも、生きている今を大事にしなさい」ということだったようです。ですから、 お寺のお坊さんたちが霊界のことを具体的に知らなくても当然なのかも知れません。
 それに本来、仏教の基本にある理念は「諸法無我」であると言われます。つまり、永遠に変わらない我などはあり得ないということで、「霊」の存在を認めているわけではありません。ですから、お坊さんたちは「霊は存在しない。だから霊のたたりなどもない」ともおっしゃるわけです。でも、ご先祖霊の供養は勧めますから、どうも理屈が合わないのですが…。
 でも、霊魂の存在は認めないのに、生まれ変わるそのものは何なのか? という大きな疑問がその後に出てきまして、結局、「プドガラ」という霊的な存在を認めるようになりました。この本体のことを心の中の潜在意識でもある「アーラヤ識」と称しています。
 このように仏教の中でも教義の変遷があったのです。
 ただ、このことは仏教に限らずキリスト教でもそうですが、宗派によっては教義が違ったり、あるいは言葉の解釈が異なったりします。特に死後の世界観は、宗派によって大いに異なります。ですから、これから参考的に話す仏教の中の死後の世界も、いちばん日本の皆様方に浸透し、大きな影響を与えている大衆的な仏教の教えということで受け止めておいてください。

仏教の教えるおかしな来世観・冥途

 日本人にとって仏教は馴染みの深いものです。寺のお坊さんが教える一般的な来世観を少しまとめてみましょう。
 先ほども話しましたように、お釈迦様は霊界が在るとも無いとも遺してはおられないのですから、これからお話する地獄と極楽の話は、あくまでも、後世の弟子たちがあちこちの経典から拾い集めながら、自分たちに都合の良いようにと付け足して、そして勝手に作り上げたものであると考えた方がよさそうです。なぜなら、現代の私たちが冷静に考えたら、あまりにもおかしなことが多いからです。
 特にこれは現代の新興宗教でもよく行われていることですが、「地獄思想」で信者に恐怖心を与えている宗派も多くあります。いわば「悪いことをしたら地獄に堕ちるぞ!」などと脅かすわけです。ですから、仏教の教える死後の世界というのは、すべからく、おどろおどろしい感じになっています。
 この地獄思想が、仏教とともに日本に伝わって来た頃から、それまでのおおらかであった縄文的な思想が、無情観の強い、死を極端に怖がる傾向に変化したとも言われています。

 仏教では、死後の世界のことを冥途 (めいど) と言います。皆さんも「冥途の旅」という言葉はよく耳にするでしょう。その旅の基本はやはり「輪廻転生」ですが、でもスピリチュアリズムの輪廻転生とは大分様相が違います。
 仏教の教えでは、人間は死んでからすぐに生まれ変わるのではなくて、まず「中陰 (ちゅういん) 」と呼ばれる世界に出て、ここから来世へと旅立つのだそうです。
 この中陰という、現世と来世の中間境を四十九日間で乗り越えながら、死後の裁判を受けるということから、皆さまお馴染みの法事が行われるわけですが、その世間常識の意味を理解するためにも少し分かりやすく、冥途の旅のコースをご案内します。
 くれぐれもご注意ですが、この冥途の旅コースは、真実の死後の世界とはあまりにもかけ離れていて、ほんとうの話ではありません。しかも幼稚な説ですから、正常な理性をお持ちの皆さんにはすぐにおかしな話だと気付くことでしょうが、科学的な知識も乏しかった昔の人たちは、坊さんたちからこのような話を聞かされて信じ込んでいたわけです。そして、その後も連綿として、霊界の実相とは異なる形で法事が行われています。
 もう一度念を押します。これはあくまでも仏教で教える、間違った死後の世界観ですよ。 おかしいと思う処があったら、それは笑い飛ばしてください。元々が間違った霊界観ですので、当然おかしいことだらけなのですから…。

 まず死んだ人は、人の目には見えないほどの小さな体になります。そして最初の七日間で、「死出の山」という、長さが三千二百キロメートル(日本列島と同じ位の距離)もある巨大な山脈を歩いて越えなければなりません。星の光だけを頼りに、険しい山々を歩き続けます。

 山脈を越えた所で、まず初めの裁判があり、不動明王の化身である秦広王(しんこうおう)が生前の行いを裁きます。ここでは書類審査のみで、云わば、裁判資料の作成です。 二審へと向かう途中にあるのが、皆さんもよく知っている「三途の川」です。その川の周辺が「賽の河原」というわけです。そこでは子供たちが両親の供養のために河原の小石を集めて塔を築いています。でも塔が出来上がると鬼が来て壊してしまいます。造っては壊され、造っては壊され、それを永遠に繰り返します。
 この子供たちは親よりも早く亡くなったので、親に深い悲しみを与えたという重い罪を問われて三途の川を渡してもらえないのです。子供は好き好んで死んだわけではないでしように、無慈悲な話ですね。でも、最後には地蔵菩薩が救ってくれるそうです。
 三途の川の渡り方には三通りの方法があります。ですから「三途の川」と言うのです。 まず、一審で善人と認められた死者は、川に架かっている橋を渡してもらえます。
 次に、罪人と判断された死者は川を歩いて渡ります。川には浅い瀬と濁流の二つがあり、 罪の軽い死者は浅瀬、重罪の死者は濁流に落とされるのだそうです。さらに極悪だった死者は鬼に足を引っ張られますので、もがき苦しみながら渡ることになります。
 三つ目の渡る方法とは、渡し舟を使う方法です。その船賃が「六文」ということです。 戦国時代の真田幸村軍が旗印とした六文銭は、戦死した際の渡し舟の船賃だったわけです。ですから、昔はお棺の中に六文入れて埋葬しました。今では六文銭がありませんので、 寺によっては紙に印刷した六文銭を使う場合もあるようです。「地獄の沙汰も金次第」ということわざの由来です。
 三途の川を越えた所では、二人の老人が死者の衣服を剥ぎ取り、木の枝にかけます。そして枝のしなり具合で生前の罪の重さを計ります。このデータが次の第二審の裁判資料になります。
 第二審は初江王 (しょこうおう) が「殺生をしなかったか」という課題で裁きます。
 第三審では宋帝王によって「邪淫の罪」が裁かれます。男性には猫が噛みつき、女性には蛇が下半身から体内に入り込んで、生前の邪まな行いを調べるのだそうです。
 更に第四審では、伍官王によって、生前の「嘘付きの罪」を調べられます。この際、死者は生前の罪業が一瞬で分かる魔法の秤に乗せられるそうです。
 第五審の裁判官が、かの有名な閻魔大王です。皆さん、あの世での裁判官は閻魔大王だけだと思っていたでしょうが、彼は七つの法廷の中の、五番目の裁判長だったのです。 閻魔大王は浄波璃 (じょうはり) という水晶製の鏡を用いて、そこに映し出される生前の悪業を調べます。それに対して嘘を言おうものなら、即刻舌を抜かれます。このことが「嘘を言うと閻魔さまに舌を抜かれるよ!」という子供たちへの脅し文句になったわけです。
 第六審では変成王が、伍官王と閻魔大王の報告を基にして最終審査を行います。
 最後の第七審で泰山王 (たいせんおう) が六道 (地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天) へとつながる六つの鳥居を示します。そして、その鳥居をくぐってようやく冥途の旅が終わるのです。
 こうした七回の審理で生前の行いが審査されて、その結果、来世は、何に生まれ変わるのかが決められるのだそうです。裁判の結果、生前の行いが良かった人は浄土 (天) へ往生させてもらえますが、反対の人はまた輪廻して、人間や時には畜生 (動物) などに生まれ変わるのだそうです。もっと悪い人は餓鬼界や地獄界へと落とされます。
 ちなみに、最初の山脈越えに要するのが七日間、裁判に四十二日間ということから、法事の初七日と四十九日があるわけです。
 また、この冥途の旅の途中では、死者は線香の香りだけが食料です。ですから、死後四十九日間、遺族は線香を絶やしてはいけないと言われるのは、亡くなった人に食料としての香りを届けるためだそうです。
 また、七日毎に坊さんを呼んで法事を行うというしきたりも、この七日毎に行われる裁判の手助けをするためだそうです。いわゆる、お坊さんを弁護人として、裁判が死者にとって有利に裁かれるようにと、この世から援助するわけです。

 ついでに、仏教で教える「極楽」のことを簡単にまとめておきます。
 極楽浄土とは阿弥陀仏が統括している理想の仏国土のことです。他の仏が統括している浄土も色々あるのですが、特にこの極楽浄土が有名です。
 極楽のある場所は、「西方十万億土」と言われていまして、西の方へ十万億の仏国土 (一仏国土は太陽系くらいの世界) を過ぎた所にあると言われます。太陽系の十万億倍も遥か西の方ということですから、とんでもなく遠い宇宙の位置ということになります。でも、阿弥陀様は、「南無阿弥陀仏」と唱えると、二十五人の菩薩を従え、即座に来てくださいます。そして、極楽浄土へと連れて行ってくださるのだそうです。
 その阿弥陀仏にすくい取られ、極楽浄土に生まれた人は、限りない寿命と光を身に付け、 衣食住の心配はまったくない生活ができます。極楽には、七宝で飾られた池があり、池には様々な蓮の花が咲き乱れています。辺りは蓮の花の素晴らしい香りに満たされ、また天からは美しい音楽とともに、花々が降り注ぎます。
 これが『阿弥陀経』に記されている極楽浄土の概要です。先ほどの四十九日間の冥途の旅ともまた違う教えですが、話はこちらが簡単です。何しろ、念仏さえ唱えたら良いのですから…。
 でも、お気づきでしょうが、いつも自転と公転をしている地球のある地点、例えば東京から太陽系の十万億倍も西の方と言ったら、いったいどこになるというのでしょうか?  地球がまだ丸いことや自転、公転していることを知らなかった時代の観念です。
 このように、現代の科学的な知識で検証したら、簡単に間違いが分かることです。

 この仏教の来世観と、スピリチュアリズムで教える来世観とでは、まず、その次元の捉え方に根本的な違いがあります。仏教の場合、その霊界の観方があくまでも物質世界と同じような「三次元世界」なのです。ですから、死出の山が延々と三千二百キロメートルも続くことになります。
 仏教のなかでの世界観や宇宙観にしてもそうです。いわゆる「須弥山」という高山が一つの世界の中心にドーンとそびえていて、その山のてっぺんにはインドラ (帝釈天) の宮殿があるというのです。そして、その上空に仏界が浮かんでいると言われます。
 当時仏教が隆盛したインドという土地柄からでしょう、仏教の中で示される世界観、宇宙観は、すべてがヒマラヤ山脈のような高い山々がイメージの元になっております。現代のように、宇宙を覗く望遠鏡を持たなかった二千五百年も前のインドの人たちにしたら、 下から見上げる高山が最高至高のイメージだったのですね。
 このような三次元的な霊界の観方に対して、スピリチュアリズムでは波動 (バイブレーション) の違いで、幽界、霊界、神界を捉えていきます。ですから、霊界とは遥か遠くにある世界ではなくて、ついここにタブって存在するような世界です。ただ波動が違うのでお互いを認識できないだけなのです。
 例えば、テレビのチャンネルと同じようなものですね。この地上にはいくつものテレビチャンネルの電波が飛び交っていますが、それらが決して混信することはありません。そして、私たちは、いま、「物質界」というチャンネルの波動に同調しながら生活しています。 同じように、「幽界」の住人たちも、今ここで、「幽界チャンネル」に波動を合わせながら生活しています。「霊界チャンネル」の方々も同じくです。決して、霊界とは遥か彼方にあるのではありません。すぐ側にあるのが霊界なのです。
 また、初七日、四十九日に相当するような時間も、スピリチュアリズムでは、その人の霊性に応じて違ってくると教えます。徳の高い方は、もういっぺんにスーッと上がられますし、物分りの悪い人は、何年どころか何十年もかかったりします。すべての死者が同じ時間で通過できるわけではないのです。
 ところが、仏教ではすべての人が一律に同じ苦難の道を辿らなければならないのですから、大変ですね。さっきの冥途の旅にしても、死者は善人も悪人も、すべての人が同じような難行苦行を強いられます。特に最初の日本列島を縦断するほどの死出の山越えなんか大変です。それに、どうやったら七日間で踏破できると言うのでしょうか!
 私は、この辺になんだか「死ぬことは罪悪なんだぞ」と言われているような気がしてなりませんが、自殺でもない限り、死ぬことは自然の摂理ですよ。穢れでもなんでもありません。単に肉体という衣装を脱いで、また次の世界へと入って行くだけの、自然な生命の営みです。
 裁判官に七度も裁かれるというのもおかしいですね。それに対して、スピリチュアリズムでは、他者に裁かれるのではなくて、「裡なる神」を有する私たち自身で己を裁いていくと訓えます。まさに「自分自身が裁判官」となるのです。こうした場面は後ほど霊界通信の中から紹介していきましょう。
 そして、よく言われる、「悪いことをしたら罰として、来世は動物になるぞ」という話も、 霊魂の進化という観点から捉えたら、まったくナンセンスな話です。人間は決して動物に生まれ変わることはなく、人間は次も必ず人間に生まれ変わります。
 また、仏教の中では、解脱して仏界に上がった人でも、いずれは徳が尽きて、また人間に生まれるとも言いますが、この解脱後にどんな境涯に行くのかということさえ実はお釈迦様は教えてはおられないのです。先ほどの「霊界はあるのか、ないのか?」という弟子からの問いかけに対する回答と同じようなことですね。
 ちなみに、スピリチュアリズムでは、いったん人間界を卒業して「神界」に到達したら二度と地上界へ輪廻転生することはなく、今度は地上界に向けての指導や、あるいは宇宙的規模の活動に邁進していきます。そして、その創造的活動には終わりがありません。
 確かに仏教のなかにも、「如何に生きるか」ということでは素晴しい教えがたくさん遺されているのですが、なかには小学生でもおかしいと分かる、例えば「須弥山」のようなおかしな話が現代に到るまでそのまま引き継がれております。地球儀とか宇宙望遠鏡で観る星の世界を知ったら、間違いが簡単に分かることじゃないですか!  特にまた、死後の世界のことについては、あまりにも幼稚で実相からかけ離れた間違いが多すぎます。
 仏教だけではありません。ローマのカトリックだって、ようやく最近になって、ガリレオの「地動説」を認めて、異端裁判で罰した彼の名誉を復活したばかりなんですよ。
 このように何千年も経過した大宗教であっても、そのなかに本当の霊界の実相を伝える教えはなかなかありません。だったら仕方がありません。これからは寺や教会に頼らず自分たちで正しい霊界の情報を探すことに致しましょう。

生まれ変わりはあります

 スピリチュアリズムのなかでは「生まれ変わりはあります」と訓えています。
 なかには、そのことを否定する霊界通信もあったりするのですが、それはその通信霊がまだ「輪廻転生」の摂理を知り得るほどの高みに到達していないから、生まれ変わりのことが分かっていないのだと、別の高級霊が諭しておられます。
 また、シルバーバーチも、例えば、幼くして死んでしまう赤ちゃんたちは、あまりにも不幸ではないかと問われたときに、

「それは皆さんがこの一人生だけを見て神の公平性を計ろうとするからです。皆さんには永遠の時が与えられております。その永遠という時のなかで物事を観ていけば、すべてが公平に取り計らわれていることに納得するはずです」

 ということを話していますが、それは皆さんに「生まれ変わり」という新生のチャンスが与えられていることを意味しています。
 ですから、本書では当然生まれ変わりがあるという前提でお話ししていきます。そうでないと神の公平性が保てません。そうでしょう?  偶然や気まぐれで私たちの人生が決められ、しかもそれが一回きりのものだったら、それこそたまったものではありません。
 神のことを「法則」とも称します。この世のことも、あの世のことも、すべてが法則によって連続的に運ばれているのです。偶然はありません。みんな「因果律」という法則の結果起きている「必然」の出来事なのです。
 ですから、これから地上生活を終えて還る霊界もそうですが、その霊界生活を終えて再び地上生活に戻って来る時の条件も、実はもう今の地上生活の生き方で、そのほとんどが決まっていると考えてもいいくらいなのです。
 「前世が今世を創り、そして今世が来世を創っていく」と言われる所以です。
 このように、法則の面から考えても「生まれ変わり」はあると説くのがスピリチュアリズムの立場なのですが、その仕組みについては、世間で言われている生まれ変わりとは大きな違いがあります。
 まず、人間が動物に生まれ変わることはありません。
 よく「そんな悪いことをしているとブタに生まれ変わるよ」とか、「来世はイルカになって大海を泳ぎまわりたい」などと言われますが、これは有り得ない話です。
 生命の進化の階梯の話は、私の前著『微笑みの日々』でも話しましたが、もう一度簡単に復習しますと、私たち人間の霊魂は、神智学によれば、

岩→土→コケ類→シダ類→顕花植物(花の付く植物) →低い樹木→高い樹木→小型の哺乳類動物→大型の哺乳類動物(馬・牛・犬・猫・猿・鯨・イルカなど) →人間

 という進化の過程を経て成長してきたということになります。
 そして、哺乳類動物から人間に進化したときに、霊魂の中身がすっかり変わってしまうのです。それまでは、例えば犬のシェパードなら、その犬種だけの魂が集まって「群魂」 を形成していました。まだ個性を持った存在ではなかったわけです。
 ですから、お宅のワンちゃんがそのまま一人の人間に生まれ変わるのではなくて、とりあえずはその犬と同じ種類の魂たちと一緒になり、その犬種たちの魂が或る時にまとまって、人間の魂へと成長していくわけです。
 それが、人間の魂となったら、独り立ちした「個霊」として扱われます。それまでのケモノ性だけではなく、神性も具わった大人の霊魂です。自由意志を与えられますが、同時に「結果責任」も負わされます。その結果責任が「カルマ」ということです。
 この私たちの魂の進化の過程を知れば、人間が動物に逆戻りすることはないということがはっきりと分かりますでしょう。
 そうなのです、人間と動物では霊魂の中身がまるっきり違うのです。もちろん、本質的に神の一分身としての「霊」を内在していることに変りはないのですが、魂の成長段階ということでは大いなる相違があるということです。
 例えば、頭の良いチンパンジーにどれだけ教育や訓練をしたとしても、人間の赤ちゃんの一歳児にも敵いません。それどころか、人間の赤ちゃんは教えなくても、どんどんと地上で生きるうえでの知恵を発揮していきます。それは魂の構造が人間と動物ではまるっきり違うからです。肉体的な脳細胞の体積だけではなくて、霊的な面での魂の仕組みが根本的に違うのです。
 それに人間の場合は、人間となった段階から、個人的に生まれ変わりを経験し、そこで実体験から学んだ智慧が「裡なる神」のなかに蓄えられていますので、それが「思い出し」 として発揮されていきます。
 私たちの肉体先祖が、遠い昔から地上で生き続けながら、その折々に学んだ智慧を動物的本能として思い出すこともあるでしょうが、それ以上に、自分の魂が過去世で学び取った智慧を思い出して、それで幼児なのに、思いもかけないような、急激な成長を遂げていくのです。
 ですから、安心してください。私たち人間がブタや猿などの動物に生まれ変わることは絶対にありません。動物と人間との間には、もう超えることの出来ない高い垣根が存在していて、後戻りしたくても戻ることはできないのです。
 多分その「人間が動物に戻る」という世間常識は、昔の坊さんたちが霊的な摂理も知らないで、ただ悪いことをしないようにという脅かしで、諌めに用いたことから世間に広まったのだろうと推察できます。
 別の進化の過程として、昆虫類から爬虫類、そして鳥を経て妖精、天使へと辿る道筋もあります。こちらも地球上で、同時進行形で協力しあいながら成長しているのですが、でも私たちの進化系列に入り込むことはありませんし、また私たち人間の系列が彼らの進化の道筋に入ることもありません。このことから、人間が鳥や爬虫類や昆虫に生まれ変わることがないということも分かります。

 もう一つ、世間で言われている「生まれ変わり」の説と大きく違う点は、何千回も何万回も生まれ変わりを繰り返すようなことはないということです。いわゆる「機械的な生まれ変わり」ではなく、「創造的な生まれ変わり」であるとスピリチュアリズムでは訓えます。
 そこには「類魂説」の存在があるのですが、もっと分かりやすく魂の本体の多面性で説明します。ほんとは物質ではない魂のことを人間の言葉で説明すること自体が無理なことなのですが、例え話で、人間の魂の本体をダイアモンドに例えてみましょう。
 まず、ダイアモンドそのものがあなたの魂の本体だとします。よく「ハイヤーセルフ」 とも称されますが、その本体は高位の世界に存在しますから「高我」とも言われます。
 ダイアモンドには多くのカット面があります。そのカット面の一つが今のあなたという意識体です。低い波動の地上世界に顕現していますので「低我」とも言われます。
 隣のカット面の意識体が、同時に今地上に下りて来て、あなたの守護霊というお役目を果たしておられます。この魂の本体の中の「カット面」と例えた意識体のことを、山村さんは「魂の兄弟」と表現しました。
 ちなみに、山村さんは、「次に地上に生まれてくるはずの魂の兄弟が、今あなたの守護霊を務めていてくださる」と教えていましたが、この順番については異説もあります。
 確かに彼が言うように、現代は地縛霊となってしまって地上に居残る霊が非常に多いものですから、それで順番を変更したようなのですが、霊界通信を読んでいると、以前に地上生活をしていた人が守護霊のお役目を果たしている例も多く見受けます。
 ま、順番はいずれにしても、魂の兄弟が付き添っていてくれることには変わりがありません。そして、間違っても、有名な神仏や動物霊が「守護霊」であるはずがありません。
 このように、他の多くのカット面 (意識体) たちも、同時期に色んな世界に飛び出して行って、様々な経験を重ねながら霊性を磨き、智慧を蓄えていきます。決してこの地球の地上生活だけが魂の修行の場ではありません。
 ちなみに、唯物論者が「こんなに人口が増えたら、どこから魂が来るのだ」と主張しますが、それに対しては今の理論で簡単に説明出来ることです。要するに、彼らは一人の人間に一個の魂という風に理解しているのですが、霊的な世界はそんな単純なものではないということです。多次元の存在である魂の本体 (高我) は、低次元の意識体 (低我) など幾らでも地上に下ろすことが出来ます。
 そして、それぞれの意識体が様々な場で培った学びの結果を本体に持ち帰ったら、それをすべての意識体が共有するのです。あなたという個別の意識はずっと持ち続けながら、 それでも魂の本体の中の、別の意識体の意識もすべて共有するというような、 私たち人間には理解し難い、一種摩訶不思議な感覚の世界になってしまうのです。シルバーバーチはこの辺のことを、「パーソナリティ」と「インディビジュアリティ」という言葉で説明していますが、少々難しい話になりますね。
 これは神が「効率」というものを考えてこしらえた素晴しい摂理でもあります。一つの魂の本体が、ただ一つの意識だけで地上と霊界の各層を行ったり来たりしていたのでは時間が掛かってしようがありませんが、このように、同時期に多くのカット面 (低我) たちを色んな所に派遣して学ばせた方がずっと効率的だからです。
 この仕組みを考えると、一つの人霊がこの地上生活を経験しながら人間段階を卒業して神界に上がるまでに、何百回も何千回もの生まれ変わりを必要とはしないということなのです。霊界通信によっては、一つのカット面であるあなた自身の生まれ変わりは、十回にも満たない回数で人間界を卒業するでしょうとも言われています。ただ、本体の中の各カット面たちの生まれ変わりを総合計したら相当な回数になるはずです。
 難しい話でしたが、少しは分かりましたでしょうか?
 ま、素直に生きていたら、この苦しいことの多い地上に延々と生まれ変わって来る必要はないということなんです。でも、自分勝手で、物分りの悪い頑固な生き方を続けていたら、なかなか卒業の時期が来ないということにはなりますね。

転生の場は宇宙的

 昨今は地球の大変動説が流布していますが、それでも何の心配することもありません。 例え地球がどんなことになろうとも、皆さんの個性が無くなることはないのですから…。
 例えば、広島や長崎での爆心地で六千度の高温でその身体を消された不幸な人たちでも、 その霊魂と霊体は存続し続けました。そして、今では霊界のどこかで暮らしておられます。 あるいはもう既に地上に再生して、次の人生を歩んでおられます。
 このような「霊魂の不滅」と「個性の存続」ということは、スピリチュアリズムという心霊科学によって証明されているのですから安心してください。
 でも、霊的知識をまだ持ち合わせていない方に宇宙大の話をいきなり始めたら、多くの人たちが恐怖感を持ってしまわれます。表面だけ観て、「地球が滅亡すると私も家族もみんな死んでしまう…」などと過大な恐怖観念に陥ってしまいがちです。
 地球の滅亡即ち自分たちの死であるとして、皆さんは心配するわけです。でも、地球の大変動で経験する死であれ、普段に私たちが人生の最後に必ず経験する死であれ、その死の扉の先はまったく一緒なのです。ですから、本書で伝える死後の世界を正しく知っていたら、何も怖れることはありません。

 いま、「地球のアセンション」と、もう一つ「フォトンベルト」の情報が伝えられています。
 アセンションとは、地球という惑星神の霊性が上がり、それに連れてすべての波動が上がるということです。いわゆる次元上昇と言われる現象です。でも、この現象が起こるほどに地球が進化するには天文学的な時間を要します。ですから、今回それがあるとしたら、 私たちは非常に貴重な体験をすることになります。
 「フォトンベルト」とは、太陽系が過去一万三千年毎に体験してきた、光子 (フォトン) に充ちた宇宙空間を通過する際に起こる環境の変化と言われています。現在の宇宙空間とはまったく違う空間を二千年かけて通過し、また元の宇宙空間に戻ると言われています。
 この二つの現象は、もともと違う意味合いなのですが、同じ頃に起こると言われていますので、あるいはフォトンベルトへの突入の時期を一つの引き金としてアセンションが起こるのでしょうか。
 その次元上昇 (アセンション) の時期が近づいている、あるいはすでに始まっていて、十年から二十年かけて緩やかに上昇するという説もあります。また多くの指導者が二〇一二年説を唱えていますが、果たしてどうでしょうか?
 そして、その結果どうなるのかという具体的なことについても諸説がありまして、はっきりとした説明ができることでもないようです。
 アセンションの話も、詳細に説明しようとしたら多くのページを必要としますので、ここでは霊的な観点から概要だけを伝えることにいたします。それ以上の具体的なことは、 これまでに出されている、「フォトンベルト」や「アセンション」に関する情報の中から、 皆さん自身が信頼できるものを拾い出していくしかありません。
 間違っても、「うちの宗教に入っていたら救われますよ」とか、「うちのセミナーを受けたら次元上昇できますよ」などの誘いに乗らないことです。そんな所へ入ったからといって、簡単にあなた自身の霊性が上がるはずがありません。いつの世でもはびこった、「終末論」を利用した金儲け話に騙されるだけです。
 昨今の映画やテレビなどでは、地球滅亡であるかのように恐怖心と絶望感をあおっていますが、そのような情報に惑わされることはありません。あくまでも、「自分という存在は、 どんなことがあっても無くなってしまうことはないのだ」という知識をしっかりと腹に落として、どっしりと構えていたらいいのです。まずはそこからです。
 「地球が惑星として無くなったら、私たちはどこで生活するのでしょうか?」と心配なさる方もおられますが、それも大丈夫です。皆さんが転生していける惑星は、この天の川銀河の中だけでも無数にあるからです。
 アセンションというのは地球神自身の霊的な成長で起こることですから、その成長に追いついて行けない人は、あるいは地球から取り残されることになるかも知れません。でも、 それでも大丈夫!  その方の霊性に応じた次の惑星が、また地上生活の場として必ず用意されるからです。皆さんがこの広い宇宙の、何もない空間に打ち棄てられてしまうようなことは絶対に起こりません。なぜなら、神の子としての皆さんは、誰一人として神に見棄てられることはないからです。
 このように、地球の地上で肉体を離れてしまえば、他の惑星に移動して、そこの星の中でまた人間として生まれ変わることが出来るのです。
 どこにそんな惑星があるのか?
 現代宇宙科学では、直径が十万光年という、広大な私たちのこの「天の川銀河」の中に、 約二千億個の、太陽のような恒星が存在すると言います。仮に、それぞれの恒星が十個ずつの惑星を従えているとしたら、全部で約二兆個の惑星があることになります。
 これは私の勝手な推定ですが、例えば百万個に一個の割合で人間の住める惑星があるとしたら、天の川銀河だけで約二十万個の生活可能な場所があることになります。もう一桁割合を下げたとしても二万個です。
 どうです? 少しは安心しましたか?
 「人間が住んでいるのはこの宇宙のなかで地球だけだ」と考える人には荒唐無稽な考えかも知れませんが、あながち絶対無いとも言えませんよ。それどころか、「地球だけだ!」 という考え方の方が、確率論からしてもおかしいのではないでしょうか?
 また、「霊界はある」としたら、その霊界の奥の方では他の惑星次元とも繋がっているのですから、時空のない高次元の霊界で魂が惑星間を移動すると考えたら、他の惑星への転生は簡単なことなのです。
 そして、これもまた、霊的な世界を信じない方々には「作り話」としか思えないことでしょうが、この地球という惑星も、いわゆる一つの生命体です。そのことは太陽についても、そして天の川銀河についても同様のことが言えます。もっと言えば、今我々が住んでいるこの広大な「我々の宇宙」そのものもまた、いわゆる一つの生命体なのです。
 ということは、地球は宇宙の中の一つの小さな細胞みたいなものですね。そしてまた、 私たちはその地球細胞の中で生きている極小細胞ということにもなります。
 ですから、私たち人間が輪廻転生 (生まれ変わり) をするように、惑星自身も生命体として輪廻転生するのです。もちろん、人間の場合と違って、惑星神の輪廻転生には天文学的な時間を要するのですが、それでも生まれ変わっていることは確かなのです。これらの理論は、スピリチュアリズムというよりも、神智学などのヒマラヤ密教のなかに含まれている教えです。
 もっとも、『シルバー・バーチの霊訓』の中で、シルバーバーチが、「この太陽系のなかにも肉眼には見えない惑星が存在しています」と伝えている部分もあります。
 このことから推察すると、もう肉体を必要としない次元までアセンションした人たちは、それらの肉眼では見えない惑星に移動するか、あるいは、肉眼では見えない惑星となった地球と共に過ごすことになるのではないでしょうか。
 なかには、地球自身が天の川銀河の中心にワープするという説を唱える人もいますが、基本的に考えて、地球は太陽神の司る太陽系霊界の中の一惑星神なのですから、それが一段階次元上昇したからと言って、すぐに銀河神の中心まで行けるとは思えません。
 
 このように考えると、私自身が今理解している範囲での「アセンション」とは、ちょうど私たちが肉体から脱した時に、次の「地表圏の中間境」で、「ダブル (エーテル体) 」という霊的な体をまとうように、地球神も物質的な体を脱いで、半霊半物質の世界へ次元上昇することではなかろうかと思います。いわゆる、物質次元からの卒業です。ですから、 ほんとうは進級試験に合格という、お目出度い話なのです。
 もしもほんとうにこのアセンションという大宇宙ショーがあるのだとしたら、素晴しい時期に地球に生まれて来たと言えます。私たちは、まれに見るこの天体ショーを大いに楽しむことと致しましょう。
 ですが、まだ確定された話ではありません。また、地球の中にいる私たちや、地球神界の神々にさえ分かることでもありません。なぜなら、地球神そのものが卒業試験を受けているのですから、おそらくずうっと高位の宇宙神たちによって、その合格か不合格かが決定されることだからです。あるいは、この先も、地球霊界の中の細胞神、いわゆる人間たちの魂次元が変わらずに、相変わらず自分勝手な生き方をしている人たちが多かったら、 残念ながら卒業試験は不合格かも知れないのです。
 皆さんは、ずうっと地球の中で魂を成長させ続けてきた人が大部分ですが、でもなかには、他の惑星で生まれ育っていて、この度、このアセンションを体験しようとして地球に転生してきた方がおられるかも知れません。そうした方々にとったら、今回の事態は最も楽しみな事と言えますね。
 それに、どの程度まで魂の波動を上げていたら進級できるかと言えば、私なりの考えでは、「自分事よりも人様のため」という利他の精神にある程度到達していたら、少々足りない部分があったとしても、共振作用で一挙に引き上げられるのではないでしょうか。
 色々なアセンションやフォトンベルトの情報に接して悩んだら、心配する前に、まずは正しい霊的な知識を持つことです。本書の「霊界情報」も、その基本的な知識として素直に受け止めてください。
 繰り返しますが、「人間というのは死んでも決して死なないものなんだ」ということさえ分かっていたら、この先どんなことがあったとしても、決してうろたえることなく、平常心で乗り越えて行けるはずです。
 まずは、「霊魂の不滅」を腹に落とすことです。なんたって、あなたも私も、永遠の生命を頂いた存在なのですから、安心して毎日をお過ごしください。
 アセンションに対して、何も特別なことをする必要はありません。これまでのように、 日々、人さまの喜ぶことをして差し上げながら、前向きに明るく生きて行ったらよろしいと思いますよ。

お墓に眠ってはいけません

 皆さんに知っておいて頂きたい大事なことのひとつが、「間違ってもお墓に眠ってはいけませんよ」ということです。このことを、声を大にしてお伝えします。
 間違った教えを信じ込んでしまって、真理とはまったく反対方向での死後の生活設計を立てておられる方がおられます。その最たるものがお墓の建立です。自分が死んだらそこに入るつもりで立派なお墓を建てて、「これでもういつ死んでも大丈夫!」と安心し切っておられます。
 現に、あるテレビ番組で観ましたが、有名な作家でもある、瀬戸内寂聴さんが、ご自分で購入された墓地の前で、「私はここに眠る」とはっきりと言っておられました。高名な尼さんでさえ、このように思っているのですから、一般の仏教信者はなおさらのことです。 ほとんどの方が「死んだらお墓に眠る」と思っていることでしょう。
 実は、この「死んだら墓に眠る」という間違った観念が、現在、多くの地縛霊を産む原因にもなっているのです。
 もちろん、なかには霊格が低くて動物性が強く、我欲による未練執着を断ち切れずに地上をさ迷っている霊もいるでしょうが、そのほとんどは間違った宗教の、間違った教えを信じ込んで迷っている場合が多いのです。
 先ほどのお墓に執着する教えは何も仏教だけではありません。カトリックでも似たような教えがあります。いわゆる「最後の審判」という教義です。
 皆さん、ローマの教会などに描かれている宗教画で、「最後の審判」という壁画を思い出してください。その画に描かれている神々のなかに、必ず一人、ラッパを持った天使がいます。その天使の名前は「ガブリエル大天使」です。
 この天使が、地上最後の時が来たら、「全員集合」の合図のラッパを吹くことになっています。そして、一人ひとりに最後の審判が下されることになっています。ですから、その合図のラッパが鳴り渡るまでは、すべての死んだ人はお墓の中で眠ったままで、待っているようにと教えられます。
 当然、この教えを信じ込んだ人はお墓の中で眠り込み、そして時々目を覚ましては、「なんだ、まだラッパはならないな」と言ってまた眠り続けるのだそうです。ジョークみたいな話ですが、笑うに笑えない、こんな地縛霊の実態もあるのです。
 お墓とは、あなたが今回の地上生活で使わせて頂いた「肉体」を、「永い間ありがとうね」との感謝を込めて納める場所です。もちろん、その「骨」があなた自身ではありません。本質のあなたは、もう肉体から抜け出して、次の「幽体」という体を使って、「幽界」 という世界でちゃんと生活していくのです。
 考えてもみてください。もしも、生まれ変わりがあるものなら、あなたはこの地球上のあちらこちらに、その時に使わせてもらった「肉体」をお墓に埋めてきているはずです。 だとしたら、地球上に、あなたのお墓がいくつもあることになります。どのお墓の骨があなた自身だと思われますか?
 違いますよね。骨はあくまでも「物質世界」で使わせて頂いた「肉体」という道具の一部分なのです。
 それに、お墓に居ついてごらんなさい。狭っ苦しいし、夏は熱いし、梅雨時は湿気が強いし、冬になると寒いし、ちっとも気持ちの良い環境ではありません。もっとも、もう肉体という五感を得る機能を失っているのですから、人間が感じるのとは異なる感覚でしょうが…。
 いいですか。間違ってもお墓に居付いてはいけませんよ。そこで眠ってもいけませんよ。
 還るべき世界は、もっと上の方に、素晴しい光の世界として用意されております。
 「きびしい地上生活をよくがんばったね。ご苦労さん」と言って迎えてくれる魂の兄弟や仲間たちが大勢待っているんですよ。

永遠に眠ってはいけません

 世間では、よく人が亡くなった時に、「永遠の眠りにつかれた」と申しますが、実はこれもほんとうの霊的な摂理から観ますと大変に困った常識なのです。
 永遠に眠ってもらっては困るのです。あなたはこの地上界を去っても決して「無」になるわけではありません。意識も個性もそのままに霊界へと帰るのです。(但し感性は鋭くなります。超能力者のように、相手の思っていることが分かるようになるのです)
 ところが、先ほどの言葉のように、「死んだら永遠に眠る」という常識に染まっている人のなかには、あちらに行ってから本当に眠り続ける人がおられるのです。なんといっても「思念の世界」ですから、自分が思い込んでいるような世界に入り込んでしまうのです。
  憶えていてくださいね。死んでからもやることはあります。勉強もさせられます。仕事も与えられます。眠っている暇なんかないんですよ。しっかりと目を覚ましていてくださいね。

 先ほど「お墓に眠ってはいけません」と話したのは、お墓に居着くことの間違いを話したものです。これはまだ地上圏での、地縛霊の状態ですね。ですから、「お墓に眠る」とは言っても、実はほとんどがお墓を基点にしながら、住み慣れた家や仏壇などへ結構徘徊しているものなんです。
 「死んだらお墓に入るものだ 」と信じ込んでいた人たちが、亡くなってから、その信じたままにお墓に執着しているわけです。死生観としては中途半端ですが、霊魂の存在は認めていて、人間は死んだら人魂みたいになってお墓にいるものと勘違いしているだけですね。
 あるいは「最後の審判」にしても、中途半端な死生観ですが、ある意味、死後の霊魂の存在は認めているわけです。
 ところが、世間には、死後の生命の存続をまったく認めない人たちもおられます。「死んだら無になるだけだ」と頑なに信じ込んだ人たちです。こういう人が霊界に行きますと、 どうなると思いますか?
 そのような方々は、ほんとに霊界で完全な催眠状態におちいってしまうのです。しかも哀しいことには、何百年も何千年も、そうした無駄な時間を費やしてしまうのです。
 どんなに悪いことをしても、そのことでたとえ地獄の底まで落ちたとしても、自分の間違いに気付き、その罪を悔いて向上への道を求めたら、更生のチャンスは必ず与えられるものです。また、そうした時には、指導霊たちも一生懸命にサポートします。
 なのに、この熟睡したままでは、進化向上のチャンスは一切ありません。指導霊がいくら起こそうとしても反応がなく、ただただ眠り続けるだけだそうです。時だけが無駄に流れていくだけです。この実例は、後ほど地獄編のなかに登場します。
 憶えていてください。霊界では肉体がないのですから、寝る必要がありません。眠って疲れを癒すというのは地上世界だけのことなのです。ですから、霊界では寝ている人を見かけることはまずありません。
 ただ、肉体を脱ぎ捨てた当初に、眠らされる人は大勢おられます。それは、まだ霊界で活動する準備の整っていない方々です。霊性が低いために、霊体が次の世界で生活するのにはまだ不十分な人たちは、それが整うまでの間、しばらく眠らされます。その眠る時間は、その人の霊格次第ということになります。

仏壇に入ってもいけません

 先ほどのように、お墓に居着いてしまった霊たちも、やっぱり居心地が悪いものですから、住みなれた家に帰ってきて、こんどは仏壇の中に入り込もうとします。
 やはり、仏教の教えなどから、間違った観念を持ってしまって、「死んだら仏壇に入る」 と思い込んでいる人も多いからです。あるいは「位牌の中に入る」と思っているんじゃないでしょうか。
 これもまた困ったことなんです。仏壇とは「ご先祖様に感謝の想いを向けさせて頂く場所」にしか過ぎません。死んでから魂が納まる場所ではないのです。
 でも、間違った教義を信じ込んだ人は、仏壇にご先祖様たちがおられると思って、食べ物をあげたりします。あるいは仏壇の中に亡くなられた家族がいると思って話しかけたりしています。
 このように、日本人の死後の世界観というものはバラバラです。いったい、皆さんはどこに還ろうと思っていらっしゃるのでしょうか。お墓ですか?  仏壇ですか?  いいえ、 どちらも違います!
 私は「仏壇を捨てろ」なんて決して申しません。それは、ご先祖様のなかには、まだきちんとした成仏が出来ていなくて、例えばお盆や法事の際に、霊界から地上の懐かしい我が家に帰って来る人たちがおられます。そういう人たちのために、「必要悪」として残しておかないと哀しんだり、時には怒り出したりするからです。
 でも、「仏壇に居着いたら、いつまでも苦しい地縛霊として過ごすことになりますよ」とは、はっきりと申します。
 遺された側も、仏壇はあくまでも「祈りの心を向けやすく造られた場所」と心得て、お線香を上げてください。
 ご飯などの食べ物を上げることは好ましいことではありません。なぜなら、死んでからも食べ物を欲しがっているということは、地上的な執着に縛られていることになりますから地縛霊の姿なのです。その姿を肯定するような祈りやお供えの行為だったら、亡くなった方々の成仏を遅らせることになってしまいます。
 果物やお菓子などを上げたとしても、「ご先祖様、どうぞ食べてください」ではなくて、「今日もお陰様でこのようにみんな元気で過ごしております。ありがとうございます」という感謝の想いを向けながら上げることです。そして、早めに仏前から下ろして、家族みんなで美味しく頂くのがよろしいんじゃないでしょうか。ほんとうに成仏したご先祖様だったら、きっとそのように楽しく過ごしておられる子供や孫たちの姿を感じるほうを喜ばれるはずですよ。

 ついでにお話ししますと、山村さんの「宗教に入ってはいけません」という言葉を聞いて、 仏壇もお墓も廃棄しなければならないのだろうか? と心配なさる方がおられるのですが、 それは極論です。今もお話しましたように、要は、仏壇やお墓に対する意識の問題なのです。
 仏壇やお墓にご先祖さまがおられるという意識でなく、ご先祖さまへ「感謝の祈りを向けるための場所」として向き合えば、何の心配もありません。ましてや、先祖伝来の仏壇やお墓を廃棄しなければ…なんて、そんな極端なことを考える必要は毛頭ありません。
 反対に、このような「ご先祖様への感謝」という観点から考えますと、日頃から仏壇を粗末にしているような家は感謝の念も薄いということですから、ま、良い事は起き難いでしょうね。もっとひどいのは物置代わりにしているような家庭もありますが、そこまでいくと悪い事の起こる心配をしなければなりませんね。

お迎えはあります

 よく臨終の際に「お迎えが来る」とか申しますが、あれは本当のことです。ご先祖様や、 先に還って逝った友人たちが、打ち揃って迎えに来てくださいます。
 世間では、「一人で産まれて、また一人で死んでいく」とか申す人もいますが、決してそんなことはありません。
 地上に産まれる時は、霊界の魂の仲間たちが、
 「きびしい地上での人生修行だけど、がんばって来いよ」
 と涙で見送ってくれました。
 臨終の際も、縁のある霊人たちが大勢迎えに来てくれるのです。
 「よくがんばったな。ごくろうさん」
 と言って、みんな笑顔です。
 このように、誕生の時も、還る時も、いつも大勢の仲間に見守られています。
 迎えにくる霊人たちも、みんなが一緒の場所におられたわけではありません。霊界のいろんな場所に、それぞれが分かれて生活していたのですが、実は、誰が霊界のどこに住んでいるのか、すっかりと把握されているのです。ちょうどこの地上生活でも、引越しをする度に住民票を移動するようなものですね。当の本人にしたら、霊界でそんな手続きをした憶えはないのですが、霊界の機構の中では、神々がきちんと一人も漏らさずに見守っているということなのです。
 ですから、地上のAさんが今回の地上生活を終えて還ろうとするときには、霊界の役場の係の霊が、Aさんの血縁の方や友人たちの所へ行って、
 「もうすぐ、Aさんが還るから、みんなでお迎えに行きなさい」
 と声をかけて廻るのです。そうして、霊界のあちこちから集まった人たちが、臨終の枕元にお迎えに来てくれるわけです。
 そのときのお迎えの様相は、亡くなる人から観ていちばん分かりやすい、当時の衣装や顔立ちのはずです。霊界でも魂が成長すると様子が変わっていきますので、そのままでは分かり難いものですから、Aさんが識別できるような当時の姿で来てくれるのです。
 そのことからしますと、愛する人に先立たれて寂しかった人も楽しみですね。
 これは一般的な話ですが、お迎えの時には、その人がいちばん輝いていた年代の様相で迎えに来てくれるようです。大体、二十~二十五歳ぐらいですね。永年連れ添って、年老いてから死に別れたとしても、亡くなった当時の様相ではなくて、若返った格好で迎えに来てくれるというのです。
 そしたら、付いていくこちら側も遠慮なく二十歳くらいに若返ってしまえばいいんですよ。なんと言っても、霊界は「思念の世界」です。こちらの想いが形となってしまう世界ですから、遠慮なく気持ちも体も若返ってください。そして、デートしていた若い時分のように、手をつなぎながら光の世界へと旅立ってください。
 念の為に何度でも申しますが、だからといって、自らの命を絶って、早く迎えに来てもらおうなんて考えるのは絶対だめですよ。本当にとんでもないことになってしまいますから…。自殺霊の現状については後述しますが、そこは非常にきびしい世界なのです。
 お迎えと云えば、創価学会などでは仏様が一輪車に乗って迎えに来ると教えているようですが、そんな漫画みたいなことは霊界通信で聞いたことがないですね。
 似たようなことでは、浄土宗では阿弥陀様が光に乗って迎えにくると教えます。これも、 阿弥陀様が直々に来られるというのが大分おかしいのですが、でも浄土宗の経典にある「不可思議光」という光のことは現実にあるようなのです。
 ただ、光が迎えにくるのではなくて、本来いつでも天と光でつながっていた私たちが、 地上から去るときに、その光の道を辿りながら還って行くのが、ちょうど光の道に観えるのではないかと推測できます。少し難しいですが、「エネルギーフィールド」という言葉を勉強なさった方なら想像できることではないでしょうか。
 同じような感じでは、真っ暗な中、上へと伸びている光のトンネルをずうっと上って行ったら、明るいお花畑に着いていたという西洋の霊界通信もあります。ただ、スピリチュアリズムで引用されている霊界通信はもちろん西洋のものがほとんどですから、残念ながら「三途の川」は登場しません。霊界は想念の世界なので当然のことなのですが、西洋人にはそうした「三途の川」というお話は伝わっていなかったからなんですね。
 このように、日本と西洋では霊界の様子も大分違います。
 でも安心してください。皆さんがまず還る霊界は日本人だけが集まっている世界になります。「親和の法則」によって同じ思考性、習慣性を持つ者同士が集まるのです。もちろん霊界で成長していったら人種は関係なく、すべての人たちが一緒に生活するようになります。言語もその頃には必要ないほどに成長していて、お互いの想ったことが即相手に伝わるようになります。それだけに、嘘の通用しない世界なのです。なんと言っても、こちらの思っていることがそのまま相手に分かってしまうのですから…。

永遠の命

 「永遠の命」ということを考えてみます。
 スピリチュアリズムでは「あなたの命は永遠です」と訓えます。でも世間で云う「永遠の命」の定義とは大分解釈が違います。
 これは葬儀の際の弔辞などを聴いているとよくある言葉ですが、故人に対して、 「あなたは私たちの心のなかに永遠に生き続けます」
 と詠み上げられます。家族や友人の心のなかに故人の思い出が生き続けるということですが、でも、いずれは遺された人たちもみんな地上を去るのですから、この場合に「永遠」 という言葉を使うのは正確ではありません。
 もう一つには、親子の関係で肉体的に捉えて、
 「あなたの命は子供たちから孫へと永遠につながっていきます」
 というような解釈もあります。いわゆる肉体遺伝子を通じて、自分の命が永遠につながっていくという考え方です。でも、この解釈では、子供さんに恵まれなかったご夫婦には「永遠」が当てはまらないことになってしまいます。
 この二つの言葉をよく考えてみてください。いずれもご本人様は無になってしまっていますね。そして、他の人の心や肉体に記憶や遺伝子として残っていくという考え方です。
 スピリチュアリズムの訓えでは、このような中途半端な定義付けで「永遠の命」と言っているのではありません。ほんとうにそのものズバリで、あなたという存在がこれから先も永遠に生き続けると言っているのです。もちろん意識もあり続けます。個性という、あなたらしさもそのまま持ち続けます。これから先、成長、進化を遂げながら未来永劫生き続けるのです。それがほんとうの「永遠の生命」ということです。

帰らぬ人

 よく人の死に際して、「あの人は帰らぬ人となってしまった」と申しますが、実はこの言葉はほとんどの人に当てはまらないはずです。なぜなら、輪廻転生 (生まれ変わり) の摂理によって、死んだ人もまたこの地上に生まれ変わって来るからです。
 ごく一部の方で、ほんとうに「帰らぬ人」もおられますが、そうした方々は霊性も高く、 カルマの解消も全部済んで、もう人間世界には帰る必要のない方々です。地上での修行を散々やり尽くして、人間界を卒業した方々です。
 ですから、分かりやすく言いますと「神様」になるわけです。仏教では「如来」とか称します。キリスト教で言うと「大天使」ということになります。
 そうした方々は、次はどこに行かれるかと言いますと、「霊界」の上の「神界」という世界です。
 ですから安心してください。私も皆さんも、多分またこの地上に戻って来ます。
 でも、ほんとうは「帰らぬ人」になったほうが楽なんですけどね。なぜなら、この地上は魂を鍛えて磨く「苦の世界」です。お釈迦様も申されたように、この現世という所は「苦海」でもあるのです。それに比べて霊界の上層や神界は光明に溢れた素晴しい世界なのですから、こちらの世界よりはずっと楽しい所です。
 もっとも、地上時代に散々自分勝手なことをした人たち、他人を苦しませてそれを楽しんだような人たちにしたら、今度はあちらの方がとても苦しい世界ということになりますが…。

あなたの個性はそのままです

 仏教の教えでは「死んだら皆仏」ということになります。この地上で生きていたときに、 他の生徒に弱い者いじめをして自殺に追いやった人も、他人を泣かせて自分だけが物欲を楽しんだ人も、みんな死んだらその場で「仏様」になるとお坊さんは教えます。死んだことで、その人の為した悪業の一切合切が消滅して、みんな平等に「仏」に昇華してしまうのだそうです。
 これって、お釈迦様が教えた「因果の法則」のほんとうの意味とは反することだと思いませんか。自分勝手に我がままし放題で生きた人も、我が身を捨てて人様にやさしく生きた人も、 「死んでしまえばまったく同じ仏様」と言われるのだったら、因果律は存在しないことになります。
 たしかに皆さんの本質はみんな同じように「神の一分身」です。仏教的に申せば、みんな「仏性」を裡に具えております。そのように、本質の面ではみんな「霊」であり、「神の分霊」であり、「仏」であるのですが、それを内在しているあなたの現在の成長段階では、 まだまだ不完全なる存在なのです。
 ですから、この地上界での生活する道具である肉体を脱いだからといって、すぐに仏様になれるわけではありません。この地上でこしらえたカルマ (業) もそっくりそのまま霊界に持ち帰ります。
 そしてまた、あなたらしさという人間個性もそのままです。すぐにみんな一様に仏様の顔立ちになって、性格も優しくおだやかになってしまうものでもありません。
 心配性の人は、あちらに還っても相変わらず取り越し苦労ばっかりしておられます。
 怒りん坊だった方は、そのまんま何かにつけて怒りまくっておられます。
 人様に優しかった人は、今でもニコニコと、困った人たちに助けの手を差し伸べておられます。
 のんびり屋さんだった人は、霊界に行っても相変わらずのんびりと過ごしておられます。
 せかせかとあわただしかった人は、あちらでもやはり忙しそうです。
 このように、あなたの個性はそのままで霊界に還るのです。あなたの意識がそのまま続くように、あなたらしさもまたずっと引き継がれていくのです。

霊界の界層

 仏教では、この世とあの世を表現するのに、「此岸(しがん)と彼岸」と言う言葉で分けます。
 心霊学では「物質界と霊界」というように分けます。もっとも、大きな観方で言えば、 この物質世界も霊的な世界のその一部であると言えないこともないのですが…。
 この「霊界」という言葉のなかには、もっと細分化した表現もあります。いわゆる、「幽界・霊界・神界」という三つの区分です。スピリチュアリズムのなかでは、この三つの分け方が一般化していますので、本書もそれに従います。
 ご注意ですが、この世に対しての「あの世」という意味で「霊界」と言っている場合と、 その霊的な世界を三段階に分けた中の一つを指して「霊界」と言っている場合とがあります。どちらも同じく「霊界」と称するものですから、皆さんも心霊関係の本を読んでいて、 とまどった経験があるかも知れませんね。
 本書では、全体像を示す場合の「霊界」と、分類したうちの一つである場合の「霊界 (メンタル界) 」とを、できるだけ誤解を招かないように表現して参りますが、何しろ表記する箇所も多いことですので、皆さんも、それがどちらの意味で使われているのか、どうぞ前後の文章から文意を正しく汲み取ってください。

 ここで、スピリチュアリズムで訓える霊界の各階層について大まかに説明しておきます。指導者によって、あるいは霊界通信霊によっては、区分けの仕方に多少の相違があるのですが、そこは用語の違いであったり、詳細に区別するかしないかの問題であったりで、全体的には統一感があるものです。
 コナン・ドイルがその死後に送ってきた死後の界層のイラストは図①の通りです。
 また、トウィーデール氏の『他界からの通信』やワァド氏の『死後の世界』を参考にしてまとめると、おおよそ次のようになります。

 (1)地表圏の中間境

 地球の表面と大気圏の下層部との間に霊魂の生活の「場」(注・界ではない) があります。 コナン・ドイルはそこを「人生の終着駅」と呼びました。
 私たちが肉体を棄てると、ひとまずそこに行くのですが、普通は短期間過ごす世界です。
 でも、ここに留まる期間は、その人に霊的な知識が有るか無いかで大きく違ってきますし、また霊格によってもかなり異なります。
 なかには、地上生活に未練・執着・煩悩を強く持って、永く留まってしまう霊もいます。いわゆる、地縛霊、低級霊の類ですが、そうした不成仏霊の留まる世界でもあります。
 神智学で言う「エーテル体」もしくは「幽複体 (エーテルダブル) 」が、この階層で使われる霊的な体です。 (これも幽体と翻訳されますので、ややこしいのですが…)

 (2)幾つかの霊的な世界

 地表圏の中間境の上方には幾つかの「界」があります。
 スピリチュアリズムでは、死後の世界は、地球を取り囲むようにベルト状に三層に分かれており、それらの間に中間境があると説明しています。地球を中心にして、外側に同心円状に広がっていくのです。
 地表から上に向かって、幽界、霊界、神界と呼んでいます。とは言っても、それぞれがバームクーヘンのように、はっきりと分かれているわけではありません。波動 (バイブレーション) の違いであり、なかには重なり合っている部分もあるのですが、下層の世界の霊たちは地上的な煩悩も抱えており、それだけ物質性も帯びていますので、地表面に近い所にあります。反対に、上層ほど精妙な波動になりますので、地表よりも離れた所まで広がっていることになります。
 「幽界の下層」とは、普通の人たちがまず落ち着く場所で、地上時代の煩悩や執着、例えば食生活などの習慣を断ち切る所です。まだ自我我欲の残る霊たちが、早くその執着を消滅するようにと用意された、いわば浄化の世界です。また、まったく霊的な知識もないままに死を迎えてしまった人たちには、ほんとうの宇宙真理を学ばせるような組織も用意されております。

 「幽界の上層」は、「何でも想いのままになる世界」であるとも言えましょう。極楽、またはサマーランドとも呼ばれる世界です。でもまだ、「勝ちと負けの世界」です。神智学で言う、アストラル体 (感情・欲望体) の世界です。
 もちろん、人間にも幽体がありますが、その幽体は死の瞬間に肉体と分離します。そして、地上から遠ざかれば遠ざかるほど、ますます精錬され、浄化されて行き、最後に物質的成分は消滅してしまうのです。
 この幽界は、すべて時空の支配を受けており、また一定の場所もあるようですが、しかし地上の物質界の法則通りには行かないようです。

 「霊界」とは、調和の世界です。自分事の欲望はなくなり、他が為にと生きる人たちの住む世界です。神智学の分類ではメンタル体 (精神体) となります
 この霊界を次のような三つの境に分けることも出来ます。

①信仰と実践の合致した最上層

 この境は、ほとんどの人が死後直ちに入るというわけにはいかないようです。また、単に強い信念を持っているだけでは不十分で、偏狭な精神から超越し、なおその上に人類愛をその行動のなかで発揮した者でないと入れません。
 要するに、その信仰が実際の行為の上に顕われ、生きている時から聖者と呼ばれたような人でないと、とてもすぐには入れるものではありません。
 従って、ほとんどの霊魂は死後の修行を積んでから初めてこの境に入って来ますが、その進歩の度合いはすこぶる遅く、入ってから永い年月をここに留まるようです。
 この境の光線は熱帯地方の真昼くらいで、あまり進歩していない霊魂にとっては、まぶし過ぎて、とても耐えられないと言われます。
 また、この境に住んでいる霊魂は、同胞の救済のために働きますが、特に地獄に堕ちている者たちを救済するために、度々その界へと降りて行きます。
 いろいろの宗教は上の霊界に進むにつれて、だんだん統一されていきますが、ただし、 その統一とは、すべての教義をゴチャゴチャにして、混沌とした信仰に導くものではなく、 各宗教の持っている真理の部分だけをぬき出し、併せて虚偽の部分を棄て去って、本来の真理体系に戻すということのようです。
 「信仰」という言葉ですが、それは既成宗教への信仰ということではなく、本来の霊的な真理を覚っている信仰という意味です。

②信仰はあるが実践の伴わない中層

 この境に入る者は、信仰心は強いが、ただいくらか偏狭で、頑固なのです。そして、信仰はあっても、実行がそれに伴わない人たちです。
 また、この境の最下部にいる霊魂は、自分の所属する宗教宗派の観念に固く捕えられており、ややもすれば狭い団体を作って、それに引きこもる傾向があります。そして、自分たちこそが最高と信じ込んでいますから、新しいものを進んで取り入れる積極性もなく、 保守的でありますので、その視界が自分の置かれている環境以外に広がることはほとんどありません。

③半信仰の下層

 世情にも深く通じ、世渡りの知恵があっても、生前、あまり信仰について深く考えたことのなかった人たちの入る境です。ですから死後は相当まごつきます。


 「神界」とは、人間段階を終えた霊が高級霊 (分かりやすく言えば神様) となって、地上全体を指導したり、あるいは宇宙規模での仕事に携わったりする界です。御神体そのもので活動しますから、もう形を必要としない光の世界です。

 そのほかに、「暗黒界」という界もあります。
 この界は、もともとは無かったのですが、哀しいことに、人間たちの邪悪な想念が積もり積もって、現在ではこの暗黒界、通称「地獄界」という界が存在しています。
 暗黒界は地表よりも下の方に潜っています。地表圏の中間境で、地上の人間に憑依を繰り返したり、悪行を重ねたりした、邪霊、悪霊たちが強制的に隔離される世界です。人間界で言えば、刑務所に当るような、矯正を目的とした界です。
 ただ勘違いしていけないのは、宗教で教え込まれた「地獄絵図」の影響で、恐怖観念から陥ってしまう「夢幻境」の仮想地獄とはまったく違うということです。夢幻境の地獄は、その人自身の観念が作り出しているものですから、そのことに気付けばすぐに消えてしまいますが、こちら実際にある地獄では、前非を悔い、更生への自助努力を重ねない限り脱け出すことは出来ません。
 とは言え、この暗黒界も極楽 (サマーランド) と同じように、自分の想いのままになる世界です。残忍な霊は残忍な者同士が集まり残忍な行為を繰り返す…、酒色に溺れる霊は似た者同士が集まって、決して満足することのない酒色に耽る…、まさにその間違いに気付くまで自分の想いのままに過ごす世界なのです。

 (3)中間境

 界と界の間には必ず中間境 (仏教で言う中有界) があります。いわゆる、地表圏と繋がる中間境、幽界と霊界の間の中間境、霊界と神界の間の中間境の三つです。
 それぞれの界で修養を積み、その世界を卒業出来た者だけがこの中間境を通って上の界へと進むことが許されます。
 特に、霊界と神界の間の中有界では、霊界で利他行の修行を重ね、徳を積み、智慧を蓄え、そしてカルマの解消を終えた霊たちが、輪廻転生の旅を終えて神界へと上昇して行きます。神道で言う「神あがり」とは、本来ならこの段階を称するものです。
 この中間境を越えて神界に到ったら、もう二度と地上に生まれ変わることはありません。 

 (4)上下の界の交流

 上の界から下の界へは自由に行けるが、下の界から上の界へは自由には行けません。

 (5)界の地方  一つの界には幾つもの「地方」が存在します。

 (6)共通事項 以上のことは全ての天体に共通します。

 (7)惑星間の繋がり

 高位の霊界になると隣の惑星の神界・霊界とつながりを持ちますが、他の天体及びその霊界を訪れることが出来るのは、よほど進化した霊に限られます。

 (8)死後の生活実感

 死後の世界の生活にも、それぞれの界での波長に応じた実感があります。それは、われわれ地球人が五感を通じて物質的生活から実感を味わっているのと原理は同じです。

霊界も形のある世界

 あなたのイメージのなかにある霊界ってどんな感じでしょうか?  勿論、霊界通信などを読まれた方はおおよその想像が付くでしょうが、でも意外と皆さん、具体的な表現を求められると困ってしまわれます。
 「霊界ってどんな所ですか?」
 まず皆さんの想像するのは、雲か霞のたなびくような、茫洋とした世界です。おそらくこれは、仏画などで観音様や如来様・菩薩様たちが、よく雲の間に描かれていますので、そこから植えつけられたイメージでしょうね。
 「霊界にも地面があるんですよ」
 このように申し上げますと、ほとんどの方が意外に感じるようで、びっくりなさいますが、えぇ、霊界にも地面はあるんですよ。ただ、地上の地面とは違って、掌ですくったら、 さらさらとこぼれ落ちるような、そんな感じの土で出来た地面だそうです。
 もっとも、この本で紹介していく霊界は、ごく普通の人たちが還って行く、まだ地上に近い世界の事だと思っていてください。
 霊界でも、如来や菩薩、天使と云われるような高級霊の方々の住む「神界」は、形を必要としない光の世界になってしまいます。でもそこまで到達するには、我々一般人はまだしばらくの時を要するようですから、その光の境地は将来の大きな目標としておいて、まずは当面の、一般人の死後の世界から知ることにしましょう。
 でも、その前に一つだけ知っておいてほしいのですが、霊界には地上の言語では正確に表現できないことも多くあります。地上には存在しないような、霊界独特の現象や仕組みがあるからです。私たちが見たこともないのですから、まさにそれは、生まれつき目の見えない人に虹の様子を説明するようなものです。ですから、通信霊もその辺りでは困ってしまって、「地上でいちばん似ているものでは…」というように表現することがよくあります。
 私たち一般人の還る世界は、まず簡単に申せば、「今住んでいるこの地上世界とほとんど同じです」と言っても過言ではないくらいです。ですから地面もあるのです。
 ただ、形を成しているものが、地上では物質というものですが、霊界ではエレメンタルエッセンスというものが想念に反応して形態を作りますので、地上と霊界では、形は似ていても、その様相が大いに異なる感じはあります。
 このことは、次にお話する「想念体」でもそうですし、あるいは霊的な身体でもそうなのですが、地上のように固定的な感じの形や色彩ではありません。次に『思いは生きている』という本から部分的に抜粋し、参考的に並べてみますから、想像力を働かせて少しだけでも感じを捉えてみてください。

・想念体の色彩・形態を地上の絵具では絶対に表現できず、正確に表すには色のついた火が必要である。
・知的に進歩した人の霊体 (メンタル体) は大変美しい。その分子の繊細さと急速な輝きは、生きた虹色の光の様相をメンタル体に与え、驚くほどの美しい輝きとなる。
・あらゆる想いは、メンタル体の資質の中に驚くべき色のひらめきを伴った一組の相互的振動を起こさせる。その色のひらめきは、日光に照らし出された滝のしぶきのように、色と繊細さをn乗した素晴らしいものである。
・粗雑なタイプの人の幽体 (アストラル体) は、色合いが鈍く、茶色や汚い緑や赤い色になっており、その人の情欲に応じた様々な性質の色がひらめく。
・霊格の高い人の幽体は、うすい清らかな色合いでゆらめき、そしてひらめいている。メンタル体よりは繊細さと輝きが少し劣るが、それでも美しいものを作る。そして、利己的な気持ちが無くなるにつれて、鈍く重たい影はみな消えてしまう。

 地上では決してお目にかかれない形態、色彩ですから、難しい想像ですね。ただ、ゆらめきながら、ひらめきながら、そして瞬時に色彩が変わりながら、それでいて確実に本質を表すような…、そんな形態ではあるようです。私としては、CDの面を明かりに照らした時の、あのきらめくような七色の色彩が一つのイメージとしてはあるのですが、如何でしょうか?
 また、霊界での形あるものについては、『死後の世界』の中でも、人間側の素朴な質問に対して答える場面があります。

 ――霊界の花は摘み取っても枯れませんか?

 「枯れません。枯れるはずがありません。霊界の花は、ただ形です。如何に摘んでも形は残ります。つまり、木の枝から摘み取って私の手に移すまでの話です。木に付いていようが、花瓶に挿していようが、枯れる心配はまったくありません」


 ――めちゃめちゃに引きちぎったら枯れるでしょうか?

 「私たちはそんな乱暴な真似はしませんが、どんなに引きちぎっても、砕いても、花が枯れることはありません。やがてまた、引きちぎられた姿から元の形に結合していきます」

 ――今着ている衣服を脱いで、他の衣服に着替えることができますか?

 「私の衣服は私の意志で作ったものです。もしも私が別の衣服を着たいと思ったら、すぐにそのような衣服に変わります。生前のように、わざわざ脱いでまた着るというような面倒なことは絶対にしません。勿論、私たちの衣服はいつまで経っても擦り切れる心配はないし、自分でこのままで良いと思えば、いつまでもそのままです。変えたいと思えば、 即座に変わります。新調の衣装はお望み次第で、いつでもできますよ」

花のことでは日本人による霊界通信『新樹の通信』のなかにも描写があります。新樹氏とお父さん(浅野先生)との会話からです。

 「実はね、お父さん。この前散歩に出かけたのです。行ったのは公園みたいな所ですが、 見渡す限り広々としていて、一面にきれいな花が咲いている。生前には一度も見たことがないような花もありました。その色がいかにも澄んでいて、地上の花とはどことなく違うのです。それで、幽界の花にもやっぱり根があるのかな?と思い、一本の花を手でいじってみましたが、やはり根が張っているようでなかなか抜けませんでした。その花を摘んで自分の部屋の花瓶に挿しました。そして現世の花との違いを観察してみたのです。そしたら、花瓶の花は水をやらなくても、いつまでも萎れないで立派に咲きにおっているのです。 どうも僕が花を忘れずにいる間はいつまでも保存されていたようですね。そのうち、いつしか花のことを忘れてしまって、ふと気がついて見た時には、もう花は消えてしまっていました。花を摘んだ時の感触は地上の時と同じで、茎がポツンと切れる感じでした」

 千切った花が元に戻ってしまうのは、映画『ターミネーター』の中で、ターミネーターが壊されても、壊されても、すぐにまた復元してしまうのとまったく同じようなイメージですね。
 花だけではなしに、人間の霊的な体も、たとえ真っ二つにされたとしても、すぐにまた元に戻ってしまうのです。ですから、あの世では死ぬことができません。あの世で死ぬ場合といえば、幽界を卒業して、より上の階層である霊界に上がる時、「第二の死」と言われる現象が起こりますが、唯一その時だけです。でも、「死ぬ」と言っても、やはり幽体という体を脱いで、次の「霊体」という体に着替えるだけのことですから、私たちの本質が消滅するわけでもなんでもありません。
 個人的な住居については、その人自身の好みに添って、意思・意念を集中してこしらえるのですが、全体に関わる地面や山並みや小川や海などの、霊的な世界の大自然は高位の天使たちの意念の統一によって造り上げられています。それぞれの人たちの波動に合った霊的な自然界があらかじめ用意されているわけです。
 前述の引きちぎった花は、元々が高位の天使たちの想念で作られたものですから、引きちぎろうとする意念よりもずっと強大な意思が働いていますので、すぐに元の形に戻ってしまうのです。
 それとは反対のことに、もしもそこに咲いている花の周りに、自分の好きな花を増やしたいと思ったら、ただ好きな花がいっぱい咲いている状態を強くイメージしたらいいのです。
 地上でも花を咲かせることが好きで、一生懸命育てている方がおられますが、こんな方の、霊界での家の周りはきっと素晴しい花畑が広がっていることでしょうね。何と言ったって、霊界には害虫もいませんし、日照りで枯れることもありません。肥料の代わりに、 綺麗な花が咲いているというイメージを与え続けることだけでいいのですから…。
 同じようなことですが、地上で大工さんだった方は、きっと霊界の庭に、しっかりとした素敵な家屋を建てられると思いますよ。だって、永年現場で建築の仕事に携わってきて、 家の構造は一般の我々よりもずっとずっと熟知しているのですから、それをイメージすることくらい簡単なことでしょう。
 大工さんでなかった人も心配することはありません。イメージさえ出来たらいいのですから、それこそあなた好みの素敵な家を仕上げてください。窓の外には美しい花壇の広がる、浴室付きの家でもオーケイなのです。
 何よりも助かることは、建築資金が要りません。霊界ではお金がなくても家が建てられるのです。イメージ力、別名、意念の統一力とか、意思の集中力とかがあれば、自分の思うような家が建ちます。
 ただ、美しい家を建てたかったら、それなりに波動の高い世界に行けるだけの美しい心を持つことです。霊格を上げておくことです。
 「他人なんかどうでもいいんだ」というような自己中心の人の心は粗い波動を発しています。そういう人が行く霊界の波動は、これもまた粗いということになりますから、綺麗な家には仕上がらないのです。薄汚い感じになります。そしてまた、霊性の低い人には、 自分一人がやっと入れるくらいの小さな家があてがわれるのだそうです。
 反対に、自分のことよりも人様のことを大事にしながら生きた人の心は、美しい精妙な波動を発していますから、当然還る霊界も、精妙な波動の世界になります。ですから、精妙な波動の材料を用いて美しい家に仕上げることが出来るのです。
 例えて言えば、安いクレヨンで描いた幼児の絵と、高級な油絵の具で描いた画家の絵との違いでしょうか。
 もっと分かりやすく例えたら、昔の初期のカラーテレビ放送、それもやっと電波が届いている感じの画面と、最新型の液晶テレビで観るデジタル放送の鮮明な画面との違いでしょうか。波動を周波数と言い換えたらすごく分かりやすくなります。
 このように、いくら想念の世界で想いのままとは言っても、そこには自ずと波動の法則が働きますから、当然ご本人の霊格に合った世界に住むことになります。散々自分勝手な生き方をして他人様を泣かしておきながら、「自分は美しい霊界に住むんだ!」とおっしゃられても、そうはうまくはいきません。
 このことは霊体についても同じようなことが言えます。霊界の上層の霊人ほど、その体形も肌色も美しく、まさに心の優しさが眼差しや身体から放つ光彩にもそのまんま顕われています。
 その反対に、幽界の下層界の住人の体形は、例えば頭だけが異常に大きかったり、子供みたいに未成熟であったりします。その形相も醜悪であったり、肌や着ている衣装も汚れていたり、破れていたりして、決して気持ちの良いものではないのですが、本人たちは、 それでも綺麗だと思い込んでいます。心の中が清まらない限りは、自分たちの穢れに気が付かないのです。
 このように、「霊界は想念の世界だから、何でもかんでも自分の想う通りになる」と思ったら大間違いです。
 確かに、極楽やサマーランドと呼ばれる幽界の上層界まで行きますと、人間の地上的欲望を完全に昇華させるために、何事も叶えてもらえる世界が用意されていますが、その以前の幽界の中層、下層、そして暗黒界では、そうはいきません。
 自分の霊体を美しくしたいと思ったら、まずは心の中の穢れをぬぐいさることです。そうしたら自然と上層界へと行けるし、黙っていても美しくなるのです。下層界のうす汚れた衣装や化粧品をいくら使ったところで、心の中の穢れを隠すことはできません。
 霊界とは、心の裡がすべて外面に顕われる世界です。ですから、霊格がそのまま霊体となって顕われます。要するに、嘘とごまかしの利かない世界、それが霊界なのです。

エレメンタル(想念体)

 想念によって造られる霊界での形あるもの…、これを理解して頂くためには、どうしても、少し理論的な話もしておいた方がいいでしょうね。
 確かに、これまでに話しましたように、霊界は「想念」の世界で、人の思った通りのことが形として現れたり、想像していた通りの世界に入り込んだりします。面倒な理論が苦手な人は、単純にこのように理解していても大丈夫です。これさえ分かっていたら、美しい霊界へ行きたかったら自分の心を美しいもので満たしておくこと…、苦しくて厳しい霊界に行きたくなかったら自分の心の中から邪悪なものを捨て去ってしまうこと…、これらの原理を受け容れられるはずですから。
 少し理論的な話をします。
 皆さんは、心に抱く想い、想念というものは、全て風のように何の痕跡も残さないで過ぎ去ってしまうものとお考えでしょうが、実は霊的な視点で眺めると立派なエネルギーなのです。ただ、地上の物質世界では、このことが肉眼に見えませんから分からないだけです。
 それが霊界では、心に抱いた想念に反応する「エレメンタルエッセンス」という、物質界で言えば物質の素になるようなものがありまして、このエッセンスのおかげで、地上とは違う、霊界特有の形を具えたエネルギー体となります。
 例えば、霊界であなたがりんごのことを思ったとします。色は赤、大きさは中くらい、 種類は富士としましょう。そのあなたの心に描いた通りに、エッセンスが反応してりんごの形になってしまうのです。これがイメージで作り出される、霊界の物体ということになります。いわゆる想念の現実化というものが即現れる世界なのです。
 実は地上でも、本当はこの想念の現実化という現象はあるのですが、それがすごく時間が掛かって現れるものですから、皆さんが気付いていないだけなのです。
 例えて言いますと、ビルディングを建てる時には、まずオーナーが「よし!建てよう」と決心する想念から始まります。それから設計士が頭の中に描いた構想が図面化され、現場に渡され、順次多くの人の手間を経て仕上がっていくものです。その根底にはいつも想念が控えています。
 このような面倒な段取りを取らなくても形が完成するのが霊界ということになります。 しかも、上の霊界に行けば行くほど想念の現象化が素早く行われます。ですから、まったく自分の心の誤魔化しようがなくなるのです。霊界では「嘘が通用しない」とはこういうことなのです。
 なんと言っても、思ったことがすぐに目の前に現れてしまうし、また自分の思ったことが相手にすぐ分かってしまうのですから、さぁて、困っちゃいましたね。
 エレメンタルエッセンスはあなたのイメージに反応して、そのイメージ通りの形を作るだけではなくて、感情・願望・欲望・思考へも、また別な形で反応します。人様への祈りや同胞愛などの善い想念であれ、人を恨んで呪ったりする悪い想念であれ、それぞれに相応しい形となるのです。
 形だけではなく、それは知性をも具えた生命体となって活動します。そしてこの生命体はいったん造られたら、その想いを遂げるまでは消滅することはありません。分かりやすく言えば、いつの日にか、発した人の所に帰って来ると思っていたらいいぐらいです。
 さっきのりんごは、イメージを送った人の想いが途中で終わったら、その時点でりんごの形も自然と消滅してしまうのですが、この意思と知性を持った生命体の場合は、作った本人が「あの時の想いは悪かった。消えてくれ」と願っても、もう勝手に動き回るのですから、悪想念で作られた場合などは厄介なことになります。
 神智学などでは、この想念によって作られる生命体のことをエレメンタル (elemental) と表現します。日本語では想念体と訳されます。世間で言うところの「生霊」も、例えば怨念などの邪悪な想念によって作られた想念体と理解していいでしょう。
 ですから、幽界の下層や暗黒界には、地上の人間たちの邪悪な想念で作り上げられた、 へんてこなエレメンタルがうじゃうじゃいます。しかもそれがまとまって巨大、巨悪なエレメンタルに成長している場合もあります。そうなったら、まことに厄介な存在となります。
 よく、幽界旅行などの体験本の中で、こうしたエレメンタルが、人霊との区別が付かないくらいに大勢いるという話があります。
 ただし、このエレメンタルには霊魂は入っていないのです。そこが、同じく知性がある生命体と言っても、我々人霊とは根本的に違うところです。

 エレメンタルが霊視された例ではこんなことがありました。
 ある家の娘さんがまだ幼くして亡くなってしまわれました。お母さんにしたらあまりにも悲しくて、それで霊視の得意な霊能者に相談されたのです。
 相談中に、お母さんは仏壇の遺影に向かって手を合わせてお祈りをされました。そしたら、その瞬間に、お母さんから不気味な姿の生き物が仏壇に向かって飛び出すのが霊視されたというのです。
 その霊能者にも、その時は、それが何であるのかは分かりませんでした。後日、私との対話の中でこの話題が出たものですから、「それはお母さんの悲しみが作り上げた想念体、いわゆる生霊というものでしょう」とお答えして、それでお互いに納得したようなわけです。
 お母さんの想いの中には、悲しみだけでなく恨みや怒りも含まれているはずです。そうした諸々の念が一種異様な形態のエレメンタルを作り上げ、そして放射しているのです。しかも、その向かう先は娘さんということになるのです。そしたら、その亡くなられた娘さんはどういうことになるのか分かりますか?お母さんから送られてくる悲しみの想念体にがんじがらめにされてしまって、光の世界に上がろうにも上がれなくなってしまうのです。
 このお母さんだけに限らず、遺された人がいつまでも悲嘆に暮れて、自己憐憫の情にはまり込んでいますと、亡くなられた方の成仏を非常に遅らせてしまうことになります。それは今お話ししたような、エレメンタル (想念体) の影響もあるからです。 悪いことばっかり並べてもつまらないですね。楽しい方の話もしましょう。
 あなたが病気の友人のために、「早く治って元気になりますように…」との祈りを向けたとします。すると、その想念は、自分事ではない、崇高な愛に基づくものですから、精妙な波動のエレメンタルエッセンスを引き寄せて、さながらエンゼルのような光のエレメンタルが作られ、なおかつ、それが祈った相手に向かって届けられるのです。そして、その病気の人が癒されるようにと働きかけます。度々祈って差し上げたら、その分だけ多くの光のエレメンタルが友人を取り囲むことになります。また、一人ではなく、多くの人がその病気の方に祈りを向けたら、より多くの光のエレメンタルが友人の周りを取り囲んで、癒しのエネルギーを注いでくれるのです。
 想念の力というのは、抽象的なものではなくて、実際にはこのように具体的なエネルギ一体となって、相手様に働きかけるのです。
 信じられないことでしょうが、霊的な目で観たらこんなこともあるのです。

霊界は昼間だけ

 霊界には夜はありません。いつでも霊界の太陽、いわゆる霊太陽が輝いているのです。しかも、上空に上がったままですから、いつも昼間の状態なのです。
 この霊太陽、どうしても物質界の太陽をイメージしてしまいそうですが、それとは違う霊的な存在と言われています。
 その最大のお役目は、霊界の住人たちへ霊的な生命エネルギーを供給することでしょう。もっとも、物質界の太陽も、気 (プラーナ) という大事な生命エネルギーを地球の私たちにも届けているのですが、物質界では、それだけでは肉体を維持していけません。どうしても物質的な食べ物が必要です。
 それに比べて、霊界では食べる必要がありません。というのは、霊体を維持するのに必要なだけの生命エネルギーが霊太陽から間断なく補充されているからです。
 また、物質界の太陽は光の供給源でもありますから、その光に当たったものは明るく輝きます。そして、光の当たっていない反対側は暗い影となります。
 ところが、霊太陽の場合は、そのような明暗を分けるような、光を放射している存在ではないのです。分かりやすく申しますと、どこかに電燈がなくても、あたり一面に光が充ちている状態です。大気そのものが光に溢れていると表現したらよいでしょうか。
 もちろん、その明るさの程度は、霊界の界層ごとに異なります。上の界層に行くほど光あふれる世界となります。反対に、暗黒界 (地獄界) は、漆黒の闇の中という感じになります。
 皆さんが普通に還られる、幽界の辺りでは、まぁ、眩しいとまではいきませんが、それでも明るい世界です。そして、いつも光に充ちていますから、実は夜のない、昼間だけの世界ということになるのです。
 「そんな夜がなくて眠れないんじゃ、疲れてしまうよ」
 いえ、大丈夫です。地上でも疲れてしまうのは実は肉体だけなのです。地上では、夜になったら肉体を休めるために睡眠を取りますが、その間にもあなた自身は幽体離脱の状態で霊界へ行って、霊的なエネルギーを補充としたり、死後の予行練習をしたりしています。
 地上時代でもそうやって霊体は休みなく働いているのですから、向こうに還ったら余計活動的になり、それこそ休む間もないくらいに動き回ります。もちろん、たまには土手の上に座って素晴しい景色を楽しむような、そんな休息の時間くらいはありますよ。
 もっとも、神は慈悲深い存在ですから、最初から昼間だけの霊界にしているわけではありません。昼夜の区別がある地上から霊界に還ったばかりで、昼間ばっかりでは落ち着かないという新参者には、ちゃんと暗くなる夜の時間も用意していてくださるそうです。
 皆様を霊界に迎えるための用意は、すべてに手抜かりがなく、既に準備万端なのです。

 このように、霊界の形あるものはエレメンタルエッセンスが想念に反応して出来上がります。そして霊太陽は物質界の太陽のように光と影を造ることはありません。このことを併せますと、実は霊界は影のない世界ということになります。
 この物質世界の物体の形は光と影によって表されます。美術の授業で習った鉛筆デッサンでは、形と明暗でその物体が何であるかを表現しました。この時、最初に設定するのは光源がどこにあるかということです。そして、その光源からの角度によって明るい面と暗い面の違いが生じます。光の当たった所が明るい面、そして光の当たらない所が暗い面となります。これが地上での明暗なのですが、霊界では、実はすべてのものが自ら光っているものですから、実は物体があったとしても、そこに明暗が表れないのです。ここのところが、地上界と霊界との大きな違いでもあります。
 それは、物体の基と出来方が違うからです。霊界のエレメンタルエッセンスによって造られた物体は、それ自らが光を発しています。いわゆる「自光」している状態です。ですから、影ができないのです。
 そしてまた、地上の物体のように固定化した色や明るさではなくて、間断なく動き回る形や色彩であると言われます。それでいて、物質界の物体よりも精妙であり、そのものの本質をより深く表現しているとも言われています。この後に天使や指導霊たちの姿を表現している箇所がありますから、その辺でイメージを強く持ってみてください。
 地上界にない現象ですからイメージもし難いことですが、霊界の物すべてが自光しながら、精妙な表現をしているのです。

霊界の時間は主観的

 霊界の時間は主観的に経過します。よく霊界通信で「地上の時間に換算したら何十年」 というような表現が出てきますが、それは地上界と霊界では時間の感覚がまったく違うからです。
 地上の時間は地球自身の一回転の時間を一日二十四時間として定められています。また太陽の周りを地球が一公転する期間を一年三百六十五日として計算します。これは天体観測で定められた物理的な時間の決め方で、その人の心情には関係なく進む「客観的な時間」 ということになります。
 それに対して、霊界の時間は「主観的」です。分かりやすく例えますと、例えば女性の方が旅行で列車に乗った時、周りを怖い形相の男の人たちに囲まれたとします。席を替わろうにも替われません。そのまま怖い想いで座り続けなければならないとしたら、降りる駅に着くまでがなんと長い時間に感じることでしょう。腕時計では十五分の時間が、気持ちのなかでは二時間にも三時間にも感じるのではないでしょうか。
 反対に、大好きな恋人と過ごす時間はアッという間に過ぎてしまいます。ほんとに、時計の針を戻してしまいたいくらいです。
 このように、その人の心情によって長く感じたり、あるいは短く感じたりするのが霊界の「主観的な時間」なのです。ですから、霊界には全体に行き渡る時報はないことになりますね。もちろん、腕時計をはめても何の役にも立ちません。
 もっとも、定まった時間の設定がないとは言っても、過去、現在、未来という時の流れがあることは地上と変わりがありません。
 「永遠の地獄」という表現もありますが、あれは地獄に堕ちた人があまりにも苦しいので、 永遠に続いているかのように感じているだけなのです。
 それでも人間が永遠に地獄界に居続けることはありません。気付きがあればいつでも更生の道が用意されております。

第三章 肉体を脱ぐ時

睡眠と死の似たところと違うところ

 実は、普通の人が死んでいく時の様子は、夜、睡眠に入る時と大体同じような感じなのです。そこには何の痛みもありませんし、死の恐怖どころか安らかな心境のはずです。このことは、脳科学者の研究結果としても発表されております。臨終の時には、脳のある部分から特殊な物質が分泌されて、恍惚状態になるというのです。
 スカルソープの 『私の霊界紀行』 にも、睡眠と死の共通点と相違点について述べている部分があります。

 私の父は他界後「なぜ人間は死を怖がるのだろうか。寝るのは少しも怖がらないくせに」 と私に言ったことがある。大ていの人間は睡眠と死とは何の共通点もないかに考えているが、実際には似通ったところがあるのである。
 睡眠中、幽体は肉体の少し上あたりに位置しているが、両者は魂の緒 (たまのお) でつながっている。この紐は電圧の実験で見られる、二つの電極をつなぐ長い連続的な閃光とどこか似ており、銀色の輝きをしているので、「銀の紐 (シルバーコード) 」と呼ばれることがある。朝、目が覚めたときに幽体が肉体と合体する。
 死に際しても幽体が上昇するが、肉体機能の停止によってシルバーコードが自然に切れ、 幽体はその本性にふさわしい場所へ赴くことになる。その際、大てい指導霊が付き添い、 死後の環境条件に適応の手助けをする。
 よく寝入りばなに落下する感じ、あるいはベッドを突き抜けて落ちるような感じを体験する人が多い。これは、今述べた、幽体が上昇しつつあるときに何かの邪魔、例えば大きな音などが入って、急に肉体に引き戻される。それが落下の感じを覚えさせるのである。
 これでお分かりの通り、地上の人間が意識的に幽体と離脱している間は死者の霊とよく似た状態にあると考えてよい。その間の肉体はごく普通の睡眠状態にある。あとで叙述する私の体験が証明するように、少なくとも私の場合はそうである。
 こうしたことが一般の常識となってしまえば、私の父と同じように、「なぜ人間は死を怖がるのだろうか」という疑問が、真実味をもって感じられる。

肉体とのお別れ

 この地上での使命を終えて、あなたの本来の故郷である霊界へと還る時、人はどのような状況で、自分がこれまでに使用してきた肉体とのさようならをするものなのか?  どなたでも知りたいところです。
 その死んでいく時の様子は、実は一律ではありません。死んでから行く霊界が、その人の霊格 (魂の成長度) や霊的な知識の有り様によって違うように、死に方にも各人によって違いがあるのです。
 まずは、一般的な人に多いことですが、先ほどのスカルソープの言葉のように、眠るが如くに死んでいく場合があります。いつも皆さんが、夜眠る時に、その眠った瞬間を覚えていますでしょうか?  いつの間にか睡眠に入っていますよね。そのようなものです。そして目が覚めたら、実はそこが霊界だったということになります。
 昭和四年、浅野和三郎先生の息子さんが若くして亡くなりました。その後、霊媒にかかってきて最初の霊界通信が行われたとき、ご子息の新樹 (しんじゅ) 氏はまだ自分が死んだことに気付いていませんでした。『新樹の通信』からの引用です。

 最初霊媒にかかって来た新樹は、自分の死の自覚を持っていなかったようで、あたかも満鉄病院に臥せっているかのごとく、夢中で頭部や腹部の苦痛を訴えました。その時、立会人の一人であった軍人の叔父が、単刀直入に彼がすでに肉体を棄てた霊魂にすぎないことをきっぱりと言い渡し、ひと時も早い自覚と奮起を求めました。
 「えっ!僕、もう死…死んだ…僕…残念だ…」
 そう絶叫しながらその場に泣き崩れました。
 そして、それから五ヵ月後くらいの通信では少し落ち着いた様子で、当時の心境を語っています。
 「僕、叔父さんから、新、お前はもう死んでしまったのだと言い聞かされた時は、くやしいやら、悲しいやら、実にたまらない気がしました。お母さんから、あんなに苦労して育てて頂いたのに、それがつまらなく一会社のただの平社員で死んでしまう…。僕はそれが残念で、残念でたまらなかった。しかし、次の瞬間にこう決心しました。現世でろくな仕事ができなかった代わりに、せめて幽界からしっかりした通信を送ってお父さんを助けよう。それが僕としていちばん損害を取り戻す所以 (ゆえん) であり、いちばん意義のある仕事であろう。それには是非お母さんの体を借りなければならない。僕、最初から他の人ではイヤだと思っていた…」

 このように、自分が死んだ時のことを意識していない人が多いものです。
 一般の人が知らないうちに肉体から脱け出るのに対して、霊格の高い人は、死ぬ瞬間も、その前後も、全て意識がありながら、自分が肉体から離脱する様子を観察しています。もっと高い意識の方は、もういっぺんに、何の迷いもなくスーッと高位の界まで上がってしまわれるそうです。
 浅野和三郎先生が昭和十二年二月に亡くなられた際には、先生ご自身が、自分の臨終の様子を観察されて、後にそのことを霊界通信で伝えておられます。
 また、新樹氏も父上の臨終に幽界から立会い、肉体と幽体の分離する様子を詳細に観察し、叔父の浅野正恭氏に伝えてきました。
 その幽体分離の部分だけを、『新樹の通信』から紹介します。

 「僕としては、残念ながら、自分の幽体の離れる状態を見ることができませんでした。 これはつまり心霊知識に乏しかったためで、父の幽体離脱だけは見たいと思い、神様にお願い致しました。幽体離脱ということについては、生前父から聞かされたことはありましたが、詳しいことなど勿論ぞんじません。それで父の場合には、亡くなる時間がちょっとあったようでしたね。父はそれまで下に寝ていましたが、起き上がりました。起き上がってから幽体が離脱し始めたのです」
 「その時かどうかは知らぬが、しきりに起き上がろうとするので、私 (注・正恭氏) は勝良 (注・新樹の兄) に抱き起こさせた」
 「父が起き上がると、幽体は足の方から上の方へと離れ始めました。幽体と肉体とは、 無数の紐 (注・シルバーコード) で繋がっていますが、臍の紐がいちばん太く、足にも紐があります。脱け出たところを見ると、父は白っぽいような着物を着ておりました。僕は足の方から幽体が脱けかけ、頭の方へと申しましたが、それはほとんど同時と言ってもよいくらいです。そして無数の紐で繋がれながら、肉体から離れた幽体は、しばらく自分の肉体の上に、同じような姿で浮いているのです。そして間もなくそれらの紐がブツブツと裁断されていきました。これが人生の死、いわゆる魂の緒が切れるのです」
 「どの紐から切れ始めたか?」
 「臍の紐がいちばん先で、次が足、頭部の紐が最後でした。紐の色は白ですが、少し灰色がかっております。そして脱け出た幽体は、薄い紫がかった色です。なに、紐が切れる時に音でもしたかと言うのですか?  それは音なんかしません。その切れる様は実に鮮やかで、何か鋭利な刃物で切られたのではないかと思われるほどでした。僕は目の当たりに父の幽体の離れていく様子を見て、実になんとも言えぬ感慨に満たされました。この離れた幽体は、しばらくそのままでおりましたが、やがて一つの白い魂となって、いずこかへ行ってしまいました。それから後のことは僕にも分かりませんでした」

小桜姫の臨終

 先ほどの話は、新樹氏が幽界次元から父上の臨終の様子を観察していたものでした。
 次に紹介するのは、死んでいく人、これから幽界へ旅立つ人自身が、自分の肉体から脱け出る時の心境を語ったものです。
 『小桜姫物語』の中にある、小桜姫自身からの霊界通信です。

 現世の人たちから観れば、死というものは何やら薄気味のわるい、何やら縁起でもないものに思われるでしょうが、私どもから観れば、それは一匹の蛾が繭を破って脱け出るのと同じような、格別不思議とも不気味とも思われない、自然の現象にすぎません。したがって私としては割合に平気な気持ちで自分の臨終の模様をお話することができるのでございます。
 四百年も以前のことで、大変記憶は薄らぎましたが、ざっと私のその時の実感を述べますと…、何よりもまず目立って感じられるのは、気がだんだん遠くなって行くことで、それはちょうど、あのうたた寝の気持ち…、正気のあるような、また無いような、何とも言えぬうつらうつらした気分なのでございます。傍からのぞけば、顔が引きつったり、冷たい脂汗が滲み出たり、死に逝く人の姿は決して見よいものではございませんが、実際自分が死んでみると、それは思いのほかに楽な仕事でございます。
 痛いも、痒いも、口惜しいも、悲しいも、それは魂がまだしっかりと体の中に根を張っている時のこと、臨終が近づいて、肉のお宮を出たり、入ったり、うろうろするようになりましたら、それらの一切は、いつとはなしにどこかへ消える、というよりか、むしろ遠のいてしまいます。誰かが枕辺で泣いたり、叫んだりする時には、ちょっと意識が戻りかけますが、それもホンの一瞬の間で、やがて何もかも分からない、深い、深い無意識の雲霧(もや)の中へとくぐり込んでしまうのです。
 私の場合には、この無意識の期間が二、三日続いたと、後で神様から教えられましたが、 どちらかと言えば、二、三日というのはまず短い部類で、なかには何年も、何十年もと永い、永い睡眠を続けているものも稀にはあるのでございます。永いにせよ、また短いにせよ、とにかくこの無意識から眼を覚ました時が、私たちの世界の生活の始まりで、舞台がすっかり変わるのでございます。

自分の死を観察した人

 先ほどの小桜姫からの霊界通信は、浅野和三郎先生の奥様、多慶夫人を霊媒として受け取ったものですが、同じく浅野和三郎先生翻訳の『死後の世界』 (潮文社復刻版) の中には、 もっと詳細に、自分の臨終の様子を語ったものがあります。
 通信霊は、著者ワァド氏の妻の父親、L叔父さんです。

 私自身の臨終の体験を物語ることにしましょう。私は最初まったく意識を失っていました。それがしばらくすると少し回復してきました。いや、回復したような気持ちがした。頭脳が妙にはっきりして、近年にない気分なのです。でもどういうものか、体が重くてしようがありません。すると、その重みが次第に失せてきました。いや、失せるというよりも、むしろ私が体の重みの中から脱け出るような気分です。丁度、濡れた手袋から手首を引っ張り出すような感じになったのです。
 やがて体の一端が急に軽くなり、目も大変よく見えるようになってきました。さっきまではさっぱり分からなかったけど、室内の模様とか、部屋に集まっている人たちの様子なども再び見え出したのです。
 その瞬間でした。私は自由自在の身になってしまったのです。見てご覧なさい。私の体は寝台の上に横たわり、何やら光線の紐みたいなものを口から吐いているではありませんか!
 するとその紐は一瞬ビリビリと振動したかと思うと、やがてブツリと消えて、口の外へと消え去ってしまったのです。
 「いよいよこれがご臨終でございます」
 誰かがそんなことを泣きながら言いました。
 私はその時初めて自分の死に顔というものをはっきりと見ましたが、いや、いつも鏡で見慣れている顔とはなんという違いでしょう。あれが果たして自分なのか…。私は実際のところ、自分で自分の眼を疑いました。
 そうしているうちに、何とも名状し難い、激しい寒さをひしひしと感じるようになりました。いや、その時の寒さと言ったら、今思い出してもゾッとします。
 まったくそれは骨身に滲みる寒さで、とてもその感じを口や筆で伝えることは出来ません。何が冷たいと言っても人間界にはそれに比較できるものがありません。私は一人ぼっちの丸裸、暖めてくれる人もなければ、また暖まるべき材料もありません。ブルブル、ガタガタと、いやその時間の長かったこと、まるで何代かにも亘るような感じでした。
 すると、にわかにその寒さがいくらか凌ぎやすくなってきました。そして気がついてみると、誰かが私の側に立っています。
 いや、私にはとても、この光彩が入り乱れて美しくきらめく御方の姿を表現出来る力はありません。その時は一切夢中で、何の見当も付かなかったけど、その後絶えずその御方のお供をしているので、今では少し分かってきました。いや、今でも本当は分かっていないかも…。
 その御方の姿は時々刻々に変わります。よっぽどよく突き止めたつもりでも、次の瞬間にはもうそれが変わってしまっていて、捕まえどころがありません。
 微かに閃く。パッと輝く。キラリと光る。お召し物も、お顔も、お体も、火じゃ、火のかたまりじゃ。いや、火ではない、光じゃ…。いや、光と言ってもはっきりはしない。しかも一切の色彩がその中に籠もっているのです。
 こちら霊界で私を護っていてくださるのはこんな立派な御方なのです。
 私が自分の守護神のお姿を初めて認めた瞬間に、それまでに私が居た部屋も、その部屋に集まっていた人たちも、たちまち溶けて消えてしまったようでした。そして、ふと気が付いた時には、自分は何とも言われない、美しい景色の中にいたではありませんか!
 その景色というのは一種特別なものでした。自分が生前に行ったことのある名所旧跡らしい感じもあるが、同時に一度も見物したことのない感じもあります。
 そこには色々の動物もいれば、また蝶々なども舞っています。あらゆる種類の花も咲いています。
 それらがただゴチャゴチャと並んでいるのではなくて、妙に調和が取れて、不釣合いな趣は少しもありません。熱帯産の椰子の木と英国産の樫の木、そんなものが、もしも地上に並んで生えていたら余程不調和に感じるでしょうが、ここではちっともおかしいと思われないのが不思議なことでした。
 「ここは一体どこなんだろう?」
 不審に思う私の気持ちを察したように、私の守護神はこう言われたのです。
 「ここは死後の世界である。汝はここに樹木や動物の存在することを不思議に思うのであろうが、霊界というのは決して形のない世界ではない。かつて汝の胸に宿った全ての思想、またかつて地上に出現した一切の事物は、ことごとく形態をもって霊界に現れている。霊界というものは、そうして造られ、そうして殖(ふ)えていく。今後汝の学ぶべきものは無数にある…」
 それを聴いた私は、果たして全ての思想が現れているものかと疑いました。すると、 その瞬間に、今まで眼に映っていた全ての光景が私の前から消えてしまったのです。 その代わりに無数の幻影が東西南北から押し寄せて来て、さながら悪夢のように私の周りを取り囲んだのでした。いや、その時の重さと苦しさときたら…。一瞬前には蝶々のように軽かった自分の体がたちまちにして、とてつもなく重たい物に押しつぶされ、 圧縮されてしまったようでした。
 今ここでは幻影と表現しましたが、その時の私の実感からすれば、それは立派な実態でありました。私の過去の生涯の全てが再び目の前に展開してきたのです。それは実際にあったことがそのままに繰り返される、まさに一つの映画でありました。
 最初、それらの光景にはまるっきり順序がありませんでした。夢と同じように、全てがいっぺんに目の前に展開したのです。今まで忘れていたような、過去の様々な行為が再びありありと湧き出たのです。
 それを見た瞬間の心の苦痛と悔恨!  しかも、どんな些細なことでも、ただの一つとして省かれてはいないのです。見せ付けられる私にとっては、その間が実に永く感じられたものです。
 しかし、私の未熟な心にも最後には天来の福音が閃きました。生まれて初めて神に祈る心を起こしたのです。私もこの時ばかりは真剣に神へ祈願を捧げました。
 すると不思議なもので、今までの混沌とした光景が次第に秩序よくなり、自然と類別が出来ていくように見えてきました。
 それは大体年代順に並べられ、例えば一筋の道が遥か彼方まで、どこまでも延びて行くような按配でした。おそらくその街道は、私が進むにつれて、永久に先へ先へと延長し、最後に神の審判の庭に達するのでしょう。
 もちろん、この光景のなかには、私の疲れきった魂に多少の慰安を与えてくれるものも混じっていました。ほかでもないそれは、私がかつて人を救った親切の行為と、また首尾よく誘惑を退けた時の心の歓びなどでした。
 とにかく、私はこうして、自分が行くべき霊界での位置を割り当てられたのでした。

 少し注釈を添えますと、口から吐いていた光の紐みたいなものとは、魂の緒 (たまのお) 、 英語ではシルバーコードと言われる、霊体と肉体とをつないでいる命綱みたいなものですね。お腹に宿った赤ちゃんとお母さんとをつなぐ臍の緒をイメージしてもらってもいいでしょうか。これが自在に伸縮しまして、皆さんが夜睡眠中に霊界へ行っているような時は、 どこまでも伸びていきます。そして、これがプッツリと切れた瞬間が本当の死ということになります。
 また、この叔父さんは英国の方ですが、あちらの方々には三途の川というのは登場しないようです。彼らには生前から、お花畑のイメージはあっても、日本人が持っているような「三途の川」という概念はないのですから、そこはまさに想念の世界、想念に浮かばないものは現れないという摂理からしても、当然の結果ということになります。
 死に逝く人が、生前から皆に聞かされ、自分でも抱いていた死後の世界の、そのイメージの通りの世界が現実の霊界に現れて来るということです。
 西欧の方々が描く死ぬ間際の状況として、よく「光のトンネル」ということも言われています。自分が真っ暗いなか、上へ、上へと続く光のトンネルを上昇して行って、上に突き抜けた瞬間、そこがお花畑の光の世界であったという話です。
 勿論そこには、自分よりも先に亡くなった、仲の良かった友や親族などが揃って迎えてくれています。


自分の葬式を見る

 このワァド氏の叔父さんが後日の通信で、自分の葬式に参列したことを伝えて来ました。
 霊的な世界を信じない人にとっては、これもまた奇想天外な話でしょうが、自分が死んだということを覚ってもらうためにも、指導霊 (文中では守護神となっています) が死んだ当人に葬式を見せるということは、普通の人の場合にもよくあることのようです。
 特にまた、ご本人が生前、「自分の葬式は盛大にやるように」と言い遺していた場合には、 本人を納得させるためにも、その場に立ち会わせることがあるようです。その盛大な自分の葬儀を見ることによって、本人も満足して旅立つわけです。
 本来なら、葬式が盛大であろうが、質素であろうが、そこに遺された人たちの真心がこもっていたら関係ないことなのですが、指導霊の役割としては、如何にして早く地上への未練執着を絶ち切って光の世界へと出発してくれるか、まずはそのことに主眼を置きますので、なかには不必要なことでもその人の願いを聞き届けてくれる場合もあるのです。
 さて、ワァド氏の叔父さんの体験談です。

 これから自分の葬式に参列した話をします。
 それはこちら霊界に来てから相当の時間が経ったと思っていた頃のことでした。
 「これから汝の葬式に連れて参るから、その準備を致せ」
 私の守護神が突然現れてそう言うのです。
 私はびっくりして叫びました。
 「私の葬式はとっくに終わったと思っていましたが……」
 「いや、そうではない。霊界の方では余程永いように思えるだろうが、地上の時間にしたら汝がここに来てからまだ三日しか経ってないのじゃ」
 私と守護神は出かけることにしました。
 次の瞬間には、かつての私の家に着いていました。最初想像したような長距離旅行の感じはなくて、いとも簡単に自分の寝室に着いてしまったのです。その時はずいぶん不思議に感じられたが、今ではよく判っている。霊界と人間の世界とは決して空間というようなもので隔てられてはいないということが…。むしろ、どちらも同一空間にあると言ったほうがよさそうです。
 私の家の中は家具類がすっかり片付けられて、いつもとは大分勝手が違っていました。 ふと気が付くと、そこには一つの棺が置いてあります。棺には大きな白布がかかっていましたが私はそれを透して自分のなきがらをありありと見ることが出来ました。
 不思議なことですが、最初予期していたほどには自分のなきがらが懐かしくはありませんでした。古い馴染みの友にあったというよりかも、むしろ一個の大理石像でも見物しているように思われてなりませんでした。
 「お前は今その任務を終わった。いよいよこれがお別れじゃ」
 自分の体に向かって小さな声で言ってみましたが、どうもさっぱり情が移りません。反対に、他の考えが浮かんで来てしまうのです。
 「お前は果たして私の親友であったのだろうか…。それとも敵役であったのだろうか?」
 こんな薄情な考えが胸のどこかでささやくのです。
 とにかく、私はこれでいよいよこれで自由の身の上だなと思うと、嬉しくてなりませんでした。
 すると私の守護神は、次のようにたしなめられたのです。
 「いよいよ遺骸が土中に埋められる時には、霊魂として、その地上生活の伴侶であった体に別れを告げることが規約になっておる。それには相当の理由がある。肉体に対する単なる執着を払拭することのほかに、死体の周りに様々な悪霊たちが寄って来て邪悪なことをするから、そんな悪魔の近寄らぬよう監督をせねばならない。また、情誼(じょうぎ)の上から言っても、あれほど永いこと共同の生活を送った伴侶を、その安息の場所に送り届けるのは正しい道じゃ。もう一つには、汝が棄てた現世の生活が如何に取るに足らぬものであったか、また、新たに入った霊界の生活が如何に楽しいことか、葬式を見ることによって悟らせたいのである」
 そのように言い聞かされたので、その後は自分のなきがらにずっと付き添って、葬式の一部始終を見届けました。
 その後はたちまちのうちに、霊界へと帰っていたのですが、正直に言うと、その時私は思わず安堵のため息をもらしたものです。
 それは地上で灰色がかった人間たちの肉体を透して観た霊魂の、如何に幼弱であることか…。 人間が人生とか浮世とか言って空威張りしている世界のなんと小さいことか…。
 その世界から遁(のが)れて、真の意義ある霊界の生活に戻れたという、その時の心の満足感は今でも忘れられません。

聖者の臨終

 これまで自分の死んでいく様子や、自分の葬式を観察させられたワァド氏の叔父さんが、 もう一つ、守護神の指導で、聖者の臨終に立会い、そこで見た様子を伝えて来ております。

 最近私は人間の臨終の実況を霊界から見物したので、今日はそれをお前に通信してあげる。 案内してくれたのは私の守護神じゃ。
 現場は通風の良い大きな部屋で、別段ぜいたくな装飾などはしていない。
 寝台の上には七十歳くらいの一人の老人が臥せっている。その人の身分は牧師じゃ。 すると私の守護神が説明してくださった。
 「彼は忠実なる道の奉仕者である。彼が死後直ちに導かれるのは、信仰と実務が合一した霊界最高の境涯である。彼は牧師として、この教区を預かっている身分である」
 ふと気がつくと、室内には麗しき霊魂たちが満ち充ちてきた。それが後から後から増えていくので、しまいには部屋に入りきれず、庭園にまであふれ出てしまった。
 「どんな人たちでございますか?」と私はびっくりして訊ねた。
 

「いずれも、この者に救われた善良な霊魂たちである。そこにいる婦人は、いったん堕落しかけたのであるが、この者の導きにより真の道に戻ることができた。あそこの少年だが、彼はいったん地獄に堕ちたのをこの者の力で救い出された。あそこの父親だが、彼は今ひと息で、自分の娘を娼婦の群れに追いやるところであったのを、この者が娘を修道院に連れて行ってくれたので心が和らいだ。今では父と娘二人とも霊界の最高境に達して、楽しい月日を送っている。こうした霊魂たちがみんな打ちそろって、父でありまた友であるこの者を迎えるために出て参ったのじゃ」
 その説明の最中に、一段と麗しく光輝く何者かが室内に現れた。
 「ひざまずいて!」と守護神が私に教えてくださる。同時に、部屋にあふれた霊魂たちもことごとくひざまずいた。
 私が、「どなたでございますか」と低い声で訊ねると、
 「この御方がこの教区の真の支配者の天使である。わざわざお迎えのためにお出ましになられたのじゃ。気をつけて見るがよい」
 すると、極めて静かに牧師の体から一条の光線が脱けて出た。頭部の辺がいちばんよく光る。色は金色に近いが、ただ幾分青みを帯びている。そうするうちに光はだんだん凝集して、頭となり、肩となり、いつしか一個の光明体が肉の被り物の中から脱け出した。最初はうっすらしていたが、やがて輪郭がくっきりしてきた。
 同時に、幾百とも知れぬ霊魂たちの口から歓喜の声が溢れた。
 「万歳、万歳!  一同お迎えいたします」
 すると老牧師は一同に向かってにっこりしたが、イヤその笑顔の晴れ晴れしさ!  体全体が笑っているようだった。
 老牧師の霊魂は、寝台のそばで看護してくれている地上の人たちに向かっても、同じような笑顔を見せて、その幸福を祈るのであった。
 やがて、肉体と霊魂をつなぐ炎の紐は次第に延びて、ついにはプツリ!と切れてしまった。同時に看護の人たちはワッとばかり泣き崩れたが、その泣き声は多くの霊魂たちからドッと沸く歓びの歌にかき消されてしまった。
 お迎えの天使は言われた。
 「汝いみじき者よ、汝はよくも地上のあわれなる者の為に尽くした。余は汝に向かって、 汝が生前救済の手を延べた全ての者の支配を委ねるであろう」
 言い終わらないうちに起こった満座の霊魂たちからの歓呼喝采の声。その響きはいまだに私の耳に残っている。
 間もなく部屋の付近からすべての姿が消えて、後には私と守護神と、二、三人の哀悼者のみが残ったが、いや実になんとも言われぬ結構な光景で、そこを立ち去った時の私の胸も嬉しさに躍ったのである。
 今日の私の通信はこれで終わりじゃ。今晩通信の仕事の手伝いをしてくれた人たちには私から篤くお礼を述べておく。いずれまた…。

火葬のお勧め

 亡くなった方を弔うのに、火葬がいいのか、それとも土葬なのか?  そのことについてシルバーバーチが答えていますので、『シルバー・バーチの霊訓』第九巻より紹介します。

――死体は火葬にした方がいいでしょうか。

 絶対に火葬がよろしい。理由にはいろいろありますが、根本的には、肉体への執着を消す上で効果があります。霊の道具としての役割を終えた以上、その用のなくなった肉体のまわりに在世中の所有物や装飾品を並べてみたところで何になりましょう。本人を慰めるどころか、逆に、いたずらに悲しみや寂しさを誘うだけです。
 人間は、生命の灯の消えた、ただの物質になった死体に対してあまりに執着しすぎます。 用事は終わったのです。そして、その肉体を使用していた霊は次のより自由な世界へと行ってしまったのです。
 死体を火葬にすることは、道具としてよく働いてくれたことへの最後の儀礼として、清めの炎という意味からも非常に結構なことです。同時に又、心霊知識も持たずに霊界へ来た者が地上の肉親縁者の想いに引かれて、いつまでも墓地をうろつきまわるのを止めさせる上でも効果があります。
 衛生上から言っても火葬の方がいいと言えますが、この種の問題は私が扱う必要はないでしょう。それよりもぜひ知っていただきたいことは、火葬までに最低三日間は置いてほしいということです。というのは、未熟な霊は肉体から完全に離脱するのにそれくらい掛かることがあるからです。離脱しきっていないうちに火葬にすると、エーテル体にショックを与えかねません。

第四章 地上をさ迷う地縛の世界

地表圏の中間境

 人間が肉体を脱いで次に活動する所は、まだ地表圏の中間境です。そしてそこで使用する霊的な体とは、幽複体 (エセリック・ダブル) ということになります。
 幽複体のことを神智学などでは「ダブル」、もしくは「エーテル体」とも呼ばれますが、 分かりやすく表現しますと、肉体と、その次にまとう霊的な体「幽体」との、つなぎ服みたいなものです。
 この「エーテル体」がまた、漢字で「幽体」と表現することが多いので、色んな心霊関係の本を読まれた方のなかでも、戸惑う人が多いかも知れませんね。
 スピリチュアリズムで普通に言われる「幽体」は、神智学では「アストラル体 (感情・ 欲望体) 」ということになります。本書では、スピリチュアリズムで分類されている、幽体、霊体、神体という名称で表現していきますが、心霊学、特に神智学やヨガ関係の本では、四つに分けた用語もありますので要注意です。参考までに両方をつなげてみますと次のようになります。

 【神智学やヨガ】                   【スピリチュアリズム】
 エーテル体(幽体)、幽複体 (エセリック・ダブル)  ……… エーテル体、ダブル
 アストラル体 (感情・欲望体)  ……………………………… 幽体
 メンタル体 (精神体)  ………………………………………… 霊体
 コーザル体 (因体、神体)  …………………………………… 神体

 私たちが地上で生きている間は、そのダブル (エーテル体) のチャクラが、霊的な生命エネルギーである気 (プラーナ) を取り込んで霊体と肉体の両方に配るなどの大事な働きをしています。
 そして、肉体を脱け出た後も、しばらくはこの「ダブル」という体が表面に出ていますが、いくらの日にちも経たないうちに、この「つなぎ服」は消滅して、次なる霊的な体「幽体」が表面に出て参ります。
 普通の人たちは、本来この道筋をたどって速やかに幽界へと行くものなのですが、なかには地上への未練執着や霊的な無知から、なかなかこのダブルを脱げない人もおられます。そうした人たちは、悲しいことですが、この地上圏に留まってしまうことになり、迷いの道を歩むことになります。
 そして、その迷いから邪悪の道に入り、永く地上の人間に憑依を繰り返していると、いつかは強制的に、幽界の最下層であるところの「暗黒界(地獄界)」へと落とされてしまいます。
 この本を読まれている方々は、本道、即ち地上生活から速やかに幽界へと到る道を歩まれる方たちばかりであると思いますので、少しも案じることはありませんが、本来の道ではないとは言え、やはりこうした迷いとそれを矯正するための脇道 (暗黒界) が存在することを知っておいて頂きたいのです。特に、霊的な仕事に携わる方々には必要な知識です。

死んだことに気付かない人たち

 「成仏していない」という状態にも色んな様相があります。
 一つには、自分の地上的な未練執着に縛られて成仏できていない人です。物欲霊と称されるような霊たちは、自分が大事にしていた宝物や財産等に執着してそこから離れません。よく、高価なダイアモンドなどには、それを所持していた方が憑いているので危ないと言われたりしますが、これも物欲に翻弄された不成仏霊の仕業ということになります。 なかには、自分の恨みを相手に果たすために地上に居残る人がおります。怨霊と呼ばれる霊たちです。
 これらの霊たちは、自分がもう既に地上の存在ではないことに気付いているのですが、 それでも、敢えて地上界に居残ることで、自分の欲望をなんとか果たそうとします。地上界での欲望に縛られて成仏できない霊たちということで「地縛霊 (じばくれい) 」と呼ばれています。
 もう一つには、霊的な知識がないことで、還るべき方向が分からなくて地上に留まっている方もおられます。「低級霊」と呼ばれる霊たちです。
 もう一つには、実はもう死んでいるのに、そのことに気が付いておられない霊たちです。 それだけに厄介な存在でもあります。特に自殺霊などは、自殺願望に陥っている人に憑依して、生きている人間側を自殺行為に走らせたりするのですから、災いを連鎖的に広げてしまいます。
 それもこれも自分がまだ生きていると勘違いしているからです。なぜなら、死んだら無になると思っていたのに、まだ自分の意識や体があるからです。すると、自分は自殺に失敗したと考えて、自殺願望の強い人に取り憑いて自殺行為に走らせてしまいます。霊的な無知からくる勘違いです。
 前章で紹介した人たちの場合は、自分が死ぬ場面をしっかりと見せ付けられていました。 でも、それは稀なことです。これらの人たちは、霊性も高く、またその後に霊界通信のお役目も控えていたので、霊界側の計らいでしっかりと自分の死を観察させられたのだと思います。
 それに比べて普通の人は、多分何も感じないで死の扉を抜け出ていることが多いはずです。
 皆さんは、毎晩の眠りに付く瞬間を意識していませんよね。死んでいく時もそれと同じようなものと思っておられたらよいでしょう。それくらい安らかなはずです。死に際して苦痛が伴うことはまずありません。それは安心なさってください。
 ただ、このように、自分の死の瞬間を認識しないままで肉体から抜け出るものですから、 自分が死んだことに気付かない人がけっこう多いものなんです。
 それに、正しい霊的な知識もなく、また自己中心的に生きて来られたような方は霊性も低いですから、すぐに霊界へとは行かずに、この地上圏に留まります。そして、次に目が覚めた状態の時には、実はもうお亡くなりになっているのですが、ご本人はいわゆる幽体離脱したような感じで、まだこの地上のことが見える状態なのです。
 ほんとは、ダブル (エーテル体) を着ている間に、今生で縁の深かった人の所を訪ねてご挨拶をしていると言われます。あるいは今回の人生で過ごした懐かしい土地を訪ねて、 気持ちを整理してから本来還るべき光の世界に上がるとも言われています。
 その後は、幽界に上がって今生の反省をし、人間的欲望を滅却して、より高位の世界である「霊界」を目指します。でも、霊界に上がるまでの期間は決まりきった期間ではありません。それぞれの霊性によって、スーッといっぺんに上がるような高潔な魂の方もいれば、何十年、何百年とかかる人もおられます。人それぞれに違います。

 先ほどの幽体離脱になったような方は、まだ死んだとは思っていませんから、当初は住み慣れた家の中を歩き回ります。そして、家族に声をかけています。でも家族にはその方が見えないし、その声も聞こえませんから誰も反応しません。そんな時、ご本人は「自分は声が出なくなってしまったんだ」と思うらしいです。そして、また通いなれた会社に出かけて行って自分のデスクに座りますが、そこはもう自分のものではないのですから、後任の方に押し出されてしまいます。
 こんな時に自分の周りの様子をよくよく観察したら何かおかしいと分かるはずなのですが、そこは「死んだら無」と思い込んでいた哀しさです。事態を正確に把握できないのですね。
 いわゆる映画のゴーストみたいになっているんですよ。ドアを開けようとしてノブを握ってもドアは動きません。それでいて自分の体はスーッとドアでも壁でもすり抜けられるのですから…。
 そのうちに自分でも何がなんだかわけが分からなくなってしまい、あてもなく歩き回っているうちにどんどん暗い世界に入り込んでしまいます。
 これが地縛霊になる方によくある経過です。

 もう一つには、向こうの霊界に還っているのですが、そこの様子がこの地上とあまりにも似ているものですから、自分が既に死んでいることに気付かない人たちです。こちらも、 別の意味で成仏はしておられません。
 それくらい最初に行く霊界の様子はこの地上界と大して変わらないものと思っていてください。そこに住んでいる人たちも自分によく似ています。生活環境もそれまでと大して変りません。空や海や川などの自然環境も同じようなものです。もっとも、川には太陽光の反射がないので、水の中の様子がくっきりと見えるそうです。
 ですから、なかには「寝ているうちに地上の別な場所に運ばれたのだろう」と勘違いする人もいます。そこが死後の世界であるなんて気が付きもしないのです。つまり、自分が死んだということに気が付かないのです。
 でも、それもまた神の大いなる慈愛です。そうでないと、皆さん、いきなり地上とはまったく様相の違う、例えば光だけの世界だったら、とまどい、迷うことになってしまいますから…。
 そして、ある人は、「いつもの馴染んだ世界だな」と感じるかも知れません。そのように感じる人は、生前に夜の夢の中で訪れたことがあった方です。
 人は、地上で生活していた頃から、もう既に霊界生活の予行練習として、毎晩、霊界に訪れていたものなんです。死んでから初めて訪れる世界ではないんですよ。
 そうですね、もしも今私たちが亡くなったとしたら、多分少し時代が前の、昭和のレトロな風景の世界に還るのではないでしょうか。なぜなら、今の私たちよりも以前に亡くなられた方々の想念で出来上がった町並みのはずだからです。あるいはもっと以前の町並みで、昭和初期や大正、明治時代の人たちがまだ住んでいるかも知れません。
 面白い霊界通信では、そのような昔風の街の中を、色んな時代の乗り物が混じり合って走っているという報告もありました。同じ道路を、人力車が走ったり、初期のタイプの自動車が走ったり、なかには奇想天外な形の車も走っていたりするのだそうです。面白い光景でしょうね。
 現代風の建物はないはずです。今の私たちは、この目で最新のビルディングなどを見ていますからそれなりにイメージもできますが、古い時代の方々は見たこともないので絶対にイメージできないからです。
 そして、「類は友を呼ぶ」世界ですから、当初は日本人だけで集まっているはずです。 このようなわけで、少し時代が古い感じの街に観光に来たような感じで、そこが霊界だとは思いもしないのです。おまけに自分の意識もあるし、記憶もあるし、幽体という形でいまの肉体とそっくりの体があるのですから、余計自分はまだ生きているものと勘違いしてしまいます。
 ほんとはもう地上界から霊界に還っているのに、自分が死んだことに気が付いていない…、 こんな不成仏の方々もけっこう多いものです。
 ですが、似ているとはいっても地上界と霊界とでは基本的に違う部分がたくさんあります。本書の中で、それらの知識を蓄えていたら、決して迷うことはないはずです。知識は霊界での重要な道案内役になりますよ。
 また指導霊たちも、本人がもう肉体から離れたということを覚らせるためにいろいろと指導や計らいをします。当人の葬式をその目で見せることもその一つの計らいです。


自殺霊の実態

 本書は霊的な真理をお伝えする本です。その使命を果たすためにも、またこれ以上に自殺行為に走る人が出てこないようにと啓蒙するためにも、自殺された方々のその後の惨状から目をそむけるわけにはいきません。遺されたご家族にしたら、きびしい言葉と感じることもあるかと思いますが、これ以上の自殺の連鎖を断ちたいという願いを込めた霊界情報ですので、ご理解を頂きたく存じます。
 まずお伝えしなければならない自殺後の惨状とは、そのほとんどの方が地縛霊となっている現実です。簡単には成仏できないのです。
 その最大の原因が、死ぬ瞬間の恐怖心を持ち続けることです。
 先にもお話しましたように、自殺する人自身が正気で自殺行為に走ることはまずありません。そのほとんどが自殺霊に憑依され、その自殺霊に自分の体を乗っ取られた状態で自殺行為に走るのです。私はそのように理解しています。
 統合失調症の患者さんが、ひどい症状になると夢遊病状態で街中を徘徊することがありますが、少し正気になったときに訊ねても、その間のことはまったく覚えていません。つまり、別の人格が憑依してその患者さんの体を乗っ取ってしまったら、自分の意識と体の五感が分離されてしまいますから何も憶えていないのです。
 このような無意識の状態が自殺の寸前まで続くと思ってください。そして、その人が死にそうになると、憑依霊は肉体から抜けて出ます。すると本人の意識が突然戻るのです。 その時の本人の驚きと恐怖…、想像するだけでも痛ましいことですが、でも、もう取り返しは付かないのです。
 この瞬間の恐怖と、その後に見せ付けられる自殺の現場…、幽体離脱の状態で、自分がそれまでに使っていた体の状況を見せられます。そのことが本人にとってはいちばんきついことなのです。そのことから永く恐怖心を引きずることになってしまい、成仏を遅らせることになるのです。
 また、ある霊能者に自殺した娘さんの浄霊をお願いしたケースでは少し様子が違いました。もう自殺されてから一年ほどが経っていたのですが、その娘さんは自分が何をしたのかさえ分かっておりませんでした。まったくの錯乱状態で、霊能者がコンタクトを取ろうとしても取れなかったのです。ただ真っ暗な中に自分がいるだけで、現在自分自身がどんな境涯にいるのかも理解しておられなかったのです。恐怖心が自分の周りに真っ暗なバリアを作ってしまって、それが自分と外界とを遮断していたのです。
 二度目のコンタクトで、「あなたは自殺したのですよ」と話して、やっと少しは理解してくれたようですが、それでも混乱したまんまですから、霊能者の方も苦労なさったようです。ほんとうに分かってくださって、光明の世界に上がるまでには大分時間が掛かりそうでした。ただ一つの救いは、遺された家族の祈りの想念だけは、おぼろげながらも本人に届いているらしいことでした。
 山村さんも、自殺した方の浄霊には時間がかかると言っておられました。それにまた、 不思議なことなのですが、自殺霊の浄霊を山村さんにお願いしようと思っても、なかなかご縁がつながらないものでした。「すぐには無理ですよ」という霊界側の計らいがあったのでしょうか。
 そして、最高に難しい浄霊は麻薬中毒患者の自殺だそうです。これだけはもう、さすがの山村さんでも、どうしようもなかったらしいですね。
 最近、大麻やドラッグなどの麻薬に手を出す人が増えていますが、霊的に観ても非常に危険なことです。そのままで過ごしたら、死後は即地縛霊となること必定であり、そして気付くことさえ永く難しいことになってしまいます。
 霊界通信でも論していますが、自殺に到る方々の根底にあるものは逃避の精神なのです。 自分の目の前に現れた問題・試練も、小さいうちから片付けて行けば大問題にならずに済むのに、それから逃げてばっかりいるうちに、どうしようもなくなってしまうのです。自分で乗り越えられないはずはないのですから、逃げないで真正面から立ち向かって行ってください。
 先ほど、自殺は憑依によるものが多いと申し上げましたが、それだって、そういう自殺霊を呼び寄せた原因は自分が作ったのです。人のせいにはできません。自殺願望に陥った自分の弱気が自殺霊に付け込む隙を与えてしまったのですから…。
 そして、「死んだら無」とか、「死んだら神様が救ってくれるから楽になるから…」とかの間違った認識を持たないことです。正しい霊的な知識を得て、がんばって前向きに生きて行ってください。
 所詮、この世は苦しいことの多い修行の世界とは申せ、それでも地上でしか味わえない楽しみもいろいろあるじゃありませんか。そうなんですよ、この後、暗黒界の話などを聞けば分かりますが、あちらでは肉体がありませんから、その点ではまた楽しみもぐっと減っていくものなんですよ。この肉体の五感で味わえる歓びも、「ほどほど」ということをわきまえながら、どうぞ地上生活を楽しみながら、人生を全うしていってください。
 自殺行為は決して苦しみを消し去るものではなく、かえってその苦悩を増大させる結果となります。自殺霊の逝く先に美しいものなど何もありはしません。もちろん、その方の自殺に及んだ理由とか、動機によって、霊界側から情状酌量がなされるのは当然ですが、 それでもきびしい来世が待っていること、そのことだけは断言できます。

酒飲みと憑依靈

 私たちが絶対に陥ってはならない地縛霊の世界ですが、特にまた、酒色に溺れたままだと、最後には暗黒界へと落とされて、きびしい試練を受けることとなってしまいます。 このような精神世界を学んでおられる方々には、そんな心配はまず無用なことですが、 それでもこんな実態があることは知っておいて頂きたいのです。そして、周りにそんな方がおられましたら、是非、諫めとして伝えて上げてください。
 モーゼスの『霊訓』(近藤千雄訳 国書刊行会刊) の中から、酒色に耽る人間と、それに取り憑く地縛霊についての部分を紹介します。

 霊的真理を説く霊媒をことごとく狂人の汚名を着せて幽閉した者たちよりも遥かに道を外せるのは、飲んだくれの肉欲集団である。彼らは快感に浸りて己を忘れ、汚れたる肉体の官能を飽くことなく刺激し、堕落者、不道徳者と交わり、挙句には、いま一度肉体的快楽を求めてうろつきまわる邪霊・悪霊の餌食となって行く。われらの目にとりて、こうした邪心と不純の巣窟ほど恐ろしきものはない。この上なく卑しく、この上なく恐ろしき堕落の巣窟である。言うなれば、人類の文明の汚点であり、知性の恥辱である。(中略)
 こうした地縛の霊たちは、地上時代の肉体的欲望と性向とを多分に残している。それを直接感識する器官はすでにないが、欲求だけは消えぬ。飲んだくれは相変わらず酒と性の味が忘れられぬ。否、むしろ一段と強める。いくら耽っても満足を得ることができぬためである。魂の中に欲望の炎が燃えさかる。その欲望に駆られて、かつての通いつめた悪徳の巣窟へと引きつけられ、そこで快楽に耽る人間に取り憑き、その者の堕落を一層深めていく。
 かくして再び地上生活を味わい、同時にその人間が深みにはまり行くのを見て、悪魔の如く、してやったりと、ほくそえむ。悪徳が引きつがれ、罪悪と悲しみを産み続ける。魂を奪われたその哀れなる者は目に見えぬ悪の使者に駆りたてられ、泥沼に深く深く沈んで行く。家では妻と子が飢えと悲しみに言葉もなく打ち暮れている。そのまわりを、打つべき手を全て失いたる守護霊が、為すすべもなく徘徊する。
 こうした例を持ち出すのは、地縛霊が酒色に耽る人間を虜にして、今一度地上的快楽を味わっている現実を知らしめんがためである。一度酒色に溺れし者の更正が困難であるのは、かくの如くに悪徳の悪循環が行われているためである。その悪循環を断ち切る方法は人類全体の道徳的意識の高揚と物的生活の向上にまつほかはない。それにはまず、より垢抜けした真実の霊的知識の普及が必要である。

 いかにも近藤先生らしい古文調の重厚な文体で、私の好きな書物の一つなのですが、 残念ながら今は絶版です。

酒場の現状

 そして次に引用するのは、いま紹介した『霊訓』の現実版とも云える体験談です。
 その体験が記されている書物の名は『死後の世界』ですが、なにせ、大正末期に発刊された本の復刻版ですから、そのままでは今の若い人には文体も書体も読みにくいものです。浅野先生に謝りながら、文意を損なわぬよう気を付けて、現代的に書き直してみます。
 通信霊は英国の元陸軍士官ですが、遺族のこともあり名前は名乗りません。それもそのはず、生きていた時も、死んでからも、悪徳の限りを尽くして、とうとう最後には地獄のどん底まで堕ちた人物なのです。
 同じ地獄界・暗黒界を紹介した霊界通信でも、『ベールの彼方の生活』などは高級霊や指導霊の目を通した通信ですが、こちら陸軍士官からの通信は、地獄まで落とされた悪い奴、その張本人の体験談なのですから、ある意味、凄みがあります。
 この「英国陸軍の元士官」には、このあと本書の随所に登場してもらいます。彼のように、暗黒界 (地獄界) を経験して、それを自らの体験談として霊界通信を送ってきた霊は、そうざらにいるものではありません。
 それに、この『死後の世界』を読み終えた時、まったくどうしようもない悪だった彼の、 その後の更生の物語のなかに、私自身何かしら同情を超えた親愛の念さえ感じるようになってしまったものです。彼の、地獄のどん底に落とされるまでの行状は、決して誉められるものではないし、また絶対に真似してはならないことだけど、人は時として過ちを冒すこともある、まだ不完全な存在です。そうした過ちに陥ったとき、如何にして暗黒の世界から光明への道を辿るか、この元陸軍士官の体験談は大きな教訓を与えてくれます。
 この通信が行われた頃には、この悪者も、やっと地獄から這い上がって向上への道を歩み始めたばかりでした。その彼が、死んでから間もない頃に体験した、飲んだくれへの憑依の場面です。
 話は悪党の元陸軍士官が泥酔していて車にひかれ、自分が死んだことに気付いたところから始まります。すぐに、生前の彼に付きまとって悪事を手伝っていた化け物みたいな霊が寄って来ました。

 我輩は案内されるままに無我夢中で怪物の後に付いて行ったが、辺りはいやに真っ暗な所だった。やがて気が付いて見ると無数の霊魂がその辺にウジャウジャ居る。
 「ここは一体何処なんだ?」
 「それよりか、お前は何処に行きたい? 望みの場所へ、どこへでも連れて行くぞ」
 「我輩は何よりも酒が飲みたいな」
 「それだったらこっちへ来い。酒の好きな奴にあつらえ向きの店があるぞ」
 たちまち辺りに罵り騒ぐ群衆の声が聞こえた。するとそこには一個の怪物が多くの配下を率いて控えていた。
 怪物が目玉をぐりぐりさせると、他の奴らが声を揃えて怒鳴りたてる。
 「酒!  酒を飲ませてくれぇ!」
すると親分の怪物が言った
 「俺の後に付いて来い!」
 たちまちわれわれは大きな、しかし下等な一つの酒屋に入っていた。その場所は確かにロンドンの東端のどこかであるらしい。内部には下等社会の男も女も、また子供さえもいた。
 いや、その部屋にみなぎるジンやウイスキーの何とも言えぬ嬉しい香り!  ただ安いビールの臭いだけは感心しなかったが、この際そんなことには構っていられない。
 我輩は早速バーに置いてあるビールの大ジョッキにしがみ付いた。が、いくらつかんでも、つかんでも、どうしてもジョッキが掌に入らない。そうなると、飲みたいという想いは一層強まるばかりで、体中が燃え出しそうな感じになってきた
 周りを見ると、他の連中はしきりに、酒を飲んでいる男や女の体にからみついている。 どうしてそれをやるのかは正確に分からないが、とにかく何らかの方法で、彼らの肉体の中にねじ込んでいるらしいのである。
 するとベロベロに酔っ払った男の首にしがみついていた一人の霊魂が、すーっと、その肉の中に吸い込まれるように消え去った。オヤッと思う間もなく、この酔いどれはよろよろと立ち上がって叫んだ。
 「こらっ!  早くビールを持って来んか!  ビールだ、ビールだ!」
 仕方がないと言った風で、一人のメイドがビールを持って行った。が、よくよく見ると、 この酔いどれの両眼から、らんらんと光っているのは本人のではなくて、確かにさっき入った霊魂の眼光であった。彼は盛んにビールをあおるとともに、ますます猛り狂った。
 とうとうバーの監督が来て、その男の肩を捕まえて外に突き出そうとすると、酔いどれはいきなり大瓶を振りかざしてゴツンと監督の頭をくらわしたからたまらない。監督はその場に崩れ落ちた。
 現場はみるみる修羅場と化した。
 「人殺しーッ!」
 酒飲みの大半は悲鳴を上げて外に飛び出した。霊魂のなかには、人間の首に巻きついたまま一緒に出かけたのもいたが、なかにはまた人間を突き放してしまったのもいた。
 その時初めて、これらの霊魂が二種類であることに気が付いた。明らかに人間であるのと、人間ではないのとである。人間でない奴は種々雑多で、いずれも多少動物じみていた。 醜悪で奇怪で、人間ともつかず、動物ともつかず、時には頭が動物で体が人間の化け物もいる。
 そうしたなかでも、さっき監督をやっつけた酔っ払いは、相変わらずビール瓶を振り回している。すると、その時、我輩のすぐそばで耳をつんざくようなキャーキャー声で高笑いをする者がいた。見るとそれは例の親分の霊魂だった。彼が嬉しがって、ときの声を張り上げているのだった。
 我々仲間も一緒になって喝采したが、自分でもなぜ喝采したのか分からない。
 すると、酔っ払いに憑いていた悪霊がその体から抜け出しにかかった。そしてすっかり抜け切ったと思った瞬間、酔っ払いはペチャペチャと地面に潰れた。
 「あいつは死んだらしい」
 と我輩は悪友の霊に言った。
 「なかなか死ぬものか。ただ酔いつぶれているだけじゃ。が、あいつは間もなく死刑になるだろう」
 「しかし、監督を殺したのはあいつの仕業じゃない……」
 「無論あいつの仕業でないに決まっている。しかし裁判官にそんなことが分かるものか。裁判官などは外面を見て裁判するものだ。日頃監督を怨むことがあったとか何だとか、理屈は何とでも付けられる。それとも、お前、証人として裁判にまかり出て、あいつの冤罪を解いてやったらどうだい?」
 そう言ってケタケタと笑うと、他の奴らも一緒になって笑った。
 ちょうどその時に警官がやって来て、皆から事情を聴き取ると、酔っ払いをつまみ上げて運び去ってしまった。
 「よくやった、よくやった!」
 我々の親分がはやし立てた。
 我々はまたそれから大いに飲み始めた。そうするうちに、我輩も見よう見まねで、どうやら人間の体に絡み付いて酒を飲む方法を覚えてしまった。
 ほんとうのことを言うと、それは酒を飲むのとは少し訳が違う。むしろアルコールの匂いを嗅いで歓ぶだけの仕事に過ぎない。が、とにかく豪気である。豪気であると同時に何やら物足りない。聖書にある死海のりんごそっくりで、手に取ると直ちに煙となってしまう。ま、それでも幾日となくこの酒場に入り浸ってしまった。そして、しまいには我輩も本式の憑依法まで覚えこんでしまった。
 我輩は今その憑依法を皆さんに説明しようとは思わない。が、概要で言えば、霊媒の体を借りて自動書記をやるのと同じようなものだ。
 心配しなさんな、諸君。現在の我輩は、もうあんな悪い真似はしない。例え、しようと思っても、この霊媒のワァド氏の身辺には、ちゃんと立派な守護神さまが控えていらっしゃる。
  ま、幽界の悪霊たちの酒の飲みっぷりは大体こんなところで分かるだろう。

 如何でしたか?  凄まじい話でしたね。そして途中に出てきた「人間でない霊魂」とは、 前にも話しました、エレメンタルと称する生命体でしょう。いわゆる酒に執着する人間の悪しき想念が作り上げた生命体です。それらと一緒に、性質の善くない自然霊などが加わって、邪悪な集団となっています。
 また、酒の親分の化け物について、元陸軍士官は次のように説明しています。

 彼は妖精ではない。また人間の想念が凝り固まって出来上がった変化でもない。彼は極度に飲酒を渇望するすべての人々の煩悩から創り出された一種の妖魔です。ですから、世界中から飲酒欲が消えたら、あんなものは次第に無くなる。ただし、しばらくは幽界に残る栄養源を使って生き残るが、それでも地上の人間が飲酒の習慣を全部なくしたら、幽界では結局、酒の匂いさえかげなくなるから、自然とあの妖魔も栄養不良で消滅する。このことは、飲酒に関わることだけではなく、一切の煩悩がその通りなのです。
 人間の想像で創り上げた悪魔は、それを創った人がその想像を棄てたら消滅しますが、 困ったことには、他の人たちがまた後からそれを復活させてしまいます。僧侶たちは、どれほど悪魔を製造して地獄に供給したか知れません。そんな悪魔は、しきりに地獄の居住者を悩ませます。しかし、悪魔の存在を知らない者の眼には決してその姿が見えないのですから不思議です。

 この酒場の話はイギリス・ロンドンでのことでしたが、実はこれと同じような光景が世界中の歓楽街で繰り広げられているのです。もっとも、人間の目には見えないから、皆、 平気で酔っ払っていられるのでしょうが・・・。
 酒飲みをたしなめるのに、「初めは人が酒を呑み、次には酒が酒を呑み、ついには酒が人を呑む」という訓えがありますが、これだって、今の話を知ったら次のように書き換えなければなりませんね。
 「人が酒を呑みすぎると酒乱霊を引き寄せ、ついには酒乱霊が人を呑む」と。
 お酒は呑むのも「ほどほどに…」ということのようです。

交霊での憑依

 ある時に、例の元陸軍士官に悪霊の友達が「交霊会を冷やかしてみようではないか」と誘ってきたのです。このくだりは、現代の霊的な仕事をしている人たち、例えば霊能者や心霊治療家にとっても大いに参考になりますので、紹介します。
 まず、交霊界を大別すると次の三つに分かれます。

  ①善霊のかかる交霊会
  ②悪霊のかかる交霊会
  ③詐欺的交霊会

 第一の善霊・高級霊が霊能者に憑いて行われる交霊会は、きちんと護られていますから、 どんな邪霊でも近づくことができません。
 第三の詐欺の場合は、邪霊にとって何の利用価値もありません。
 第二の場合が危ないのです。なかには、霊能者自身は純粋な気持ちなのに、指導している霊が邪霊であったり、もっとひどい場合は悪霊だったりして、それらにうまくだまされて活動している場合もあるのです。あるいは、まだ霊格の低い霊能者で、当然背後の指導霊たちも霊格が低いものですから、邪霊や悪霊から霊媒を護りきれない場合があります。このような場合には、別の悪霊たちも脇から入り込む形で、霊能者自身を悪い方向へと引きずり込むことが可能になります。
 元陸軍士官が訊く形での、その友人悪霊との会話です。

 「どうして霊媒を引きずり込むことができるのか?」
 「その霊媒に欲が出て、霊能力で金儲けしようとした時に、その体を占領するのだ」
 「そうすると、霊能者は謝礼を取ってはいけないのか?」
 「そんなことはない。霊媒だって、牧師だって食わずにはいられない。牧師だって適正な年俸ならもらってもかまわない。ただかりそめにも、牧師ともあろう者が、同胞救済のために力を尽くさず、朝から晩まで自分の地位や財産ばかりを目標にしていたら、すぐに評判が悪くなる。霊媒だってその通りだ。なにごとも動機が肝心だ。いったん動機が悪くなったその時こそ、われわれの付け込むところだ」
 「しかし、そんなことをして何か俺たちの利益になるのかい?」
 「そりゃなるさ!  まずそうやって我々の幽体を養うための材料を手に入れるのだ。第二には権力だ。権力! お前の耳にはこの言葉が気持ちよく響いて来ないか?  それに、 われわれはこれを利用して、昔の恨みを晴らすことができる。それからもう一つ、例え一時の間でも、人間の体に宿るということは有難いじゃないか。こう考えただけで交霊会というものもまんざらではなかろう。いや、まだある。幽界で散々修行を積んだ者が、もう一度人間の世界に出しゃばって、大手を振って歩きまわれる。なんとも面白い話じゃないか」

 この後、実際にこの二人は、霊媒の行う交霊会にでかけました。
 そこには一人の女性霊媒が十人ほどの男女に囲まれて座っており、その脇には、光り輝く一人の天使が立っていました。でも残念ながら、まだ少し霊格の低い霊媒だったようで、 その周りを多くの悪霊たちが取り囲んでいました。本来なら天使がそれらを排除しなければならないのですが、力不足で霊媒を護ることができない状況でした。そして、とうとう悪霊の一人が霊媒に憑依してしまったのです。
 その後は、憑依した悪霊が、いい加減なことを相談者に答え出しました。時には、ほんとうのことを混ぜながら話すその言葉を、会場の人たちも、霊媒自身もすっかり信用していましたが、ほんとうは邪霊のいたずらだったのです。
 ただ、この会場の場合は、それほどのあくどいところはありませんでした。いたずらをして喜んでいるような悪霊たちだったのです。
 手始めに室内の品物を動かしたり、投げつけたりします。次に室内の人たちの頭をピシャピシャ叩く。次には物品を隠し、人々の懐中物さえ巧みに抜き取る。それがまた、人間の目には見えない霊の手でやりますから、実際には手を触れないで物品移動がなされるように見えるわけです。そして最後には、テーブルをひっくり返し、椅子に座っていた人たちの大半に宙返りをさせます。このようないたずらを散々した挙句に悪霊たちは交霊会場を引き上げたのです。
 その帰り道で悪友霊が元陸軍士官に説明した内容です。

 「心霊現象と言えば大抵あんなところが一番多いが、物質的な頭脳の所有者に霊魂の存在を承認させるためには、この種の方法以外には絶対に何物もない。そのために優れた霊媒や霊魂までもやむを得ずこんな子供じみた曲芸をやって見せるのだが、見物人は大喜びで、 初めて、「なるほど」ということになり、その勢いで嘘だらけの霊界通信までも感心して受け容れる。おかげで霊媒の体はめちゃくちゃになり、交霊会の評判はめっきり下落する。 われわれ悪霊にとっての大禁物は、純潔で、かつ真面目な霊媒と心霊研究とである。そんなものは、こっちの秘密をすっぱ抜き過ぎて、人間を用心深くさせるので困ってしまう」

 もちろん、すべての交霊会 (現代のチャネリングや心霊治療、リーディングなども含めて) が、このような悪霊に支配された状況にあるわけではありません。霊格の高い霊媒・霊能者の行う会場では、波動の法則の通りに、霊格の高い背後霊団が護り指導していますので、 邪霊・悪霊が近づけるものではないからです。ただ、まだ十分に用意のできていない霊能者が不用意に霊的な世界に関わると、いまの話のように危険なことがありますよ、ということです。

 『シルバー・バーチの霊訓』の七巻に次のような場面もあります。
 交霊界であまりにもシルバーバーチが当意即妙に応答するものですから、会場の人たちが口々に感心するような言葉を述べました。その時にシルバーバーチが述べた言葉です。

 地上の皆さんは細切れの知識を寄せ集めなければなりませんが、私たちは地上にない形で組織された知識の貯蔵庫があるのです。どんな情報でも手に入ります……即座に手に入れるコツがあるのです。私たちの世界の数ある驚異の一つは、すべてが見事に、絶妙に組織されていることです。知識の分野だけでなく、霊にとってのあらゆる資源…、文学、芸術、音楽等の分野においてもそうです。すべてが即座に知れ、即座に手に入ります。まだ地上の人間に知られていないことでも思いどおりになります。

 この後に訳者の近藤千雄先生から次のような注釈が付けられております。

 霊格の高い低いに関係なく、そのコツさえ会得すれば誰にでも知れる。だからこそ歴史上の人物を名のって出る霊は警戒を要するのである。つまり、その人物の思想や地上時代の情報はいとも簡単に、あたかもコンピューターの情報のように、あるいはそれ以上に簡単に、しかも詳細に知れるので、それらしいことを言っているからといって、すぐに信じるのは浅はかである。他界したばかりの霊を呼び出す場合も同じで、それらしく見せかけるのは霊にとって造作もないことである。そんなことを専門にやって人間を感動させたり感激させたりしている低級霊団がいて、うまく行くと「してやったり」と拍手かっさいして喜んでいる。別に危険性はないが、私には哀れに思えてならないのである。

第五章 元英国陸軍士官の地獄体験


元陸軍士官の紹介

 この章に登場する英国陸軍の元士官について前以て身元紹介をしておきましょう。自らの地獄体験の霊界通信を送ってくれた男です。
 話は『死後の世界』の著者、ワァド氏の体を使った自動書記で始まります。初めの通信霊はワァド氏の妻の父親、L叔父さんです。

 「さっき私は面白い人物に逢ったとお前に言ったが、その人物は今私のすぐ傍に来ている。 元は立派な身分の方で、籍を陸軍に置いていたが、何か背徳の行為があったので、軍から除名処分を受けた。
 手始めに彼は一人の女性と結婚してその財産を巻き上げた。それからインドに行って、 ここでもまた一人の婦人を騙して金銭を搾り上げ、また一人の現地人を殺した。婦人の件は官憲に見つけられたが、現地人殺害の件は闇から闇に葬られた。
 それから英国に戻って泡沫会社の製造をたくらみ、さんざん貧乏人の金銭を巻き上げた挙句、法の網に触れて、五年の懲役を言い渡された。妻の方から離婚の訴訟をおこして、その通りになったのは監獄の中に居た時のことであったそうな。
 監獄を出ると、さっそく賭博場を開いた。が、それもたちまち世間に漏れて、ほうぼうのクラブから除名処分を受けた。今度は何かの発明をした青年を抱きこみ、しばらくその宣伝マンをしていたものの、結局これを殺害して発明品を盗み、やがて資本家を口説いて資金を出させることにした。が、いよいよ契約証書に調印という段取りに進んだ時に、口ンドンのレストラン街で自動車にしき殺されてしまった。何でもそれは当時出来立ての乗り合い自動車であったそうな。
 ざっとこういった身の上なのだが、この人物がお前の体を借りて、自動書記をやりたいと言うのじゃ。しばらくやらせてみることにしよう」
 ここまで書いた時に、筆跡がガラリと一変して、速力が非常に加わり、同時にワァド氏の態度までがまるで別人のようになりましたので、そばに付いているにK夫妻は非常に驚いたということです。
 さて、その文句はこうでした。

 「我輩がちょっとこの肉体を借りてみたが、なかなかうまくいきません。我輩は面白半分に試しているだけである。我輩は生前、野獣のような生涯を送ったものじゃ。その罪ほろぼしのできることがあれば、何か一つやりたいと思う。我輩には自動書記がまだうまく出来ない。我輩は生前に大失敗の歴史を残した。しかし、L氏の助けを借りて、必ずその取り返しをやる。これでL氏に体を譲る」
 叔父のL氏が交代して、次の文句を書き続けました。
「ことによると、ただいまの人物がお前の体を疲れさせたかも知れない。私も未熟だが、 この人ときては尚更未熟である。霊界で修行を積んでいないので、どうにも粗暴でいけない。何しろ極度の刑罰から脱け出して来たばかりで、今のところでは精神が少しも落ち着いていないが、これでも霊界の穏やかな空気に浸っていれば、だんだん立派なものが書けるようになるだろう。当人は早く何か善いことをしたいと言って、一生懸命焦っているものだから、私の方でもやむを得ずちょっとやらせてみることになったのじゃ。後日、機会をみて、変化に富んだその体験を述べさせることにしましょう。私のとは、まるきり種類が違うから面白い。霊界へ来たのはかえって私よりも先輩じゃ。死んだのは確か一九〇五年(明治三十八年)で、乗合自動車が初めて運転を開始した時分だと言っている」


 ここで私が前以て元陸軍士官の生前の悪業を並べたのには訳があります。それは読者の方々が、地獄に対する余計な心配を抱くことのないようにという気遣いからです。
 日本人は、この後でお話しますように、幼い時から、「悪いことをしたら地獄へ落ちるわよ!」とか、「嘘をついたら閻魔様に舌を抜かれるわよ」とか、散々脅かされています。
 そうした体験から、いわゆる洗脳された状態となって、多くの方々が簡単に地獄に落ちるかのような恐怖心を抱いておられます。ですが、「決してそんなことはありませんよ」 ということです。
 これから話す元陸軍士官の地獄体験も、先に紹介したような、殺人、詐欺などを繰り返し、なおかつ、地獄界に落ちてからさえも悪業を重ねた彼だからこそ、その身で受けなければならなかった刑罰なのです。
 皆さんは、自分の金儲けのために人殺しが出来ますか?  暴力で抑え込んで他人を支配できますか?  無理でしょう?  だったら地獄界に落ちる資格 (?) はないということです。強制的に隔離される心配もないということです。
 でも、そうかと言って、その可能性がまったくゼロかと言えば、それは無きにしもあらず。「他人の振り見て我が身を直せ」という諺もありますから、彼の貴重な体験談に耳を傾けることにしましょう。


地獄はほんとうにあるのか

 元陸軍士官の話を聞く前に、一般的な地獄論を検証してみます。
 宗教でよく言われる「地獄」という世界はほんとうにあるものでしょうか?
 もちろん唯物論者にとっては、「死んだら全てが無」なのですから、天国も極楽も、そして地獄界も、みんな作り話ということになるのですが、霊界通信の多くで地獄界のあることを伝えていますので、ここでは「地獄はあります」とお答えします。
 でも、その「地獄」にも二種類があります。
 一つは、霊界とは想念の世界なのですから、その人の心の中の悪しき想念や、宗教などで散々教え込まれた「地獄絵図」などによって、自分自身の恐怖観念が創り出している夢幻の場合です。この場合は、自分の気持ちを切り換えたら、すぐにその場面は消滅します。
 もう一つは、「いや、地獄という場所が実際にあって、邪悪な想念の持ち主はそこへ強制的に行かされるのだ」という、現実にある地獄の存在です。自分の観念で作り上げる夢幻の世界ではなくて、具体的な場所があるということです。
そのことは、これから紹介する、実際に地獄界に堕ち込んだ元陸軍士官の体験談や、霊界探訪で地獄界を見て来た人たちの記録のなかにも、そのことを証明する多くの事例があります。
 でも、皆さんが夜寝ていて、夢のなかで「ここは地獄だ!」と思ったとしても、多分それは違います。地獄とは、地上で言えば刑務所のような、一般の霊界とは隔離された場所・ 境涯なのですから、例え夢とは言えども、簡単に出入りすることは出来ないはずだからです。
 地獄の場所としては、地球の表面よりも内側と言われています。幽界や霊界の場所は、地球の外側に向かって同心円状に広がる所なのですが、地獄界に堕ちるような人たちはまだ物質性にも染まっていますし、その邪悪な想念がその霊的な体を重くしているから、地球の内側に向かって沈んでいくのだというのです。また、光明から外れた、暗黒の世界だと考えたら、お天道様の光の届かない真っ暗な地面の中というのも、イメージとしても分かりやすいですね。
 これから暗黒界、通称「地獄」と云われる世界の話になります。この本を読んでおられる方にはまず無縁の世界ですが、でも、霊界を語るときには、この話題を避けて通るわけにもいきません。ましてや、霊的な仕事に携わる方々には大事な知識です。特に女性の方には苦手の、怖い場面も原典にはあるのですが、その辺はできるだけ表現を和らげて編集していきます。
 それでも、どうしても怖いと思われるのでしたら、どうぞこの部分は通過しておいてください。そして、霊的な知識も増えて、心の準備が出来た頃に、また挑戦してみてください。
 これは実際に私の勉強会であったことですが、私の話を聴いているうちに、吐き気がしたり、頭痛がひどくなったりして席を外された方がおられます。後で訊きましたら、その方は以前に「ものみの塔」で洗礼を享けたほどの、一時は熱心な信者でした。その後に教団の教えに疑問を抱いて脱退されたのですが、宗教の洗脳というものは恐ろしいものですね。私の話の中にある霊界のことを聴いているうちに、教団で叩き込まれた地獄絵図を思い出してしまったのです。そして、当時のままの恐怖観念に陥ってしまったのでした。
 そんなこともありますから、特に宗教で地獄絵図を見せ付けられ、未だにその洗脳から抜け出せないでいる人は、ここで無理することはありません。ほんとは、「宗教の地獄絵図はほとんどが嘘ですよ」と言っているのですが、心の準備ができるまで時期を待ってもかまいません。


仏教の地獄絵図

 日本人に馴染みの深い仏教では、地獄のことをどのように教えているのか?
 もちろん、この地獄説も一部の仏典にあるだけで、お釈迦様ご本人が遺したものではありません。どこかの後世の弟子が勝手に創作したものであると解釈するのが妥当でしょう。そうかと言って、すべてが嘘かというとまんざらではない部分もあります。後ほど、 霊界通信にある地獄界での体験談を紹介しますが、少しは似通った光景もあります。
 でも、仏教の地獄絵図の場合は、無間地獄などと、そこに堕ちたら最後、未来永劫苦しみの世界から抜け出せない観があります。まさに救いがないのです。その点、スピリチュアリズムで伝える地獄界は、気付きさえあれば、いつでも救いの道が用意されております。
 それに、仏教では普通の人でも簡単に地獄に堕ちるかのように説きます。その例として、 分かりやすいのでは盂蘭盆 (うらぼん) があります。
 盂蘭盆、通称お盆とは、サンスクリット語の「ウッランバナ」から来た言葉で、その意味は「逆さ吊り」です。餓鬼道に落ちている人はみんな逆さ吊りの責め苦に遭っているので、その苦しみから解放させてあげようという仏事です。
 その昔、お釈迦様の弟子の目連が、亡くなった母親が餓鬼道に堕ちて苦しんでいることを神通力によって知らされました。何とか母親を救いたいという相談をお釈迦様にしたところ、雨季の明ける七月十五日に、修行僧たちに供養をしなさいと言われ、そこから始まった行事なのです。
 もっとも、この話は『盂蘭盆経』という仏典にあることで、これがほんとうにお釈迦様の指示なのかどうかは疑問です。例によって、後世の弟子たちが、自分たちに実入りがあるようにと考え出したお寺の行事であると捉えたほうが正しいでしょう。
 お盆や春の彼岸、秋の彼岸などにお寺に届けるお布施のことを「お施餓鬼」と言いますが、それはいまの話のように、「餓鬼道に堕ちているご先祖様を救ってください」と坊さんにお願いする手数料なのです。
 それに、世間では昔から「お盆の時期には地獄の釜のふたも開く」とか言って、ご先祖様たちが地獄から里帰りするかのような認識もあります。
 この「お施餓鬼」という意味からよくよく考えてみますと、もしかしたら、これって、 私たちのご先祖様たちは、みんな悪い人たちで、それでいつもは地獄の釜の中にいるということなのでしょうか?  それとも、年中、逆さ吊りに遭っているような極悪人だというのでしょうか?
 そんなはずがあるわけないですよね!  お坊さんが一人ひとりの死後の境涯を霊視できるはずもないのに、「みんな地獄で苦しんでいるからお施餓鬼をしなさい」と言いますが、 あんなにやさしくて人様に親切だったおじいちゃんやおばあちゃんまで、すべて一律に、 「地獄で苦しんでいるから供養しなさい」というのはまったくのナンセンスです。
 話のついでに付け足しますと、仏教では、どこでも先祖供養をしなさいと言われます。
供養しないと浮かばれないとお坊さんは言います。
 でも、よく考えてください。宗教では、みんな「うちの教えを信仰したら天国や極楽に行けます」と宣伝しています。特に浄土宗系の宗派では、「南無阿弥陀仏」と唱えた皆さんを阿弥陀如来が極楽に連れて行ってくださると説きます。そしたら、みんな極楽で成仏しているはずです。地獄とか餓鬼道なんかに堕ちているはずがないじゃないですか!
 それなのに、どうして「餓鬼道に堕ちているから供養しましょう」なんて、お盆やお彼岸、それに命日ごとの法事をさせるのでしょうか。信仰したら救われると言っておきながら、亡くなったら地獄にいるから供養しなさいと言うのでは、まさに詐欺的な話ですよ。
 最近こんな話をラジオで知りました。仏教界の隠語で「初荷」という言葉があるそうです。これは、年が明けてから最初の葬儀の仏様をそのように言うのだそうです。ついでに言いますと、その初荷が女性の方ですと、その年は豊作、即ち、寺での葬儀が多くて儲かるという縁起もあるそうです。
 こんな金銭欲に支配された僧侶たちの執り行う葬儀や法事で、亡くなった方をほんとうの成仏に導けると思いますか?  霊界から見たら人間の行いや想念なんか全てお見通しです。そんな霊たちが、世俗の欲にまみれた僧侶の言うことを素直に聞くはずがありません。 「お前が何を言うか!」てなもんでしょう。
 全ての僧侶がこんな意識だとは思いませんが、それでもひどい話です。
 このように、誰かれかまわず「お施餓鬼」をさせるというのは間違いです。そんな、すべての人たちが餓鬼道に入るわけではありません。実際、地獄界に堕ちる人というのは、よっぽどの悪人たちだけです。皆さんも、そのような余計な心配はしないでくださいね。
 特に宗教経験のある方で、「地獄思想」を叩き込まれている人は、その洗脳からなかなか抜け出せずに苦しみますが、あれは教団から抜けられなくするための、一種の人心操縦のテクニックです。
 それに、このような精神世界の本を読まれるような方々というのは、もう反省することを憶えているはずです。意識も自我我欲よりも他欲へと上がっているはずですから、まず大丈夫ですよ。そうですね、山村さんの口癖を借りて言うならば、「絶対大丈夫!」です。
 でも、まあ、これまでの日本人がどんな地獄思想を植えつけられてきたのか、知識として知っておくつもりでご覧ください。何故なら、その地獄思想が、間違った恐怖観念を植え付けてしまい、実際幽界にお帰りになった際、自分で作り出す夢幻の地獄に苦しめられることが多いからです。この実例は、後ほど体験談が出てきます。
 当初の僧侶は、人々に恐怖心を持たせ、悪いことをしないように導くための方便として、恐ろしい場面をこれでもかという感じで並べ立てたのかも知れませんが、実際には、多くの人たちを仮想的な地獄界に導いてしまい、かえって成仏を遅らせてしまっているのです。
 日本人の地獄思想の原典とも言える仏典は、平安時代中期の天台宗の僧侶であった恵心僧都源信 (えしんそうずげんしん) の著作『往生要集』です。第一章が地獄篇、第二章が極楽篇となっていますが、もちろん彼一人の著作ではなく、『摩訶止観』という天台宗の経典をはじめとする、多くの仏典から引用した編著作です。
 そして、この『往生要集』を元にして、江戸時代の寺院の壁に地獄や極楽の絵画が飾られたのです。その中の地獄篇を、「地獄草紙」や「地獄絵巻」として一般にも売り出したものですから、そのおどろおどろしい地獄の様相が、人々の意識に大きな影響を与えることになってしまいました。今の私たちには信じがたい世界ですが、科学的な知識に乏しい当時の人たちには、リアリティをもって、そのまま浸透していったのです。
 そこで教える地獄の様子を簡単にまとめてみます。

 これら一部の仏典で教える、地獄のある場所とは、ナンセンブシュウという大陸の下だそうです。その地域の形状は、上面と下面がともに正方形の箱型で、これが八層になっていると言われます。
 各階にはそれぞれに恐ろしげな名前が付いていて、これを「八大熱地獄」と称します。
 「熱地獄」というのは、この八つの地獄では「地獄の業火」が燃え盛っているからだそうです。
 もちろん、下の階に行くほど厳しい責め苦が待っています。おまけに、それぞれの階には、「別処」と呼ばれる付属の小地獄が十六ずつあって、ありとあらゆる責め苦が用意されております。
 また、一方には「八大寒地獄」というのもあって、こちらは焦熱地獄とは反対に、酷寒の地獄界だそうです。
 それぞれの責め苦の様子を並べるだけでもおぞましいのでやめておきますが、私はこの仏典を仕上げた僧侶たちはよっぽどのサディズムだったのではないかと思いますよ。常人には思い付きもしないような責め苦のオンパレードなんですから、愛に満ちた人がまとめたとは到底思えません。
 ですから、皆さんもこのような地獄絵図に惑わされることはありません。昔々の人たちが、悪いことをしないようにと、脅かしの意味で考え出されたものだと解釈しておいてください。あるいは、教団にすがらせて、お施餓鬼を集めるためのテクニックだと思ってください。
 もっと言えば、僧侶である自分たちの優越性と安全性を護るための教えでもあります。 それは、この地獄の底、無間地獄とも言われる最下層に落とされる罪状を見れば分かります。
 その無間地獄に堕ちる「この世で最も悪い罪」とは、父を殺す、母を殺す、聖者を殺す、 仏を傷つける、仏教教団の平和を乱す、といった「五逆罪」と、大乗仏教を批判し、ののしることの「誹謗大乗」の二つです。もちろん、人を殺すことは重大な罪ですが、最後に、 教団の平和を乱したり、批判したりしたら最悪の地獄界へ堕ちるぞと教えているのですから、いかに教団にとって、都合のよい地獄思想であるかということがよく分かります。


地獄の鬼

 ところで、地獄というとすぐ「鬼」の存在が頭に浮かびますが、実際に「鬼」というものがいるのでしょうか?
 結論から言いますと、皆さんが思っているような地獄の鬼は、ほとんどが宗教でこしらえた想像の産物です。特に仏教の地獄絵図に描かれているような鬼は存在しません。
 でもそんな鬼がいると信じ込まされた人は死後に鬼と会わされることになります。なぜなら、霊界は想念の世界なので、思っていることがそのまま形となって現れるからです。 もしもその人の心の中に、地獄絵図で観た鬼のイメージが残ったままで、鬼がいるんだと思い込んでいたら目の前に現われるのです。反対に、鬼の存在を信じず、形さえ想像出来ない人にはまったく見えません。
 夢幻界とも言われる幽界の下層辺りでは、このような、いわゆる自分の想念で作り上げる仮想世界があるということです。ですから、宗教で地獄界の恐怖心を植えつけられた信者ほど、この仮想鬼や仮想地獄の様相に悩まされることになります。
 それに元々仏教の中にも「鬼」という存在は無かったようなのです。当初に「邪鬼」と呼ばれていたものは、仏教をなかなか理解せず仏教信者にならないひねくれ者ということでした。それが改心して四天王の台座になったりしていますが、どうも鎌倉時代の頃から悪魔的な鬼になったようです。そして、江戸時代に描かれた地獄絵図によって、広く一般的に、人間を苦しめる怖い存在となってしまいました。
 「鬼」や「悪」という言葉には本来、強いとか、守るという意味 (鬼瓦などがその例) を含んでいたということですから、言葉の意味も鬼のイメージも時代と共に変遷してきたわけです。深く探れば、地獄の鬼という恐怖の存在を作り上げていくことで、仏教教団に都合の良い状況を求めたのかも知れません。
 いずれにしても、信者の多くがどれだけ仮想の鬼に死後悩まされたことか…。皆さんも今のうちから、「仏教で教えるような鬼はいないんだ」と洗脳を払拭しておいて下さい。
 ただし、本物の鬼も存在します。でも、その本物に皆さんが出会える機会はまずないでしょう。なぜなら、本物は地獄の底近くにしかいないからです。その境涯には、相当の悪業を重ねた人しか行けません。ですから皆さんは心配することはないのです。
 この先、いろいろと引用させていただく『死後の世界』の中には、その本物の鬼が登場します。そして、地獄の最下層まで堕ちて来た人間たちを鞭で叩きながら追いかけまわします。人間たちも、それでは痛くてたまらないので逃げ回りますが、仏教の地獄絵図の鬼とは大分違うようです。地獄の鬼 (悪魔) の様相を通信霊の元陸軍士官が語ります。

 悪魔にも本物と偽者がある。幽界辺りで時々出会うのは、あれは悪魔の影法師で、決して本物ではない。即ち、悪魔を信じる者たちの想像で形成される、ただ形態だけのものである。ところが、地獄の底で出っくわす悪魔ときたら、正真正銘の悪魔で、幽界辺りのようなお手柔らかなものではない。想像から生み出された悪魔には、こうもりの翼だの、裂けた蹄だの、角の生えた頭などが付き物であるが、地獄の悪魔にはそんなものはない。彼らは人間の霊魂ではなく、とても想像することさえできない恐ろしい族 (やから) 、つまり一種の鬼なのである。
 鬼というのは我輩よりもずっと背が高く、どす黒い体をしている。そして、そいつはものの二分として同じ格好をしていない。しょっちゅう顔も変われば姿も変わる。初めは何やらふわふわした黒い衣服を着ていたが、見る見るうちに素っ裸になった。そのうちに山羊みたいなものになった。驚いているうちに更に大蛇の姿に化けた。
 その次の瞬間にはまたもや人間の姿に戻ったが、その眼と言ったら長方形で、蛇の眼のように底光りがしている。鼻は鷲のくちばしのように鈎状になっている。大きな口に生えた歯は尖って象の牙のように突き出し、指先はまるで爪のように骨っぽく、その顔には悪意と邪淫がみなぎっている。そうするうちに、鬼の姿がまたもや変わって、こんどは一本の火柱になったが、ただ不思議なことにそれから少しも光線というものを放射しない。


 また、その鬼自身が、自分たちの気持ちを次のように説明しています。

 おれたちは人間が憎いのだ。とてもお前たちには想像が出来ないほど憎いのだ。お前たちも他人を憎むことを知っているつもりだろうが、それはホンの真似事だ。おれたちの本業は他人を憎むことだ。おれたちは心から人間がきらいだ。
 おれたちと人間は種類が違う。おれたちは人間を憎んで、それを虐めるのが天職だ。もともと、おまえたち人間の部類には、他を憎んだり虐めたりする権能を持っていない。おれたちの仕事とはまるきり畑違いだ。人間が如何に鬼のまねをしたからといって、ほんとうの鬼になれてたまるものか!  おれたちの天性とおまえたち人間の天性とは根本的に違っている。


強制連行

 暗黒界の目的は、間違ってしまった魂の矯正にあります。宗教では、よく「永遠の地獄である」とか、そこに堕ちた者たちを「呪われし者」などと称しますが、決して永遠の刑罰を与える場ではありません。正しい生き方に戻すための矯正の場なのです。ですから、 気付いて上がろうとする者には、いつでも援助の手が差し伸べられます。
 但し、あくまでも自分の足でしっかりと這い上がることを求められます。神様が手を伸ばして、上の界までひょいと引っ張り挙げてくださったら良さそうなものですが、神様もそうは甘くはありません。堕ちるには堕ちるだけの原因を自分がつくったのですから、きびしい摂理ですが、その場面では大いなる自助努力を求められます。
 でも大丈夫です!  そこにはいつでも付き添い、励まし、護ってくださる守護霊や指導霊たちの姿があるのですから…。
 前章に登場の元陸軍士官も、その後に暗黒界へと落とされています。いつまでも地上圏で人間への憑依ばかりを繰り返していられるものではないからです。間違いに気付くことがなければ、いわば強制的に懲罰、矯正の世界へと行かされるのです。
 その懲罰・矯正の世界が世間で言われるところの「地獄界」ということになります。
 その彼が地上圏の地縛霊の世界から、強制的に暗黒界へと落とされる場面を『死後の世界』から引用します。

 我輩は、生前から我輩の内幕を暴いてばかりいた、ある男の体に憑依して悪事をさせ、 そいつの人生を破滅させようとした。罠にかけて肉体までは予定通りに殺したが、魂までもおとしめることは出来なかった。天使たちがそいつの魂を光明界へと引き上げてしまったからだ。最終的には、復讐劇はそいつの奥さんと天使たちの働きで失敗に終わったのである。
 それならまだ我慢できるが、今度はあべこべに我輩自身が危なくなってきた。
 ちょうどその時分から我輩の体の加減が急にへんてこになり、なにやら奥の方からズルズル崩れるような気がして仕方がない。どんなに気張ってみても、どうしてもそれを喰い止めることができない。
 さすがの我輩も驚いて、自分に付きまとう悪霊に訊いてみた。「近頃どうも体に異常があるが、一体どうしたのだろう?」
 「なに、地獄に堕ちるんだね」
 と彼は平然として答えた。
 「お前もそろそろ年貢の納め時が来たのだ」
 我輩はびっくりして叫んだ。
 「それでは約束が違うじゃないか! 我輩がいま持っている体は半物質的なものだから、 気をつけてちょいちょい手入れをしないと、体がしまいにはなくなってしまって地獄にぶち込まれるというから…、そのためにも人間たちに憑依をしないと幽体が養われないというから…、我輩は精出して人間の体に憑依してきたのだ」
 「それをやれば、もちろん一時は養われるさ。けれども無論長続きのするものじゃない。もうお前もいよいよ近いうちに幽体とお別れじゃ」
 我輩はがっかりして訊ねた。
 「そうすると今度はどんな体を貰うのかね」
 「今度は霊体というシロモノだね。ほんとうの苦痛はそこから始まるのさ」
 こう言われて初めて我輩は、この悪霊がいかに悪意をもって我輩を呪いつめていたかに気が付いた。


 地獄に堕ちる時、最初我輩の体は、暗い、冷たい、恐ろしい無限の空間をどんどん墜落して行く。そして、最後に何やら地面らしいものにゴツンと突き当たった。
 ふと気が付いてみるとそこには道らしいものがある。我輩はそれに這い上がって進んで行ったが、ツルツル滑って何度も汚い溝の中に嵌ってしまう。嵌ってはまた這い上がる。 這い上がってはまた嵌る。
辺りは真っ暗闇で何が何やらさっぱり分からないが、体は不思議な引力のようなものに引きずられ、ある方向へと無茶苦茶に前進を続ける。そして最後に荒涼たる石ころだらけの野原に出た。
 依然として、闇の中を前へ前へと引きずられる。その間に何度つまずき倒れたか分からない。こんな時には誰でもいいから道ずれの一人でもいたらと人間が恋しくてならなかった。
 そうするうちに次第に視力が闇に慣れてきた。行く手に何やら大きな塊が見える。よく見るとそれは巨大な市街の城壁であることが分かった。
 入り口らしい所があるので近づいてみると、それは昔のローマの城門らしきもので、我輩はかまわず入って行った。するとその瞬間に気味の悪い叫び声が起こり、同時に醜悪な面構えの門番らしい奴が我輩に飛び掛ってきた。
 どうせ地獄で出会う奴らは、片っ端から敵だと思ったら間違いはないだろうと気付いたので、我輩も遠慮はしない。とにかく命の限り (いや、命はもうとっくにないのだが) 闘おうと決心した。ところが妙なもので、我輩がその決心を固めると同時に、二人の醜悪な化け物は突然逃げ出した。
 この時の体験が地獄に就いての教訓を学んだ始まりだ。地獄には規則も何もない。ただ強い者が弱い者をいじめる。そして、その強さは腕力の強さではなくて、意思の強さと智慧の強さなのだ。
 だんだん見ているうちに気が付いた。この市街は古代ローマなのだ。ローマではあるが、 しかしローマ以上である。かつてローマに建設されて今は滅びた建物が出現しているだけではなく、他の都会の建物までもがそこら中に出現している。無論そうした建物はみんな残忍な行為と関係のあるものばかりで、それらの邪気が凝集してこの地獄の大首府が建設されているのだ。

  同じローマの建物でも、残忍性のない建物はここには現れないで、それぞれ別の境涯に出現している。地上に建設されたすべての都市や建物の運命はみんなこうしたものである。
 憎悪性、残忍性の強い都市では、ローマのほかにヴェニスやミラノなどが挙げられる。 そして呪われた霊魂たちは、「類は友を呼ぶ」ように、それぞれの都市に吸引されていく。
 もちろん地獄の都市は憎悪や残忍の都市だけではない。邪淫の都市や物質欲の都市も出現している。バリやロンドンは主に邪淫の部に出現している。ただしこれはあくまでも大体のことで、例えばロンドンでも、それぞれの時代、それぞれの性質に応じて、地獄の各方面に局地的に散在していることは言うまでもない。


地獄の街で台頭

 こうして入り込んだ地獄での最初の都市、「憎悪の街」でも、彼、元陸軍士官は悪者振りを遺憾なく発揮していきます。その一つひとつを詳細に述べても、私たち気の弱い人種にはちっとも教訓になるものはありませんので、かいつまんで引用していきます。
 地獄界の街は、まず汚いということです。霊界通信で「綺麗な地獄の街並み」に出会ったことがありません。そして、そこに暮らす男女の服装も、地上と格別変わったこともないのですが、ただそれがいやに汚れているのです。そしてびりびりと裂けているのですが、それでも当のご本人たちは、それが最新のファッションでもあるかのように思い込んでいます。
 そんな街で、最初は彼も攻撃されるばかりでしたが、そのうちに攻撃することに目覚めていきます。まずは一人の男を子分に仕立てて街を案内させて様子を見ます。
 この街は「憎悪と残忍」の性質の者だけが集まる所でしたから、とにかく残虐な場面だけが繰り広げられるのです。
 皇帝の催す試合では、捕虜たちの殺し合いもありました。もっとも霊界では死ぬことがないのですから、意思の強いものが相手をいじめ倒すだけなのですが、相手を傷つけようという強烈な想念が弱者にとってはとてもつらい痛みとなるのです。
 残虐な芝居ばかりの劇場もありました。そこでは、観客もお互いに罵りあったり、叩き合ったりしています。そこでいじめる役目の大将を、この元陸軍士官が反対にやっつけてしまいました。そのことから、彼に従う者たちが次第に増えて行ったのです。その結果、 以前に強盗や海賊であったような無頼漢たちが多数手下になり、彼の「憎悪の街」での勢力図は確実に広がりました。
 このことに危機感を覚えた皇帝は、彼を謁見の場に引き出し、そこである提案をしました。それは、お互いが争うよりも二人で協力して、別な皇帝の治める領土を奪おうという計略でした。
 彼もその提案に乗り、大部隊を率いて隣の領土に攻め込むことになったのです。
 その部隊に集まったのは、古代ローマの武士、中世の十字軍士や野武士、中国の海賊など、 それに英国の冒険家、トルコ人、アラビア人、ブルガリア人、その他各国のならず者、暴れ者等々でした。極度に興奮状態に陥った兵士たちのその数二十五万人と言いますから、 この元陸軍士官の統率力もたいしたものです。


地獄の戦争

 仏教の地獄説では、いつでも死者は鬼に責められているばかりですが、霊界通信で伝える地獄で争う住人たちとは、実は人間同士なのです。もちろん、地獄界の最下層まで堕ちますと、「鬼」と云われる強烈な悪霊も登場してくるのですが、その鬼たちに責められる人間というのは、またそれなりに相当の悪業を重ねた人たちなのです。
 そこまではいかない地獄の上層の辺りでは、人間同士で、いつでも、けんか、けんかの繰り返しです。相手のことを思いやる心など微塵も持ち合わせていないからこそ、地獄界に堕ちているわけですから、他の人に対して、優しさを示すことなど一切ありません。もし、親切なそぶりがあったとしても、その裏には必ず狡猾な悪巧みが仕組まれています。
 自己主張と相手を苛めることだけが生き甲斐の生活になっています。しかも、地獄に住んでいる霊たちにしたら、それが当然のことと思いながら過ごしているのですから厄介です。
 また、そこから勝手に逃げることのできない、天上界とは隔離された、刑務所のような境涯ということになります。
 そして、人間同士のけんかが最大にふくらんだ形の戦争も行われます。各所に「俺こそが大将だ!」という邪悪な霊が子分たちを従えて林立しているのですから、縄張り争いで戦争が行われるのです。
 元陸軍士官の彼も、たぐいまれなる悪知恵と軍隊での経験を活かし、とうとう地獄で二十万人を超える大部隊を率いて戦争を指揮するまでになりました。そして、その戦に勝ってしまったのです。そのことがまた、彼を地獄のどん底へと導くことになるのですが…。
 
 地獄の戦争で使われる武器とは、実は地上で発明され、戦場で人殺しの為に使われたものなのです。殺戮の武器は、そっくりそのまま、地獄界に持ち込まれて、戦に使われているのです。
 安心してください。それらの武器が、皆さんが行かれるような天上界の明るい霊界に持ち込まれることは決してありませんから。なぜなら、邪悪な動機で造られた人殺しの武器そのものが邪悪な波動を発していますから、天上界には馴染まないものだからです。それに、天上界には他の人を傷付けようなどと考える霊人は一人も居ないからです。もちろん、 戦争をしたがるような野蛮な魂の持ち主も、波動が荒すぎて天上界には入れないのです。
 今でも地獄の戦場で戦っている兵士には、やはり地上時代、積極的に軍人として参戦し、極度に興奮した精神状態での戦いを好んだ者たちが多いと言えます。とにかく、他人をやっつけることの大好きな連中がひしめいている所が地獄なのですから、そういった連中が今でも徒党を組んで戦をしているのです。
 また、使われる兵器にも時代色があって様々です。ローマの兵士だった者は、やはりローマ時代の兵器を使います。最近地獄に落ち込んだ者は、近代に発明された機関銃や大砲などを駆使します。
 ところが、ここに「霊界は想念の世界」という摂理に基づく、一種独特な様相が観られます。物理的に人体や建物を破壊する、地上の戦争とは全く違う現象が顕れるのです。
 例えば、ローマの兵士に最新式の鉄砲を持たせても、まったく相手に傷を負わせることが出来ません。それは、ローマ兵は地上時代、鉄砲の弾に当たったことがないし、その鉄砲の威力も知らないからです。実際に当たった時の激しい苦痛や破壊力を、知識として得ていたり、その身で体験したりしたことのない兵士には、その苦痛が想像できないから、 敵に苦痛を与えることも出来ないし、また自らが受けることもないのです。
 分かりますか?  この辺が物質で出来た地上兵器と、想念で拵えた地獄界兵器との大きな違いです。
 元々地獄にある兵器そのものが邪悪な想念で作り上げた、単なる形なのです。でも霊界ではその形で相手に苦痛を与えたり、破壊したりすることは出来ません。その形に添えた、 邪悪で強烈な精神力と想像力 (想念) が必要なのです。
 この理屈からしますと、地上時代に虐げられて惨めな被害者だった者は、地獄に於いて最も凶悪な加害者となる可能性が大です。もしも、自分を苦しめた者と地獄で遭遇したら、 当時自分が受けたものと同じ苦痛を加害者に向けることが出来るからです。
 この想念の力は、もちろん、天上界では人様の利益のために活かせるし、反対に地獄界では他人を攻撃するために悪用できるということです。

 他人を攻撃することにしか歓びを見出せない霊たちの集まる場所、それが地獄界という名の暗黒界です。もちろん、いつも勝つとは限りません。勝ち負けの世界には必ず自分よりも強い者が存在します。加害者が被害者となって恐怖や苦痛を味合わされることの方が多いのです。
 そんな戦に明け暮れる彼らにも、いつかは気付きの時がきます。こんな下らないことばかりしているより、もう少し何か意義のある生活をしたいという願望が芽生えてくるのです。
 なにせ、地獄での戦には戦死ということがないのですから…。
 突かれても、切り刻まれても、霊体はすぐに元の体に復活してしまうのですから…。
 破壊し尽くしたと思った建物が、いつの間にかにょきにょきと復元してしまうのですから…。
 いわば、戦争ごっこみたいなものなんです。もっとも、当人たちにしたら、精神的な恐怖はたっぷりと味合わされるのですから、それどころじゃないでしょうが。
 何たって、死んでも死なない世界。いつまでも死ぬことが出来ずに、恐怖や苦痛が延々と続く世界。まさに永遠の地獄という感じです。
 こんなことが地上の時間にしたら何百年も何千年も続いたとしたら、さすがの戦好きの彼らでも、いつかは気が付くはずです。そうなった時こそ、彼らの守護霊や指導霊の出番というわけです。より上の世界へと導くことになります。
 元陸軍士官の率いる大部隊に負けてしまった敵の兵士たちも、結局、「こんな下らぬ生活ばかりしていてもつまらない。も少し意義のある生活をしたい」という念願を持った結果、向上への道が自然と開かれたのでした。
 つまり、神はこのような罪悪の闇の中でも善の芽生えを育まれたのです。そうするとどうなったのか?  それらの者たちが忽然として憎悪の街から消え去ったのです。
 霊界では、地上のように肉体を残して死ぬということがありません。「死」は元々ないのですが、特に霊界で見える現象で「死」を説明しますと、それはただその界層から消えることなのです。そして、上なり、下なり、別の階層へと移るだけのことです。

 神はこのように、邪悪な魂が持っている残虐性を発散させてくれる世界も用意してくれています。望ましいことではありませんが、ある意味、何でも本人の想念の通りになる世界です。
 いまのあなたがこんなひどい世界に入り込むことは絶対ないでしょう。でも、だからと言って、これまでにも無かったかというと、それは大いに有り得たことなのです。なぜなら、ほとんどの人が、動物霊から人間霊へと進化した最初の段階では、神性よりも動物性を多く発揮していたからです。そして、このような地獄界を何度も体験しながら、その都度、「これじゃいかん!」と反省と発奮を繰り返して、とうとうここまで成長して来られたのです。こんな話をしている私だって例外ではありません。あるいは、皆さんよりも、 もっとひどかったかも知れません。
 そんなことを考えますと、人が人を裁くことが如何に傲慢な行為であることか…。ほんとうは、人を裁けるのは神=法則だけなのです。そして、この地獄界というものも、その法則の働く裁きの場とも云えます。因果律と波動の法則によって裁きと矯正が行われていくのです。

魔術師と結託

 彼、元陸軍士官は、先の地獄での戦争において勝利を収めました。そして、「皇帝」の地位まで上り詰めたのです。その彼が、どうして地獄のどん底まで落とされることになったのか?  そのわけについては、この魔術者との関わる話もしておかなければなりません。
 新しい領土を得た彼と隣り合う国の皇帝、以前に隣国を攻め落とす提案をした皇帝が、 自分の地位を保全するために、またまたある策略をめぐらしました。それは、皇帝同士の会見の際に、地上の魔術者と結託して、地獄界から地上へ上がる方法のあることを示唆して、彼を遠ざけようとしたのです。もちろん、そうすれば、今の境涯よりももっと下の地獄の階層へと落とされることを知ったうえでの、隣国の皇帝の策略だったのですが、そのことに気付かない彼は、好奇心から地上の魔術者との接触を図ります。
 もちろん、地獄とは強制的に隔離された境涯なのですから、自分勝手に地上へと戻れるはずはないのですが、唯一戻れる方法があるのです。それは、地上の人間の強烈な憎悪の念と同調して一時的に地上圏に上がることです。
 よく、凶悪な事件を起こした犯人が、「自分がやったのではない。別な悪魔がやったのだ」 と主張しますが、あれはこのような仕組みによるものです。そうかと言って犯人の責任が免れるわけではありません。悪霊に憑依されるにはされるだけの原因を本人が持っていたのですから…。
 いわゆる憑依現象なのですが、憑依される側にも百パーセントの責任があるというのが、 波動の法則で捉えた観方です。要は、「人を殺したい」などの憎悪の念を強烈に抱いたことが、悪霊と同調して、引き寄せることになってしまうのですから…。
 よく「魔が差す」と言います。これでは偶然に、あるいは魔の方が勝手に入り込んでいるようですが、実は人間側が魔を呼び込んでいるのです。それでなければ魔は入り込めません。
 いまの話は、一般の人の場合ですが、なかには霊的な世界に精通した魔術者が、我欲のために悪霊を利用することがあります。いわゆる「黒魔術師」といわれる霊能者たちです。 もっとも、現代の霊能者でも、反対に、悪霊に利用されて、金銭欲、色情欲、名声欲に走っている霊能者は世間にごまんといるのですから、それらの人たちも現代版黒魔術師と呼んでもいいかも知れませんね。

 話を地獄の皇帝の話に戻します。
 隣国の皇帝が地上へ出張する方法を授けます。
 「どんな地獄の霊魂でも、もしも地上の人間と連絡を取ることさえ工夫すれば、しばらくの間くらいは仮の幽体を造るのはたやすいことだ。うまく行けば物質的な肉体を造れぬこともない。人間界でこちらと取引を結んでいるのは、魔法使いの類だが、無論彼らに憑依するのは性質のよくない妖精たちで、ほんとの地獄の悪魔が憑依するようなことはめったにない。もっともわれわれが魔術者と取引関係を付けるには余程警戒せねばならぬ。魔術者はみんな意思が強いから、うっかりするとこちらが絶対服従を強いられる。弱虫の霊魂はわけなく魔術者の奴隷にされてしまう。もっとも自分たちのように鉄石の意思を持った者は、あべこべにその魔術者を支配することができる」
 この話を聴いた彼は、早速自分の領土の中にいる魔法の経験者を探して、そこから地上の魔術者とコンタクトを取る方法を会得します。
 その方法というのは、つまりある一つの呪文を唱えることでした。地上の魔術者が唱える呪文と霊界で唱える呪文がぴったり合うと、そこに一つの交流作用が起こって感応ができるのです。
 秘伝は至って単純なものでした。元陸軍士官はその呪文を唱える方法で、ドイツに住んでいた魔術狂とのコンタクトに成功しました。そして、その魔術者を支配したのです。
 地上に戻った彼は、早速に魔術の力を借りて物質的肉体を造ることに成功したのですが、 喜んでその体で青天白日の下に出てみると、ぞろぞろと溶けていきます。
 「太陽光線に当たっても平気な体は造れないのか」
 と訊くと魔術師が答えます。
 「この人造の体でも、気をつけて暗闇の中ばかりを歩いていたら大丈夫なのだが…。それだったら生きている人間に憑依することだ」
 こうして元陸軍士官は、黄金と権力と復讐と色情にしか関心のない魔術師とグルになって散々悪事を働いたのです。それはお互いの欲望を満たすための共同作業でもありました。その一つひとつをここで転記はしませんが、いわゆる生きている人間に憑依することで自分たちの欲望を満たして行ったのです。
 でも、神の法則は、そんな彼らをいつまでも野放しにはしませんでした。
 この魔術師が悪魔とグルになって悪事を働いていることを見抜き、そしてそのことを公然と攻撃してきた若き僧侶がおりました。その僧侶をいろいろと誘惑したり、夜な夜な寝ている耳元で脅かしたりするのですが、この純潔な僧侶はなかなか堕ちません。でも、最後に罠をかけて気絶させ、彼が女性と色情関係にあったかのような細工をしようとします。そして、純潔な僧侶の信用を全面的に失墜させることに九分九厘成功しかかった時、 神の審判が下ったのです。その場面からの引用です。

 その瞬間にパッと部屋中に注がれる光の洪水で何もかもオジャンになってしまった。 いや、その光の熱さときたら、肉を溶かし、骨を焦がし、どんなものでも突き通す。後で分かったが、この光は僧を守護する大天使から発する霊光だった。
 いつの間にか天使は現場に近づいていて、朗々たる声でこう述べられた。
 「神は抵抗の力を失った人間が悪魔の誘惑にかかるのを黙認しているわけには行かない。 これまで汝の意をしてこの人物を苦しめさせたのは彼に対する一つの試練であったのだ。彼をして、首尾よくその誘惑に打ち勝たせるための深い情けの神のムチであったのだ。 しかし、汝の悪事もいよいよ今日限りじゃ。汝の不義不正はその頂点に達した。即刻地獄の奥深く沈め!  同時に、地獄から逃れて来た悪霊よ、汝もまた地獄に戻れ! 汝が前に落とされていた所よりも更に一段の深さまで…」
 火炎は我輩の体を焼き尽くし、魔術者もまたひとたまりもなく死んで倒れた。彼の霊魂はすぐにその肉体から分離し、幽体も苛烈な聖火のために一瞬で消え去り、赤裸々の霊魂のみが悲鳴とともにどこかへ飛び去ってしまった。
 同時に、我輩もまた無限の空間を通して、下へ下へと暗闇の中に転落して行った。


地獄のどん底へ

 この後、元陸軍士官はもうほとんど地獄の最下層に近い所まで落とされます。そして、 そこは彼のような、どうしようもない人間たちが、ムチを持った鬼に追い回される境涯だったのです。
 それまでに彼が通過してきた地獄の境涯は、まだ邪悪な人間の霊魂だけがひしめく市街地でした。そこには、いわゆる鬼と呼ばれる悪魔の存在はなかったのですが、最下層に近いその境涯は鬼たちの支配する階層だったのです。
 そこではいつでも鬼が人間を見つけてはムチを持って追いかけて来ます。人間たちはその痛みから逃げるために、ただ走り回るだけです。そんな境涯に落とされながら、この元陸軍士官は性懲りもなく、またまた悪巧みを働いたのです。
 その悪巧みとは、鬼にぶたれない条件として、上の境涯から人間をまとめて連れてくることを鬼と交渉したのです。
 そこで彼は「吝嗇 (りんしょく・けちんぼう) の街」に連れて行かれ、そこで「悪魔を拝めばいくらでも黄金が貰える」とか、「悪魔にすがれば他人に黄金を盗られる心配はない」とか大嘘を言って、大勢のけちんぼうの霊たちを鬼の支配する下の境涯まで連れて行ったのです。
 ところが、彼は褒美にありつけないどころか、かえって鬼たちの反感を買ってしまいます。おまけに、だまされて連れて来られた霊たちからも追っかけられる始末です。

 一方では鬼の鞭に追い立てられ、騙されたと気付いた仲間の亡者からは追っかけられる。 そんな彼らの怒りで我輩の体は何回引き裂かれたか知れない。そのくせ死ぬこともできず、生きながら死の苦しみをつづけるばかり…。
 ようやくちょっとの隙を狙って彼らの間から脱け出して死にもの狂いで逃げた。すると彼らも死にもの狂いになって追いかけてきた。
 どこをどう行ったのか、記憶にさえ残っていない。ただ悪夢に襲われた時とそっくりそのまま、前へ前へと走り続ける感じ…。
 そうするうちに、またもや急転直下式に墜落し始めた。しまいにはジタバタもがく気力もまるっきり失せてしまって、ただ勝手に下へ下へと、未来永劫届く見込みもなさそうな奈落に落ち込んで行ったのだ。
 何年間、何十年間、その状態を続けたか分からないが、それでも墜落の終わる時が来た。 我輩の体は何やら海綿みたいな物体の中に埋没して、にっちもさっちも動けなくなってきた。むろんそれはガッシリした地面ではないが、さりとてまたジクジクする泥田みたいな所でもない。地球上にはまずそれに類似するものがまるきり見当たらない。
 もっともそれはそのはずで、この海綿状の物体というのは地獄名物の闇の塊なのだ。嘘だと思ったら行ってごらんなさい。実際それは触覚に感ずる濃厚体だから…。
 とにかくこの海綿状の黒霧が我輩の墜落を喰い止めたのである。
 が、それは決して踏んでふみ応えのあるシロモノではない。前後左右どこもかしこも皆フワフワしていて、頭の上も足の下も堅さにおいて別に相違がない。音もなければ光もなく、一切皆空の、イヤにさびしい、なさけない、気持ちの悪い境地である。
 絶対の孤立、絶対の無縁…。ただ人間の仲間外れになっただけでなく、鬼にさえも見離されてしまった孤独境なのである。
 これが運命に逆行して必死の努力を試みた我輩の最後の幕なのであります。あー、あの時のさびしさ、ものすごさ…。


後悔こそ気付きの第一歩

 地獄界にも様々な境涯があります。それは憎悪性や残忍性の強い者たちが集まっている境涯であったり、邪淫性の強い者たちの集まる都市であったり、あるいは物質欲の強い連中の都市であったりと、とにかく「類は友を呼ぶ」ようにして、同じ性質を持つ霊たちが集まって来るわけです。
 ですが、世間でよく言われているような「永遠の地獄」というものは存在しません。その人の間違った想念や行為を正すための「矯正の部屋」でもあるのですから、本人に更生の意思が芽生えさえしたら、いつでも脱出のチャンスが与えられるものなのです。
 もちろん主観的な時間の霊界ですから、それまでは、当人にとっては、永い苦痛の時間が「永遠」と感じるかも知れませんが…。
 先ほどからずっと登場してもらっている「元陸軍士官」も、散々地上圏で地縛霊として人間に憑依して悪さを繰り返しました。あまりにもひどいので強制的に暗黒界 (地獄界) に連行されたのですが、そこでもまた生来の気の強さと悪知恵を発揮して悪事を働いたのです。その結果、彼は地獄の最下層まで落とされました。
 しかし、それでも、そこが永遠の隔離場所ではなかったのです。稀にみる悪徳漢の彼がどうやってその最低の世界から立ち直って来たのでしょうか。
 堕ちるところまで堕ちた元陸軍士官の向上への第一歩はまず反省することからでした。彼の述懐は続きます。

 我輩にはその地獄の最下層のむごたらしい寂しさを伝える力量はない。体験者以外には到底想像もできないことだろう。
 しかし、我輩のためにはそれが何よりの薬だった。あんな目に遭わされなければとても本心に立ち返るような根性の持ち主ではないのでね。
 最初の我輩には何ら後悔の念など起こらなかった。胸にみなぎるものはただ絶望、ただ捨て鉢…。
 するとたちまち自分自身の生前の罪障が形態を作って目の前に浮かび上がるのだ。そして我輩をあざけり責める。
 「汝呪われたる者よ。目を開けてよく見ておけ。汝は我々を忘れていた。もはや汝には何の希望の余地もない。汝は生涯を挙げて悪魔の使いになりきってしまった。人間の皮を被っただけの一番の屑でも、もはや汝を相手にはしない。汝を見棄てることのできないのは我々のみだ。できることなら我々とても汝みたいな者とは離れたいのだが…」
 一応その場面が済むと今度は闇の場面が現れた。まったく寂滅そのものの暗黒である。叫ぼうと思って口を開けても声は出ない。闇が口の中に流れ込んで栓をするような気持ちである。
 とにかく寂しくてたまらない!  情けなくてしょうがない!  例え鬼の鞭にぶたれながらでも、上の境涯の方がよかったと、どれほど恋しく思えたことか…。もう今ではそれすらも高嶺の花であった。
 絶対の沈黙の世界!  あなた方には上の境涯で八つ裂きにされる呵責の方がよっぽど辛いだろうと思えるかも知れないが、決してそんなものではない。
 こうして幾世紀、幾十世紀かの歳月が流れたように感じられた。「永遠の呵責」という、あの気味の悪い文句が我輩の胸のどこかで鳴り響いた。
 「ここに入りたる者は一切の希望を棄てよ」
 このダンテの文句なども我輩の耳に響いてきた。
 そう、一切の希望の放棄!  その境涯をしみじみと味わいながら、独りぼっちで永い年月を苦しみ抜いたのである。
 が、最後に、バイブルの中の文句が俄然として我輩の干からびた胸に浮かび上がったのだ。
 「神よ、神よ、汝は何ゆえにわれを見棄て給えるか?」
 我輩はその瞬間までこの恐るべき言葉の真意が分からずにいた。そんなことは不合理だと思っていた。が、その時初めて、神はすべての人間の苦痛…、そう、地獄のどん底に堕ちている人間の苦痛をも知っているに違いないと気が付いたのだ。
 キリストの十字架磔刑の物語などは信じるも信じないもその人その人の勝手である。しかし神さまだけは人間の苦痛の一切を知っておられる。この事だけは事実であることを我輩は断じて保証する。
 最初この考えが胸に浮かんだ時には、格別それを大切な事柄とも思わなかった。が、だんだん時が経つにつれて、これには深い意味がこもっているように思われてきた。
 我輩は考えた。
 「もしも神が人間の苦痛を知っておられるのなら、愛の権化である神は人間に対して多少の憐れみを抱かれるはずである。むろん神はやたらに我々を助けるわけにもいくまい。 枯れる樹木は枯れねばならぬ。しかし、もしも神様がどこかにおられるなら、必ず我輩のことを憐れんでいてくださるに違いない…」と。
 次第に新しい感情が我輩の胸に湧き出してきた。
 「我輩はどうしてこんなにバカだったのだろう。なぜもっと早く後悔して地獄から逃れることに気付かなかったのか。後悔しさえすれば、きっと神から赦される…。だが待てよ、地獄というものは永久の場所ではないのか?  果たして地獄から脱け出すことができるのか」
 我輩は散々考え抜いた。揚げ句の果てには何が何やらさっぱり分からなくなってしまったが、しかし何を考えるよりもキリストのことを考えるのがいちばん愉快なので、そればかりを考えるようになった。
 公平に考えて当時の我輩にはまだ純粋な後悔の念は起きていなかった。それでも、自分は余程のばか者で、つまらなく歳月を費やしたものだと感じるようにはなっていた。
 我輩は叫んだ。
 「イヤ、借金だけはきれいに返さなければならない。下らぬグチは言うまい。生きている時にもそんな真似はしなかった。」
 そのうちに、我輩が過去に施した他人への多少の善事、それはあきれ返るほど少ないが、 それでもその一つひとつが、ほかの不愉快な光景のなかにチラチラと浮かんできて、我輩の干からびた胸に一服の清涼剤を投じてくれた。

 それからもう一つ懐かしかったのは早くに死に別れた母の記憶…。
 「今頃母の霊魂はどこにどうしておられるのだろう」
 母は我輩のごく幼い時に亡くなったが、しかしその面影はしっかりと胸に刻まれていた。 その母から教えられた祈りの文句がどういうものかさっぱり思い出せなかった。他の事柄は残らず記憶しているくせに、祈りの文句だけ忘れているのはまったく不思議な現象で、 世間でよく言う「呪われた者には祈祷ができない」とはあるいは事実なのかも知れないと思った。
 とにかく自分でも気が付かないうちに、我輩は少しずつ祈りでもしてみようという気分になっていた。少なくとも善いことをしてみようという気分になりかけていた。このことは我輩にとって方向転換の合図であった。
 そして、これからは、堕ちる所まで堕ちきった人間の、上へと昇る話である。
 人間にとって第一の禁物は「絶望」だ。神の御力はどこまでも届く。善人にも悪人にも「死」ということは絶対にない。永劫の地獄生活は死に近いことではあるが死ではない。 心が神に向かえば地獄の底からでも脱け出ることが可能である。我輩がその何よりの証人である。


暗黒から光の方向へ

元陸軍士官の話は続きます。

 途方もなく永い年代を地獄の闇に閉ざされているかのように感じながら過ごしていた時、最後に我輩はある一つの霊感を得た。我輩の呂律の回らない祈りでも神の許に達したらしいのだ。
 「神にすがれ。神よりほかに汝を救い得るものはない…」
 そのように感じられた。
 が、「神にすがる」ということは、当時の我輩にしたら奇想天外な感じがした。我輩の一生涯は如何にして神から遠ざかろうか…、ただその事ばかりに苦心惨憺したものだったからだ。
 なんぼなんでも、その正反対の仕事をやるのはあまりに勝手が違いすぎするように思えて仕方がなかった。
 我輩は思案に暮れた。どうすれば神に近づけるか?  どうすれば海綿状の闇の中から抜け出せるか?  自分はすでに呪われたる罪人ではないか?
 すると最後に新しい考えが胸にひらめいた。
「祈ることに限る…」
 いったんはそう思ったが、やはり困った問題があった。祈りの文句をさっぱり覚えていない。祈りのやり方さえも忘れてしまった。
 散々苦しみ抜いた挙句に、ちょうどある一つの霊感みたいなもので、我輩の唇から、

 「おお、神よ。我を救え…」
 という言葉が吐き出された。
 一度口をついてから後はらくらくと出るようになった。我輩は同じ文句を何回となく繰り返した。
 祈りの効験はまことに著しいもので、なんとも言い知れぬ心地よい温かみがポーッと体中にいきわたってきた。それがだんだん強烈になってきて、しまいには少々熱すぎるくらいになり、とうとう体に火が点いたようになってしまった。祈れば祈るほど熱くなるので、 しばらく祈りを中止したりした。
 熱さに次いで、また一つの新しい妙な感じを受けるようになってきた。それは我輩の体重が少しずつ軽くなることで、同時に自分が海綿状の闇の中をふわりふわりと上の方へ昇り始めたのだ。あんなお粗末な祈りでも体にこびり付いた粗悪分子を少しずつ焼き尽くし、その結果自然に濃厚な闇の中には沈んでいられなくなったらしい。
 昇りきったところで闇の中に黒いツルツルした岩が突き出しているのが見えた。地上とは大分様子が違うから説明しにくいが、地獄の底はいわば深い闇の湖水で、四方にはものすごい絶壁が立っているのだと思えば大体見当が付くだろう。
 とにかく我輩はこの黒光りする岩を見つけるや否や、「溺れる者は藁にもすがる」の喩えのように、それにしがみ付こうとしたが、それがなかなか難しい。何度も足を滑らせて尻餅を付くのだった。
 祈りの有難味はもう充分に分かっているので、再びそれに頼った。
 「おお、神よ、首尾よくこの闇から逃れられるように御力を貸し給え…」
 そのように述べるよりも早く、急に闇の湖水がゆすぶられだして、大きな波が渦巻き、 我輩を飲み込みそうな気配になってきた。だが予想とは反対に、我輩の体はその波のために岩の上まで一気に打ち上げられてしまった。
 岩の上の暗さは触覚で感ずるほどの闇ではなかったが、周囲の状況が分かると却って失望の淵に沈んでしまった。その打ち上げられた岩が絶壁からちょうどテーブルのように突き出たもので、どこを探しても道らしいものがない。またもや祈るしかない。
 しばらくしても何事もないのでがっかりしていると、視力が加わったのか、左手に一つの穴が見つかったので、足場を散々探してようやくその穴にすがりつくことができた。
 穴は案外と奥が開けていて、しばらくトンネルのような所を通って狭い谷に出ることができた。
 こんな風に述べると「地獄とはいやに物質的な所だな」と思われるかも知れないが、しかし我々超物質的なものにとって超物質的な岩はほんとうに実態のあるように感じるものなのだ。
 その後何度となく絶望に陥りながらも、その度に祈りを繰り返して難局を乗り越えた。 祈りをするといくらか精神が引き立ってきて、また次なる出口を探す気になるのである。
 ある時には、行き詰って困っていると、にわかに雷のような轟音が起こって、巨大な岩の塊が崖の壁面から崩れ落ち、それが狭い谷の上にちょうど橋を架けたような塩梅にビタリと座った。橋の向こう側がどうなっているかは分からないが、こうなったのは確かに祈りの効き目に違いないと感じたのでギザギザの橋を上り始めた。何通か墜落しそうになったが、構わずに前進を続けた。
 やっとの思いで頂点に達してみると、その向こうの渓谷はごろごろした石だらけの難所であったが、歯をくいしばって前進を続けた。この時ばかりはいつもの負けずぎらいが役に立った。
 そしてこれが最後の難関であった。その先も石ころだらけの荒地ではあったが、割合に平坦なので、思わずホッと安心の吐息をついた。
 我輩は地獄のどん底から二段目の所まで逆戻りしたのである。


 長々と地獄のどん底からの生還の話が続きましたが、なにやら昔の活動写真でも観ているような感じで、奇想天外なストーリーですね。霊界があることは信じている人でも、俄かには信じ難いような、元英国陸軍士官殿の体験談です。
 この通信を受け取ったワァド氏も、途中で、
 「あなたのお話は、先へ進めば進むほど途方もないものになっていきます。果たして、 世の中の人たちがこの話を聞いて信用するでしょうか?  特に魔術者というのは、現代では廃れていますから真面目に受け取ってはもらえないでしょうね…」
 と訊ねていますが、それに対して彼は次のように答えています。
 「いや、世の中の人が信用するかしないかは少しもかまわない。我輩の物語は一から十までみんな事実談なのだ。魔術師の話もしておかないと次の話に移れない。我輩があの魔術者とグルになったからこそ、あんな地獄の最下層まで落ち込むことになったのだから…」と。
 世の中の人たちの思惑を気にして事実を曲げることはないということですね。みなさんも俄かには信じがたいことばかりでしょうが…。

 でも、彼はまだこの時点では、どん底から二段上でしかない所に上がっただけなのです。 その後にも悪戦苦闘は続きました。
 絶壁の前で、絶望感に打ちひしがれた時も、うずくまって必死の祈願をしました。そしてその時気が付いたのは腰に巻かれた細い一条の紐でした。よく観るとそれはたくさんの環をつなぎ合わせて出来た一本の鎖だったのです。実は、その環こそが、彼が生前に積んできた善行の印だったのです。
 彼はその鎖を断崖の突き出た岩に引っ掛けてよじ登ることで窮地を脱しました。 このように、生前に為した人様への親切な行為は「徳」としてその方の魂に積まれます。その徳がこのような苦しい時に助けてくれることにもなるのです。
 そして、「どんなに苦しくとも絶望したら未来はない」ということも、彼の体験談は訓えています。
 それに加えて「祈り」の力です。彼が神に対して祈りを向けだした時から事態が好転しました。その祈りは決して組織宗教で教えるような取引のあるものではありません。 幼子が母親にすがるような、純粋無垢の祈りだったからこそ、神の許へと届いたのです。
 でも、彼はこの時点でも、後ろで応援して下さっている存在に対して、具体的にはまだ気付いてはおりません。彼は抽象的に「神の力」が働いていると思っているようですが、 実は彼が信仰に目覚めた時から、すぐ近くに助けてくれる指導霊が駆けつけていたはずです。
 後で、祈りの電波局の話をしますが、地獄の底からの微弱な祈りの電波でもきちんと霊界の担当者に届いていたのです。そして、素早く対応してくださいました。この宇宙の隅々にまで、神の愛は行き届いているということです。
 ついでに、どんな極悪人でも神の子であるという話をします。
 人はどんなに極悪人でも、わずかなりとも善行を積んでいるものなのです。次の法話は私の好きな話なので紹介します。もちろん、閻魔大王という裁判官は存在しませんし、実際は自分の中の「裡なる神」が自分を裁いていくものであるということは、これまでの話でお分かりのはずですが、比喩的なお話です。

 ある一人の人間が閻魔大王の前に連れて来られた。
 彼は地上に生きているときは悪徳の限りを尽くした極悪人だったのだ。
 そのことは本人も承知していて、しょんぼりとしていた。
 裁きが始まったとき、彼は告白した。
 「どうせ私は悪いことばっかりしていたので覚悟はしております」
 それを聴いていた大王が話しかけた。

 「そんなことはないぞ。お前はあの時、蟻の命を助けたではないか」
 人間もふと思い出した。実はあるときに、歩いている足元に蟻がいることに気付いて、そっと足を避けてあげたのだ。
 「そうして他の命を大事に想う心を持つことこそ、己の神性を発揮する第一歩なのだ。 これからもその気持ちを大事にしていきなさい」


 どのような人間と云えども、すべてが裡なる神を宿しているのです。ですから、どんな人でも、気付かないうちに少なからずの善行を積んでいるということです。


地獄の図書館と病院

 元陸軍士官の向上への旅はその後も続きます。そして、その旅の途中では何度も地獄の住人たちに捕まってひどい目に遭います。
 そのなかで一つの面白い教訓があります。面白いと言ってしまえば、苦労した彼に失礼ですが、このことから地獄界と天上界とのはっきりとした違いが分かります。
 実は、彼が地上界でも、地獄界でも、大いに悪漢ぶりを発揮できたのには彼特有の性質がありました。それは相手を威圧する強烈な意志力と狡猾な悪智慧を持っていたからです。
 ですから、地獄で出会った相手をことごとく支配下に置けたのです。そして、より悪業を重ねて、その結果どんどんと堕とされて行きました。
 それが、どん底まで堕ちて信仰心に目覚め、今度は上の階層へと昇り始めた頃から、その相手を威圧する力がすっかり失せてしまったのです。反抗しようとしても全然かなわなくなってしまいました。
 これは彼も言っていますが、別に意思が弱くなったわけでもないけど、もう相手をやっつけようという意思がすっかりなくなったというのです。地獄で生きていける人たちとは、ただ勝ちと負けの意識しかない人たちであり、相手と仲良くしていこうという人にはとても住める世界ではないということですね。
 そして彼は、自力で這い上がりながら、地獄の色んな境涯を見せられていきます。多分、 こうしたケースでは、彼自身に、その後、霊界それも地獄界の様相を通信霊として伝えるお役目が与えられていたのではないかとも推察できます。
 もちろんそのことで、彼がそれまでに行った悪業の数々が肯定されるものでもありませんが、それでも彼のカルマの解消の一部分にはなりますし、彼の通信役としての資質を霊界側は早くに認めていたのかも知れません。

 そんな彼に、まず見せられたのが地獄の図書館でした。
 「地獄に本がある?」
 不思議に思うでしょうが、そうなのです。彼が最初に訪れた残虐の街「古代ローマ」と同じようなものです。
 どんな本にも、それを製作した人の想いがこもっています。それが人様の幸せを願う動機で製作されたのなら、その本と同じものが天上界に出現します。でも、なかには悪意を秘めた本もあります。残虐性を帯びた本もあります。そのような本は天上界の波動には合いませんから、地獄の図書館に納められるわけです。
 そして、「どうしたら他者をやっつけることが出来るか?」とか、「どのようにしたら相手にもっと苦しみを与えられるか」ということを知りたい連中がこの「残虐性の図書館」 に来て勉強するのだそうです。
 ですから、ここには、憎悪、残忍に関するすべての書物、例えば宗教裁判の記録、毒殺の手引書、拷問の史実ならびに説明書といったようなものが並んでいるのです。
 そんな中に生体解剖書を見つけた元陸軍士官は図書館の係官に訊ねました。
 「この種の書物は全部地獄に回されるのですか?」
 その質問に対する答はこうです。

 「いや、そうは限らない。その書物の目的ならびにそれに伴う影響によって違う。著者の目的がほんとうに社会同胞の安寧と幸せを増進するためであったら、たとえそれが生体解剖の書物であっても決して地獄には来ない。しかし多くの学者が生物を解剖するには、 解剖の苦痛がどのような作用を生体に及ぼすかを調べてみたいという極めて不健全な好奇心から出発するのが多い。そんなものが地獄の図書館の所属となる。ずいぶん多くの生体解剖学者たちがこちらに来ている。が、そのなかの大多数は純然たる学究肌で、少々目の付け所が間違っているくらいだから、彼らの欠点は幽界で修行しているうちに大抵取り除かれるものだ。それに、彼らに手にかかって殺された動物は幽界でその復讐をする。そうすると大概の学者は、これではいかんと初めて気が付いて過ちを悔いるものだ」

 その次には地獄での病院も体験させられます。
 病院というと、病気を治す所だと誰しも思います。ところが地獄の病院というのはそんなもんじゃないのですね。先の解剖学書を不健全な目的で著したような医者たちが集まる病院ですから、患者もたまったものではありません。だれ彼かまわずに解剖台に縛り付けて解剖しようとします。時には同僚の医者も解剖される目に遭ったりします。
 もっとも、このような地獄の病院に収容されている患者もそれ相応の罪業を抱えていて、 しかもその罪にまだ気が付いていないのですから、生身で解剖される苦しみを味合わされたとしても致し方もないことなのですが…。
 元陸軍士官も見学のつもりが捕まってしまい、解剖される恐怖にたっぷりと浸りました。でも、霊界では、どんなに体を切り刻まれたとしても、すぐに復元してしまい、絶対に死ぬことはないのです。彼は隙をついてようやく逃げ出すことができました。


救いの天使たち

 さて、地獄の病院から脱け出した元陸軍士官はようやく救いの手に拾われますが、その場面はまったく彼の予想とは違っていました。
 石ころだらけの地面にひざまずいて一心不乱に祈る彼にまず見えたのは一点の光でした。それは白く、涼しく冴えわたった天上の光…、それが次第に近づいてきます。
 よく見るとそれはただの光ではなく、一人の天使から放たれる光明だったのです。彼は思わず両手を前に突き出して心からの祈りをささげたのです。
 しかし、その天使の姿が近づくごとに、彼の体には激しい痛みが感じてきました。清らかな光が魂の中まで突き通るようで痛くてたまりません。思わず悲鳴をあげました。
「待ってください! 熱い、熱い! 」
 すると、銀のラッパの音に似た朗々たる言葉が響いてきました。
 「汝の切なる願いを容れ、福音を伝えるために出て参ったものじゃ。すべての進歩には苦痛が伴う。汝とてもその通り、汝の魂を包んでいる罪悪の汚れを焼き払うための苦しみから逃れることはできない。地獄に留まる時は永久の苦痛、これに反して天使の後に従う時は一時の苦痛、そして一歩一歩向上への道を辿って、やがては永遠の光の世界に脱け出ることができる…」
 彼は感涙にむせびながら、「お伴させていただきます」と答えたのです。
 「よろしい、導いてあげるから、離れたままで付いてきなさい。光は闇を照らす。しかし闇が光を包むことはできない…」
 そうして、天使に導かれながら上の世界へと向かうことになるのですが、この時彼が見た光の主とは、実は「神界」や「霊界」の上層からわざわざ地獄界まで降りてきて、気付きを得た霊たちを救済する任務に当たっている天使だったのです。
 しばらくすると、元陸軍士官の体から邪悪な分子が次第に燃えつくし、それと同時に痛みも和らいでいきました。
 途中では、暗黒界から脱け出させまいとする邪悪な連中が追いかけてきて引き戻そうとしましたが、そこは天使の助けも借りながら、彼は必死で這い上がって行ったのです。 そして、とある一大都市の門前に着いた時、天使がこのように説明しました。

 「これがいわゆる愛欲の街だ。地獄に堕ちて愛欲の奴隷となっている者はことごとくここに集まっている。金銭欲、飲食欲、性欲、そんなものがこの街で幅をきかせている。汝はこの都市を通過して、一切の誘惑に勝たなければならない。もし、それに負けるが最後、 汝は少なくとも、しばらくはこの境涯に留まらなければならない。その反対に、もしも首尾よく誘惑に打ち勝ったら、あとはすらすらと上の境涯へ昇ることができる。ただし、上の境涯に昇るについては、自分だけではすまない。ほかに誰かを一人助け出す義務がある。 それでは私はここで汝と別れる。憎悪の街から人を救うだけが私の任務なのじゃ…」

 元陸軍士官がこれまでに通過してきたのは「憎悪」の念に支配された人たちの集まる境涯だったのですね。そして、彼を救ってくれた「天使」とは、その「憎悪の街」から救い上げる使命を与えられた天使、仏教の言葉で言うと「菩薩」ということになります。
 そして、元陸軍士官は、一人きりでこの「愛欲の街」に入るのですが、この残忍性はないけど、暴飲、暴食、物欲、そして性的な欲望に満ち溢れた街の中で、彼も一時はその誘惑に負けてしまいます。仕方がないですね。その前には、孤独の境涯で散々人恋しさの気持ちを募らせていたのですから、例え相手が醜悪な様相の女性だったとしても思わず夢中になってしまったのです。
 ですが、霊界の酒は美味くもなんともないのです。酸っぱいような、苦いような、ずいぶんとへんてこな味だそうです。そして、飲めば飲むほど喉が渇く感じで、ちっとも酔わないのです。でも、酔ったつもりになってバカ騒ぎを繰り返します。
 色情欲もそうです。何をやっても結局のところ満足は得られません。燃えるような欲望はありながら、それを満足させる方法は絶対にないのです。仏教で言うところの「求不得苦 (ぐふとっく) 」即ち、求めるものが得られない苦しみが延々と続くのです。
 また、物欲の占める街には色んな泥棒たちがいます。そして、お互いに物品を盗みあっているのですが、不思議なことに、隣人の物品を盗むことに成功すると、その品物はたちまち塵になってしまうのです。
 建物の大半は老朽化して不潔極まりなく、何となく妙にむさくるしく退廃的で、雅な風情など微塵も感じられません。
 こんな地獄界の様子を見ているうちに、しばらくは誘惑に染まっていた元陸軍士官も、 さすがにその境涯がいやになってきました。空虚で、何をやっても真の満足は得られず、 真の人生の目的らしきものは影も形もないからです。
 そんな折りに、パリの広場らしき所で、たくさんの群集からの罵声を浴びながらも、熱心に神の福音を説き、このような邪悪で空虚な生活を一日も早く脱け出して、暗黒界から光明の世界へ行くべきだと声を上げている人に出会ったのです。元陸軍士官には、直観的にその人が真の天使であることが分かりましたので、群集の去るのを待って声をかけました。
 「私にはあなた様が真の天使であることがよく分かります。ついては、ここから連れ出しては下さいませんか?  もうこんな所はうんざりです」
 この人が彼にとっては第二の救いの天使でした。そして「愛欲」という煩悩を断ち切ることに成功し、愛欲の街を去ることができました。
 その後、またもや、地獄界から脱け出すのを邪魔する連中が大勢追っかけて来ましたが、それらを振り切って、天使と元陸軍士官の旅は続きます。
 そして、間もなくさしかかったのは、ただ広いだけの田舎道でした。もっともまだ木も草もなく、花もなければ鳥もいません。家もないので田舎らしいというだけで、いかにも殺風景な所なのです。
 しばらく行くと、遥か彼方に星の光のようなものが微かに見え出しました。 元陸軍士官がびっくりして、「あれはどなたか他の天使なのですか?」と訊ねると、天使はこう答えました。
 「そうではない。あれは救済のために、地獄界を往来する天使たちが休む所だ。その休憩所から漏れる光で、私たちはいまあそこを目指している。しばらくあそこで休憩してカを付けておけば、地獄の残る部分が楽に通過できるだろう。あそこが下の境涯と上の境涯との境目なのだ」
 そして、その休憩所までの間に、天使は次のようなことも教えてくれました。
 「今歩いているこの道がよく人の足で踏みならされているのは、地獄に堕ちている霊魂たちを救い出すために、あちこちと行き来する天使たちが踏みつけたからだ。実は、地上の暦では数え切れないほどの永い歳月、天使たちは救済のためにここまで降りて来ている。 キリストが地上に現れるずっと以前から引き続いている骨折りなのだ」
 「人間の地上生活の状態と、死後にその者が犯しやすい罪悪の間には非常に密接な関係がある。淫欲の盛んな者が、死後において人体に憑依するのは、主にその淫欲の満足を求めるためで、従ってそんな人物は最後に地獄の邪淫境に送られる」


守護霊との出会い

 二人がたどり着いた休憩所の中は光が強くて、まだ穢れの多い元陸軍士官には何も見えない状態でしたが、妙に平和と希望が湧き出るのでした。
 そして、誰だか分かりませんでしたが、いつも彼に向かって心を慰めるような話をして力づけてくれるものがあったのです。おかげで荒んだ心も次第に落ち着いてきました。
 最後に案内してくれた天使が言いました。
 「あなたの身も心も大変快復してきたから、もう一度下の邪淫境にもどって、仲間の一人を説得してこちらへ連れて来なければなりません。そうすれば、あなたが以前に突き放した、大事なお方に逢われますよ」
 自分と同じ境遇の人を一人でも連れて上がるというのが規則なのですね。
 そういうことで、元陸軍士官はもとの境涯へと逆戻りしたのです。
 ですが、この務めが思った以上に困難なものでした。それでも散々探し回った挙句、ようやく地獄の生活に嫌気のさしてきていた一人の女性にめぐり合ったのです。
 当初は彼の話に乗りませんでしたが、一所懸命話すうちに信用してくれて、ようやく二人連れ立っての脱出行が始まりました。
 その途中では邪魔が入りそうになったり、彼女自身が不安になって尻込みする場面もあったりしましたが、彼の必死の励ましの甲斐があって、ようやく二人で光溢れる休憩所へとたどり着くことができたのでした。
 彼女を天使に預けた彼は、休憩所のいちばん暗い部屋に入れられました。
 その時、闇を通して、強く明らかに不思議な声が聞こえてきたのです。

 「わが子よ、余は汝が一歩一歩余に近づきつつあるのを嬉しく思うぞ。多くの年月、汝は余から遠ざかろうと努めていた。されど、余はしばしも汝を見棄てることなく、いつか汝の心が再び神に向かう日もあるようにとひたすらに祈っていた。ただ余の姿を汝に見せるのはまだ早すぎる。余の全身からほとばしり出る光明はあまりにも強く、とても現在の汝の眼には耐えられそうもない。どんな人でも、すぐに神の御光の前に出ることはできない。されど、何事にも屈せずたゆまずに前進を続けなければならぬ。余の声を道標にして進め!  進むに連れて余の姿は次第に汝の眼に映るであろう」

 とうとう元陸軍士官も彼の守護霊 (守護神) と出会える時が来ました。もちろん、守護霊の方では、いつも彼のことを見守っていたのですが、如何せん地獄の奥底まで堕ちてしまったものですから、守護霊もそこまで付いていくわけにはいかなかったのですね。遠くから祈るしかなかったのです。
 すぐに休憩所の天使が外に連れ出してくれました。そこで彼に見えたのは、遥か彼方に見える一点の星のような光でした。そして、そこから声が聞こえたように感じたのです。
 「私に従いなさい。導いてやるぞ」
 彼は少しも疑うことなく、その光を目当てに闇の中をとぼとぼと進んで行ったのです。 その間、守護神は休むことなく慰めと励ましの言葉をかけ続けてくださいました。
 道は険しい絶壁のようなところについていて、何度もつまずいて倒れたり、足を滑らせたりしましたが、それでも次第に上の方へと登って行きました。
 その途中では、いきなり洞穴から一団の霊魂たちが突撃してきて、彼を谷底に突き落とそうとしましたが、そこに救けに来てくれたのは、あの道標の光でした。それを見た悪霊どもは悲鳴をあげて一目散に逃げ去ったのです。
 その様子を確かめた守護神はいつの間にか元の位置に戻っていたのでした。
 この時に、元陸軍士官はいくらか火傷を負いました。でも、それは襲ってきた悪霊たちが負った火傷に比べたらたいしたことではなかったのですが…。
 途中にあった大きな瀑布は、インキのように真っ黒で、うす汚いどろどろの泡が浮いていました。その付近の道もつるつると滑って危ないのですが、誰かが人工的に足場を作って、なおかつ手入れが行き届いているのです。
 彼が、「この道は誰が普請するのですか?」と訊ねると、
 「それは地獄の休憩所を設けておられる天使たちが義侠心でなさった仕事じゃ。この道路は、地獄の第四部と第五部をつなぐもので、これを完全に護るのが天使たちの重大なる任務の一つなのだ。下の境涯にいる霊魂どもは、団体になってこの道路を壊そうとするから少しも油断できないのだ」
 と教えてくれました。
 「そんな悪いことをするのは真の悪魔なのですか?  それとも普通の人間の霊魂なのですか」
 「それは普通の人間の霊魂だ。彼らは、地上の悪者たちと同様に、仲間が自分たちから離れて正義の道につくことを嫌うのだ。汝が今申した真の悪魔というのは、地獄の最下層以外にはめったに居るものではない。地獄の上層に居るのは、たいてい人間の霊魂であると思えば間違いない」
 「それなら、自殺した者はどこにいるのでしょうか?」
 「そうした者はたいてい地獄の『憎悪』の境涯に行っているが、しかし、幽界にいる時分に、 その罪を償ってしまって、地獄には堕ちないで済んでいる者も少なくない」
 そのうちにようやく二人は休憩所へとたどり着いたのです。


地獄界の市街地巡り

 これまでの元陸軍士官が辿った旅を思い出してみますと、地獄界の集団の様子が大体分かってきました。この傾向は、地獄界に限らず天上界でもそうなのですが、「類は友を呼ぶ」 法則の通りに、似た者同士が集まって街を造っているということですね。
 彼は英国人ですから、当然英国人や、英国に近い国の人たちが集まっている地獄界へ落とされたようですね。時々、中東地域の人種の方々は登場するのですが、東洋系、特に日本人がその霊界通信に登場することはないからです。
 私たち日本人にとって、城壁に囲まれた古代ローマのような都市はどうしても馴染みませんから、そこはそれ、日本人は、日本人に相応しい町並みの集落に暮らしているのだろうと思います。
 実は、日本人による地獄界の霊界通信も遺されているのですが、それは暗黒界のごく上の階層の話で、この元英国士官のように、地獄のどん底まで体験してきたという話はないのです。ですから、この元陸軍士官の通過してきた街並みは、ヨーロッパの人たちの住む都市なんだという風に理解しておいてください。それでも、この後の幽界編からは、我々に馴染み深い風景がたくさん出てまいります。

 この後も、元陸軍士官とその守護霊との、光明に向かっての二人行は続きます。
 彼らが次に訪れたのは唯物主義者の集まる一大都会でした。そこで元陸軍士官が体験したことです。

 守護神に導かれてしばらく一つの大きな汚い河流の岸を歩いて行くと、やがて一大都会に到着した。これは世にも陰湿極まる所で、見渡す限り煙突ばかり、製造所やら倉庫やらがゴチャゴチャと建ち並んで、その間にはゴミだらけの市街が縦横に連なっている。どこを見てもむさくるしく、ほこりくさく、そして工場の内外には職工がゾロゾロ往来している。我輩は足を停めて職工の一人に訊ねた。
 「一体君たちはここで何をしている?」
 「工業さ、無論…」
 「製造した品物はどうするのかね?」
 「売るのだね、無論…。しかし妙なことには、いくら売っても、売っても、その品物はみんな製造所に戻って来やがる。こんなにたくさん倉庫ばかり並んでいるのはそのためだ。ここではひっきりなしに倉庫を建てていなければ追いつきはしない。邪魔でしようがないから一生懸命に売り飛ばしているんだが、それでもいつの間にか一つ残らず品物が戻って来やがる」
 「焼いてしまったらよかろう」と私が注意した。
 「焼いてしまえって…。そりぁ無論焼いている。いっぺんに大きな倉庫の十棟も焼くのだが、しかしやはりダメだね。すぐに全部がニョキニョキと戻ってしまう。こいつばかりはしようがない…」
 「それなら、なぜ製造を中止しないのかね?」
 「ところが、それができない。不思議な力がここに働いていて、どうしてもひっきりなしに働いて、働いて、働き抜かなければならなく出来ている。休日などはまるでない。バカバカしい話だが、これも性分だから何とも仕方がない。生きている時分だって、こちとらは労働以外に何にも考えたことなんかありぁしなかった。のべつ幕なしに骨折って働いたものだ。その報酬がこれだ。せっせと同じ仕事を繰り返して、一年、二年、五年、十年、 百年…。いつまでも休みっこなしだ」
 「君たちは生きている時分にはただ物質のことばかり考えていたに相違ない。そのせいで地獄に来ても同じようなことをさせられるのだ」
 「なに、地獄だって!  地獄だの、極楽だのというものがこの世にあってたまるかい!」

 「それならここを何処だと思うのかね?」
 「知るもんか、そんなことを…。また知りたくもねえや。ここには寺院もあるし僧侶もいる。お前みたいな阿呆に話をする時間はない。どりゃ仕事に取りかかろう」
 そう言ってその男は工場へ入って行った。
 その次には売店ばかりが並んだ一区画があった。そこでは、人々が買い物に来ることは来るが、支払ったお金はみんな買った人に戻り、また売った品物はみんなお店に戻るのです。

 あまりにも不思議なので、ある商店の主人に訊ねた。
 「あなたの売る物はどこから来るのですか。製造所から仕入れるのですか」
 「いや、これらの品物はみんな私と一緒にここへ付いて来たのです。どれもみんな私が死んだ時に、店に置いてあった物ばかりですが、そいつがどうしてもこの店から離れません。見るのももううんざりしますがね」
 「それなら商売をやめたらいいでしょうに」
 「冗談言っちゃいけません。商売をやめたら仕事がなくなってしまいます。 私は子供の時分から品物を売って一生暮らしてきた人間ですからね…」
 そして、一人の婦人に新しい帽子を売りつけたが、むろんその帽子は婦人が店を出てから三分と経たないうちにチャンとお店に舞い戻っていた。


 このように、霊的な世界のことを一つも学ばずに還った人たちは、物質的な次元でしか物事を観ることができませんから、いつまでも気が付かずに地上での生活習慣を繰り返すことになってしまうのです。一大工場地帯のここは唯物論者だけが集まっている街でした。
 次に通過したのは、眠り続けている霊魂の集まっている地域です。一つの洞窟の中に、 たくさんの人たちがほんとうに熟睡していたのです。起こそうとしましたが、まったく反応がありません。このことは元陸軍士官にとって大きな驚きでした。なぜなら、それまでに会った地獄の住人のなかで、眠っている人を見かけたことはただの一度もなかったからです。もちろん、地上と違って肉体がないから睡眠を取る必要がないのです。
 どのような人たちがこうした霊界での催眠者になるかと言いますと、「死後は無である」 という説を唱えたような人であり、しかも意思の強固な指導者に多いとのことです。
 その間違った説で惑わされた人たちのなかでも、特にそれを強固に信じ込んだ人たちが催眠状態に陥ってしまいます。指導者に催眠術をかけられたようなものですね。もちろん指導者自身も、肉体を脱ぎ捨てた時に、自己催眠的に昏睡状態に入ってしまいます。 指導者も、それに従った生徒たちも、意思が強固であるだけに、この昏睡状態はなかなか解けません。
 それでも多くの時間を経過することで、自然とその呪縛も弱まってくるものです。そうした時に背後霊やエンゼルたちが寄ってきて助けてくれます。そこで永い睡眠がやっと終わるわけです。

地獄からの脱出

 永いこと「元陸軍士官」の地獄での体験談をお借りしながら地獄界の様相をお伝えしてきましたが、ようやく彼の苦難の旅も終わりに近づきました。最後にたどり着いた休憩所は、それまでの休憩所とは比べ物にならないくらいのものでした。
 一つの山脈の頂上に建つその休憩所は、大きく、美しく、空中に高くそびえていました。
 そして、最上階からは一大光明が放たれ、辺りの闇を照らしていました。
 この休憩所に到達する寸前にも、最後の試練として、またまた多くの悪霊たちに囲まれ、 谷底に落とされそうになったのですが、勇気を出して彼らをやっつけました。またその時は、守護霊が全身から光明をほとばしらせて側に立っていてくれたものですから、とうとう悪霊たちは恐れおののいて退散したのです。
 休憩所の中に案内された彼に守護霊が言いました。
 「わが子よ、私はしばらく姿だけ隠しているが、いつも側についているから安心しているがよい」
 そして間もなく元陸軍士官は、休憩所の中にある病院に入れられて、汚れた体から邪悪な分子を取り除く手術を受けます。そうしましたら、驚くことに、彼の体は小さな赤ん坊くらいになってしまったのです。それからだんだんに成長して、学校へ通学できるようになりました。そしてその学校で学びながら、地獄からの脱出の時期を待ったのでした。
 とうとう地獄の学校を卒業して、光明の世界へと旅立つ時がきました。
 この最後の霊界通信が行われたのは、一九一四年九月十二日のことです。元陸軍士官はワァド氏の肉体を借りて、自動書記の形式でその身の上話の結末をつけました。

 そのうち我輩が学校を出る時節が到来した。またしてもあの闇の中にくぐり込むのかと思うと恐ろしくてとてもたまらぬ気がしたが、ひるむ心を取り直して思い切って案内を頼んだ。
 さてわれわれが出るのには楽な道路を取ることは許されない。絶壁の側面についている大難路を登らねばならぬのであるが、それは大ていの骨折りではないのです。
 われわれは休憩所を出てから右に折れ、しばらく幅広き山脈に沿って進んだ。一方は第六境に導くところの深い谷であり、他方は見上げるばかりの絶壁である。闇は今までよりも一層深く感じられたが、おそらくそれは在学中光明に慣れたためであるらしかった。

 われわれがとある洞穴の前を通りかかった時に醜悪な大入道がとび出して叫んだ。
 「止まれ!  なにびとも地獄から逃げ出すことは相成らん」
 が、彼が我輩に手を触れる前に守護神がふり向いて十字を切ったので、キャーと言いながら悪臭紛々たる洞穴の中に逃げ込んでしまった。
 それからの難行は永久に我輩の記憶に刻まれて残るに相違ない。登って行くのはほとんど垂直な断崖であるが、足元の石ころは間断なくずるずると滑り落ち、一尺登って一丈も下がる場合も少なくない。
 その間に守護神は如何にも軽そうにフワフワと昇って行かれ、いつも二、三歩ずつ我輩の先に立って、その体から放射する光線で道を照らしてくださった。

 やがて「止まれ」と命じられたので、我輩は喜んでその通りにした。われわれの到着したのは一つの狭い平坦地であった。我輩の両眼はそこでしっかりと包帯で縛りつけられた。
 守護神はこう言われた。
 「汝の弱い信仰では、半信仰の境涯の夕陽の光もまだしばらくは痛いであろう…」
 それから再び前進を続けた。が、ある絶壁に突き当たった時には、いよいよ何としても登れない。すると守護神はこう言われた。
 「恐れるには及ばぬ。余が助けてこの最後の難関を通過させてつかわす。これでいよいよ汝の永い地獄の旅も終わりに近づいた」
 次の瞬間に我輩は、守護神から手を引いてもらって、とうとう絶壁の頂点の平坦地に登りつめてしまった。
 が、そこの明るさ、眩しさ!  包帯をしているにも関わらず、その苦痛は実に強烈で、さすがの我輩も地面の上をごろごろ転がったものだ。

 その後はこうしてワァドさんの体を借りて地上との交通を開く…、意外なことになってしまいました。
 これで我輩の通信事業はいよいよ完結を告げました。我輩はこれから他の霊魂たちと共に幽界へ出動せねばなりません。幽界では国家のために命を捧げた軍人たちの救済に当たるつもりであるが、幸い我輩は幽界の事情も地獄の状況も充分心得ていますから、 相当目覚しい働きを為し得るつもりです。そのうちには昔の戦友などにも逢えるかも知れません。
 Pさんはまたまた地獄に降って救済事業に当たられ、坊さんはすでに「火の壁」を突き抜けて第五界へと進級され、今我輩が幽界に出動することになりましたから、Lさんの所は当分寂しくなるわけです。
これで皆様にお別れします。


地獄との境界

 元陸軍士官の地獄界の遍歴もやっと終わりました。
 とは言え、これで彼の苦悩が終わったかというと、そうは簡単ではなかったのです。地獄界から幽界へ這い上がった時の彼の様相は、その時立ち会ったL叔父さんからの報告からも伺えます。

 私 (注・L叔父さん) は守護神に連れられて、地獄の入り口に立った。
 そこはカサカサに乾いた、苔一つ生えていない、デコボコの一枚岩であった。背後のつま先上がりの岩や砂利道が急に断絶して底の知れない奈落となるのである。
 何しろ、この縁を境界として、一切の光明がばったり中絶してしまうのである。その絶壁のもの凄さと言ったら全く身の毛がよだつばかり、光線はあたかも微細な霧の粒のように重なり合った一枚岩を造り、それが前面の闇の壁と対立する…。地上では、光と闇とは互いに混ざり合い、溶け合っているが、ここにはまったくそれがない。闇は闇、光は光と、あくまで頑強に対抗している。
 その時、守護神が私に命じられた。
 「そこの絶壁の最末端まで行って、汝の手を闇の中に差し入れて見るがよい」
 命じられるままに私は絶壁の端に行った。すると、守護神は背後から私の肩に手をかけて、落ちないように支えてくださった。
 驚いたことには、闇に突き入れた私の手首は、そこからプツリと切り落とされたように全く存在を失ってしまった。いや、存在ばかりか感覚までも全く消え失せた。あきれ返った無茶な闇もあればあったものだ。
 そのうち闇に浸かった手首がキリキリと痛み出した。それはひどい寒さのためである。
 「もう腕を引っ込めてもよろしいでしょうか」
 「よろしい」
 私は急いで腕を引っ込めたが、幸い傷も付いていなかったのでホッと安心した。
 「なぜここはこんなに暗いのです?」
 「それは、信仰の光が地獄には存在しないからじゃ」
 私は闇に吸い込まれないよう、思わず絶壁の端から飛び退いた。
 「これこれ、慌てることはない。闇はここまでは届かぬ。ここには堅い信仰がある」
 突然、足元の闇の中から一個の火の玉が現れて、迅速に上へ上へと上がって来た。
 よく見れば、それは光り輝く一つの霊魂だった。そして上へと登りつめた時、闇はその全身から、あたかも水のしずくが白鳥の背から転がり落ちるようにはらはらとこぼれた。
 やがて、その光明の持ち主は絶壁の末端に身を伏せて、片腕を闇の中に差し入れた。腕は肩までその存在を失ったが、次第にそれが引き上げられたところをみると、しっかりと誰かの手を握っていた。闇の中から突き出た手は、光ったものではなく、黒く汚れて不健康な青味を帯びていた。
 間もなく崖の上に一人の醜い物体がやっとのことで引き上げられた。両眼は一種の包帯で覆われ、よろよろと指導者の脇に倒れた。すると指導の天使は優しくこれを助け起こした。

 新米の人は暗灰色のボロボロの衣服をまとっていたが、それには色々の汚物が付着し、地獄の闇が染み込んで脱け切れないように見えた。彼の手足も同様に汚れきっていた。
 しかし、それでも当人には結構綺麗に見えるものらしい。それはまた私とて同じことで、 自分では綺麗だと思っている私の衣装も、私の守護神から見るとかなり沢山の汚点があって、汚く見えるものだという。
 この時初めて逢った、醜い様相の人こそが、これまでに地獄界の自らの体験を語ってくれた「元陸軍士官」その人であった。
 彼は、平地に腰を下ろすと、我々に現世に居た頃の打ち明け話をした。
 そして、その話が一通り済んだ時に、彼の守護神がこう言われた。
 「汝は一切の罪を懺悔したから、もう包帯を取ってもこの明かりに耐えられる」
 そして、その手で包帯を取ってやった。すると、元陸軍士官はたまらないという感じで、体を地面に押し付けて、両手で左右の眼を覆った。
 私の守護神が言った。
 「さぁ、これでそろそろ戻るとしよう」
 「この士官さんはどうなります?」
 「後から付いて来るであろう。しかし速力は遅い。あの人はまだ飛べないからな…」
 私たちはやがて空中に舞い上がり、間もなく自分たちの住所に戻った。
 元陸軍士官は数日後にようやく我々の所に到着したが、それまでには小石だらけの荒野のような所を横断し、さらに一帯の山脈を登らなければならなかったそうで、その山脈を越すとすぐに緩やかな傾斜の平原になり、それが取りも直さず、私たちの住んでいる所であったそうである。
 この平原を横切る際に、彼は罪悪に充ちたその前世の恐ろしい幻影に悩まされたということじゃ。それは私が目撃したのと性質は似ているが、しかし、とても比較にならぬほど、いっそう凄惨を極めたものであったらしい。
 その際、私たちに取っては、わずか数日の別れであったが、彼自身の感じでは数年も経ったように思われたそうじゃ。また、その幻影は、いまでもなお、悪夢式の混沌とした状態を続けているらしく、したがってまだ学校にも行かれず、ただぼんやりと日を送っている。


 今の場面が、L叔父さんが闇の境涯からようやく脱け出した元陸軍士官を迎えた時の話でした。これを聴いても分かりますように、いくら守護神 (守護霊) の導きがあるとは言え、当人の必死の自助努力が必要になるのです。
 また、元陸軍士官にしたら永い旅で、本人の感覚では何百年も何千年も経過したように思ったかも知れませんが、それは苦難と苦悩の日々だったから、そのように感じただけであって、この地上のカレンダーで数えたら大した年数ではないでしょう。
 ちなみに、彼の霊言では、「交通事故で死んだのは一九〇五年(明治三十八年)」となっています。そして、最後の通信が一九一四年でしたから、地上の年数にしたら九年の歳月という計算になります。地獄のどん底まで堕ちた割には、短い時間です。このことからしても、「地獄は永遠の責め苦の世界」ではないということがよく分かります。
 原文ではもっと表現が過激なのですが、それは地獄界がそうだということだけではなくて、多分に大正から昭和初期の頃の文章そのものが、概して修飾語の多い、どちらかと言えば現代文よりもオーバーな表現だから余計過激に感じるのだろうと思います。
 おかしな話ですが、私自身は、なんとなくこの元陸軍士官殿に親愛の念を感じてしまうのです。もちろん、彼の前半の悪業は許せるものではないのですが、地獄のどん底に堕ちてからの、光明へと向かう後半部では、いつしか応援したくなる気分になっていました。
 話の成り行きとして、彼の悪業の部分も説明しませんと、どうして彼がどん底まで落とされたのかが分かりません。それで、一応、地縛霊の頃からの霊界通信をかいつまんでお伝えしましたが、私としては、みなさんにいちばん読んで頂きたかったのは、後半の、どん底から這い上がる部分なのです。
 地上の人間段階である私たちは決して完全な存在ではありません。まだ過ちを冒す存在でもあります。そうしたときに、如何にして過ちを悔い改めて更生していくのか?  この元陸軍士官の経験談は大きな教訓を与えてくれます。
 まずは、自分の過ちに気付くことでした。そして、やり直したいという純粋な想いで神に祈ることでした。その時には、いつでも導きの手が差し延べられました。でも、きびしい摂理ですが、自分の足でしっかりと這い上がることも求められました。それと、もう一つ、自分一人だけが上がるのではなく、必ず他者を導いて一緒に上がることも求められました。
 地獄の様相を伝えるのに、ただ暗くて、寒くて、臭くて、草木も生えないような殺風景の状況を話すだけでは皆さん恐怖心だけを持ってしまいます。それに、「そんな悪いことをしたら地獄に堕ちますよ」などと教訓的な話をするだけでは面白くもないでしょう。それに比べたら、この元陸軍士官の体験談は物語としても面白いものですから、たくさんのページを引用させて頂きました。
 また、お気づきのように、日本人が仏教の地獄絵図によって叩き込まれているような地獄界ではありませんでした。その一つとして、子供は絶対地獄界にはおりません。子供の時分から地獄に落とされるほどの邪悪な心を有していることは絶対にないからです。
 それから、地獄界でお目にかからないものとして、動物の存在があります。動物たちには、 他を虐めて楽しむような残虐性はないということですね。地獄の戦争で馬が登場する場面もありますが、これも弱い立場の人間を強烈な意志力で馬に変化させてしまうのだそうです。ですから、見かけだけの馬であって、ほんとうの馬が地獄界にいるのではありません。
 それと、樹木や植物も見当たりませんね。あるのは石ころと岩だらけの風景です。それに暗くて寒い世界ですから、なんとも殺風景な世界が広がっています。
 また、「霊界は想念の世界」という摂理から考えると、日本人特有の地獄界を自らの思い込みによって造り上げている虞(おそれ)はあります。想念によって造られる、鬼らしきエレメンタル (想念体) の存在です。あるいは、この後「幽界」の章に登場する法華経信者の菊池さんのように、自分の思い込み、先入観念によって入り込む夢幻界もあります。そのことから考えたら、「地獄絵図」を普及させた仏教界の罪は大きいですね。
 みなさんも、過剰に恐怖心を抱く必要はありません。地獄の下層界に堕ちてほんとうの鬼に追っかけられる人というのは、相当なワルなのですから…。
 前にもお訊ねしましたが、あなたは人を殺すことが平気で出来ますか?
 あるいは、人を残忍な方法で苛め苦しめて、そのことが楽しいと思いますか?
 人様への思いやりの心など一切捨てることが出来ますか?
 神などいるもんかと本気で思い切れますか?
 無理でしょう?  だったら、やっぱり、地獄に入れる資格 (?) は無いことになります。
 仏教の地獄絵図では、ごく一般の人たちが責め苦に遭っているように描かれていますが、 決してそんなことはありません。仏教での脅かし話はもうすっかり払拭してください。心が暗くなるだけです。
 とは言え、凶悪ではなくても、知らず知らずのうちに暗黒界の人間たちと同じような想念の習慣が染み付いているかも知れません。心して生きてまいりましょう。

第六章 浄化の世界 ~幽界~

幽界の意義
 やっと地縛霊の住む地表圏の中間境や、その先の暗黒界という重苦しい雰囲気から脱け出ることができました。でもこれまでの道はあくまでも脇道です。本来なら皆さんが通りすぎる道ではありませんし、また入り込んではいけない道筋なのです。
 繰り返しますが、この本を読んでおられるあなたは、あんな暗くて苦しい境涯に寄り道なんかしないで、この「幽界」という世界に死後まっすぐに入るはずです。どうぞ余計な心配はなさらないでください。
 幽界とは、分かりやすく申したら、地上時代の、利己的な感情と欲望を浄化して、より上の階層である、「霊界」へと上がる準備と訓練をする世界であると言えましょう。
 浅野和三郎先生の古い翻訳本などでは、「幽界」と書いてそのルビが「アストラル・プレーン」となっています。また神智学では、「アストラル体」と称して、その日本語訳が「感情・欲望体」となっています。この日本語の意味で、この世界の本質が概ね理解できるでしょう。
 要するに、強烈な邪悪性・残忍性はないのですが、 (こうした魂の持ち主は暗黒界へと運ばれますから) それでもまだまだ自分中心の考え方が主流で、少しも人様のために尽くそうとはしない人たちの意識を、神の子本来のものへ戻そうとする世界です。そのためには、地上時代に染み付いた垢を洗い流さなければなりません。
 でも、神は強制的に補導するようなことはしません。この後、実際の霊界通信を読んでもらえたら分かりますが、すべての人の自由意志に任せて、気長に成長を待ちます。例えそれが間違っていたとしても、間違ったままにさせておいて、本人の気付きを待つのです。 結局、自らの体験のなかで目覚めていくのが、本人のためになるということなんですね。
 そのような意図で、最初の頃は、地上と幽界の違いを分かるようにと指導されていきますが、なかんずく力を注がれるのが「あなたはもう地上では死んだのですよ」ということを理解させることでしょうか。
 この幽界の最初の段階、下層界のことを「夢幻界」とも称されたりします。
 そして、その後に過ごす幽界の上層界、通称「極楽」あるいは「サマーランド」と呼ばれる境涯では、とにかく想うことのすべてが叶うような、夢みたいな生活が待っています。
 とは言え、ここが霊界の最高界ではないのです。ここが実に神の大いなる計らいと言いますか、人間のそれまでに持っている、自己的な趣味や、やりたいことを散々叶えてあげることで、いつしか飽きさせてしまおうという作戦です。何故なら、自分事の欲はそれが叶えられた当初は喜んでいますが、それは小欲ですからすぐに飽きてしまうのです。そして、最終的には、神の子として本質的に持っているはずの「他が為に尽くす喜び」、その大きな欲に目覚めてもらうのです。そこまで到達した人には、次なる世界「霊界」が待っています。

すぐには目覚めない人たち
 
 すべての人が死んでからすぐに幽界で目が覚めるわけではありません。魂が成長していないということは、それだけまだ霊界での生活には用意が出来ていない場合が多いので、 こういう人たちはしばらく眠らされます。いわゆる、霊体の調整期間です。
 その期間は人によってまちまちです。なかには何ヶ月も、何年も眠らされる場合があると言われます。特に急激な死を迎えた方の場合は、ちょうど果物の実が熟さないうちにもぎ取られたようなもので、霊体にまだ準備ができていませんので、しばらくは眠らされることが多いと言われます。
 『新樹の通信』の中の一節です。お父さんが霊界の息子に対して、彼よりも以前に亡くなっていた祖父と祖母の霊界での様子を訊いたときの、息子新樹さんの回答です。

 「この前、おばあさんを訪ねてみましたが、僕が『おばあさん』と呼んでみても返答がありません。おばあさんはまだあんまりはっきりしていないようです。と言って、全然無自覚でもなんでもなく、静かに眼をつぶって、良い心持ちでうつらうつらしていると言った塩梅なのです。別に苦痛がありそうでもないし、あのまま安らかに眠らせておいて、自然に眼が覚めるのを待った方がよいかと思いますね。
 おじいさんは、おばあさんよりも後で亡くなったのに、かえって自覚が早いようです。 生前のようにきちんと座って、にこにこしていました。僕が、『おじいちゃん』と呼びかけると、返事はしないが、どうやら分かったようです。よほどはっきりした顔をしていました。だけど、通信はまだ無理なようですから、もうしばらくあのまま安楽にさせておかれたらよいでしょう。
 幽界へ来た者がどうして自覚が早かったり遅かったりするのか?  そのわけを指導霊に訊きますと、やはり信念の強い者が早く自覚するようです。その点、近代日本人の霊魂は成績が悪いようです。現に僕なども、自分が死んだことも自覚せず、また自分の葬式の営まれたことも知らずに居たくらいですからね。
 唯物論者、つまり死後個性の存続を信じない者たちは特に自覚が遅いそうです。いま、 その実状を見せてもらいましたが、いやどうも、なかなか陰惨ですね。男も女もみんな裸で、暗い所にゴロゴロしていて、いかにも体がだるそうです。僕は気持ちが良くないというよりか、むしろ気の毒な感に打たれました。この人たちは一体いつまでこの状態に置かれているのかと指導霊のお爺さんに訊きましたら、この状態は必ずしも永久に続くものではない。なかには間もなく自覚する者もある。自覚する、しないは本人の心がけしだいで、 他からは如何ともし難いのだ、という返答でした」

 唯物論者は、幽界で目覚めるまでには永い時間を必要とするようですね。また、例え意識が目覚めたとしても、まだ死んだことには気がつかないのです。なぜなら、彼らは、死んだら肉体も意識も、すべてが無になると思い込んでいたのですから、そこに意識があり、 幽体という肉体そっくりの体があるだけで「自分は生きている」と勘違いしているのです。
 目覚めるまでに永い時間を費やし、目覚めてからも「自分が死んだ」ということを受け容れるまでにはまた多くの時間を要する…、いやはや、唯物論とはやっかいな考え方のようですよ。
 「死んだら絶対に無」ではなく、せめて私たちのような、死後の生活があることを認める考え方もあることを知っていてくださるだけでも、幽界で目覚めた後の成長の手助けにはなるはずなのですが…。

幽界の病院は精神科のみ

 「幽界にも病院があります」と複数の霊界通信でそのことを伝えて来ています。そしてやはりそこは地上の病院と同じように、消毒薬の臭いのするような雰囲気だそうです。
 普通の人は、「死」という現象を経て肉体から抜け出た途端に、その痛みから解放されるものなのです。例えば末期ガンのひどい痛みに苦しんでおられた方でも、肉体から離れたらすぐ楽になられます。その痛みは肉体の五感が感じ取っていたものであり、霊体には肉体の痛みを引き受ける神経はないからです。
 こんな臨死体験をなさった方がおられます。
 その方は大やけどを負いました。もう死ぬ間際まで行った状態で、自分のもがき苦しむ肉体の姿を病院のベッドの上から見下ろしていたそうです。幽体離脱した状態ですね。その時は何の苦痛も感じず、ただ冷静に観察していたのですが、危篤状態からやや持ち直した頃、肉体の中に魂が戻ったのです。その途端です。全身が焼けるような激しい痛みに襲われたそうです。
 この例なども、霊体には苦痛を感じる五感はなく、それを感じるのは肉体の五感であるということを証言しています。
 このようわけですから、どんな病気であれ、その方が亡くなられた時点で、全ての身体的な苦痛からは開放されるはずなのです。病気だったのは肉体だったのですから……。
 でも、この摂理が理解できずに、死んだ後までも病気のことを引きずったままの方々がおられます。もう病気とはさようならしたはずなのに、「自分はまだ病気だ!」と心の中では思い込んでいるんですね。
 地上の病名で例えたら、「妄想癖」、あるいは「パニック症候群」ということになるのでしょうか。一種の精神障害になります。
 あるいは事故死などで急激な死を迎えた場合には、玉の緒 (シルバーコード) が一挙に引きちぎられることになりますから、強烈な錯乱状態になってしまう方もおられます。これもある意味、精神障害になりますね。
 このようなわけで、霊界の病院には、地上の病院のような多くの診療科目があるのではなくて、ただ一つ、「精神科」という治療体系があるのみです。
 でも、そこにいる精神科のドクターは絶対に地上時代に西洋医学の精神科の医師として働いていた人ではないでしょうね。なぜなら、現代医学の精神病の治療では霊的な存在を決して認めていないからです。彼らに言わせると、「イエスも釈迦も精神病者だ」という解釈になるのですから、そのような心理学、あるいは超心理学という範疇でしか捉えられない地上の精神科の医師たちが、霊界の医者になれるはずがありません。
 また、ここの患者さんたちは、生前に非常に利己的であったり、信仰上の間違った思い込みがあったり、過度の悲しみを引きずっていたり、あるいはひどい恐怖心から開放されていなかったりすることなどからも、いわゆる精神病になっています。
 そうした彼らのマイナスの部分を取り除くために、音楽ホールや劇場や美術館などの健全な娯楽施設が備えられています。また、必ず閑静な場所に造られています。病院の周りも、広い芝生や池や森林、花壇などの美しい環境ばっかりです。それは、心を病む人たちを和ませるためなのです。
 手術的なことも行われますが、それは外科的なものではなくて、もっぱら暗示や催眠術や磁気療法 (マグネットヒーリング) などの、心に働きかけるものが主です。特に磁気療法の場合は頭部に向けて集中的に行われるそうです。
 例えば、生前にひどい怪我をした患者の場合は、その時の苦痛の記憶がなかなか取れなくて、今でも「痛い!」という想いに駆られています。それを取り去るために、「もうあなたには痛みはないんですよ」という催眠術を施すのだそうです。
 ある一人の患者さんの例では、こんなこともあります。
 その人は生前に片方の足が不自由で歩行困難でした。その時の「自分は歩けない」という思い込みを霊界に還ってからも錯覚として引きずった結果、ほんとはもう歩けるはずなのに、依然として片方の足が動かないのです。
 こうした患者さんには、磁気療法や暗示療法を施します。それと同時に、肉体上の欠陥が霊体に移ることはないということを教えることで、錯覚を取り除き、正常な精神に戻って頂くのです。
 例え生前にどんな重い病気だったとしても、霊界に還ったらケロッと治ってしまいます。 絶対に肉体の病気を持って還ることはありません。あるとしたら、心がそのように思い込んでいるだけの錯覚なのです。
 ですから、例えば、いま目が見えなかったり、体が不自由だったりの人生を余儀なくされておられる人でも、肉体を脱いだ途端にすっかりと治ります。なにしろ、霊体に病気は元々有り得ないのですから……。
 どうぞその時を楽しみにしながら、これからの地上時間をガンバってください。
 もちろん、「死んだら楽になる」なんて思い込んで、自らの命を絶つような行為は絶対にダメですよ。それは、あなたが「神」と約束してきた今回の人生劇を、途中で放り出して舞台から逃げ出すようなものですから、それはそれは、きついお仕置きが待っています。 やはり、この地上生活をがんばった人だけが、霊界の入り口にある「光の凱旋門」をくぐれるのです。「よくがんばったね」と霊界の仲間たちから祝福してもらえます。

地上の習慣のままに生活している人たち

 地上圏の地縛霊の状態からようやく目覚めて、幽界にたどり着いたとしても、そこは霊界のほんの入り口にしか過ぎません。でも、地上への未練執着を断ち切ってここまで到達したら、まずは霊界での旅路の一歩を踏み出したことになります。しかし、なかにはまだ自分が死んだことにすら気付かない人がいらっしゃるかも知れません。
 ほんとはもう肉体を脱いで霊界に来ているのですから、食べる必要はありません。それは、霊界では地上のように食べ物で生命エネルギーを頂くのではなくて、霊太陽からの霊的なエネルギーを吸収しながら生きていくからです。
 でも、自分がまだ「死んだ」とは思っていない人は、地上時代の習慣で「食べなければ…」 と思い込んでいます。そのような人たちのために、霊界の下層界には食品を売っているお店もあるそうです。なかにはお肉が店先に下がっていたりします。
 でもこれらは地上界にあるような食べ物やお肉ではないのです。想念で作り上げた「まがいもの」です。いわば、幼い子供たちがままごと遊びで、「これがケーキで、これがお肉ね」 と言って食べる真似をしているようなものです。食べても決して美味しいものではないそうです。
 このように、まだ「食べなければ」と思っている人の霊体には、食生活のための口や胃腸などの器官がそのまま残っています。それが、自分の死んだことに気付き、意識が向上するとともに、だんだんとそうした器官は退化していき、最後には消滅します。その方の想念次第ということですね。
 面白いのでは、病気がないはずの霊界で、もう一度病気になって死ぬ人もおられます。 これは指導霊の計らいでそうした現象を起こすのですが、なかなか死んだことに気付いてくれないものですから、わざと病気にさせ、擬似死亡で死んだ気にさせるわけです。こうした人たちは多分地上時代を急な病気や事故で去ることになって、自分が死ぬという意識すら感じなかった方々なのでしょうね。
 このように、霊界には還っていても、そこが霊界であるとは気付かずに、まだ地上で生きているつもりの人たちが大勢おられます。ですから、地上圏に留まらないことも大事ですが、霊界に還ってから、「もう自分は肉体を脱いで死んだんだ」ということに気付くことも「成仏」するための大前提になります。なぜなら、そのことに気付かないといつまでも地上時代の習慣のままに生活し続けるので、ちっとも霊界で成すべき進歩、成長がないからです。

友人たちとの再会

 前の話のように、眠り続けたり、まだ死んで気がつかないことになったりする「分からず屋さん」と違って、生前に霊的な知識もあり、そして何より素直な心の持ち主は、スーッと幽界の生活に入って行きます。その初めの出来事が、先に霊界に還っていた、愛する人や友人たちとの再会です。
 そんな他界直後の様子を伝える通信がトーマス著の『死の彼方の夜明けに』という本にあります。通信霊はトーマスの友人霊です。

 こちらに来ると同時に私は目に見えて元気になるのが判りました。が、もっと驚いたのは、見覚えのある人たちが次々とやって来て再会の挨拶をしてくれたことでした。これには私も驚きました。中には私が地上で面倒をみてあげた人も幾人かおり、みな心から再会を喜んでくれました。
 その派手なにぎやかさときたら、まるでロンドンの市長がお役人衆を引き連れて市中を挨拶まわりする時のようでした。イヤ、あれ以上かも知れません。何しろ何百人もの人が代わるがわる私の手を握っては、「しばらくでしたね」、「ようこそ」と挨拶してくれたのですから。

 同じような経験談を読者の方から聞いたことがあります。
 その日本女性の方は、英国人と結婚なさってニュージーランドにお住まいでした。そして、当時五十歳位の娘さんが重い病気に罹ってしまい、余命宣告もされました。
 お母さんは深い悲しみのまま娘さんの病室で看病されておられたのですが、そのあまりにも悲嘆に暮れる母親に向かって、ベッドの中の娘さんがこう言われたそうです。
 「ママ、そんなに悲しまないで…。私は大丈夫よ!  ホラ、見てごらん。向こうの世界では私を迎えるために、みんなでカーニバルの用意をしてくれているのよ…」
 臨終の時が迫った人には霊視力が備わりますから、もう次の世界が観えていたのですね。 そしてそこでは、友人たちが大勢集まって、娘さんを迎えるお祭りの準備中だったのです。

 このように、精一杯生きた人には、きびしい地上生活での健闘を称え、そして慰労するためにお祭りまで用意してくれることもあるのです。
 東北のある地方では、長生きしたおじいちゃん、おばあちゃんの葬式では、お祝いとして紅白のお餅が配られるそうですが、そうなんです、この地上から去るということは決して縁起の悪いことではないのです。それに、亡くなる時の年齢も関係ありません。
 世間では、とかくこの地上で生きた時間を気にしますが、それが短いものであれ、永いものであれ、その人が神と約束してきた寿命を全うしたのなら、「あのきびしい地上生活をよくがんばったね」と、皆で、お祭り気分で迎えてくれるものなんです。

幽界での体

 『新樹の通信』の中に、幽界での生活が窺える通信があります。地上の私たちが誰しも知りたいような、素朴な質問に答えています。
 最初の頃の新樹さんは、まだ幽界の生活に馴染んでおりませんし、霊界通信にもなれていませんので、父親の質問にも、どこかしら初心者の感じで答えています。

 「お前は今何か着物を着ているか?」
 「着ています、白い着物を…」
 「食べたり飲んだりするのか?」
 「何も食べません」
 「睡眠は?」
 「睡眠も致しません」
 「月日の観念はあるのか?」
 「ありません、ちっとも…」

 幽界では、食べることも、眠ることもないのが分かりますね。それはもう肉体を持っていないからです。そのことからすると、仏壇の前に、ご飯などを上げて、「どうぞ食べてください」と祈るのは無意味であるどころか、かえって、地上時代の習慣のままにご先祖様たちを引き止めてしまうことにもなり、成仏を遅らせてしまうのです。
 後日の親子の霊界通信です。

 「今のお前は以前のように、自身の体があるように感じるか?」
 「自分というものがあるようには感じますが、しかし地上に居たときのように、手だの足だのがあるようには感じません。そうかと言って、ただの空なのではない。何かがあるようには感じます。そして、造ろうと思えばいつでも自分の姿を造れます」

 父の浅野和三郎先生は、それ以前に現れた霊界通信のなかの、「霊界の居住者の全部は、 生前とそっくりの姿、あるいはそれをやや理想化し、美化したような姿を固定的に持っている」という説に大きな疑問を抱いていたのですが、この時の息子からの通信に接して、 思わず、「こりゃ面白い」と独り言を発したそうです。
 「幽界居住者の姿は、たしかに造りつけのものではないらしい。それはたしかに、動と静、 仮相と実相との両面があるらしい…」と。
 その後の親子の対話でもこの問題が話されました。

 「幽界の人の姿に静と動の二通りがあるとして、それなら、その静的状態の時には全然姿はないのか? それとも何らかの形態をもっているのか?」
 「そりぁ、もっています。僕たちの平常の姿は紫っぽい、ふわふわした毬 (まり) みたいなものです。あまり厚みはありませんが、しかし薄っぺらでもない…」
  「その紫っぽい色は、すべての幽体に共通する色なのか?」
 「みんな紫っぽい色が付いていますよ。しかし浄化するにつれて、その色がだんだん薄い色になるらしく、現にお母さんの守護霊さん (注・小桜姫) の姿などを見ていると、ほとんど白いのです。ちょっと紫っぽい痕跡が有るといえばありますが、もう九分通り白いです」
 「その毬みたいな姿が、観念の動きひとつで生前とそっくりの姿に早変わりすると言うのだね。妙だな…」
 「まあちょっと例えて言うと、速成の種子のようなものでしょう。その種子からパッと完全な姿が出来上がるのです」
 「その幽体も、肉体と同じように、やがて放棄される時が来るのだろうか?」
 「守護霊に訊いたら、上の界に進む時はそれを棄てるのだそうです。しかし、必要があれば、その後でも幽体を造ることは簡単だそうです」
 「幽界以上の界の居住者の形態は分からないだろうか?」
 「分からないこともないでしょう、僕にはたくさんの指導者や顧問が付いていて、何でも教えてもらえますから…。お父さんは一段上の界を霊界と呼んでおられるようですが、 いま僕の守護霊さんに訊いてみましたら、霊界の居住者の姿も、大体幽界のそれと同じで、ただその色が白く光った湯気のかたまりみたいだと言います。こんなことを言葉で説明してもよくお分かりにならないでしょうから、お母さんの霊眼に幽体と霊体との実物をお目にかけましょうか」

 この後、母の閉じた眼の底に、極めてくっきりと二つの姿が映し出されました。どちらの形状も毬またはくらげのようで、ただ幽体には紫がかった薄い色が付いており、そしてどちらも生気が躍動しているようで、全体に細かく速い振動が充ちていたと言います。 親子の対話は続きます。

 「念のためにもう一度質問に応じてもらいたい。お前が叔父さんに呼ばれて初めて死を自覚した時に、自分の体のことを考えてみたか?」
 「そうですね…。あの時、僕、真っ先に自分の体はと思ったようです。するとその瞬間に体ができたように感じました。触ってみてもやはり生前とそっくりの体で、別にその感じは変わりませんでした。要するに、自分だと思えばいつでも体ができます。しかし、僕にはどうしても老人の姿にはなれません。自分が死んだ時分の姿までにしかなれないのです」
 「その姿はいつまでも持続しているものかな?」
 「自分が持続させようと考えている間は持続します。要するに、持続するかしないかはこちらの意思次第のようです。また、僕が絵を描こうとしたり、または水泳でもしようとしたりすると、その瞬間に体が出来上がります。つまり、外部に向かって働きかけるような時には体が出来るもののように思われます。現に、いま僕がこうしてお父さんと通信している時には、ちゃんと姿が出来ています。」
 「呼吸や脈拍はあるかな?」
 「そんなものはてんで気が付きませんね。内臓なども有るのか無いのかわかりません」
 「地面を踏む感じは?」
 「自分の部屋に居る間は、歩くという感じがないでもありませんが、地上の歩行とは大分違います。歩くといっても、何やら軽い、柔らかい気持ちです。また、足音もしません。 遠距離に行く時には、一気呵成に行ってしまうので、なおさら歩くという観念が起こりませんね」

幽界の衣食住

 続いて話題は幽界での衣食住になりました。とは言っても、「食」の部分は、あちらでは肉体がないから食べる必要がありません。ですから『新樹の通信』の中には、食事に関する通信はありません。でも、「食」に関する情報は、別の霊界情報から、この後でお伝えすることにしましょう。
 その前に、衣類と住まいに関することからです。念のために申しますと、この霊界通信が行われたのは、昭和四年のことであり、また先生のご自宅は横浜の鶴見でした。その頃の横浜辺りの風景と当時のファッションを想像しながらお読みください。

 「最初のお前は裸であったようだが…?」
 「ありました。最初に気が付いた時には裸体のように感じました。こりぁ裸体だな、と思っていると、次の瞬間にはもう白衣を着ていました。僕、白衣なんかイヤですから、その後は一度も着ません。くつろいだ時には普通の和服、訪問する時は洋服…、これが僕の近頃の服装です」
 「お前の住んでいる家屋は?」
 「衣服の次に僕が考えたのは家屋のことでした。元来僕は洋館の方が好きですから、こちらでも洋館であってくれれば良いと思いました。するとその瞬間に、自分の部屋が洋風であることに気付きました。今でも家屋のことを思えば、いつも同じ洋風の建物が現れます。僕は建築にはあまり趣味を持ちませんから、もちろん立派な洋館ではありません。ちょうど僕の趣味生活に適した、バラック建ての、極めてざっとしたものです」
 「どんな内容か、もう少し詳しく説明してくれないか?」
 「東京辺の郊外などによく見かけるような平屋建てで、部屋は三間ばかりに仕切ってあります。書斎をいちばん大きく取り、僕はいつもそこにおります。他の部屋は、あってもなくてもかまわない、ホンの付録です」
 「家具類は?」
 「ストーブも、ベッドも、また台所道具のような物も、一つもありません。人間の住宅と違って至極あっさりしたものです。僕の書斎には、自分の使用するテーブルと椅子とが一脚ずつ置かれているだけです。本棚ですか?  そんなものはありませんよ。こんな書物を読みたいと思えば、いつでもちゃーんと備わります。絵の道具なども普段から準備しておくようなことも全然ありません」
 「お前の描いた絵などは?」
 「僕がこちらに来て描いた絵のなかで、傑作と思った一枚だけが保存され、僕の部屋に掛けてあります。装飾品はただそれだけです。花なども、花が欲しいと思うと、花瓶まで添えて、いつの間にやら備わります」
 「今こうして通信している時に、お前はどんな衣服を着ているのか?」
 「黒っぽい和服を着ています。袴は穿いていません。まず気楽に椅子に腰をかけて、お父さんと談話を交わしている気持ちですね」
 「庭園なども付いているのかい?」
 「付いていますよ。庭は割合に広々と取り、一面の芝生にしてあります。これでも自分の所有だと思いますから、屋敷の境界を生垣にしてあります。大体、華美なことが嫌いですから、家屋の外周なども、鼠がかった地味な色で塗ってあります」
 「イヤ、今日は話が大変要領を得ているので、お前の生活状態がよく分かった。しかし、私との通信を中止するとお前は一体どうなるのか?」
 「通信が済んでしまえば、僕の姿も、家も、庭も、何もかも一時に消えてしまって、いつものふわふわした塊一つになります。その時は、自分が今どこに居るというような観念もなくなってしまいます」
 「自我意識はどうなるのか?」
 「意識がはっきりした時もあれば、また眠ったような時もあり、大体生前と同じです。 しかし、これはおそらく現在の僕の修行が足りないから、そのうちには覚めて活動している時ばかりになるでしょう。現に、最近の僕は、最初とは違って、そう眠ったような時はありません。その事は自分にもよく分かります」

 幽界での生活の様子がなんとなく分かってきましたか?  様子は地上と似ているけれども、はっきりと違う部分があります。そのことを憶えていたら、将来幽界に還った時に迷わないですむはずですよ。

幽界の肉屋さん

 「食」に関しての霊界報告としては、自らが幽体離脱して、幽界や霊界のあちらこちらを探訪してきたことを伝えている『私の霊界紀行』があります。体験者は著者のスカルソープ氏であり、翻訳は近藤千雄先生です。
  幽界の下層に登場する肉屋さんの話です。

 霊界旅行は次から次へと不思議なことや奇妙なことが見られるので、さぞ興奮に満ちたものであるかのように想像する人が多いが、事実はけっしてそんなものではない。
 初めの頃私の連れて行かれたところは低級な、あるいは未発達の境涯が多かった。そして、今も述べたように、そこは地球にそっくりであり、住民もそこを地球とばかり考えているので、そこでの生活は陳腐で退屈極まるものが多く見受けられるが、しかしそこから私は何かを学ばわねばならなかったのである。
 そうした旅行を体験していると、私は死後の世界について地上にいるうちに知っておく必要性をしばしば痛感させられる。
 私がのぞいた工場は従業員でごった返しており、規律も流れ作業もない。みんなてんでに好きなこと得意なことをやっているようであり、また、同じことを何度でもくり返して行っている。面白いのは、そうした記憶に焼きついた仕事の思念がそのまま死後に持ち越されている一方で、さぼる習慣も持ち越されていることで、ベンチで大勢の者がたむろしているのを見かけた。見張りのいない工場は、まさに労働者の天国であろう。
 これまでに二度、霊界で「肉屋さん」を見たことがある。動物を屠殺することが有り得ないはずの世界でそんなものを見かけるのは、霊的知識をかじりかけた人には驚きであろうけど、これも純粋に記憶から生まれる思念の作用の結果であり、立派に実質があるように思えるのである。
 肉屋の場合も、お客さんの要望にお応えできる立派なお店を、という地上時代の強い願望が具象化しているだけである。
 私が見かけた二つの店は比較的小さいものだったが、店先にはちゃんと肉がぶら下げてあった。輝くような美しい赤味をした肉を見かけたが、それはさしずめ極上なのであろう。
 こうした夢幻界に何十年、何百年と暮らしている霊が多いということが不思議に思える方が多かろうと思うが、そういう霊を目覚めさせるために招霊してみると、もう地上を去って霊界で生活している事実をいくら説いて聞かせても、断固として否定してかかるというケースがよくあるのである。
 そうした連中に、既に死んで「霊」となっている事実を説得することは、地上の平凡な人間をつかまえて、死後の世界の話を聞かせるのと同じで、とても無理である。

 下層界の別の地域に連れて行かれた時のことである。
 長い小屋の入り口の外で一団が待っていた。中に入ってみると、長いテーブルがいくつが置いてあり、その上に皿がズラリと並べられている。その皿の上にわずかばかりのパンが置いてあり、さらにそのパンの上にほんのわずかばかりのジャムがのっている。
 指導霊の説明によると、ここに来る人たちは霊界へ来てかなりの期間になるが、そのことが未だに理解できなくて、そこで食べることへの欲求を少しずつ捨てさせるために、分量を少しずつ減らしているのだった。

 このジャムがわずかにのったパンにしても、地上で味わうような美味しい味覚はないはずです。ただ単に地上時代の習慣を引きずっているだけなのです。
 このスカルソープ氏が幽界旅行中に、ついうっかりと地上の習慣で、ポケットからタバコを出して吸った時も、
 「その味のひどさといったら、まるで布切れが燃えた時の煙のようで、思わずタバコを捨てた」
 と言っていますから、大体想像が付きますでしょう。
 また、同氏が、ある界でマヨネーズを口にしてみたことがあったそうですが、まったく風味がなく、まるでチョークと水を混ぜたようなものに感じられたと伝えています。

幽界の霊から観た人間の姿

 ところで、幽界に住んでいる人たちの様子は分かってきましたが、それでは幽界の人が地上界の人間を見たらどのように観えるのでしょうか?  そんな素朴な疑問に答える通信が『死後の世界』の中にあります。ワァド氏が通信霊の叔父さんに訊ねるシーンです。

 「叔父さん、あなたが自動書記をしていらっしゃる時に、ここに集まっている人間の姿があなたの眼にお見えになりますか?」
 「そりぁ見えます。ただ私が見るのと、お前たちが見るのとは、その見方が違います。 私たちは人間の正味のところを見るが、お前たちは人間の外面を見る。そこが大いに違う点じゃ。例えば、人間界で美人として通用するものが、しばしば私たちに醜い女として考えられるようなことが少なくない。要するに私たちは肉体よりはむしろ霊魂を見るのじや。私たちから観れば、肉体は灰色の塊で、ちょうどレントゲン光線で照らした時に、骨が透かして見えるような塩梅じゃ。もちろん、精神を集中すれば私たちにも時として肉体がはっきりと見えないこともない。しかし、正味の醜い人間を美しいものとして見ることはどうしても出来ない。彼らの霊魂の醜さが、その肉を突き通してありありと見え透いて、 どうしてもごまかしが利かない…」

 私自身の体験ですが、三十代前半の昭和五十年頃、ふと立ち寄った荻窪の古本屋さんで、 ある一冊の本を立ち読みしていましたら、次のような文章が眼にとまったのです。

 「この地上世界では、お金で着飾ったり化粧したりすることで、その人の魂の醜さをごまかすことが出来るが、霊界は全てが素通しの世界だから、絶対に本性を隠すことが出来ない…」

 いまでも思い出せるほど私の心に響く文章でした。
 残念ながら、その時は立ち読みで終わってしまいましたので、その本がどなた様の著作だったのか、今では窺い知ることさえ出来ませんが、察するに、やはり心霊研究の先達がお書きになったものだったのでしょう。霊的な眼で眺められたら誤魔化しようがないという、この叔父さんの通信を読んでいて、遠い昔のことを思い出していました。

幽界での修行

 地上生活を終えて霊界に還ったからと言って、ただのんびりとしていられるものでもありません。修行というか、ちゃんとしたことを学習するよう求められます。霊界通信の西洋版である『死後の生活』の中では、みんな「学校」に集められて勉強をしていました。 日本の新樹氏の場合は、学校ではないのですが、それでも学習しています。その辺りの親子の会話を、『新樹の通信』から聴いてください。

 「お前にはやはり生前の守護霊が付いていて、その方に指導してもらっているのか?」
 「現在僕を指導してくださるのは、いずれもこちらに来てから付けられた人たちで、皆で五人おります。そのなかで僕がいちばんお世話になるのは一人のお爺さんです」
 「その五人の指導者たちの姓名は?」
 「めいめい受け持ちがあって、想えばすぐに答えて下さるから名前など要らないです」
 「その五人の受け持ちは?」
 「難しいなぁ、どうも…。まだ僕には答えられない。とにかく、僕が何かの問題を説きたいと思うと、五人の中の誰かが出て来て教えてくださる」
 「幽界でお前の案内をしてくれる人もあるのか?」
 「ありますよ。案内してくださるのはお爺さんの次の位の人らしい」
 「地上界と通信する時は誰が世話してくれるのか?」
 「いつもお爺さんです」
 「勉強している科目の内容はどんなものか?」
 「僕慣れていないので、細かい話はまだ出来ない。よく先のこと…、神界のことなどを教えられます」
 「お前が書物を読んでいる姿が昨日母の霊眼に映ったが、実際にそんなことがあったのか?」
 「読んでいました。あれは霊界のことを書いてある書物です。僕が書物を読もうと思うと、いつの間にか書物が現れて来るので…」
 「その書物の用語は?」
 「その時の書物は英語で書いてありました。ちょっと難しいことも書いてあるが、しかし、 生前英語の書物を読んだ時の気分と現在の気分とを比較してみると、現在の方がよほど分かりがよい。じっと見つめていると自然に分かってきます」
 「書物は何冊も読んだか?」
 「そう何冊も読みはしません。事によると幽界の書物は一冊しかないのかも知れません。こちらで調べようと思うことが、何でもそれに書いてあるように思いますよ。つまり幽界の書物というのは、思想そのものの具象化で、読む人の力量次第で、深くもなればまた浅くもなり、また求める人の註文次第で、甲の問題も乙の問題もその一冊で解決されるといった形です。僕にはどうもそのように感じます」
 「その書物の著者は誰か? またそれに標題がついていたか?」
 「著者も標題もありませんよ」
 「いまお前は書物がいつの間にか現れると言ったが、一体誰がそんなことをしてくれるのだろう?  ただで書物が現れるはずはないと思うが…」
 「それはそうでしょう。自分一人でやっているつもりでも、意外と陰から神さんたちがお世話してくださっておられますからね。書物等もやはり指導者のお爺さんが寄越してくれたのでしょう。きっとそうです」

 幽界ではこのような学習のほかにも、幽界の色んな所を訪ねて見識を広める修学旅行みたいなものもあります。もちろん付添い人は指導霊です。
 そして、もっと大事な修行もあります。それは簡単に言えば「精神統一」の修行です。
 この地上生活では、どんな気分にしろ、どうにか一日を過ごせます。ところが、いったん幽界の住人になりますとそう簡単にはいきません。
 最初に皆さんが何よりも苦悩するのは、地上への未練執着や煩悩の類です。それらが心の闇となって、一寸先も分からなくしてしまうのです。いわば、感情や欲望が自分の周りに一種独特の真っ暗なバリアを造ってしまいます。まるで、まっ暗な袋の中に閉じ込められたようなものです。
 この悲惨な状況から脱したいと思ったら、心そのものを明るくするしかありません。
 そこで精神統一の修行が大事となるのです。自分を苦しめる雑念や妄想を消し去るために、心の内面をよく見極め、地上時代に染み付いた垢と汚れを一生懸命に洗い流すのです。 それを繰り返しているうちに、だんだん霊的な視力が上がってきて、周りの様子がよく見えるようになるのです。
 この「精神統一」の修行については、昭和五年の霊界通信に於いて、新樹氏が体験談を述べています。

 僕が最初こちらで自覚した時に、指導役のお爺さんから真っ先に教えられたのは、精神統一の必要性でした。それをやらなければ、いつまで経っても決して上へは進めないぞ!と言われましたので、僕は引き続きそれに力を尽くしています。
 その気持ちですか…、僕、生きている時、いっこうに統一の稽古などしなかったので、詳しい比較を申し上げることはできませんが、ひとくちに言うと、何も思わない状態です。 いくらか眠っているのと似ていますが、ずっと奥の、そのまた奥の方で自覚しているようなところが少々睡眠とは違いますね。
 僕なんかは、現在こちらでそうしている時の方が遥かに多いです。最初は、そうしている際にお父さんから呼ばれると、ちょうど寝ぼけている時に呼ばれたように、びっくりしたものですが、近頃ではもうそんなことはありません。お父さんが僕のことを想ってくだされば、それはすぐこちらに感じます。それだけ、いくらか進歩したのでしょう。
 この間、お母さんの守護霊さん (注・小桜姫) に逢った時、「あなたもやはり最初は現世のことが思い切れなくてお困りでしたか」と訊いてみました。すると守護霊さんもやっぱりそうだったようで、そんな場合には、これはいけないと自分で自分を叱りつけ、精神を統一して、神さまにお願いするのだと教えてくれました。
 守護霊さんは閑静な山で精神統一の修行を積まれたそうですが、僕はやはり自分の部屋がいちばん良いです。だんだん稽古したおかげで、執着を払いのけることが少しは上手になりました。もし、ひょっと雑念が湧いてきたら、その瞬間、一生懸命になってまず神さんにお願いします。すると、たちまちすっきりとした良い気分になります。
 またこちらでは、精神統一をただ執着や煩悩を払うためだけに使うのではありません。 僕たちは常に統一の状態で仕事にかかるのです。通信、調査、読書、訪問…、何ひとつとして統一の産物としてないものはありません。統一がよく出来るか、出来ないかで、僕たちの幽界に於ける相場が決まります。

 この時点では、新樹氏の幽界での生活もまだ一年ちょっとで、決して慣れているわけではないのですが、それだけに彼の心情も、その一所懸命さも伝わってくるような霊界通信です。
 先に紹介した「地縛霊の世界」や「暗黒界」などでは、その人たちの想念があまりにも自分勝手なので、守護霊や指導霊との波長が合いません。それで本人が気付くまで出逢えることはありませんが、私たち一般の人たちが幽界に還った場合には、いまの話のように、 すぐに守護霊や指導霊が近づいてきて、早く幽界の生活に馴染むようにといろいろお世話をしてくださいます。そのことだけでも憶えていてください。
 こちらがその方たちへ意識を向けることが、早く出会えることになります。守護霊、指導霊の側からの片想いだけでは通じにくいのです。あなたと守護霊たちとの「相思相愛」 が、幽界での出会いの時期を早めます。

守護霊と指導霊

 『シルバー・バーチの霊訓』にある、守護霊についてのシルバーバーチの話です。
 ――「人間の一人ひとりに守護霊がついているのですか」

 「母体内での受胎の瞬間から、あるいはそれ以前から、その人間の守護に当る霊が付きます。そして、その人間の死の瞬間まで、与えられた責任と義務の遂行に最善を尽くします。
 守護霊の存在を人間が自覚するとしないとでは大いに違ってきます。自覚してくれれば守護霊の方も仕事がやりやすくなります。
 守護霊は決まって一人だけですが、その援助に当る霊は何人かおります。守護霊にはその人間が辿るべき道があらかじめ分かっております。が、その道に関して好き嫌いの選択は許されません。つまり、自分はこの男性にしようとか、あの女性の方が良さそうだ、といった勝手な注文は許されません。こちらの世界は、実にうまく組織された機構の中で運営されております」

 私たちのこの地上生活や、その後の霊界での生活を導いて下さる霊的な存在として、背後霊と云われる方々がおられます。いわゆる、守護霊、指導霊の方々です。
 守護霊は一生変わることはありませんし、また霊界に還ってからも一緒です。それに比べて、指導霊は人間側の成長に応じて、人数も指導霊の資質や霊格も臨機応変に入れ代わります。
 大体、その人の職業に応じた指導霊が付きます。料理人には元料理人、建築家にはもと建築家という具合です。
 その人がより大きな活動をするようになると、大勢の指導霊が付くことになりますが、 そのような場合には、それらの指導霊を束ねる「支配霊」という高級霊が付くこともあります。
 私は一度、霊視能力の高い霊能者に訊いたことがあります。
 「霊視のなかで、どうやって守護霊と指導霊を見分けるのですか?」と。
 そうしましたら、次のように説明して下さいました。
 「守護霊様はすぐに分かります。なぜなら、その人の体に、もう半分重なるような感じで付き添っておられるからです。そして、その守護霊様とは少し後ろの、脇に引いたような感じで、複数の霊人たちがかたまっておられます。人数は、その人、その人によって様々ですが、この霊人たちが指導霊の方々です。また、その指導霊のかたまりの中に、ひときわ光り輝く方がおられます。この御方が支配霊様とお見受け致します」
 なるほどです。もっとも、今の話の背後霊たちは、みんな善霊、高級霊の方々です。
 なかには、ご本人の心がけが悪くて、どうしても善霊たちとの波動が合わなくなってしまい、守護霊以外はみんな引き上げてしまう場合があります。そうしたら、邪悪な霊たちが寄って来て、これまで以上に悪の道へと引きずり込もうとします。守護霊も、護ってあげたくても護れません。仕方なく見守るだけです。
 世間では、背後霊というと、こうした憑依霊のような、悪い霊たちという意味で使われることが多いようですが、本来の意味は、あなたを護り、導いてくださる善霊の背後霊団ということです。
 山村幸夫さんは、「魂の兄弟の中で、次に地上に生まれて来る予定の者が、今地上で生活している魂の兄弟の守護霊を務めている」と話していました。
 ただ、この順番になったのは、どうも最近の特殊事情でもあるようです。と言いますのも、本来は、地上体験を終えた者が守護霊として、次に地上に生まれた魂の兄弟の面倒をみたようなのです。
 山村さんは、「地縛霊となってしまう人間があまりにも多くて、次に守護霊となるべき霊が欠員状態となってしまうので、今はこれまでとは逆の順番になっている」という説明をなさったと思います。
 しかし、以前の地上の人間とその守護霊の関係をいくつか霊界通信から拾ってみますと、 まず浅野新樹氏の守護霊は、享保五年、名古屋生まれの藩士で佐伯信光という方でした。 享保から寛延元年まで生きた人が、大正から昭和の初期までの間を新樹氏の守護霊として働いたわけです。もちろん、新樹氏の死後も霊界で指導に当っておられます。
 同じように、浅野和三郎氏の夫人、多慶さんの守護霊は、足利時代の末期、今から約四百年前の三浦一族の当主三浦道寸の息子、荒次郎義光の妻だった小桜姫です。この話は 『霊界通信・小桜姫物語』の中に詳しく述べられております。
 また、小桜姫の守護霊は、南北朝時代に京の禁裏に仕えた粟屋左兵衛の娘で佐和子という女性です。この方も、小桜姫と同じように、婚約者を戦乱で失い、その失意のままに二十五歳の若さでこの世を去っております。
 これらのことから考えますと、やはり、先に地上で生活した者が、何百年か後に、地上に生まれた者の世話をしていることが分かります。
 霊的な仕組みの中では、よく臨機応変ということが行われるようですから、この守護霊の順番の入れ替えもその一端でしょうか。
 また、小桜姫の話では、男性には男性の守護霊、女性には女性の守護霊が付くということです。間違っても、動物が守護霊ということはありません。それは正しい霊的知識のない、間違った指導者、霊能者の言うことです。神の子という本質では動物も人間も同じ霊を内在しておりますが、霊魂の成長段階で観たときに、動物と人間との間には明らかな違いがあります。動物には、人間を指導できるほどの知性も智慧もまだありません。
 それと、守護霊の「守」という文字を見て、何でも守ってくれるかのように誤解されがちですが、そうばかりとも言えません。
 まず、人間の受けるべき苦難や試練をすべて取り除いてしまったら、この地上生活での魂の修行がちっとも進みません。ちょうど親が子供にかまいすぎて自立できないボンボンに育つようなものです。ですから、時には涙を呑んで見守るだけのことがあるのです。
 なかには、心霊治療を受けようとした時に、患者さんの守護霊がヒーラーに向かって、
 「今この人には触らないでください」
 と言われる場合があります。分かりやすい例では、酒を呑みすぎて肝臓を傷めているのに、それでもなかなか酒を止めない人には、その間違いを気付かせるためにも敢えて放っておこうとなさるのです。
 また、人間側の地上的欲望を満たすことよりも、魂の成長にとってより良き道を選ばせようとします。ですから、人間的な情からしたらきびしいことも多いですね。
 でも、それもこれも、皆さんの霊的な成長を願えばこその配慮です。そんな観点から「守」 の字を眺めてみたら、あるいは守護霊とは、あなたが生まれる前に霊界で神と約束してきた、今回の人生脚本 (ブループリント) の道筋をしっかりと守らせるということかも知れません。なぜなら、その予定通りに人生を全うしたほうが、魂の成長として最高の結果を収めることになるからです。

 指導霊は、その人の成長段階に合わせて適宜入れ替わります。特に、指導霊にはその人の職業に合わせた霊が付いてくださいますから、料理人をしている人には生前料理人だった霊がつくことになります。しかし、人間側が他の職業に代わった場合、例えば画家になったとしたら、今度は生前に画家として活躍なさった霊が付いてくれることになります。 また、人間側の活動状況に合わせて、背後霊団の人数も適宜増減されます。
 そして、人間の方の霊的な成長が進めば、それに合わせて背後霊団の方々も入れ替わります。より霊格の高い指導霊が付くのです。小学校の生徒には小学校の先生、中学校の生徒には中学校の先生というわけです。
 なかには、指導霊のなかに、その家系のご先祖様が付くこともありますが、そうかと言って、死んで間もなくのおじいちゃんやおばあちゃんが付くことはないでしょう。それは、 すべての人が取り敢えずは幽界に還って、地上時代の反省をし、地上的な煩悩や執着を取り除く必要があるからです。そのための時間を考えたら、死んで間もない方の指導霊ということは、よっぽどの高い霊格を具えていた人でないかぎり無理なことです。また、そのような高い見識を持った人でしたら、狭い家族意識に囚われず、もっと多くの存在に向けた、大きな霊的活動をなさるはずです。
 でも、現にご先祖様が指導霊のなかにいらっしゃる事例があることを考えたら、皆さんにもそのチャンスがないわけではありません。もしも皆さんの中で、早く地上に帰って来て可愛い孫の面倒をみたいと想うのであれば、それだけ帰幽後の修行をがんばって、早く地上活動での免許を頂くことです。
 その免許資格の第一は、なんと言っても、地上的な執着と煩悩を完全に滅却していることです。そうでないと、地上圏に戻ったのは良いが、またぞろ地上の誘惑に負けて地縛霊となってしまうからです。ですから、相当にがんばらないといけませんよ。
 こういう仕組みから観ますと、指導霊の方々は、すべてが超高級霊というわけでもないことが分かります。なかには、やっと成仏したばかりの霊が付くこともあるのです。例えば、拝金主義から更生したような霊が、その経済に強い知識を買われて、地上の人間の生活の金銭的な指導をすることもあります。人間味に溢れた指導霊たちでもあるのです。
 今話している「善なる指導霊」という存在は、整然と組織化された霊団の方々です。すべての指導霊が、その上のクラスの高級霊から指導を仰ぎながら活動しています。その上のクラスの高級霊もまた、より上のクラスの高級霊の指導を仰ぎます。そうしてこの宇宙全体も動いているのです。
 そうした組織を外れ、自分勝手に行動している霊たちが、地縛霊や低級霊、あるいは邪霊と言われる存在です。もっと悪質なのになると、悪霊とかサタンなどと呼ばれる存在もあります。
 よろしいですね。自分がいくら遺された家族を護りたいからといって、死後そのまま家に居着くことは間違いですよ。それが善意から発した行動であっても、霊界の掟を曲げるわけにはいきません。地縛霊とならないように、とにかく、早く光の世界に成仏して行ってください。後はその人の精進如何です。自分勝手な行動は決してなさいませんように…。

小桜姫と守護霊との対面

 守護霊との深い縁については、『小桜姫物語』の中の一章を紹介しましょう。語っているのは、死後にある程度の修行を積んだ小桜姫です。


 ここで是非とも言い添えて置かねばならないと思いますのは、私の守護霊の事でございます。
 誰にも一人の守護霊が付いていることは、心霊に志す方々のご承知の通りでございますが、私にも勿論一人の守護霊が付いており、そしてその守護霊との関係は、ただ現世のみに限らず、肉体の死後も引き続いて、切っても切れない因縁の絆で結ばれているのでございます。
 もっとも、そうした事柄がはっきり分かりましたのは余程後のことで、帰幽当時の私などは、自分に守護霊などと申すものが有るか、無いかさえも全然知らなかったのでございます。で、私がこちらの世界で初めて自分の守護霊にお目にかかった時は、少なからず意外に感じまして、従ってその時の印象は今でもはっきりと頭脳に刻まれております。

 ある日私が御神前で、いつもの通り深い精神統一の状態に入っていた時のことでございます。意外にも一人の小柄な女性がすぐ目の前に現われ、いかにも優しく、私を見てにっこりと微笑まれるのです。見るところ、年齢は二十歳余り、顔は丸顔の方で、器量はさして好いとも言われませんが、どことなく品位が備わり、雪を被ったような富士額 (ふじびたい) にくっきりと黛(まゆずみ)が描かれております。服装は私の時代よりはやや古く、太い紐でかがった、広袖の白衣を纏い、そして下に緋(あけ:やや黄色味がかった赤色)の袴を穿いているところは、どう見ても御所に宮仕えしている方のように窺われました。
 意外なのは、この時初めてお目にかかったばかりの、全然未知のお方なのにもかかわらず、私の胸に何とも言えぬ親しみの念がむくむくと湧いて出たことで…。
 それに、その表情、物腰がいかにも不思議…、先方は丸顔、私は細面、先方は小柄、私は大柄、外形はそれほどまで共通の箇所がないのに係わらず、どことなく二人の間に大変似たところがあるのです。つまり、外面はあまり似ないくせに、底の方で似ているといった、よほど不思議な似方なのでございます。
 「あの、どなた様でございますか…」
 ようやく心を落ち着けて私の方から訊ねました。すると先方は相変わらずにこやかに…
 「あなたは何も知らずにおられたでしょうが、実は自分はあなたの守護霊…、あなたの一身上の事柄は何もかもよく存じている者なのです。時節が来ないために、これまで陰に控えておりましたが、これからは何事も話し相手になって上げます」
 私は嬉しいやら、恋しいやら、また不思議やら、何が何やらよく分からない複雑な感情で、その時初めて自分の魂の親の前に自身を投げ出したのでした。それはちょうど、幼い時から別れ別れになっていた母と子が、ふとどこかで巡り合った場合に似通ったところがあるかも知れません。いずれにしても、この一事は私にとって真に意外な、また真に意義のある貴い経験でございました。
 激しい興奮から冷めた私は、もちろん私の守護霊に向かっていろいろと質問の矢を放ち、 それでも尚腑に落ちない箇所があれば、指導役の御爺様にも根掘り葉掘り問い詰めました。おかげで、私の守護霊の素性はもとより、人間と守護霊との関係、その他について大よそのことがようやく会得されるようになりました。
 その際、私と私の守護霊との間に行われた問答の一部をお話致しておきましょう。
 「あなたが私の守護霊であるとおっしゃるなら、なぜもっと早くお出ましにならなかったのでございますか?  今まで私はお爺様ばかりを杖とも柱とも頼りにして、心細い日を送っておりましたが、もしも、あなたのようなやさしい御方が最初からお世話して下さったら、どんなにか心強いことであったでございましたろう…」
 「それは一応もっともな恨み言であるけれど、神界には神界の掟というものがあるのです。あのお爺様は昔から産土神 (うぶすな) の御使いとして、新たに帰幽した者を取り扱うことにかけてはこの上もなくお上手で、とても私などの足元にも及ぶことではありません。私などは修行も未熱、それに人情味といったようなものが、まだまだ大変に強すぎて、 思い切ってきびしい躾 (しつけ) を施す勇気のないのが何よりの欠点なのです。あなたの帰幽当時の、あの烈しい狂乱と執着……とても私などの手に負えたものではありません。 うっかりしたら、お守り役の私までが、あの興奮の渦の中に引き込まれて、いたずらに泣いたり、怨んだりすることになったかも知れません。ですから、私としてはわざと差し控えて、陰から見守っているだけにとどめました。結局そうした方が、あなたの身の為になったのです」
 「では今まで、ただお姿を見せないというだけで、あなた様は私の狂乱の状態を陰からすっかりご覧になっておられましたので…」
 「それはもちろんのことでございます。あなたの一身上の事柄は、現世に居た時のことも、 またこちらの世界に移ってからのことも、一切知り抜いております。それが守護霊というものの役目で、あなたの生活は同時にまた私の生活でもあったのです。私の修行が未熟なばかりに、ずいぶんあなたにも苦労をさせました…」
 「まぁ勿体ないお言葉、そんなに仰せられますと私は穴へも入りたい想いが致します。 それにしてもあなた様は何とおっしゃる御方で、そしていつ頃の時代に現世にお生まれ遊ばされましたか…」
 「改めて名乗るほどのものではないのですが、こうした深い因縁の絆で結ばれている上からは、一通り自分の素性を申し上げておくことに致しましょう。
 私は、もと京の生まれ、父は粟屋左兵衛と申して禁裏に仕えたものでございます。私の名は佐和子、二十五歳で現世を去りました。私の地上に居た頃は、朝廷が南と北の二つに別れ、一方には新田、楠木などが控え、他方には足利その他東国の武士どもが付き従い、 ほとんど連日戦闘のない日はないような有様でした。私の父は旗色の悪い南朝方のもので、したがって私どもは生前にずいぶん数々の苦労辛酸をなめました」
 「まあ、それはお気の毒なお身の上…、私の身に引き比べて、心からお察し致します。 それにしても二十五歳で亡くなられたとの事でございますが、それまでずっとお独り身で…」
 「独身でおりましたが、それには深い理由があるのです。実は…、今さら物語るのもつらいのですが、私には幼い時からの婚約者がおりました。そして近いうちに黄道吉日を選んで、婚礼の式を挙げようとしていた際に、ふと起こりましたのがあの戦乱、間もなく夫となるべき人は戦場の露と消え、私の若き日の楽しい夢は無残にもある日の朝に吹き散らされてしまいました。
 それからの私はただ一個の魂の脱けたような生きた骸…、ちょうど蝕まれた花の蕾のしぼむように、次第に元気を失って、二十五の春に、さびしくポタリと地面に落ちてしまったのです。あなたの生涯もずいぶんつらい一生ではありましたが、それでも私のに比べたら、まだ遥かに花も実もあって、どれだけ幸せだったか知れません。上を見れば限りもないが、下を見ればまだ際限もないのです。何事も皆深い深い因縁の結果とあきらめて、お互いに無益の愚痴などはこぼさないことに致しましょう。
 お爺様のご指導のおかげで、近頃のあなたはよほど立派にはなりましたが、まだまだあきらめが足りないように思います。これからは私もちょいちょい見廻りにまいり、ともども向上を図りましょう」
 その日の問答は大体こんなところで終わりましたが、こうした一人のやさしい指導者が見つかったことは、私にとって、どれだけの心強さであったか知れません。その後私の守護霊は約束の通り、しばしば私の許に訪れて、いろいろと有難い援助を与えてくださいました。私は心から、私のやさしい守護霊に感謝しているものでございます。

自然霊の存在

 先ほど、産土神 (うぶすな) という名前が出てきました。この産土の神様という存在は、 現代ではあまり聞かれなくなりましたが、戦前まではよく知られた神様です。
 あるいは今でも「産土社」として祭られている地方があるはずです。赤ちゃんが産まれると、その土地にお祭りしている産土の社まで報告に行き、無事誕生のお礼と人生の平安を祈願いたします。
 もっともその風習は、今では「お七夜」として、近所の神社や氏神様に詣でる儀式として引き継がれているようですが、本来は「産土社」へお参りしたものでした。
 スピリチュアリズムの本に神道の神社が登場するのでびっくりされたかも知れませんが、このように、世界中の国で、それぞれの神々が、この「地球神」という惑星神の中で色々な働きをされているわけです。産土神というと如何にも日本的な名前ですが、これを分かりやすく西洋風の名前で呼びますと「天使」あるいは「エンゼル」となります。呼び方が違うだけで、実際のところは、世界中同じような神様たちが色々と働いてくださっているわけです。
 ちなみに、産土神は龍神系で、主に人間のお世話をなさいます。それに対して稲荷大明神系が主に動物や植物などのお世話をする神様たちであると申したら分かりやすいでしょうか。
 明治維新から太平洋戦争まで、神道が国家鎮護の象徴として利用されてきた反省から、 戦後それまでの自然神信仰まで否定されてしまった観もありますが、用語の違いこそあれ、このようにスピリチュアリズムと共通する神々でもあるのです。
 産土神については、浅野和三郎先生の『小桜姫物語』の中に次のような記載があります。 通信霊は小桜姫です。

 神々のお受け持ちと申しましても、これは私がこちらで実地に見たり、聞いたりしたところを、何の理屈もなしに、ありのまま申し上げるのでございますから、何卒そのおつもりで聞いて頂きます。こんなものでも幾らか皆さまの手がかりになれば何よりの本望でございます。
 現世の方々が、何はおいても第一に心得ておかなければならないのは、産土 (うぶすな) の神様でございましょう。これはつまり土地の守護に当られる神様でございまして、その御本体は最初から活き通しの自然霊…、つまり龍神様でございます。現に私どもの土地の産土様は神明様と申し上げておりますが(注①)、やはり龍神様でございまして…。まれに人霊の場合もあるようにお見受けしますが、その補佐にはやはり龍神様が付いておられます。どうもこちらの世界のお仕事は、人霊のみでは何かにつけて不便があるのではないかと思われます。
 さて、産土の神様のお仕事の中で、何より大切なのは、やはり人間の生死の問題でございます。現世の役場では、子供が生まれてから初めて受け付けますが、こちらでは生まれるずっと以前から、それがお分かりになっておりますようで、何にしましても、一人の人間が現世に生まれるということは、なかなか重大な事柄でございますから、右の次第は産土の神様から、それぞれ上の神様にお届けがあり、やがて最高の神様のお手許まで達するとのことでございます。
 申すまでもなく、生まれる人間には必ず一人の守護霊が付けられますが、これもみんな上の神界からのお指図で決められるように承っております。
 それから、人間が亡くなる場合にも、第一に受け付けてくださるのが、やはり産土の神様で、誕生のみが決してそのお受けもちではないのでございます。これは氏子として是非心得ておかなければならないことと存じます。
 もっとも、そのお仕事はただ受け付けてくださるだけで、直接帰幽者をお引き受けくださいますのは大国主命様 (注②) でございます。産土神からお届けがありますと、大国主命様の方では、すぐに死者の行くべき所を見定め、そしてそれぞれ適当な指導役をお付けくださいますので…。指導役はやはり龍神様でございます。人霊では、ややもすれば人情味がありすぎて、こちらの世界の躾をするのに、あまり面白くないようでございます。
 私などもやはり一人の龍神さんのご指導に預かったことは、かねがね申し上げております通りで、これは私に限らず、どなたも皆、そのお世話になるのでございます。つまり現世では主として守護霊、また幽界では主として指導霊のお世話になるものとお思いになれば宜しゅうございます。
 なお、生死以外にも産土の神様のお世話に預かることは数限りもございませんが、ただ産土の神様は、いわば万事の切り盛りをなさる総受付のようなもので、実際の仕事には皆それぞれ専門の神様が控えておられます。つまり病気には病気治しの神様、武芸には武芸専門の神様、そのほか世界中のありとあらゆる仕事は、それぞれ受け持ちの神様があるのでございます。
 人間と申すものは、とかく自分の力一つで何でもできるように考えがちでございますが、実は大なり、小なり、みんな陰から神々のお力添えがあるのでございます。

  (注) 三浦市浜諸磯にある諸磯神明社のこと。
  (注②)大国主命(おおくにぬしのみこと)。スピリチュアリズム的表現で言えば、日本国の人間たちの世話をする高級自然霊となるでしょう。もちろんこの世界も、上から下まで整然と組織化されております。

自殺した美女

 自殺霊の現状を伝えるものとして、『小桜姫物語』の中に登場する敦子さまの話がありますので、その部分を少しだけ要約しながら、現代文で紹介しましょう。通信霊は、小桜姫です。

 ある事情のために自殺を遂げた一人の女性のお話を致しましょう。
 その方は生前私 (注・小桜姫) とたいへんに仲の良かったお友達の一人で、たいそうに由緒ある畠山家の娘さんで、名を敦子さまと申されました。畠山家の主人と私の父とが日頃から特に親しくしていたものですから、私と敦子さまの間も自然親しかったのでございます。お年は敦子さまの方が二つばかり下でございました。
 お母さまがたいへんお美しい方であったため、お母さま似の敦子さまも眼の覚めるようなご器量で、ことにその生え際などは、ふるえつくほどお綺麗でございました。ただ、後で考えますと、このご器量がかえって仇となったらしく、やはり女は、あまり醜いのも困りますが、またあまり美しいのもどうかと考えられるのでございます。
 敦子さまの悩みは早くも十七八の娘盛りから始まりました。諸方から雨の降るようにかかってくる縁談、中にはずいぶんこれはというのもあったそうでございますが、敦子さまはそれをみんな断ってしまうのでした。それにはむろん訳があったのでございます。親戚の、幼馴染の一人の若人…世間によくあることでございますが、敦子さまは早くからその若人と想い想われる仲になり、末は夫婦と、内々に二人の間に堅い約束ができていたのでございました。これが望みどおり円満に収まれば何の世話もないのでございますが、月に群雲、花に風とやら、何か両家の間に事情があって、二人はどうあっても一緒になることができないのでした。
 こんなことで、敦子さまの婚期は年一年と遅れていきました。敦子さまは後にはすっかりやけ気味になって、自分は生涯嫁には行かないなどと言い張って、ひどく両親を困らせました。
 その後幾年か経って、男の方があきらめて、どこからか妻を迎えた時に、敦子さまの方でも我が折れたらしく、とうとう両親の勧めに任せて、幕府に出仕している、ある歴々の武士の許へ嫁ぐことになりました。それは敦子さまが確か二十四歳の時でございました。
 縁談がすっかり調った時に、はるばる三浦までご挨拶に来られました。その時、私の夫もお目にかかりましたが、後で「あんな美人を妻に持つ男子はどんなに幸せなことであろう」などと申したくらいに、それはそれは美しい花嫁姿でございました。しかし、細かい事情を知っている私には、あの美しいお顔のどこかに潜む一種の侘しさ…、新婚を歓ぶというよりか、むしろつらい運命に、仕方なしに服従しているといったような、やるせなさがどことなく感じられるのでした。
 ともかくこんな具合で、敦子さまは人妻となり、やがて一人の男の子が生まれて、少なくとも表面ではたいそう幸福らしい生活を送っていました。落城後、私があの諸磯の海辺に侘び住まいをしている時分などは、何度も訪れて来て、何かと私に力を付けてくれました。
 現世における私と敦子さまとの関係は大体こんなところでお分かりかと存じます。それから時を経て、霊界に来ていた私にも、敦子さまが死んだことだけは何かの折りに分かりました。が、その時はそう深く心にもとめず、いつか逢えるであろう位に軽く考えていたのでした。
 それよりまた何年経ちましたか、ある日私が統一の修行を終えて、表に出て辺りの景色を眺めている時に、私の守護霊から通信がありました。
 「ある一人の女性が今あなたを訪ねてまいります。年の頃は四十余りの、たいそう美しい方でございます」
 私は、「誰かしら?」と思いましたが、「ではお目にかかりましょう」とお答えしますと、 程なく一人のお爺さんの指導霊に連れられて、よく見覚えのある、あの美しい敦子さまがそこへひょっこりと現われました。
 「まぁ、お久しいことでございました。とうとうあなたと、こちらでお逢いすることになりましたか」
 私が近づいて、そう言葉をかけましたが、敦子さまは、ただ会釈をしただけで、黙って下を向いたきりで、顔の色などもどこやら暗いように見えました。
 案内のお爺さんが代わって簡単に挨拶してくれました。
 「この人は、まだあなたに引き合わせるのには少し早すぎるかと思われたが、ただ本人がぜひあなたに逢いたい、一度逢わせてもらえば、気持ちが落ち着いて、修行も早く進むと申すので、あなたの守護霊にも頼んで、今日わざわざ連れてまいったような次第…、あなたとは生前またとなく親しい間柄のように聞き及んでいるから、いろいろとよく言い聞かせてもらいたい」
 そう言ってお爺さんは帰ってしまいました。これには何か深い仔細があるに違いないと思いましたので、敦子さまの肩に手をかけてやさしく申しました。
 「あなたと私とは幼い時からの親しい間柄…、ことにあなたが何回も私の侘び住まいを訪れていろいろと慰めてくださった、あの心尽くしは今も嬉しい思い出の一つとなっております。そのご恩返しというのでもありませんが、こちらの世界で私の力に及ぶ限りのことは何なりとしてあげます。どうぞすべてを打ち明けて、あなたの相談相手にしていただきます。とにかく、こちらへお入りくださいませ。ここが私の修行場でございます」
 敦子さまは最初泣き入るばかりで、とても話どころではなかったのですが、それでも修行場の中に入って、そこのシンとした清らかな空気に浸っているうちに、次第に心が落ち着いてきて、ポツリポツリと言葉を出すようになりました。
 「あなたはこんな神聖な境地で立派なご修行、私などはとても段違いで、あなたの足元にも寄り付けはしません」
 こんな言葉をきっかけに、案外すらすらと打ち明け話をすることになりましたが、最初想像したとおり、敦子さまの身の上には、私の知っている以上にいろいろ込み入った事情があり、そして結局とんでもない死に方…自殺を遂げてしまったのでした。
 敦子さまの話によれば、やはり夫婦仲はうわべとはたいへんに違って、暗く冷たいものだったそうです。もともと、よそへ縁付く気持ちもなかったのに、ただ老いた両親に苦労かけるのは申し訳ないと、死んだつもりで体だけは夫に捧げたものの、心は少しも夫のものではなかったのです。嫁入りしてから何度か自害しようとしたものの、そのうちに身重になり、その後というものは、ただ子供の母として、惜しくもない命を送っていたそうです。
 そんな冷たい妻の心に夫がいつまでも気付かないはずもなく、やけ気味になった夫はいつしか一人の側室をおいたのです。そんな夫婦とは名ばかりの生活を送っている時に、かけがえのない一粒種の愛児がポックリと亡くなってしまったのです。敦子さまはフラフラと気がふれたようになって、何の前後の考えもなく、懐剣で喉を突いて、一途に子供の後を追ったのでございました。
 それから引き続いて、こちらの世界に目覚めてからの一部始終を私に物語ってくれましたが、ずいぶん苦労も多く、みじめなもののようでございました。
 敦子さまご自身の言葉でございます。
 「死後私は、しばらくは何事も知らずに無自覚で暮らしました。従って、その期間がどれ位続いたか、むろん分かるはずもございません。そのうち、ふと誰かに自分の名前を呼ばれたように感じて眼を開きましたが、辺りは見渡す限り真っ暗闇で、何が何やらさっぱり分かりませんでした。
 それでも私はすぐに、自分はもう死んでいるな、と思いました。もともと死ぬ覚悟だったのですから、死ということは何でもないものでございましたが、ただ周辺の暗いのには、 ほとほと弱ってしまいました。
 しかもそれが、ただの暗さとは何となく違うのでございます。例えば、深い穴蔵の奥といったような具合で、空気がしっとりと肌に冷たく感じられ、そして暗い中に、何やらウヨウヨ動いているものが見えるのです。
 それはちょうど悪夢に襲われているような感じで、その無気味さと申したら、まったくお話になりません。そして、よくよく見つめると、その動いているものが、いずれもみんな異様な人間なのでございます。
 髪を振り乱している者、身に一糸もまとわない裸の者…、ただ一人として満足な姿をした者はおりません。殊に気味の悪かったのは、私のすぐ傍にいる一人の若い男で、太い荒縄で裸身をグルグルに捲かれ、ちっとも身動きが出来なくされております。すると、そこに怒りでまなじりを釣り上げた、一人の若い女が現れて、口惜しい、口惜しいとわめきながら、その男に跳びかかって、頭髪をむしったり、顔面をひっかいたり、足で蹴ったり、 踏んだり、とても乱暴な真似をいたします。
 私はその時、きっとこの女はこの男の手にかかって死んだのであろうと思いましたが、 とにかく、こんな呵責の光景を見るにつけても、自分の現世で犯した罪悪がだんだん怖くなって、どうにも仕方なくなりました。私のような強情な者が、どうやら熱心に神様におすがりする気持になりかけたのは、ひとえに、この暗闇の中の、世にも物凄い懲戒 (みせしめ) の賜物でございました」
 敦子さまの話を聞いていると、あの方が何より神様からお叱りを受けたのは、自殺そのものよりも、むしろ、そのあまりにも強情な性質で、いったんこうと思えばあくまでもそれを押し通そうとする、わがままな気性のためであったように思われました。
 敦子さまはこんなことも言いました。
 「私は生前、何事も、自分の想いのままに押し通し、自分の想いが叶わなければこの世に生き甲斐がないと考えておりました。一生の間に自分の胸の中をある程度まで打ち明けたのは、あなたお一人ぐらいのもので、両親はもとより、その他のなにびとにも相談一つしたことはございません。その性質はこちらの世界に来てもなかなか脱けず、ご指導の神様に対してさえ、すべてを隠そう、隠そうと致しました。
 すると、ある時神様は、お前の胸に抱いていることぐらいは、何もかも詳しく分かっているぞ、とおっしゃって、私が今まで極秘にしていた、ある一つの事柄…大概お察しでございましょうが、それをすっぱりと言い当てられました。これには流石の私も我慢の角を折り、とうとう一切を懺悔してお赦しを願いました。そのために、私は割合に早く、あの地獄のような境地から脱け出ることができました。もっとも、私の先祖の中に、立派な善行の者がおったお陰で、私の罪までがよほど軽くされたということらしいのです。
  いずれにしても、私のような強情な者は、現世におっては人に憎まれ、幽界に来ては地獄に落とされ、大変に損でございます」
 敦子さまの一生にはずいぶん過失もあったようで、従って帰幽後の修行にはずいぶんつらいところもありましたが、しかし元々しっかりした、負けない気性の方だけに、一歩一歩と首尾よく難局を切り抜けて行きまして、今ではすっかり明るい境涯に達しております。

地上からの想いは通じるのか?

 私たち地上の人間が亡くなった人に対して送る想いや祈りは届いているのでしょうか?
 その答がこれもまた『新樹の通信』にあります。父と亡くなった息子との会話です。

 「私たちがここにこうして座り、精神統一をしてお前を呼ぼうとしているときに、それがどんな具合にお前に通じるのか? その実感を聴かせてくれないか」
 「ちょっと何かその、震えるように感じます。細かい波のようなものが、プルプルと伝わって来て、それが僕の方に感じるのです」
 「私の述べる言葉がお前に聞こえるのとは違うか?」
 「言葉が聞こえるのとは違います。感じるのです。もっとも、お父さんの方で、はっきり言葉に出してくださった方が、よくこちらに感じます。僕はまだ慣れないから…」
 「私に限らず、誰かが心に想えば、それがお前の方に感じるのか?」
 「感じます…、いつも波みたいに響いて来ます。それは眼に見えるとか、耳に聞こえるとか言ったような、人間の五感の働きとは違って、何もかもみんな一緒に伝わって来るのです。現に、お母さんはしょっちゅう僕のことを想い出してくださるので、お母さんの姿も、心持ちも、一切が僕に感じて来てしようがない…」

 もう一つ、同じように、肉親の情に迷い苦しむ霊界通信があります。
 『小桜姫物語』の中にある一節です。通信霊は小桜姫です。

 現世的執着の中で、私にとって、何よりも断ち切るのに骨が折れましたのは、やはり血を分けた両親に対する恩愛でございました。現世で何一つ孝行らしいこともせず、ただ一人先立ってこちらの世界に引っ越してしまったのかと考えますと、何とも言えずつらく、 悲しく、残り惜しく、相済まなく、いても立ってもおられないように感じられるのでございました。人間何がつらいと申しても、親と子が順序を換えて死ぬことほど、つらいことはないように思われます。
 無論私には夫に対する執着もございました。しかし夫は私よりも先に亡くなっており、 それにまた神様が、時節が来れば逢わしてやると申されましたので、そちらの方のあきらめは割合早くつきました。
 ただ、現世に残した父母のことは、どう焦りましても諦めきれずに悩みぬきました。そんな場合には、神様も、精神統一も、まるっきりあったものではございません。私はよく間近の岩へかじりついて、悶え泣きに泣き入りました。そんな真似をしたところで、いったん死んだ者が、とても現世へ戻れるものではないことは充分承知しているのですが、それでもやはり止めることが出来ないのでございます。
 しかも何より困るのは、現世に残っている父母の嘆きが、ひしひしと幽界まで通じて来ることでございました。両親は怠らず、私の墓へ詣でて花や水を手向け、また十日祭とか、 五十日祭とか申す日には、その都度神職を招いて丁重なお祭祀 (おまつり) をしてくださるのでした。
 修行未熟の、その時分の私には、現界の光景こそ見えませんでしたが、しかし両親の心に思っておられることは、はっきりとこちらに感じて参るばかりか、「姫や、姫や!」と呼びながら、絶え入るばかりに泣き悲しむ母の声までも響いて来るのでございます。あの時分のことは、今思い出しても自ずと涙がこぼれます。
 こういった親子の情愛などと申すものは、いつまで経ってもなかなか消えて無くなるものではないようで、私は現在でもやはり父は父として懐かしく、母は母として慕わしく感じます。が、不思議なもので、だんだん修行が積むにつれて、どうやら情念の発作を打ち消していくのが上手になるようでございます。それがつまり向上なのでございましょうか…。

 皆さんが亡くなった方に対して向ける祈りの念は、このようにしっかりと相手に届いているのです。でも、それだけに、あまりにも悲しんでばかりいると、それが向こうにも伝わりますから、決して好い影響を与えるものではありません。せっかく地上生活への未練や執着を断って、光明界へと上がろうとしている気持ちを引き戻してしまうからです。
 特に、「あの人は無になってしまった」という唯物的な嘆きは、非常に亡くなった人を困惑させてしまいます。これは、イギリスの交霊界などで、よく霊界の人から遺族へと伝えられた会話です。

 「いつも僕のことを、無くなってしまったと嘆いているけど、私はこのように今でも元気で生活しているのだから、そんなに嘆き悲しまないでくれ…」

 肉体を脱いで霊界に還っても、きちんと自分の体はあるし、意識も記憶もあるし、気心の知れた仲間たちと仲良く生活しているのに、地上では「無になってしまった」と嘆き悲しんでいます。その気持ちが伝わって来るだけに、霊界の人もつらいのです。
 「私はこうして元気でいるのに…」という想いを伝えたいのに、その通信手段がない。 ですから、交霊界などでは、そのことを伝えたい霊たちが向こう側で大勢順番待ちをしていたそうです。そして、自分の家族との会話が許されると、みんな真っ先に、「自分は生きているのだから、あまり嘆かないで…」と言って来たのだそうです。
 このように、地上の皆さんの想いは必ず霊界の方へと届いております。

法要の効用

 亡くなった人へ向けて行う法要がどの程度霊界の人に伝わっているのか?
 これもまた『新樹の通信』に参考となる文章がありますので紹介します。

 「近頃お前の方に変わったことはなかったか?」
 「別にたいしたこともありませんでしたが、ただこの間僕の方に強く感じて来ることがあって閉口しました。いろいろの人がしきりに僕のことを想っていてくれる…、それがひしひしと僕の方に感じるのです。で、これはきっと僕の命日が巡ってきたのに相違ない。 僕が死んで、もう一年になるのだ…、そう僕は気付きました。そんなことがあると、つい僕の方でも現世のことを想い出して困りました。いけないと知りつつ、つい地上生活が眼に浮かんで…」
 「実はお前の一年祭は十日前に済んだのだが、今日はホンの身内の者ばかり呼んで、神官に祝詞を上げてもらったのだ。それがお前の方に通じたと見える」
 「何やら遠くの方で祝詞のようなものを感じました。そしていろんな人がしきりに僕に逢いたがっているのです。そんな時は僕だってやっぱり逢いたいのです」
 「お前の執着が薄らぎさえすれば、それに連れて現世がだんだんはっきり見えてくるのだから、そう悲観したものじゃないさ。まぁ、ゆっくりやるさ」
 「僕の自宅の方もなんですが、大連 (注・中国の都市、新樹氏の亡くなった地) の方にも大勢集まっているように感じました。いろいろの人たちが僕の名前を呼んだり何かしたりしているのです。あまり細かいことは分かりませんが、何しろ僕のことをしきりに追憶してくれていることはよく通じました。大連には僕の友達の青柳も居るようでした」

 浅野家の法要は神道ですから祝詞が上げられましたが、これは仏教の読経でも同じようなことですね。霊界の人からしたら、上げている祝詞や経典の意味はちっとも理解していないということです。「なにか祝詞らしき感じ…」ということでした。それに比べて、集まった人たちの想いはよく伝わっています。友人の名前まで挙げられるくらいですから。
 ですから、法要も一切無意味ということではなくて、ご縁のあった人たちが一堂に会して、そこで亡くなった人を皆で思い出すということが、霊界の人にも慰めになることが分かりますね。
 そのことから考えますと、霊界の方へ向ける最高の供養とは、坊さんを呼んで読経してもらうことではなくて、日々の中でその人のことを想い出して上げることになりますね。
 そのような実例が『死後の世界』に出てきます。
 ワァド氏が霊界の叔父さんに、「私の父が、あなたの葬式のあった当日に、あなたの為に供養を致しましたが、それは霊界まで通じましたか?」という問いかけに対する叔父さんの回答です。

 あぁ、よく通じました。イヤ、その供養の方が、葬式よりもどれだけ私にとって有難いものであったことか知れない。
 いやしくもキリスト教徒たる者が、単に遺骸のみを鄭重(ていちょう)に取り扱うのは、はなはだ意味を為さないことだ。遺骸はどこまで行っても要するにただの遺骸じゃ。何をされても無神経である。これに反して、霊魂は生き続けている。神の助けなしには一刻も浮かばれない。この霊魂を打ち棄てておく理由など、どこにもない。
 あの時分、私は例の恐ろしい呵責…、生前の行為がいちいち自分の眼の前に展開する、 あの恐ろしい光景に苦しみぬいている最中であった。その呵責は現在でもまったく無いわけではない。その刑罰のおかげで私はかろうじて悔悟の道に踏み入ることができるのであるが、とにかく、あの頃の私の精神の苦悩は一通りではなかった。無論、学校などへはとても行けない。悶えに悶え、悩みに悩み、身の置き所がないのであった。
 と、その最中に、一条の明るい光が、私を悩ます夢魔的な幻影をいっぺんに消し去ってくれた。そして、それまでの幻影の代わりに現れたのは一つの寺院ではないか。聖壇の上にはロウソクと十字架が載せてあり、その前には一人の僧がいる。それが取りも直さずお前の父で、おまけにお前までがそこにひざまずいている。人間は二人だけだが、人間の他にひざまずいている者もたくさんいる。それが何者であるかは私にも判らない。が、とにかく、寺院内にたくさんの、霊界の参拝者がつまっていたのである。
 この光景に接した時の私の心の嬉しさ!  それはとても筆や言葉で言い表せるものではない。数ある地上の人類のなかで、少なくともその幾人かが真に神を信じて、私のために祈願を捧げてくれるのである。その祈祷の言葉がどれだけ私の胸に平和と安息とを恵んでくれたことか…。
 しかし、それよりもいっそう私の心に深い感激を与えたのは、私に先立って霊界に入った、これら何百という霊魂たちが、私のために熱心に祈祷を捧げてくれたことであった。 思うに、彼らもまた私のように、霊界の険しい道を踏んで、自己の行為の幻影に悩まされた苦い経験から、私の一歩一歩の前進に対して心から同情を寄せてくれているのであろう。

 先ほどの新樹氏の場合も、そしてこのワァド氏の叔父さんの場合も、神官や僧侶の上げる儀式的な祝詞、経文の類よりも、親しく心を寄せて下さる人たち、特に身内の人たちからの祈りの言葉・想いのほうがずっと霊界の方に届いているということが分かりました。
 このことから考えますと、仏壇のあるご家庭では、朝夕静かにその人の姿を想い出しながら、言葉に出してご挨拶するのもよろしいでしょう。それも、特別に悲しまず、いつかまた必ず逢えることを信じて、
 「私もがんばりますから、あなたもそちらでがんばって待っていてくださいね」
 と前向きのご挨拶をすることです。
 そして、仏壇とは、祈りを向けるための「場所」なのですから、間違っても、仏壇にご先祖様や愛する人が居るなんて思わないことです。
 そのことを勘違いさえしなかったら、何も仏壇を廃棄する必要はありません。よく皆さんが、山村さんの本を読んで、「宗教をやめなさい」と書いてあるものですから、「お墓も仏壇も廃棄しなきゃいけないのでしょうか?」と心配なさるのですが、彼もそこまで極端なことは言っていないはずです。
 要は、間違った宗教の教えで信じ込んでいる、例えば、「死んだら仏壇に納まる」とか、「死んだらお墓に眠る」などの間違った意識を棄ててくださいということです。また、「戒名」も死後の世界では何にも役に立たないものなんですから、坊さんの金儲けに協力することはないですよ、ということです。この本に書いてあるような、正しい霊的な知識を生前に得ていくことの方が、ずっとずっとお役に立ちます。

相思相愛なら必ず逢えます

 霊界は波動の法則が顕著に顕われる世界です。波動の法則、あるいは波長の法則とか、調和の法則とも云われます。分かりやすく言いますと、「類は友を呼ぶ」ということです。
 ですから、この世で愛する人と死に別れたとしても、必ず霊界に還ったらまた逢うことができます。神は愛し合う者同士を永遠に別れさせるような、そんな無慈悲なことはなさいません。相思相愛だったら必ず再会の時がやってまいります。
 お釈迦様の教えの、「四苦八苦」の中に愛別離苦 (愛する人と別れさせられる苦しみ) というのがありますが、それはこの地上界での苦しみです。霊界では、相手を愛する気持ちが同調して、お互いを引き寄せあうことになるのです。波動の法則たる所以です。もっとも、ずうっと永くその人と一緒に暮らしたいのだったら、お互いの霊格を同じ段階まで上げなければなりませんが…。
 反対に、自分が会いたくない人だったら会わされることもありません。怨憎会苦 (怨んでいる人、憎んでいる人に会わされる苦しみ) も霊界ではないのです。
 でも、その恨みが骨髄に到っていて、「どうしても許せない!呪ってやる」というくらいのひどい怨み、怒りを持ち続けていたら、これはもう正義がどちらにあるにせよ、想念そのものが相手をやっつける地獄思想になっているのですから、早晩地獄のどこかで引き寄せあう形になって、また会うことにはなるでしょうね。そして、復讐劇をやるかも知れません。ただし、その復讐劇が許されるのは暗黒界 (地獄界) に於いてだけです。
 地獄なんてイヤでしょう?  だったら、早くにそうした悪想念は「もう過ぎたこと」として洗い流してしまうことです。そして、相手様の気づきと成長を祈って差し上げるくらいの度量の深さをお持ちください。
 世間では、「私が死んだら、あんなに苦しめられたお姑さんとは絶対に同じ墓に入れないでちょうだい」と遺言している方も多いようですが、わざわざ遺言しなくても大丈夫です。自分が嫌いな人とは波長が合わないので、霊界では出会うことはないのですから…。
 それに、もともとお墓は死んでから入る所ではないということは前にお話しましたから、 今の話はまだ霊的な知識のない方の考えることです。この本を読んでいらっしゃる方でしたら、きっと、そんな勘違いはなさらないことでしょう。

小桜姫・夫との再会

 日本の霊界通信にも、愛する夫と霊界で再会した話があります。 
 『小桜姫物語』の中から、小桜姫自身の言葉で、その場面を再現してみます。

 いつかも申し上げた通り、私がこちらの世界に参りましたのは、夫よりも一年遅れておりました。後で伺いますと、私が死んだことはすぐ夫の許に通知があったそうでございますが、何分にも当時の夫はきびしい修行の真っ最中なので、自分の妻が死んだといって、 とてもすぐ逢いに行くというような、そんな女々しい気分にはなれなかったそうでございます。私はまた私で、何より案じられるのは現世に残して置いた両親のことばかり、それに心を奪われて、自分よりも先に死んでしまっている夫のことなどはそれほど気にかからないのでした。「時節が来たらいずれ夫にも逢えるであろう…」そんな風にあっさりと考えていたのでした。
 そのような次第で、帰霊後もずいぶんと永い間、私たち夫婦は別れ別れになったきりでございました。むろん、これがすべての男女に共通のことなのかどうかは存じません。これはただ私たち夫婦がそうであったと申すだけのことで…。
 そうするうちに、私は岩屋の修行場から、山の修行場に進み、やがて龍宮界の訪問も済んだ頃になりますと、私のような執着の強い女にも、幾分か安心が出来てきたらしいのが自覚されるようになりました。すると、こちらから別に何ともお願いした訳でもないのに、 ある日、突然神様から夫に逢わせてやると仰せられたのでございます。
 「そろそろ逢ってもよいであろう。汝 (そち) の夫は、汝よりも、もう少し心の落ち着きが出来てきたようじゃ…」
 指導役のお爺さんが、ますます真面目くさってそんなことを言われるので、私はきまりが悪くて仕方がなく、思わず顔を真っ赤に染めて、いったんはお断りしました。
 「そんなことはいつでも宜しゅうございます。修行の後戻りがすると大変でございますから…」
 「イヤイヤ、一度は逢わせることに、先方の指導霊とも手筈を決めておいてある。夫と逢ったくらい
のことで、すぐ後戻りするような修行なら、まだとても本物とは言われぬ。 こんなことをするのも、やはり修行の一つじゃ。神として無理には勧めないから、ありのままに答えるがよい。どうじゃ、逢ってみる気はないか?」
 「それでは宜しいようにお願い致します…」
 とうとう私はお爺さんにそのようなご返答をしてしまいました。
 私の修行場を少し降りた山の山腹に、こぢんまりとした一つの平地がございます。周囲には程よく樹木が生えて、ちょうど置石のように自然石があちこちにあしらってあり、そして一面にふさふさした青苔がぎっしり敷きつめられているのです。そこが私たち夫婦の会合の場所と決められました。
 ご承知の通り、こちらの世界では、何をやるにも手間がかかりません。思い立ったが吉日で、すぐに実行に移されていきます。
 「話が決まった上は、これからすぐに出かけるとしよう…」
 お爺さんは眉一つ動かされず、すまして先に立たれますので、私も黙ってその後に付いて出かけましたが、しかし私の胸の裡は千々 (ちぢ) に乱れて、足の運びが自然と遅れがらでございました。
 申すまでもなく、十幾年の間、現世で仲良く連れ添った夫と、久しぶりで再会するというのでございますから、私の胸には、夫婦の間でなければ味わえない、あの一種特別の嬉しさが急にこみ上げてきたのは事実でございます。すべて人間というものは、死んだからと言って、別にこの夫婦の愛情に何の変わりがあるものではございませぬ。変わっているのは、ただ肉体が有るか無いかというだけ、そして愛情は肉体の受け持ちではないらしいのでございます。
 それなのに、一方ではこのような嬉しさがこみ上げるのと同時に、他方には何やら空恐ろしいような感じが強く胸を打つのでした。何しろここは幽界、自分は今修行の第一歩をすませて、現世の執着がようやくのことで少しばかり薄らいだというまでの、よくよくの未熟者、これが幾十年ぶりかで現世の夫に逢った時に、果たして心の平静が保てるであろうか、果たして昔の、あの見苦しい愚痴やら未練やらが首 (こうべ) をもたげないだろうか…、どう考えてみても自分ながら危なっかしく感じられてならないのでした。
 そうかと思うと、私の胸のどこかには、何やらきまりが悪くてしようのないところもあるのでした。久しぶりで夫と顔を合わせるのもきまりが悪いが、それよりもいっそう恥ずかしいのは神さまの手前でした。あんな素知らぬ顔をしておられても、一から十まで人の心の中を見抜かれる神さまのことですから、「この女はまだ大分娑婆 (しゃば) の臭みが残っているな…」と思っておられるのではないかと考えると、私はまったく穴へでも入りたいほど恥ずかしくてなりませんでした。
 それでも予定の場所に着く頃までには、少しは私の肝 (はら) が据わってまいりました。
 「たとえ何事があっても涙は出すまい」
 私は固くそう決心しました。先方に着いてみると、夫はまだ来ておりませんでした。
 「まぁよかった…」
 その時、私はそう思いました。いよいよとなると、やはり気後れがして、すこしでも時刻を延ばしたいのでした。
 お爺さんはと見れば、どこに風が吹くといった面持ちで、ただ黙々として、あちらを向いて景色などを眺めておられました。
 夫がいよいよ来着したのは、それからしばしの後で、私がふと脇見をした瞬間に、五十余りと見える一人の神様に付き添われて、忽然と私のすぐ前に、ありし日の姿を現したのでした。
 「あっ、やはり元の夫だ……」
 私は今更ながら生死の境を越えて、少しも変わっていない夫の姿に驚嘆の眼を見張らずにはいられませんでした。服装までも昔ながらの好みで、ねずみ色の衣装に大紋を打った黒の羽織、これに袴をつけて、腰にはお定まりの大小二本、大変にきちんと改まった扮装 (いでたち) なのでした。
 これが現世での出来事だったら、その時何をしたか知れませんが、さすがに神様の手前、 今さら取り乱したところを見られるのが恥ずかしゅうございますから、私は一生懸命になって、平気なそぶりをしていました。夫の方でも、少しも弱みを見せず、落ち着き払った様子をしていました。

 しばし沈黙が続いた後で、私から言葉をかけました。
 「お別れしてから、ずいぶん永い歳月を経ましたが、図らずも今ここでお目にかかることができまして、心から嬉しゅうございます」
 「まったく今日は思いがけない面会であった」
 と夫もやがて武人らしい、重い口を開きました。
 「あの折は思いのほかに軍が乱れて、別れの言葉一つ交わすひまもなく、あんなことになってしまい、そなたも定めし不本意なことであったろう…。それにしてもそなたが、こうも早くこちらの世界に来るとは思わなかった。いつまでも安泰に生きながらえていてくれるよう、自分としては陰ながら祈願していたのであったが、しかし過ぎ去ったことは今さら何とも致し方がない。すべては運命とあきらめてくれるよう…」
 飾り気のない夫の言葉を私は心から嬉しいと思いました。
 「昔のことはもう何ともおっしゃらないでくださいませ。あなたにお別れしてからの私は、お墓参りが何よりの楽しみでございましたが、やはり寿命とみえて、じきにお後を慕うことになりました。一時の間こそずいぶん口惜しいとも、悲しいとも思いましたが、近頃は、どうやらあきらめがつきました。そして思いがけない今日のお目通り、こんな嬉しいことはございませぬ…」
 かれこれと語り合っているうちにも、お互いの心は次第に溶け合って、さながらあの思い出多い三浦の館で、主と呼び、妻と呼ばれて、楽しく起居を共にした時代の現世らしい気分が復活してきたのでした。
 「いつまでも立ち話でもなかろう。その辺に腰でもかけるとしようか」
 「ほんにそうでございました。ちょうどここに手頃の腰掛けががございます」
 私たちは三尺ほど隔てて、右と左に並んでいる、木の切り株に腰を下ろしました。そこは監督の神様たちもお気をきかせて、あちらを向いて、素知らぬ顔をしておられました。
 「あなたも生前と少しもお変わりがないばかりか、かえって少しお若くなりはしませんか」
 「まさかそうでもあるまいが、しかしこちらへ来てから何年経っても年を取らないというところが不思議じゃ」
 と夫は打ち笑い、
 「それにしても、そなたは、ちと老けたように思うが…」
 「あなたとお別れしてから、いろいろ苦労をしましたので、自然とやつれが出たのでございましょう」
 「それは大変気の毒なことであった。が、こうなったら最早苦労のしようもないから、そのうち自然と元気が出て来るであろう。早くそうなってもらいたい」
 「承知致しました。みっちり修行を積んで、昔よりも若々しくなってお目にかけます」
 さして取りとめのない事柄でも、こうして親しく語り合っておりますと、私たちの間には言うに言われぬ楽しさがこみ上げてくるのでした。

 ここで一つ変わっているのは、私たちがほとんど現世時代の思い出話をしなかったことで、もしひょっとそれをやろうとすると、何やら口が詰まってしまうように感じられるのでした。
 それで、自然と私たちの対話は死んでから後の事柄に限られることになりました。私が真っ先に訊いたのは、夫の死後の自覚の模様でした。
 「あなたがこちらでお気がつかれた時はどんな塩梅でございましたか?」
 「俺 (わし) は、実はそなたの声で眼を覚ましたのじゃ」
 と夫はじっと私を見守りながら、ポツリポツリ語り出しました。
 「そなたも知っているように、俺は自尽 (注・自殺) して果てたのじゃが、この自殺ということは神界の掟としては余り誉めたことではないらしく、自殺者はたいてい、皆いったんは暗い所へ置かれるものらしい。俺もやはりその仲間で、死んでからしばらくの間、何事も知らずに無我夢中で日を過ごした。もっとも俺のは、敵の手にかからないための、いわば武士の作法に適った自殺であるから、罪は至って軽かったようで、従って無自覚の時間もそう永くはなかったらしい。
 そうするうちに、ある日、ふとそなたの声で名を呼ばれたように感じて眼を覚ましたのじゃ。後で神様から伺えば、これはそなたの一心不乱の祈願が、首尾よく俺の胸に通じたものだそうで、それを知った時の俺の嬉しさはどんなであったか…。
 が、それは別の話、あの時は何を言うにも辺りが真っ暗でどうすることも出来ず、しばらく腕をこまねいて、ぼんやり考えているよりほかに道がなかった。そのうちにうっすらと光明が差してきて、今日送ってくださった、あのお爺さんの姿が眼に映った。どうじゃ、眼が覚めたか?  そう言葉をかけられた時の嬉しさ! 俺はてっきり自分を救ってくれた恩人であろうと思って、お名前は? と訊ねると、お爺さんはにっこりして、汝 (そち) は最早現世の人間ではない。これからわしの申すところを聞いて、 十分に修行を積まねばならぬ。わしは産土の神から遣わされた汝の指導者である、と申し聞かされた。
 その時わしはハッとして、これはもうぐずぐずしていられないと思った。それから何年になるか知れないが、いまでは少し幽界の修行も積み、明るい所に一軒の家屋を構えて住まわせてもらっている」
 私は夫の素朴な物語を大変な興味をもって聞きました。ことに、私の生存中の心ばかりの祈願が、首尾よく幽明の境を越えて、夫の自覚のよすが (助け・支え) になったというのが、世にも嬉しいことの限りでした。
 入れ代わって今度は夫の方で、私の経歴を聞きたいということになりました。それで、私は帰幽後のあらましを物語りました。
 私が生きている時から、霊視がきくようになり、今では座ったままで何でも見えると申しますと、
 「そなたは何と便利なものを神様から授かっているのであろう!」
 と夫は大変に驚きました。また、私がこちらで愛馬に逢った話をすると、
 「あの時は、そなたの希望を容れないで、勝手な名前を付けさせて大変にすまなかった」
 と夫は丁寧に詫びました。
 その他様々のことがありますが、そのなかでとりわけ夫が非常に驚きましたのは、私の龍宮行きの物語でした。
 「それはとんでもない面白い話じゃ。どうもそなたの方がわしよりも資格がずっと上らしいぞ。わしの方がもっぱらぼんやりしているのに、そなたはいろいろ不思議なことをしている」
 と言って、たいそう私を羨ましがりました。私も少し気の毒になり、
 「すべては霊魂の関係から役目が違うだけのもので、別に上下の差がある訳ではないでしょう」
 と慰めておきました。
 私たちは余りにも対話に身が入って、すっかり時の経つのも忘れていましたが、ふと気がついてみると、どこへ行かれたのか、二人の神さまたちの姿はその辺りに見当たらないのでした。
 私たちは、期せずして、互いに眼と眼を見合わせました。思い切って私はここに懺悔しますが、辺りに神さまたちの眼が見張っていないと感づいた時に、私の心の中が急にむらむらとあらぬ方向へ引きずられて行ったことは事実でございます。
 「久しぶりでめぐり合った夫婦の仲だもの、せめて手の先くらいは触れてもみたい…」
  私の胸はそうした考えで、いっぱいに張り詰められてしまいました。
 物堅い夫の方でも、うわべはしきりに堪えておりながら、頭の中はやはり在りし昔の幻影で充ちているのがよく判るのでした。
 とうとう堪えきれなくなって、私はいつしか切り株から離れ、あたかも磁石に引かれる鉄片のように、一歩夫の方に近づいたのでございます…。
 が、その瞬間、私は急に立ち止まってしまいました。それは、今まではっきりと眼に映っていた夫の姿が、急にスーッと消えかかったのに驚かされたからでございます。
 「この眼がどうかしたのかしら…」
 そう思って、一歩退いて見直しますと、夫はやはり元の通りのはっきりした姿で、切り株に腰掛けているのです。
が、再び一歩前に進むと、またもやすぐに朦朧と消えかかる…。
 二度、三度、五度、幾度繰り返しても同じことなのです。
 いよいよ駄目と悟った時に、私は我を忘れてその場に泣き伏してしまいました。

 「どうじゃ、少しは悟れたであろうが…」
 私の肩に手をかけて、そう言われる者があるので、びっくりして涙の顔を上げて振り返ってみますと、いつの間に戻られたのやら、それは私の指導役のお爺さんなのでした。私はその時、穴があったら入りたいような感じでした。
 「最初から申し聞かせた通り、一度逢ったくらいですぐ後戻りする修行は、まだ本物とは言われない」
 とお爺さんは私たち夫婦に向かって諄々(くどくど)と説き聞かせてくださるのでした。
 「そちたちには、姿はあれど、しかしそれは元の肉体とはまるっきり違うものじゃ。強いて手と手を触れてみたところで、何やらカサカサとした、ちょうど張子細工のような感じがするばかりで、そこには現世で味わったような甘みも面白味もあったものではない。 なお、そちはさっき、夫の後に付いて行って、昔ながらの夫婦生活でも営みたいように思ったことであろうが…、いや隠してもダメじゃ、神の眼はどんなことでも見抜いているから…、しかしそんな考えは早く棄てなければならない。もともと二人の住むべき境涯が違っているのであるから、無理にそうした真似をしても、それはちょうど鳥と魚とが一緒に住もうとするようなもので、ただ互いに苦しみを増すばかりじゃ。そちたちはやはり離れて住むに限る。
 が、わしがこう申すのは、決して夫婦間の清い愛情までも棄てなさいというものではないから、その点は取り違いをしないように…。陰陽の結びは宇宙万有の、切っても切れない貴い法則であるから、如何に高い神々であってもこの約束からは免れない。ただ、その愛情はどこまでも浄められて行かなければならない。現世の夫婦なら愛と欲とのふた筋で結ばれるのもやむを得ぬが、いったん肉体を離れたうえは、すっかり欲から離れてしまわなければならない。そちたちは、今まさにその修行の真っ最中、少しくらいのことは大目に見逃してやるが、あまりにそれに走ったが最後、結局幽界の落伍者として、亡者扱いを受け、幾百年、幾千年の後戻りをせねばならぬ。わしたちが受け持っている以上、そちたちに断じてそんな見苦しい真似はさせられぬ。これからそちたちはどこまでも愛し合ってくれ。が、そちたちはどこまでも清い関係を続けてくれ…」
 それからしばらくの後、私たちはまるで生まれ変わったような、世にも嬉しい、朗らかな気分になって、右と左に袂 (たもと) を別ったことでございました。ついでながら、私と、私の生前の夫との関係は、今もなお依然として続いており、しかもそれはこのまま永遠に残るのではないかと思います。が、むろんそれが互いに許し合った魂と魂との清き関係であることは、改めて申し上げるまでもないと存じます。

 私自身がこの「小桜姫物語」を最初に読んだのは、三十代後半のことでした。爾来(じらい)三十年、その最初の時も、そして今回改めて読み直した時も、やっぱりこのくだりになると深い夫婦愛を感じて、思わず涙してしまいました。私がとりわけ、この小桜姫に想い入れの深いわけについては、「あとがき」にて記しますが、それにしても、ついつい長い文章を引用してしまいました。ここでは、私如きの下手な注釈などはご遠慮申し上げ、皆さまの素直な受け取りにお任せしたいと存じます。

死産児との面会

 皆さんのなかで、死産児、いわゆる水子の経験をお持ちの方がいらしたら、心強い慰めにもなるはずの霊界通信があります。『ベールの彼方の生活』一巻の中から一部引用で紹介します。
 あるお母さんが、霊界に還ってから我が子と対面する感動的な場面です。

 第一に不思議に思ったことはその都市に子供がいることでした。なぜ不思議に思ったかと言いますと、それまで私は子供には子供だけの世界があって、皆そこに連れて行かれるものと思い込んでいたからです。最後に居残ってお話をしてくれた婦人はそこの母親のような地位にある方で、その他の方々はその婦人の手助けをされているらしいのです。
 私はその中の一人に、そこの子供たちがみんな幸福そうで愛らしく、こんな厳かな宮殿でいかにも寛いでいることには何か特別な理由があるのですかと尋ねてみたところ、大よそ次のような説明をしてくれました。
 「ここで生活している子供は死産児で、地球の空気を吸ったことのある子供とは性格上非常な違いがある。わずか二、三分しか呼吸したことのない子供でも、全然呼吸していない死産児とはやはり違う。それ故死産児には死産児なりの特別の養育が必要であるが、死産児は霊的知識の理解の点では地上生活を少しでも体験した子より速い。まだ子供でありながらこうした高い世界で生活できるのはそのためである。が、ただ美しく純粋であるだけでは十分とは言えない。ここで一応の清純さと叡智とを身につけたら、こんどは地球と関係した仕事に従事している方の手にあずけられ、その方の指導のもとに間接的ながら地上生活の体験を摂取することになる……」
 私は初めこの話を興味本位で聞いておりました。ところがその呑気な心の静寂をつき破って、この都市に来たのは実はそのことを知るためだったのだという自覚が油然(ゆうぜん)として湧いてきました。私にも実は一度死産児を生んだ経験があるのです。それに気がつくと同時に私の胸にその子に会いたいという気持ちが止めどもなく湧いて来ました。
 「あの子もきっとここに来ているに違いない」
 そう思うや否や私の心の中に感激の渦が巻きおこり、しばし感涙にむせびました。その時の気持ちはとても筆には尽くせません。そばに仲間がいることも忘れて木陰の芝生にうずくまり、膝に顔を押し当てたまま、湧き出る感激に身を浸したのでした。親切なその仲間は私の気持ちを察して黙って私の肩を抱き、私が感激の渦から脱け出るのを待っておりました。
 やがて少し落ち着くと、仲間の一人が優しくこう言ってくれました。
 「私もあなたと同じ身の上の母親です。生きた姿を見せずに逝ってしまった子を持つ母です。ですから今のあなたのお気持ちがよく判るのです。私も同じ感激に浸ったものです。」
 それを聞いて私はゆっくりと顔を上げ、涙にうるんだ目をその友に向けました。すると友は口に出せない私の願いを察してくれたのでしょう。すぐに腕を取っていっしょに立ち上がり、肩を抱いたままの姿勢で木立の方へ歩を進めました。
 ふと我に帰ってみると、その木立の繁みを通して子供たちの楽しそうなはしゃぎ声が聞こえてくるではありませんか。多分私はあまりの感激に失神したような状態になっていたのでしょう。まだ実際に子供に会ってもいないのにそんな有様です。これで本当に会ったら一体どうなるだろうか…私はそんなことを心配しながら木立に近づきました。(中略)
 地上にいた時の私は死産児にも霊魂があるなどとは考えてもみませんでした。ですから、 突如としてその事実を知らされた時は、私はもう…ああ、私にはこれ以上は書けません。 どうかあとは適当に想像しておくれ。とにかくこの愚かな母親にも神はお情けを下さり、ちゃんと息子に会わせてくださったのです。私がもっとしっかりしておれば、もっと早く会わせていただけたでしょうにね。

 いまの話のように、霊界にはちゃんと保育園が用意されています。そこでは赤ちゃんの世話の得意な女性霊が保育にあたっています。ですから、水子であったとしても、あるいは産まれてすぐになくなった子供だったとしても、霊界に還ったらいつかは会えるのです。母と子の対面が用意されているのです。
 また、オギャーと泣いて地上の空気を吸ってから亡くなった子供と、一度も空気を吸うことなく亡くなった子供とでは、その魂の持つ、たくましさが全然違うと言います。一度でも泣いた子供は例えすぐに霊界に還ったとしても、やはりそれだけ元気なのだそうです。それを考えたら、如何にこの地上での体験が霊魂の鍛錬になっているかということがよく分かります。
 ですから、死産児と、一度でも地上の空気を吸い込んでから亡くなった赤ちゃんとは、 霊界での保育園が分かれるということです。
 先ほどの「間接的ながら地上生活の体験を摂取する」とは、例えば幽界の保育園の保母さんに当たる指導霊が、死産児霊を地上圏に連れて来て、産まれたばかりの赤ちゃんと遊ばせることもその一つです。われわれ大人には見えないでしょうが、幼児はまだ霊の目が開いているので、そうやって訪ねてきた幽界の赤ちゃんたちと、地上で産まれて間もない赤ちゃんが遊ぶのです。
 西洋では、赤ちゃんが誰もいないはずの空間に向かって微笑んだり笑ったりしている表情を「エンゼルスマイル」と言いますが、それは幽界の保育園からの訪問者と赤ちゃんが睦まじく戯れているときの喜びの姿であると想像したら楽しいですね。
 ただ、すべての水子が幽界の保育園に入るかというとそうでもありません。なかには、 その時代に生まれることを希望する霊は、もう一度おなじ両親のもとに生まれようとします。だとしたら、その次に生まれた子供が、以前の死産児と同じ霊魂である可能性もあります。あるいはその母親が肉体的に無理だったら、別の両親で、似たような境涯のもとに生まれようとします。このようなケースもあることを付け加えておきます。
 もう一つ付け加えますと、スピリチュアリズムの霊界通信のなかには、日本の宗教や霊能者が言うような「水子供養」の必要性はまったく出てきません。それは今も話しましたように、すべての水子霊たちが幽界の保育園で手厚く保護、指導されているからです。

幽界の保育園と小学校

 幽界の保育所・学校ということでは、同じような話が日本の霊界通信にも登場します。
 『新樹の通信』から浅野先生と新樹氏との質問応答です。

 「幼少で死んだものが幽界でどんな生活をしているか、ひとつその実況を見て来てくれないか?」
 「承知しました。ひとつ守護霊のお爺さんに頼んでみましょう。
 (五、六分の後)ただいま見せてもらいました。赤ん坊でも、小さいながらわれわれと同じ修行をさせられて心と姿も発達するのですね。地上の子供のように迅速ではないが、やっぱり同じような感じで大きくなるのですね。
 僕の行った所では、五十歳くらいの女性が二、三人いて、それが子供たちの世話をしていました。子供の人数ですか? 人数は五、六人で、三歳から四、五歳くらいの男と女の子が一緒にいました。抱かれたり、何かしたりしている様子は現世とちっとも変わりません。
 場所はあっさりした家の中ですが、どうも幽界の家屋は、どれもみんな軽そうに見えます。ずっしりと重そうな趣がなく、なにやら芝居の道具のような感じがしますね。
 僕はお爺さんに向かって、これらの子供が学校へ行く年齢になればどうなるのかと訊ねてみましたら、お爺さんは早速僕を学校のような場所へ連れて行って、見学させてくれました。学級の生徒は二十人くらいで、やはりここでも男女共学の教育をしていました」
 「他にも組がいくつもあるのだね?」
 「いろいろの組に分かれています。何を標準として学級を分けるのかというと、それは受け持ちの教師のすることで、主として子供が死ぬ時に、因縁によって導いてくれた神とか仏とかに相談して、充分調査のうえで実行するらしいのです。もっとも、宗教的区別などはある程度までの話で、上の方に進めばそんな区別はすっかり消滅するそうです」
 「科目はどんな風に分かれているか?」
 「現世とは大分違いますね。算数などはまったく不必要で、その他、地理も歴史もありません。幽界でいちばん重要視するのはやはり精神統一で、これをやると何でも分かってくるのです。音楽や文芸なども、子供の天分次第でわけなく進歩するようです。学問というよりも、むしろ趣味に属するでしょう。趣味があればいくらでも進歩するが、趣味がなければまるっきりだめです。ですから、子供たちは一室に集まっておりながら、その学習する科目はめいめい違います」
 「生徒たちの服装は?」
 「みんなまちまちで一定していません。帽子なども被っていませんでした」
 「書物や黒板もあるのか?」
 「みんな一通り揃っています。子供が質問すれば教師はそれに応じて話をするようです」
 「教師はどんな人物だったか?」
 「三十歳前後の若い男でした。お爺さんに訊いてみると、この人は生前に子供を持たなかった人だそうです。つまり、生前子供の世話をしなかった埋め合わせに、幽界で教員をやりたいという当人の希望が、神界から聞き届けられたのだそうです。で、僕なんかもその部類に属しませんか、と試しにお爺さんに訊いてみたら、お爺さんはただ、『そうだなあ』 と言っておりました」
 「話は少し後戻りするが、赤ん坊が死んだ時に、どういう具合でいるものなのか、ひとつ世話役の女性に訊いてもらえないか?」
 「承知しました。……女の人はこう答えます。赤ん坊は少しも浮世の波にもまれず、従って何らの罪も作らずに現世を去ったのであるから、神さまの方でも、ごく穏やかに幽界に引き取ってくださる。つまり現界から幽界への移り変わりがなだらかで、そこに死の苦痛も悲しみもなく、ほとんど境遇の変化を知らずに、すらすらと成長を続けるのだということです。永く地上に生きていると、自分ではその気がなくても、知らないうちに罪を作りますが、赤ん坊にはそれがありません。赤ん坊が楽なのは当然だと僕も思いますね。へたに中年で死ぬより、赤ん坊で死んだ方が幸福かも知れない…」
 「赤ん坊は乳を飲みたがるのではないのか?」
 「最初は保母が乳房をふくませるそうです。もっとも乳が出るわけではなく、また乳を飲む必要もない生活なので、子供の方でもだんだんその欲望がなくなってくるそうです」
 「幽界の子供の発達が遅いのは何故だろう?」
 「子供の発達にはやはり現世の生活の方が適当なのでしょうね。幽界でも成長することはするが、現世に比べるとずっと遅いということです」

 神は水子であろうが、幼児であろうが、年齢に分け隔てなく、すべての存在に慈愛の手を差し伸べてくださっているということです。

仏教信者のその後

 地上世界で宗教を熱心に信仰した人たちのその後はどうなっているのでしょうか?
 もちろん、簡単に言いますと、幽界に還った最初のうちは、地上と同じような信仰生活を続けます。法華経を信じて毎朝、毎晩、「南無妙法蓮華経」のお題目を上げ続けた人は、 幽界に行っても、同じように毎朝、毎晩どころか、一日中上げ続けるでしょうね。
 何故なら、そのお題目が自分を救ってくれると信じ込んでいたのですから、幽界での様子が分からなくて迷いの道に入り込みますと、なおさら「助けてください」という気持ちになってお題目にすがるからです。
 そのような実例が『新樹の通信』にもありますから、少し整理して紹介しましょう。
  新樹氏が指導霊のお爺さんに、「生前、既成宗教を熱心に信仰した人たちが、その後幽界に来てどんな生活をしているのか、また、今どんな考えを持っているのかを知りたい」 と頼んだら、ちょうど良い人 (菊池さん) を紹介してくれたのです。そして、実際に自宅に招いて会談しました。
 その時の様子を、例の通り、浅野親子の会話でお父さんが問いかけていきます。

 「菊池さんは、よほど堅い法華の信者だったのかな?」
 「そうらしいです。平生から血圧が高く、医者から注意されていたので、それで仏の御力にすがったらしいです。が、それが為に格別病気がよくもならず、また悪くもならず、 そしてとうとう脳溢血で倒れたというのです」
 「脳溢血で急死したのでは、相当永く自覚できなかっただろうね」
 「ええ、何年無自覚でいたか、自分にもさっぱり見当がつかないと言っていました。ところが、ある日遠くの方で、菊池、菊池と名前を呼ばれるような気がして、ふと眼を覚ますと、枕元に一人の白衣の神さんが立っていたそうで、その時はずいぶんびっくりしたと言います。ともかくもおじぎをすると、お前は仏教信者として死んだが、仏教の教えには、 大分方便が混じっているから、その通りにはいかない。こちらの世界には、こちらの世界の、不動の厳格な決まりがあるから、素直に神の言うことを聞いて、一歩一歩着実に向上の道を辿らなければならない。お前のように、いちずに日蓮に導かれて、何の苦労もなく、 すっと極楽浄土に行って、ボンヤリ暮らそうなどと考えても駄目である…。ざっとこんなことを言い聞かされたそうです」
 「菊池さんは大分あてが外れたわけだな…」
 「大いにあてが外れて憤慨したらしいです。何しろ相当我の強い人ですから、さんざん神さんに喰ってかかりました。信仰は各人の自由である。自分はかねて日蓮様を信仰したものであるから、どこまでもそれで行きたい。そのお導きで、自分はきっと極楽浄土へ行ってみせる…と」
 「法華信者はなかなか堅いからな…。先入観というものは容易に取れるものではない」
 「なかなか取れないものらしいです。とにかく何と言われても、菊池さんががんばって聞かないものですから、神さんの方でも、とうとう本人の希望通りで、仏教式の修行をさせたそうです。そこが有難いところだと思いますね。神様は、決してその人の信仰に逆らわないで、導いてくださるのですね。僕なんか気が短くて、下らないことを信じている人を見つけると、すぐ訂正してやりたくなりますが、結局それではダメらしいです。間違った人には、そのまま間違わせておいて、いよいよどうしようもなくなった時に、初めてほんとうのことを説明してやる…、どうもこれでなければ人を導くことは出来ないようですね。菊池さんもその手で教育されたらしく、やがて一人の坊さんの姿をした者が指導者となり、一生懸命にお題目を唱えながら、日蓮上人を目標として、精神の統一を図るように仕向けられたと言います。そして、その間には、日頃お説教で聞かされたような、ずいぶん恐ろしい目にも遭わされ、亡者のウヨウヨしている暗い所を引っ張りまわされたり、生ぬるい風の吹く不気味な砂漠を通らせられたり、とても歩けない険しい山道を登らせられたり、獰猛な天狗にさらわれそうになったり、またメラメラ燃える火炎の中をくぐらせられたり、その時の話は、とても口では述べられないと言っていました。とにかくこれには、 さすがの菊池老人も往生し、はてな?と少し考えたそうです。自分は決してそれほどの悪人ではないはずだが、どういうわけで、こんな恐ろしい目にばかり遭わされるのだろう?
 ことによると、これは心の迷いから、自分自身で造り上げた幻覚に苦しめられているのではないだろうか…。なんぼなんでもあんまり変だ…」
 「なかなかうまいところに気がついたものだ。近頃マイヤースの通信を見ると、帰幽直後の人たちは、たいてい夢幻境に住んで居るというのだ。つまりそれらの人たちは、生前頭に染み込んでいる先入的観念に捕えられ、その結果、自分の幻想で築き上げた一つの夢幻境、仏教信者なら、うつらうつらとして、蓮の台 (うてな) などに乗っかっているというのだ。そんなのは一種の自己陶酔で、まだ始末の良い方だが、困ったことに、 どの既成宗教にも、地獄式の悪い暗示がある。菊池さんなども、つまりそれで苦しめられたわけだろう」
 「そうらしいですね。とにかく菊池さんが変だと気が付くと、その瞬間に、これまでの恐ろしい光景は払うように消え、そして法衣を着た坊さんの姿が白装束の神さんの姿に変わったと言います。菊池さんはつくづくとこのように述懐していました。
 先入観というものは実に恐ろしいものだ。娑婆にいる間はそれほどでもないが、こちらの世界は、すべて観念の世界であるから、間違った考えを抱いていれば、全部がその通り間違ってきてしまう…と」

 仏教もすべてがウソというわけでもないのですが、霊界のほんとうの現実とは大分違うということです。人間の知識や智慧がまだ足りなかった時代には、方便としての教えで良かったのかも知れませんが、いまの人たちにはもう時代遅れということですね。現に、この菊池さんも、「南無妙法蓮華経」のお題目では救われなかったばかりか、地獄思想のおかげで苦しめられてしまい、そのために幽界での進歩が遅れてしまいました。彼は早くに気付いたから良かったようなものの、いまでも多くの仏教信者たちが幽界でこんな怖い目に遭わされているのです。

キリスト教信者のその後

 仏教信者の次にはキリスト教の信者がおいでになって、幽界に来てからの体験を話してくれました。
東京に住んでおられた櫻林さんという女性の方で、昭和の初めに夫と一人の子供を遺して幽界へ来られたということです。亡くなられてから、この通信が為されるまでに、地上の時間で十年ほどの幽界生活を過ごしておられました。一その櫻林婦人の述懐です。
 
 私どもは堅いキリスト教の信者でございまして、ことに病気に罹ってからは、いっそう真剣にイエス様の御手にすがりました。私のような罪深い者が、大した心の乱れもなく、安らかに天国に入らせていただきましたのは、まったくこの有難い信仰のおかげでございます。
 実は、私は在世中から、幾度も神様のお姿を拝ませていただきました。一心にお祈りしておりますと、夢とも現 (うつつ) ともつかず、いつも神さまの御姿がはっきりと眼に映るのでございまして、その時の歓びは、とても筆にも口にも尽くせません。そんな時には、 私の肉体は病床に横たわりながら、魂はすでに天国に上がっているのでございました。

  (あなた様の現在の境遇は、生前からそのように神さまの御姿を拝んでいたくらいですから、さぞご立派なことでしょうね、という問いかけに対して)
 ところが、こちらに来てみると、なかなかそうではないから煩悶しているのでございます。
 私が人事不省に陥っておりましたのは、どれほどの期間か、自分には見当も取れませんでしたが、とにかく私は誰かに揺り動かされて、びっくりして眼を開けたのでございます。
  辺りは夕闇の迫ったような薄暗い所で、詳しいことは少しも分かりませんが、ただ私の枕元に立っている一人の天使の姿だけは、不思議にくっきりと浮かんでおります。
 「はて、ここはどこかしら?」
 そう私がいぶかりますと、先方は早くもこちらの胸中を察したらしく、
 「そなたは最早現世の人ではない。自分はイエス様から言いつけられて、これからそなたの指導に当たる者じゃ」
 と言われました。
 かねがね死ぬ覚悟は出来ていた私でございますから、その時の私の心は、悲しみよりもむしろ歓びと希望とに充ちていました。
 私は言いました。
 「天使さま、どうぞ早く私を神様のお側にお連れくださいませ。私は穢れた現世などに何の未練もありません。私は早く神さまのお側で、御用を勤めたいのでございます」
 すると天使は、いかにも厳かなお声で、
 「そなたの見苦しい身を以っては、まだ神のお側には行かれぬ。現在のそなたに大切なことは、心身の浄化じゃ。それが出来なければ一歩も上には進めぬ」
  とおっしゃられるのでした。
 これが実に私がこちらの世界で体験した、最初の失望でございました。
 イエス様におすがりさえすれば、すぐにも神様の御許へ行かれると教えられていたことが嘘だったのでございます。私の境遇は天国どころか、暗くて、寂しくて、どうひいき目に見ましても、理想とは遠いものなので、それからの私はずいぶん煩悶致しました。のみならず、いったん心に疑いが芽生えると同時に、あとに残した夫のこと、子供のことなどが、むらむらと私の全身を占領して、居ても起ってもいられなくなったのでございます。
 つまり私の信仰は、死ぬまでが天国で、後はむしろ地獄に近かったのでございました。
 私を指導してくださる天使さまも、こう言われました。
 「そなたは煩悶するだけ煩悶し、迷うだけ迷うがよいであろう。そうするうちに、心の眼が次第に開けてくる…」
 最初はずいぶん無慈悲なお言葉と怨めしく思いましたが、しかしそれがやはり真実なのでございましょう。私は天使様の厳格な指導のおかげで、近頃はいくらかあきらめが付き、 一歩一歩に心身の垢を払おうと考えるようになりました。

 このキリスト教信者の櫻林さんも、まだ既成宗教の間違った教義、例えば、「イエスのみが神の子である」というような、本質の間違いまでは気付いていなくて、精神統一の修行の際には、イエス・キリストの御神像に向かって一心に祈るということを続けていたのですが、その後の指導霊の導きで、キリスト教でもなく、仏教でもなく、宇宙普遍の法則の存在することに気付かれました。そして、ようやく既成宗教のタガを外すことができたのです。
 ここで皆さんに知っておいて頂きたいのは、既成宗教で教えている、幽界、霊界、極楽、 天国などの情報は間違っているということです。菊池さんと櫻林さんの体験がそのことを如実に物語っています。
 それでも霊界側では、本人がそのことに気付くまで、仏教徒には坊さんの姿をした指導霊を遣わし、キリスト教徒には天使の姿の指導霊を付けてくださるということです。こういう摂理を地上で生きているうちから知っていたら、それだけ幽界に還ってから怖い想いをしなくて良いし、また悩み苦しまなくてすむということになりますね。

英国の信者の場合

 先の法華信者とキリスト教信者の二人は日本人でしたが、『死後の世界』の中には、英国人の信者のケースがあります。
 この英国人Aさんも、自分は立派な信者だと思っていたのに、それが幽界の下層に編入されたので、霊界の学校の先生に喰ってかかったというのです。その様子をワァド氏の叔父さんが報告してくれました。

 先生はAさんに向かってこう言われたそうじゃ。
 「あなたが真の信者ならここへは来ないはずじゃ。あなたは自分では立派な信者と思っていたであろうが、しかし信仰というものは、ただ口頭で信ずるだけではいけない。心から信仰を掴まなければならない。もしあなたが真の信者であったなら、地上であんな生活を送るはずがない。自分で信者と思っていた者で、現在地獄に堕ちている者は大勢いる。 真の信仰は実行の上に発揮されるべきである。それでなければ真の信仰ではない。これは必ずしも、神を信じる者が罪を犯さぬという意味ではない。信仰ある者でも、犯した罪のために苦しむこともあるであろう。人間は、如何なる思想、如何なる行為に対しても責任がある。が、いずれにしても、真の信仰を持つということが根本である。霊界では他人をあざむくことはできない。いや、自分自身をもあざむくことはできない。あなたは半分だけ信じたから、この境涯に置かれたのだ。もし、少しも信仰がなかったなら、地獄に送られたであろう。まぁ、せっかくだから勉強なさるがよい…」
 これにはさすがのAも一言もなかったそうじゃ。
 あの男の霊界に於ける進歩は、あまり早いとは言えないな。Aは何分にも血気盛りで、 狩猟だの、酒だの、金儲けだのという物質的な快楽に捕らわれている最中に死んだものだから、現世の執着がなかなか抜け切れない。
 むろん、あの男は地縛の霊魂ではない。地縛の霊魂なら霊界のここには居られない。が、 どうも地上がまだ恋しくてしょうがないようじゃ。時々、学校をなまけて地上に降りて行き、昔なじみの女やら、レストランなどをチョイチョイ訪れている模様がある。地縛の堕落霊が淫らな真似をしたさにうろつきまわるのとは大分訳がちがうが、どうも昔馴染みの人物や場所に対する一種の愛着が残っているらしい。
 決して悪い男ではないのだから、早くそんな真似さえ止めたら進歩がずっと早くなる。 しかし当人自身も言っているように、Aは少なくとも三十年ばかり死ぬのが早すぎたのかも知れない。従って、三十年くらいは途中でまごつかなければならないのだろう。

夢幻境

 話のついでに、先ほどの法華信者の話の中に出てきた「夢幻境」について、詳しい霊界通信がありますので、紹介します。
 『死後の生活』の中で、ワァド氏が、「夢を見る時に、私たちは幽界に行くのですか。それとも霊界の方ですか。それともまた、あちこちと行き来をするのですか?」と訊ねました。その質問に対する叔父さんの答です。

 いや、夢ほど種類の多いものはない。ある夢は単に人間の頭脳の産物に過ぎない。昼間考えたことを夜中にこねくり返したり、また根も葉もないことを勝手に築き上げたりする。大体、物質的に出来上がった人間はこんな性質の夢を見たがるが、それは、はなはだ下らないことだ。決してそんな夢を買いかぶってはいけない。
 ところが、夢を見たように考えていながら、実際には幽界に入っている者が案外たくさんいるものだ。なかには、霊界まで入って行く者もいる。お前なども、その極めて少数な者の一人だが、それが出来るのは、お前が霊媒的素質を持っているというだけでない。それより肝要なのは、私がお前を霊界に呼ぶことじゃ。大概の人には、この特権がない。よしんば霊界に来られたとしても、お前のように、はっきりとした記憶を持って帰る者はほとんどいない。それが出来るのは、私たちがお前を助けるからじゃ。
 もっとも、霊界の経験は、もっぱら霊魂の作用に属することなので、幽界の経験よりも一層明瞭に心に浸み込みやすくなるものだ。幽界というものは、地上の物質界と似ている関係上、幽体と肉体とが結合した時に、ごちゃ混ぜになって訳が分からなくなる。
 とかく人間の頭脳は、幽界の色んな現象を物理的に説明しようとするから、かえって失敗するが、霊界のことになると、あまりにも飛び離れすぎているので、最初から匙を投げてしまって説明を試そうともしない。
 そんなことで、大概の人間は睡眠中に幽界旅行をやっていると思ってよい。そんな時、 幽体は半分寝ぼけた格好をして、幽界の縁 (へり) をぶらぶらとうろつきまわる。だけど、体と結び付けられているので、どうも接触する幽界の状況がなかなか分からぬものらしい。
 また、あまりにも物質かぶれのした者の幽体は、往々にして肉体から脱け切れない。脱けられたとしても、あまり遠方までは出かけることが出来ない。しかし、こんな理屈を並べているよりも、実地に幽界に出かけて行き、地上から出かけて来るお客さんに逢った方が面白いだろう。

 そんなわけで、この後、叔父さんに案内されての夢幻境見学となりました。
 「夢幻境」とは幽界の最下層、地上界とも接している「場」ですから、幽体で出かけることになります。しかし、叔父さんは以前に幽体を脱ぎ捨てていますので、一時的に、幽界にフワフワと飛び回っている幽界の物質を集めて、間に合わせの体を造ります。そんなわけで、ご本人は昔の自分の姿を思い出して造ったらしいのですが、どうも甥のワァド氏から見ると、どことなく違和感があったようです。
 それでも、二人で手を繋ぎ合って、虚空を突破し、やがて暗くもなく、また明るくもない、一種夢のような世界に来たのでした。
 「ここが幽界の夢幻境じゃ。そのうち、夢を見ている地上の連中がやって来るだろう」
 そこはいつまで経っても付近の景色がボンヤリと灰色の霧に閉ざされてはっきりとしません。微かに、山、谷、城、森、そして湖などが見えるだけです。でもこれはワァド氏の眼が明るい霊界に慣れていたものですから、そのようにボンヤリと見えていただけなのです。明るい世界を知らない者には、こんな所でもなかなか美しく見えるということです。
 「この夢幻境というのは、物質界と非物質界との中間地帯で、どちらの居住者にとっても、いくらか実態のない、物足りない感じを与える。夢幻境を組織している原質も、非常に変化性を帯びていて、そこに出入りする者の意思や気分次第で、勝手にいろいろな形態を取る。永遠に朽ちない形はみんな霊界の方に移り、ここにある形は極度に気紛れな、 一時的なものばかりじゃ。いや、向こうを見てごらん。地上からのお客さんたちが少し見え出した」
 夢の中で夢幻境に出かけてくる地上の霊魂と、本物の幽界居住者とは、人目見てはっきりと区別が付くそうです。それは、地上からの訪問者はいずれも背後に光の糸(シルバーコード)を引っ張っていることです。まだ地上では生きているのですから、幽界に来てもシルバーコードで繋がっているということですね。そして、そのコードは物質で出来た糸とは違って、どんなに他人のと混ざっても、もつれることがありません。他人の光の糸を突き抜けていきます。
 もう一つ地上からの訪問者に特徴的なことは、彼らの多くがみんな眼をつぶって、夢遊病者のように、自分の前に両手を突き出して歩いていることです。
 もっとも、みんながそんなことばかりではなく、なかには両眼をカッと見開き、誰かを捜すような感じの人もいます。あるいは、のんきな顔つきで、不思議な景色に見とれているような人たちもおります。
 人々の種類も、老若男女、時には動物さえもいたりして、なんとも賑やかな集団です。
 なかには、夢の中で亡くなった我が子と対面している光景もありました。
 ワァド氏が一人の女性の状態を注目していた時のことです。
 この女性の前には、一人の子供の幻影が漂っていましたが、それが先へ先へと逃げるので、女性は泣きながらどこまでも追いかけました。すると、にわかに子供のほんとうの幽体が現われ、それと同時に先の幻影は消えてしまいました。母親は歓喜の声を上げ、両手を広げて愛児の幽体を抱きしめ、その場にペタペタと座り込んでしまいました。そして、 何かを話しかける様子は地上での母と子がやるのと少しも変わりません。この子供は六歳くらいの男の子でした。死んだ我が子と夢の中で逢っていたのでした。
 このようにして夢の中で夢幻境を訪れた人たちも、やがては自分の肉体へと帰ります。生きている人の幽体が肉体に入る時は、人が眠りにつく時の気分とそっくりだそうです。
 そして、目覚めた後では、幽界で大事な人たちと実際に逢っていたことなど理解もできなくて、ただ単に、「夢で我が子に逢えた」としか考えないものなんです。でも、ほんとは実際に逢って、そして会話を交わしていたことも多いのですよ。
 ワァド氏が連れて行ってもらった、幽界の入り口辺り、「夢幻境」での光景でした。

 この夢幻境には、ある程度まで地上と同じような場所が存在します。ですから、ワァド氏と叔父さんが訪問した幽界はロンドン付近で、たくさんの人たちがおりましたし、またその風景も、ある程度まで地上界のロンドン辺りと似ているわけです。
 でも、そうかと言って、そっくりそのままということでもありません。幽界の自然の山河は、たくさんの層から成っていて、同じ地方でも、それぞれの年代に応じた光景が存在するのです。
 このことは、例えば、東京で考えてみると、大都会の姿を見せる幽界・東京もあるでしょうし、ずっと以前には幽界・江戸という光景もあるはずです。もっと古くには、葦の原や雑木林が広がる広大な武蔵野丘陵でもあったわけです。
 ですから、地上に存在したことのある家や山河が、大体そのまんま幽界にも保存されていると考えてよいでしょう。
 そして、往時の人たちが、まだ幽界の居住者としてそこに住んでいるのです。もしも成長の遅い人たちがいたら、いまだに幽界の江戸の町で住んでいることになります。

幽界での移動手段

 幽界や霊界では、どのような手段で移動するのでしょうか?
 霊界通信を整理してみると、三つの方法があるようです。
 まず一つ目は、やはり地上と同じように歩き回るという方法です。あの世にも地面があるなんて知らない人には、さっぱり想像も付かないでしょうが、幽界にもちゃんと地面があるのです。もちろん、山も、川も、海もあります。暗黒界以外には草や樹木、そして綺麗な花々もあります。ですから、この世と同じように、歩いて移動できるのです。
 二つ目には、地上と同じように、自動車を使って移動することもできます。もっともこれは近代の自動車社会に育った人、しかも運転免許証を取得して実際にドライブを楽しんだ人たちに限られる移動手段ですが…。
 江戸時代の人たちに車を見せても、それが交通に使われるということも分かりませんし、ましてや、どこをどう操縦すれば動くのかさえ分かりません。それに対して、運転の経験がある人は、車の機能を熟知しています。ハンドルを動かして方向を変え、アクセルを踏んでスピードを上げる。そうしたイメージが即湧いてくるわけです。霊界は想念の世界、はっきりとした想念を持てる人には簡単なことですが、想像もできないような人にしたら、車の形も造れないし、動かせることもできないのです。
 そして、幽界の生活になれてくると、飛んで移動することもできるようになります。これが三つ目の移動手段です。もっとも、この方法は歩くよりも骨が折れることなのですが、 ただ飛んだ方が速く行けるし、それに場所を探すには上空から見たほうが判りやすいということです。
 飛行のスピードも、地上世界の飛行機操縦士と同じで、やはり熟練した人の方が速く、 そして遠くまで素早く飛べるということです。
 ある霊界通信では、指導霊の背中に乗って、林の中を飛び回る様子があるのですが、あまりにも速いスピードで木々の中を飛び回るものですから、幽界初心者の霊は目が回って気分が悪くなったとあります。
 そして四つ目、最速の移動手段は「精神統一」による移動です。これがいちばん速い方法ですね。なんと言っても、想った瞬間に、その行きたかった所へ瞬間移動しているのですから…。
 トーマスの『死の彼方の夜明け』の中にある、トーマスの友人霊からの通信です。

 間もなく私は自由に行動できるようになりましたが、歩いてみて初めて地上と違うところを発見しました。
 建物の様子や家財道具などは地上と少しも変わりませんが、目的地に行くのにいちいち足を使わなくても、ただ目をつぶって精神を統一すれば、いつの間にかそこに来ているのです。
 初め、私が歩こうとしたら、指導霊からこう言われました。
 「いま誰かのところへ行く用事ができたとする。が、歩いてはだめだ。足を使わずに行く。 それにはまず頭を鎮め、その頭の中でその人のことだけを考える。次にその人のところへ行こうという意思を働かせる。それだけでよい。気がついたら、ちゃんとその人のところに来ている」
 この説明に間違いないことは間もなく判りました。何か知りたいことや見たいものがあるときは、歩いて行くのもいいですが、それではまどろっこしくていけません。そんな時はよく地上で練習したのと同じ要領で精神を統一します。するとアッという間に目的地に着いております。同伴者がいれば同じことを一緒にやります。
 帰る時も同じようにやります。家のことを念じるともう帰っているのです。面白いので、 何回も行ったり戻ったりして遊びました。

庭園造り

 同じく『死の彼方の夜明け』の中に、幽界での庭園造りの話があります。通信霊は、地上時代に園芸を専門にやっていたホーキングス霊ですが、霊界での意念の活用法がよく分かる話です。
 そして、地上時代に、ある一つの職業のベテランであった人は、霊界でもまたその分野の才能を発揮して、皆さんの為に尽くせるということでもあります。

 では私の話を聞いていただきましょうか。先日とても面白い体験をしたのです。
 私はこちらに来て間もなく、ある一家の庭園の世話を言いつけられました。その一家は、もちろん一人ずつ前後してこちらへ来たわけですが、ちょうど私の界で家族の者全部が一緒になったわけです。そこで庭園を造ろうという話が出て、私がその指導をすることになったのです。こちらでの私の仕事は、本当に庭造りに興味を持っている人、あるいは園芸の鑑賞力を持っている人のために、前以て庭園を造っておいてあげることです。
 その一家の世話は私もまったく予期していませんでしたので、突然指導霊から言いつけられた時は本当にびっくりしました。が、その家へ行ってみて尚更おどろきました。
 でたらめもでたらめ、それこそお話にもならない庭の様子だったのです。一人がバラを植えようとし、もう一人がヒエン草を植えようと考える。その念が同じ場所に働くものですからゴチャゴチャになるわけです。いつの間にかバラ園のド真ん中にリラの木が立っていたりすることもあります。まるでツギハギだらけの敷物のようで、見られたものではありません。
 一人が畑の真ん中に細い道を造っていると、いつの間にか、その道に石ころが積み上げられています。ロックガーデンを造りたいという意念がそうさせるわけです。
 そうみているうちに、今度はそのド真ん中が泥沼になっていきます。誰かが睡蓮を植えようと考えているのでしょう。
 その様子を見ていた私は思わず、「ヤレヤレどうしましょう」と叫んでしまいました。 しかし、相変わらずみんな自分の想い通りにやろうとして一歩も引きません。そこで私は、 みんなにいったん手を引くように説得して、庭にあったものを全部取り払ってしまいました。
 壊してしまったわけではありません。新参者にそんなことをしたら、せっかく出始めた創造力の芽を摘み取ってしまいますから、しばらく別の場所に移したのです。お粗末とは言え、せっかくの創造物なのですから、一応尊重してやらねばなりません。
 でも、ずいぶんとひどい状況であることを皆に説得して、その後では庭にあるものを一応取り払ってしまいました。みんな口々に、「せっかく造ったのに」と言って不服そうでしたが…。
 それから私はこう言ってやりました。
 「バラ園を造る時はバラ園のことだけを考えなさい。バラ以外のことは絶対に考えないように。そしてバラ園の格好がついたら、次に芝生のことを考えなさい。もちろんその時は芝生以外のことは一切考えてはいけません」
 そう注意しておいて、私は仕事をバラ園、芝生、顕花潅木という風に分け、それを家族一人ひとりに分担してやりました。そして、ロックガーデンのことは後回しにして、しばらく自分の意念を集中するように言いつけました。
 さて、そうやって一人ひとりに仕事を分担させておいて、大体の形が出来上がったところで、それを順々に庭へ置いていきました。まず芝生を作り、その中にバラ園を置き、次に睡蓮池を適当な場所に据えました。
 間もなく通用路が出来上がったので、中途半端だった睡蓮池を仕上げ、最後にロックガーデンを拵えてみました。
 家族の人たちは私の仕事ぶりを観察しておりましたが、非常に感心したらしく、また出来上がった庭園がいかにも気に入った様子でした。これがこの一家にとってよい教訓となったことは言うまでもありません。庭園についてのいさかいも、もうないでしょう。
 もちろんこの庭造りは、その一家がこちらへ来て間もない頃のことだったのですが、私にとっては、こちらでやった仕事の中ではいちばんの難儀でした。何しろ、芝生を綺麗に手入れして、やおら振り返ってみると、いつの間にか石ころが転がっていたりするのですから。誰かが石ころのことを考えたからです。
 私には誰が念じたかすぐ分かるので、すぐにそのことを注意してやります。実際しゃくにさわりますよ。あなただって、せっかく芝刈機できれいにしたあとに石ころを投げ入れられたら面白くないでしょう。その気持ちと同じですよ。そんな時は、やった者に始末させます。もちろん意念でやらせるのです。いい勉強になりました。

間違った教えを遺した教祖の行き先

 私は常日頃から不思議で仕方のないことが一つあります。それは、あれだけ真理だの、 神の法則だのと説いている宗教の教祖たちが、その真理に反することを平気でやっていることです。
 山村さんも、幸○の科学の大○隆法については、「高橋信次先生の教えを勝手に利用して間違った宗教団体を造ってしまった」と大いに憤慨しておりました。
 これはその教団の信者から聞いた話です。
 ある時に、信者が大○総裁に向かって質問したのだそうです。
 「総裁の教えは高橋信次先生の教えとまったく同じですね」と。
 そしたら彼は何と言ったと思います?
 「それは当然のことです。高橋氏が地上で活動していた頃、天上界で彼の指導霊をしていたのがこの私なのですから…」
  なんと頭の良い方かと思いますが、年代的に考えてもそんなはずはないですよね。そしたら彼はまたこう言うのではないでしょうか。
 「私の本体は地球も造ったほどのエルカンターレという大いなる宇宙神なのだから、地上界と天上界とで同時に活動できるのです」と。
 最初には真理の通りに、「神は形でない」と説きながらその後には各地に神殿を造り、ついには政界進出の資金としてご利益願望の御札を売り始めました。一枚が二十万円もするようです。
 ある宗教評論家に言わせたら、「往時のオウム真理教に似たような危険性を感じる」と評していましたが、その通りですね。
 そこで私の不思議に思うことなのですが、彼も最初には真理を学んだはずです。そしたら、ご利益信仰の間違い、偶像崇拝の間違い、ましてや教祖の自分を信者に拝ませることの間違いなどは知っているはずです。そうした間違った教祖が、死後にどのような恐ろしい世界に堕ちるかも充分に知っているはずなのです。
 なのに、堂々と間違った教祖活動を続けているのには、あきれてしまいます。
 私は以前にはお節介が強かったものですから、幸○の科学の指導者格の人と論争したことがあります。その時に、
 「地上の人間的な存在である大○総裁が、神であるはずがないでしょう?」
 と質したのですが、その人曰く、
 「いや、その観念を乗り越えるのが真の信仰なのだ。彼を神として信じられない黒木さんは、死んだら地獄に堕とされますよ」
 ということでした。だから、彼らから観たら、私は地獄に堕ちるべき悪霊ということになりますね。何とも哀れな信者たちです。
 今、一つの例として幸○の科学を取り上げましたが、他にも間違った宗教を数え上げていったら枚挙にいとまがありません。そして、そのような間違った教えを地上に遺して死んで行った教祖たちは、その後どうなると思いますか?
 これは霊界通信にもよくあることですが、そうした教祖は、霊界に還った自分の信者が、 ほんとうの真理に気付いて光の世界に上がっていくまで、教祖自身の成仏は許されないと言われています。すべての信者がホントのことに気付いて成仏するまでです。ですから大変ですよ。
 「私が間違っていた。早くほんとうの事に気付いて上がってください」
 と、一人ひとりに謝っていかなければならないのですから…。
 でも、大きな教団で、その後も繁栄したとしたら、なおさら大変なことになります。次々と間違った思考の信者たちが霊界に入って来るからです。
 例えば、「お題目を唱えたら極楽に行ける」と教えられた信者は、霊界に還っても「南無妙法蓮華経」を唱え続けています。あるいは、「南無阿弥陀仏」を唱え続けています。 しかも、同じような教えを持つ教団の信者たちが団体を組んでしまいますから、余計気付きが遅れることになります。こうなるともう教祖は半永久的に成仏できないことになりますね。
 神や仏の名を使って金儲けすることほど、霊的な摂理から観て罪なことはないでしょう。世間には「宗教ビジネス」という言葉もありますが、そのような我欲に走った霊的な指導者は、間違いなく邪霊や悪霊の餌食になります。ならないはずがありません。ですから、 そのような指導者のなかには、生きているうちに「統合失調症」になってしまい、信者の前に出られなくなる人も多いのです。
 例えば、某教団の教祖もそうでした。教祖自らが啓示を受けて、それを信者に伝える形式の宗教で、けっこう有名な教団だったのですが、もう十年近くも教祖が信者の前に登場しません。何故かと言うと、これはその教団の上層部に近かった人から聞いた話ですが、 もう気が狂ったようになってしまい、何重もの扉の奥の部屋から出て来られないのだそうです。いわゆる、悪霊に体を支配された状態で、自分が無くなってしまったのです。
 さすがに信者たちも異常に気が付いて、その後には大量の脱退者が出たそうですが、このように生きているうちから地獄に堕ち、死んでからも信者たちの更生へと追われます。決して、間違った教祖の行く末は安穏としたものではありません。
 また、教祖ではなく、信者の立場でも問われる罪は同じことです。もしも、過去に間違った宗教に入っていたことがあり、その後に脱退したとしても、当時自分が入信させた友人がいたら、今のうちに「ごめん、間違っていた」と謝り、その友人たちを脱退させることに努力してください。もしも、地上時代に叶わなかったら、霊界に還ってから彼らを探して、共に光の世界へと上がれるよう務めさせられることになります。

ほんとうの成仏と第二の死

 これまでに幽界生活の様子をいろいろな霊界通信から紹介してきました。これまでの情報で、私たちが地上の次に過ごす世界のことが大体お分かりになったことと思います。
 幽界の先にも、霊界、神界と、まだまだ永遠に私たちが生きていく世界はつながっているのですが、その深奥の世界のことを今ここで全部把握できなくても大丈夫です。また、 そんな簡単に理解できるほど、霊界は小さな世界ではないということです。
 それでも、まずは幽界に無事に辿り着き、もう自分が地上の人間ではないことに気付きさえすれば、あとは守護霊、指導霊の導きでなんとかなります。本書も、そんなことから、 この「幽界編」にいちばん主軸を置いたつもりです。
 幽界の最上層が別名、「極楽」と呼ばれたり、あるいは西洋では「常夏の国」とか、「サマーランド」と呼ばれたりするのは、これまで紹介してきましたように、ある意味ではご本人の意のままになる世界だからです。
 もちろん、仏教で教えているような、蓮の台の上でただボーっとしているような、そんな退屈な世界でもないことはもう良くお分かりになったことでしょう。
 そうなんです。私たちが還っていくあの世とは、決して静まり返った陰鬱な世界でもなく、ましてや鬼に追い掛け回されるような恐怖の世界でもないのです。そりゃあ、よっぽどの悪人は、ほんとうの地獄に行かされることになりますが、普通の人はまず行きません。
 私たちがまず還る幽界とは、この地上界と同じように、活動的な世界です。霊界には夜がありませんので、それこそいつも休みなく活動しています。そして、地上時代への未練執着を断ち切り、染み付いていた人間的欲望の垢を洗い流します。そのためにも、学習することを求められます。地上の既成宗教によって教え込まれた間違った観念を、宇宙普遍の正しい法則を学ぶことによって修正していきます。
 学ぶ場として「学校」と言えるのがどの界にも存在します。それは地獄界の最上層にもありました。幽界でも、その人自身の心が落ち着いてきたら学校へと集められて、みんなで学び合います。もちろん、この先の霊界に於いても、その学校はあります。
 しかし、同じ「学校」とは言え、その界によって学習のレベルは全然違います。元陸軍士官が学んだ地獄界の学校は、言わば「幼稚園」のクラスです。幽界の学校は、入りたての下層の学校で「小学校」クラス、上層で「中学校」クラスです。そして、この先進級していく霊界の学校は「大学」もしくは「大学院」クラスと言われています。
 学校というからには、必ず卒業の時が来ます。この幽界でも、皆さんが地上の垢を落とし切り、上の世界、霊界へ行っても大丈夫なくらいに正しい知識を得て、なおかつそのような実践行が出来るようになったら卒業ということになります。
 また、どうしても、その進級試験に合格しなければ、上の世界をいったんあきらめてもらって、もう一度地上へと再生することになります。いわゆる「生まれ変わり」です。
 この、幽界から霊界へと到る中間境 (中有界) を通過する際に、「第二の死」と言われる現象が起きます。地上を去る時に肉体を脱ぎ捨てたように、今度は幽体を脱ぎ捨てるのです。
地上の肉体を脱ぐ場合は、多くの人たちが悲しみますが、この幽体を脱ぐ際に悲しむような人は一人もいません。すべての人たちが大喜びです。何故なら、もっと素晴しい世界へ行けることが分かっているからです。また、それだけの準備が出来ていないと、決して幽界と霊界の境界線を越えることはできないのです。
 この幽界を卒業できた人こそが、ほんとうの成仏をした人と言えるでしょう。
 そして、その境界、中有界を越えたら、次の霊界で纏う「霊体」が表面に出てまいります。次なる活動の場が待っているんですよ。そのことは、次の「霊界編」でお話していきましょう。

第七章 調和の世界 ~霊界~

霊界と幽界との違い

 幽界と霊界との違いについて、ワァド氏が叔父さんに訊ねています。基本的な相違点がよく分かる問答ですので、『死後の世界』から紹介します。
 「幽界に住む人と、霊界に住む人との間には一体どんな区別がありますか?」という問いかけに対する叔父さんの返答です。

 あぁ、お前の質問の意味はよく分かっている。幽界でのわれわれはある程度物質的で、 いわば一つの極めて物質的な肉体を持っているのじゃ。むろん、それは地上の、あの粗末な原子などとは段違いに精妙で活発な極微分子の集まりなのだが、しかしやはり一つの物質であることには違いない。地上の物質界と幽界との関係は、まず固形体とガス体との関係のようなものじゃ。
 この幽体はたいへんに希薄で霊妙なものであるから、したがって、無論善悪ともに精神の支配を受けやすい。これは独り人間の幽体に限らず、家屋でも風景でもみんなその通りじゃ。
  然るに、霊界となると、もう物質は元から終わりまで存在しない。われわれの霊魂を包むものは、ただわれわれの「形」だけじゃ。現在お前がここ霊界で眼にする風景も、建物も、かつて地上に存在したものの「形」に過ぎない。
 したがって、地上の霊視能力を持つ者に姿を見せようと思えば、われわれは、通例、臨時に一つの幽体を造って自分を包まなければならない。同様に、普通人の肉眼に見せるには、臨時に物質的な肉体を造り上げ、いわゆる「物質化現象」というやつを起こさなければならない。
 ここで一つ注意しておくが、世間の霊視能力者のなかには、私たちの住んでいる霊界まで透視できる者もいる。お前 (注・ワード氏) などもその一人じゃ。だが、大概の霊視能力者にはこれが出来ない。出来るにしても、われわれの姿を幽体で包んだ時の方が、良好な成績を挙げられる。

 霊界 (メンタル界) とは幽界を通過した者、言わば幽界の過程を卒業した霊魂が入って行く世界です。そこでは、すべての霊魂がその幽体を失っています。
 霊界 (メンタル界) の特質を挙げれば、次のようなことがあります。

 ②物質性が全くない。
 ②空間が全く存在しない。
 ③時間もほとんど存在しない。(ただし年代的な順序だけは存在する)

 これらのことから解釈しますと、霊界 (メンタル界) は場所の名前ではなく、むしろ状態の名称となります。ですから、霊界に入るということは、場所から言えば皆同じ場所に居るかも知れないということです。
 霊界では思想が全てです。思想それ自身が形となって、各自の眼に映るのです。地上界と違って、思想・思念は即形態となって現れ、しかもそれが実物であるということになります。
 この辺りが、いま現在地上で生活している私たちにとっては、なかなかすぐには理解し難いところですね。でもまあ、思ったことがすぐに形となって現れてくるのですから、絶対にごまかしの利かない世界であることには間違いありません。

コミュニケーションの方法

 ところで、霊界ではどうやってお互いの意思を伝え合うのでしょうか? 霊界特有の言語があるのでしょうか。それとも「宇宙語」とでも言うような、宇宙全体に共通の言語があるのでしょうか?
 霊媒でもある『死後の世界』の著者のワァド氏が、霊界の叔父さんの家を訪問して、色んなことを教わっている時の話です。

 「ついでに伺いますが、私と叔父さんとは、今どのような方法で思想の交換を行っているのでしょうか?  外観では当たり前に話を交わしているように見えますが…」
 「無論、精神感応じゃ。人間は談話の習慣を持っているので、すぐに思想を言葉に翻訳するが、私たちは実際に言語を交えているわけではない。試しに、お前が今、ここ霊界でフランス人とでも通信をやってみればすぐ分かる。フランス人の耳にはフランス語で聞こえ、お前の耳には英語で聞こえる。
 それに対して、霊界のわれわれが地上に降りて、霊媒の体を借りて通信する時、初めてわれわれは実際の言葉を使用する必要が起こってくる。その際、速成式に外国語を覚える方法もあって、それもあまり難しい仕事ではない」

『シルバー・バーチの霊訓』の中にも同じような質問があります。
「他界直後には言語上の問題がありますか」という質問に対するシルバーバーチの回答です。

 あります。いわゆる「幽界」、つまり地球にもっとも近い界層においてはあります。そこには霊的自覚がほとんど芽生えていない者が住んでおります。まだ言語が必要だと思い込んでいるので言葉を用いております。
 例えば、一方が英語で話し、相手がフランス語で話したとしても、実際は思念で通じ合っているわけです。もともと思念には言語がないのです。言語というのは思念を単語に移しかえるための道具にすぎません。私たちの世界では思念に実体があり、物質は影のようにしか見えないことをよく理解してくださらないといけません。

 私たちが霊界で初めに付き合う人たちは勿論日本人だけでしょうが、そのうち進化していったら、色んな人種の人たちとも一緒になります。もしそうなったとしても、外国語が分からなくても大丈夫だということですね。私たちが言葉に翻訳して口にする、その心の中の想念がそのまま相手に伝わるのです。地上では「読心術」という方法がありますが、霊界ではみんなが読心術の達人で、それでお互いの気持ちを分かり合っているのです。
 このことをもっと深く考えたら、私たち地球人同士だけではなく、宇宙人たちとも思念で語り合えるということにもなりますね。想像するだけでも楽しいことです。

霊界での趣味生活

 幽界の上層界 (極楽・サマーランド) では、その人のやりたい趣味を思い切り叶えさせることによって、自我我欲を発散させてしまうという方針で、人々は何でも夢が叶う生活を満喫しました。でも、これはあくまでも、個人的な願望の達成感で喜んでいただけなのです。
 幽界よりも上の階層「霊界」でも、同じように趣味の生活が営まれますが、ここではその目的が幽界次元とは、はっきりと違ってきます。幽界では自分事だけの趣味だったのに対し、霊界 (メンタル界) では同じ趣味でも、他の人の役に立つ趣味、他の人を楽しませるための趣味となります。
 例えば、霊界にも美術館があります。そして、そこには地上に存在する絵画のうち、霊界の波動に合致する絵画が収容されています。地上にあるものは、ほとんど霊界にもある思ってよいのです。もちろん、残忍性のある絵画や、 低俗な絵でしたら、「霊界」にはそぐわないので、そうした絵画は地獄界の美術館に収められることになります。
 絵画に精通している霊界の美術家は、同じ霊界人を楽しませるために素晴しい絵を描き、 それを美術館に展示してもらいますが、なかには、自分の美術的思想を地上の美術家に伝えようと一生懸命に励んでいる霊界美術家もいます。いわゆる、インスピレーションによって、地上の美術家に絵のアイデアを伝えようとするのです。
 霊界の絵画は、色彩が非常に美しく、しかも実に調和が取れていて、おまけに絵の中からある種の光線が放射されているのだそうです。人物像も、活き活きとしており、遠近感もくっきりとして実際の光景そのままです。空気感の表現も完璧で、まさに地上の美術家が求めてやまない理想の絵画がそこに存在するのです。また、美術館に収容されている絵画のテーマも多岐にわたり、風景画、肖像画、劇画等なんでも揃っています。
 霊界とは想念の世界ですから、美術家のイメージさえ確かなものなら、そこにはイメージ通りの絵画が仕上がるということです。
 まず、絵の具が地上で絵を描く時のとは違うからでしょうね。地上の絵の具は物質ですから、光を表現するにしても限界があります。それに対して、霊界の絵の具はもともと光の素材と言ってもいいようなものですから素晴らしい絵に仕上がるのです。
 油絵を趣味にしている私なんぞ、日頃その描画テクニックの拙さで、なかなか自分の想い通りに表現出来ず悩んでいることを考えますと、霊界に還ってから描く絵は、さぞや楽しいものだろうな、と今からワクワクしているんです。
 絵画だけではなく、彫刻の類も陳列してあります。もちろん、彫刻の材料も自分の想念で造ります。それが大理石であれ、青銅であれ、すべて意のままです。
 また、それらは館内だけではなく、公園の中に、自然と置かれたような施設もあります。林や草原、そして噴水や小川などと組み合わされて、一種の風致地区となっているのです。
 美術館の次には、音楽堂もあります。そして、そこには熱心な音楽家たちが集まっています。
 音楽の好きな人も楽しみにしていてください。作曲家や演奏家、あるいは声楽家など、 すべての音楽に関する趣味の人たちが集まっています。
 もちろん、音楽の場合でも、低俗な、あるいは他人を誹謗中傷するようなものは霊界の波動に合いませんから、そんなものは全部地獄界の音楽堂へと降ろされます。
 霊界には、地上では決してお耳にかかれないような、素晴らしい和音もあります。ですから、音楽もまた美術同様、その人のイメージ通りの演奏が出来るのです。
 また、作曲家の場合は、地上の作曲家に対して、自分の音楽のイメージをインスピレーションで届けようとします。こうして地上では、その音楽家の名前で公表されますが、その裏では霊界の音楽家から頂いたアイデアであることも多いのです。
 劇場も勿論あります。そこでは、地上で演じられた演劇のなかで、高尚で、なおかつ優れた作品が上演されます。少しでも下らないものであったり、悪徳性があったりするものは、すべて地獄界での上演作品に廻されます。
 そうかと言って、まだ霊界段階ですから、霊的に最上級の作品とは行かないようです。 やはり、それぞれの階層の人たちの霊性に相当する演劇を観ることになるのですね。そして、そこには、教育という目的よりも、どちらかと言えば娯楽で劇場に行くことになるようです。
 こうして、霊界でも、趣味、娯楽が用意されているのです。

 先ほどの、霊界から地上の芸術家たちへ送られるインスピレーションについて、もう少し補足しておきます。
 地上で天才的な才能を発揮する人というのは、どうも霊媒的な体質があるようです。ですから、霊界から観て、インスピレーションが送りやすいのですね。とかく天才には気紛れな人が多く、また道徳の面で一般常識とは外れている人が多いというのも、この霊媒体質の人にありがちな特徴らしいのです。
 ですから、善霊にアイデァを頂戴するのなら良いのですが、なかには麻薬に走ったり、 酒に溺れたりして、悪い霊からのアイデァを貰ったりすることも多くあります。
 つまり、地上の天才の作品というのは、そのほとんどが霊界で研究・考案され、インスピレーションで地上へ授けられたものだということです。それは芸術だけに限らず、建築や科学、化学などの分野でもそうです。つまり機械類の発明品も、大概は霊界からアイデアを頂いたもので、地上の人間はそれをうまく応用したということのようです。
 とは言え、霊界側もこのアイデァを正確に伝えることには苦労しているようです。なにしろ、人間側は、肉体の頭脳で考えようとしますから、霊界側でせっかく素晴らしいアイデァをまとめて送っても、大事なところが受け取れなかったりして、なかなか完璧には仕上がらないようです。
 皆さんも、霊界まで上がったら、趣味の分野、あるいは得意な分野で、このように地上に向かって自分のアイデアを送るようになるかも知れませんね。
 でも、そうなったとしても、「自分の特許だ」などと威張るようでは霊界には居られませんよ。そのような自己主張の精神は幽界までです。その発明の名誉に預からなくても、 地上の人たちが幸せになれるのだったら、それで良しとするのです。
 なにせ、もともとは道楽で始まったようなものなのに、それが地上の人間のがんばりも加わって、立派な芸術や発明品になったのですから、もうそれだけで大満足のはずです。
 実は、地上でそうした霊界からのアイディアをうまくキャッチして多くの発明品を生み出したのが、かの有名なエジソンであると浅野和三郎先生が『世界的名霊媒を訪ねて』の中で話しておられます。
 それによりますと、エジソンは父祖三代に亘るスピリチュアリストでありまして、彼の発明の全部が実は霊界からの指示に基づいているというのです。こんなことを言うと霊的な世界を信じない人たちからは非難轟々でしょうが、実際の話ですから仕方がありません。
 普通の科学者たちは自分の頭脳を酷使して新発明を生み出そうとしますが、それよりも効率的な方法は、霊界との交通連絡に意識のエネルギーを向けることなのです。
 その霊界という所は、私たちの先輩たちが暮らしている理想的な世界です。そこでは先輩の研究者たちが衣食住の心配もなく、もっぱら新しきものの発明に没頭していますから、立派な発明品なども無数に存在しています。地上の人間が考え付くものなど足元にも及びません。
 だったら、頭脳を酷使することをやめて、できるだけ安らいだ状態で霊界からのインスピレーションを受け取ることに専念したら良いのです。言わば、霊界の発明品の受け売りですが、ほんとは昔からよくある気の利いた仕事というものは、ほとんどがそうやって出来上がっているのだそうです。
 もちろん、霊界の発明は非物質的ですから、これを物質界で通用させるには頭脳を働かせ、物質界の設備を活用しなければなりませんが、それにしても大事なアイディアの部分は霊界から頂戴するのですから、こんな旨い商売はありません。競争会社の発明を盗んだり、あるいはパテントを買い取るよりもずっと有益です。
 この方法は何も発明品に限らず、芸術の面でも同様です。
 しかし、霊界の先輩たちは我欲なしで、「地上のみんなが幸せになるように…」と想いながら送ってくれるのですから、そこは受け取る我々も、我欲に走ってはいけません。また、そのような不純な動機で求めても、決して霊界からの素晴らしいインスピレーションを受け取ることはできないでしょう。我欲の心に繋がるのは邪霊連中であり、愛他の心に繋がるのは善霊・高級霊であることは言うまでもありません。

祈りの電波管理局

 想念には実体があることをお話しました。分かりやすく言いますと、皆さんが心に想ったことが、即、波動として発されています。そして、その波動に合わせて、霊界ではエレメンタル (想念体) ができています。
 また、皆さんが「祈り」として向ける特別な想いも、地上の電波のように発信されているわけです。そして、それらのすべての祈りを霊界では受信しております。
 いま流行の携帯電話で話していることだって電波を発しているのですから、その電波をどこかで集中管理したら全部を傍受することが可能です。現に、携帯電話は、その通話内容を世界のどこかでいつでも傍受されていますから、産業界や政府機関でも、重要な機密事項は携帯電話を使わないで連絡するということのようです。
 実は、この地上のような「傍受」ということではないのですが、皆さんが「祈り」として発信した願い事は、霊界に一大受信基地がありまして、全部聴いてくださっています。 地上の人間が発する祈りも、霊界の人たちが発する祈りもすべてです。
 ただし、そのすべての願い事に答えてくださるわけではありません。その祈りの内容を判断する監督官がいるのです。その監督官の判断次第で霊界からの援助があるかどうかが決まります。
 あまりにも自分中心の、例えば「競馬に当たりますように」とか、「株で儲かりますように」 とかの、我欲に基づく祈りだったら、「これは放っておきなさい」ということになります。
 反対に、仲間や、より多くの人たちのためになりたいというような他欲の祈りだったら、 「ぜひこの人を助けて使命を果たさせてあげなさい」ということで、霊界から援助の指導霊たちが派遣されるということです。
 いま話したことは皆さんからの「祈り」のすべてを受信して、それに対応してくださる霊界の管理局の話でしたが、それとは違う機構で、霊界の集中管理局もあるそうです。この地球神界のなかで計画され、そして実際に推進されていく過程をもれなく情報を集めて管理、監督している部署になります。
 霊界とは、整然と組織化された世界です。低位の霊界から高位の霊界までが、それぞれの各階層を司る高級霊の指導のもとに活動するのです。いわゆる地上の企業の組織とよく似ていますね。ですから、当然、細部からの情報をすべて集め、そしてまた細部にわたるまで指導や援助を与えていくような体制が出来上がっているのです。
 私たちの還る霊界は地球神界の中の霊界になります。お隣には火星神界や金星神界などもあるわけです。そして、それらの惑星神界をまとめているのが太陽神ということになりますが、その太陽神界も銀河神界の一部ということになります。
 このように、どこまでも果てしなく続く霊界なのですが、それでも秩序よく体系化された大霊界ということです。そして、その階層ごとに集中管理局があって、全体を見渡しながら大いなる創造進化の道を辿っているのです。

霊界の図書館

 『死後の世界』には、霊界に存在する図書館の模様が述べられています。

 まずこれらの図書館は、そのいずれも規模が大きく、まさに広大な都市の様相を呈しているとのことです。そして、その内部は三つの部門に分かれています。
 第一部には地上で消滅した書籍ばかりを集めています。もちろん、その一部分の残忍性を帯びたような書籍は地獄界の図書館へ行っていますから、地上に現れた全部の書籍ということではありません。
 第二部には霊界で出来た書籍だけが集められています。でも地上の書籍とは大いに趣が異なります。一言で言うと、みんな絵本なのです。即ち、思想が絵画の形で示されているのです。
 第三部は、ほとんど書籍としては取り扱えない性質のものです。映画のような一種の心霊画なのです。即ち、大きな部屋に舞台のようなものを設けてあると、そこに事件や人物が続々と現われて活動するのです。
 これらの書籍…、それもどちらかと言えば活動画の作者は、特にそれに任命された学者たちの仕事だということです。

 この『死後の世界』が刊行されたのは昭和初期のことです。そして、この本に述べられている霊界通信が行われたのは大正末期ということになります。当時の科学水準から考えますと、その頃は動く映像と言ったらまだ活動写真 (映画) だけでしたから、ワァド氏にしても浅野先生にしても、この第三部の活動画については、その想像し得る範囲が活動写真しか無かったのではないでしょうか。
 でも、現代の私たちには、諸々の映像データであることがすぐに分かりますね。当初はフィルムだけだったのが、現代ではいろいろなデータ保存の形式があります。ビデオテープ、CD、DVD、ハードディスク等々様々です。そしてそれらが映画のスクリーンやテレビジョンの画面などで動く映像として再生されます。ですから、この「活動画」というのは、現代で言う「動画」ということになるでしょう。
 更に、もっと進化した映像再生装置として想像するなら、それは「立体映像再生装置」 かも知れません。今のテレビにしても、映画にしても、平面的な二次元の世界ですが、それがもっと発展した形の、奥行きもある立体画面なのです。さらに想像をたくましくすれば、そこに香りや臭いまでもが再生されるのかも知れません。
 最近、映画でもテレビでも、3D映像という特殊なメガネをかけて楽しむ立体映像がありますが、それよりももっと進化した形での、立体的な記録再生装置となることでしょう。 地上に科学的発明が起こる以前に、必ず霊界の方でそれと同じことが発明されているということですから、現代人にも想像できないような映像書籍が、霊界図書館の第三部にはもう既に存在しているということですね。

霊界の結婚

 ワァド氏がいつものようにL叔父さんに案内されて、霊界を巡っていた時のことでした。 一つのことに気付いたワァド氏が質問しました。

 「はなはだ、つかぬことを伺うようですが、私はまだこちらで、ただの一人も婦人を見かけませんが…」
 「婦人かい?  婦人などはたくさん居る…」
 そう言って叔父さんはワァド氏を一室に導きました。なるほどそこには沢山の婦人たちがいて、しきりに合唱の練習をしていました。歌い方はとても上手で、しかもいずれの人も優雅な美人ばかりでしたが、どういうわけか、叔父さんはワァド氏を急き立てて、川辺の公園のような所へ連れ出してしまいました。
 「あの通り霊界にも婦人はたくさんいる。しかし、われわれの境涯では男女の交際はあまり許されていない。ごく最初の間などは、ほとんど隔離されている。地上で持っていた性の観念をできるだけ早く除くのが望ましいからだ。地上にあっては、男女の性の営みは正しくあり、また必要でもある。しかし霊界では最早全然その必要がない。一心同体はここでは禁物じゃ。さもないと、精神的進歩が肉感的欲情のために煩わされることになる。
 が、いよいよ地上の匂いのする情欲が跡形もなく除かれた暁には、男女の霊魂は再び引き寄せられることになる。陰陽の和合は宇宙の原則である。ただし、地上で肉体を以ってしたことが、霊界に於いては精神的なものに変わってくる。われわれが向上すればするほど、両性はますます接近する。そして究極に於いて、一人の男子と一人の女子との間に、 一つの神秘的な魂の結合が成立する。それが真の精神的結合で、地上の結婚はつまりその象徴である。
 二つの魂の完全なる融合…、一方が他方の一部となって、しかもその個性を失わない理想の完成、これは私にさえすっかりは分からないから、お前には尚更そうであろう。しか想し、地上の結婚の中のいちばん優秀なものから推定すれば、たいがい見当が付くであろう。
 このような霊的結婚というものは、われわれよりもずっと上の境涯に於いて起こるので、 おそらくそれは神界の上層のことかも知れない。少なくとも、われわれの住む霊界で起こらないことだけは確かである。
 ともかくも、われわれは進むにつれて、だんだん共同生活を営むことになる。最初は同性のものとの共同生活に留まるが、やがて異性のものとの共同生活となってくる。また、 われわれが精神的に結婚するのは、必ずしも地上で結婚したものに限るということはない。われわれは、われわれの不足を補充する真の他の半分の魂と結婚するのである」
 「だんだん伺ってみると、霊界の生活は非常に地上の生活と似ているようですね」
 「似ていて、しかも違っている。大体、地上生活中の最も理想的な部類に近い。ここは病気もなければ罪悪もない。災難もなければ苦痛もない。それらはみんな地獄の入り口に振り落としてしまってある。霊界に残っているのは、過去の罪悪に対する悔みの念、悲しみの念である。しかし、地上で言うような罪悪は、もうここには入らない。われわれにも知識の不足はある。したがって完全なる満足、完全なる安息はとても急に見出すことはできない。
 われわれにはまだ進歩の余地が多い。しかしながら、わざと神意に反抗するような考えはもう跡形もなく消え失せている。
 醜いもの、悪しきもの、卑しいもの、正しくないもの…、それらは霊界には生存を許されない。したがって、どんなにすぐれた娯楽でも、罪悪の基礎の上に築かれたものは全くここに見出すことができない。同時に、物質的娯楽も、物質的肉体のないわれわれには、 やりたいにもやりようがない」

霊界の動物たち

 霊界の動物たちはどうしているのでしょうか?
 『死後の世界』の中から、ワード氏と叔父さんとの動物談義です。

 「今日は動物のことについて伺います。鳥たちは生前に餌を漁ることを仕事にしていますが、こちら霊界に来てからは何をしているのですか。仕事がなくて困るだろうと思いますが…」
 「さぁ、たいていの動物は、幽界に居る時にはしきりにまだ餌を漁っている。が、しまいには少しずつ呆れてくるようじゃ。いくら食っても、食っても、すべてが影みたいなもので、美味しくも何ともない。また、別に食べる必要もない。この理屈が分かって来ると、 たいていの動物は霊界の方へ移って来る。ただどうも、肉食動物の方はいつまで経ってもこの道理がさっぱり飲み込めないようじゃ。そして、永久に捕えることの出来ないウサギや鹿の後を追いかけながら、いつまでも幽界に居残っている」
 「人間の中にも、捕えることのできない動物を捕まえようとする、狩猟狂いがおりませんか?」
 「そりぁ、おります。しかし、こいつも最後にはバカバカしくなって、止してしまうらしい。 もっとも、生前に猟師だった者は、幽界に来るとあべこべに動物から追いかけられる」
 「それはまたどういうわけです?」
 「幽界で第一の武器は意思よりほかにない。動物を撃退するのにも、意思の力で撃退するのじゃ。ところが、猟師などという者は、ただ武器にばかり頼る癖が付いている。鉄砲を持たない猟師ほど、動物と出くわした時に意気地のないものはない。ところが、あいにくと幽界では、猟師は自分が殺した動物と必ず出くわすような仕掛けに出来上がっている」

 今の話からしますと、地上時代に動物たちをいじめた人たちもまた、幽界では反対に動物たちから追っかけられることになりますね。因果律の「反作用」という働きで、加害者が被害者の立場を経験することによって、相手側の心の痛みを理解させられるわけです。 これもまた、「カルマの解消」の一端でもあります。
 地上で可愛がられたペットは、そのオーナーが霊界に還って来るまで、ちゃんと待っているそうです。そして、霊界でもまた同じように親交を重ねます。
 とは言え、いつまでもとは行かないそうです。なぜなら、霊界に於ける霊的な成長の度合いが、人間と動物では桁違いだからです。動物がオーナーの成長に追いついて行けなくなります。その時期が、ほんとうのペットとのお別れになるのですが、それは決して悲しみのお別れではないはずです。お互いの霊的な進化を祝う喜びの別れとなります。人間はもっと上の階層に、そしてペットは、その動物の種類の「群魂」と言われる魂の仲間たちの所に還ります。
 そうした霊界でのペットと暮らす生活について、シルバーバーチも答えています。

 ――動物は死後もずっと飼い主といっしょに暮らすのでしょうか。それともいずれは動物だけの界に行くのでしょうか。

 「どっちとも一概には言えません。なぜなら、これには人間の愛がかかわっているからです。死後も生前のままの形態を維持するか否かはその動物に対する飼い主の愛一つにかかっているのです。もしも動物とその飼い主の両者が時を同じくして霊界へ来た場合、その飼い主のところで暮らします。愛のある場所が住処 (すみか) となるわけです。愛が両者を強く結びつけるのです。その場合は住処がありますから、動物界へ行く必要はありません。
 動物界に住むのは飼い主より先に霊の世界へ来た動物に限られます。誰かに世話をしてもらわなくてはならないからです。さもないと、心を温めてくれただけでなく一時的にせよ不滅性の要素を吹き込んでくれた愛から切り離されて、動物といえども心を乱すことがあるのです。地上で人間的な愛と理性と判断力と情愛を一身に受けた飼い主より先に他界した場合は、その主人が来るまで動物界へ行ってそこで面倒をみてもらいます。それはちょうどあなた方が遠出をする時にペットを専門家に預けるのと同じで、霊界の動物の専門家に世話をしてもらうわけです」

 ――霊界で動物と再会したとして、その一緒の生活はいつまで続くのでしょうか。
   いつまでも人間と一緒ですか。

 「いえ、その点が人間と違います。人間と動物はどこかの時点でどうしても別れなければならなくなります。地上の年数にして何十年何百年かかるか分かりませんが、動物の進化と人間の進化とではその速度が違います。より大きな光明へ向けて絶え間なく向上していく人間のペースについて行けなくなる時が来ます。人間は死の関門を通過して霊界の生活に慣れてくると、言いかえれば自分を地上と結びつけていた絆が切れたことを自覚すると、向上進化を求める欲求、内部の神性を発揮しようとする欲求が次第に加速されていきます。そして魂に潜む能力を他の生命の進化を援助する方向へと発揮しようとします。そうやって人間が霊的に向上すればするほど、動物はそのスピードについて行けなくなり、 やがて死後も燃え続けた愛の炎も次第に小さくなり、ついには、動物はその所属する種の類魂の中に融合していきます」

 ――動物界にはどんな種類の動物がいるのでしょうか。

 「地上で可愛がられている動物、親しまれている動物、大切にされている動物、人間とほとんど同等に扱われて知性や思考力を刺激された動物のすべてがおります。そうした動物は飼い主の手から離れたことでさびしがったり迷ったりするといけないので、動物界に連れてこられて、他の動物といっしょに暮らしながら、動物の専門家の特別の看護を受けます。その専門家は永い間、動物の研究をしてきていますので、その正しい対処の仕方を心得ており、自然な情愛の発露を動物へ向けることができるのです。そこには動物を喜ばせるものが何でも揃っており、やりたいことが何でも出来るので、イライラすることがありません。
 そして時には地上にいる飼い主の家の雰囲気内まで連れてこられ、しばしその懐かしい雰囲気を味わいます。心霊知識のない人でも、自分の飼っていた犬を見たとか、猫が出たとか言ってさわぐのはそんな時のことです。何となくあの辺にいたような気がするといった程度にすぎないのですが、地上の動物の目にはちゃんと見えています。霊視能力が発達しているからです」

 ――動物界で世話をしている人間が連れてくるわけですか。

 「動物界でその管理に当たっている人たちで、それ以外の人について戻ってくることはありません。ところで、その世話をしている人はどんな人たちだと思いますか。動物が大好きなのに飼うチャンスがなかった人たちです。それはちょうど子供が出来なくて母性本能が満たされなかった女性が、両親に先立って霊界へ来た子供の世話をするのといっしょです。犬とか猫、その他、人間が可愛がっている動物が飼い主に先立ってこちらへ来ると、 動物が大好きでありながら存分に動物との触れ合いがもてなかった人間によって世話をされるのです。もちろん獣医のような動物の専門家がちゃんと控えております。それもやはり地上で勉強したことがそのまま霊界で役に立っているわけです。知識は何一つ無駄にはされません。
 病気で死亡した動物の場合も、人間と同じように看護されます。そうしたチャンスを喜んで引き受けてくれる人が大勢います」

神々の世界へ

 「霊界」の最上層へと行き着いた霊たちは、次の世界「神界」へと上昇するか、もしくはそれだけの資格を得ることが出来ずに再び地上界へと転生して来るか、そのどちらかということになります。
 この神界は、もう形を必要としない世界なのですが、その界の詳細は霊界通信でも明らかにはされておりません。また、人間に伝えてはいけないという不文律があるようです。
 ですから幽界や霊界のような、具体的な表現でこの「神界」のことをお伝えすることはできません。微かに窺い知るような情報だけですが、そこはもう人智を超えた、人間の言葉では説明できないような深奥の世界、光の世界であると想像するしかありません。
 『シルバー・バーチの霊訓』の中に、その辺りの回答があります。

 上層界よりさらに高級な世界があります。そして全部が無限につながっております。
 階段 (ステップ) と呼びたければそう呼ばれて結構ですが、階段状に上へ上へと伸びているのです。
 「光り輝く存在」と申しあげた存在も、自我を表現する能力を有しており、みな個性的存在です。意識をもった存在です。自動人形ではありません。光り輝いております。指導者的霊格を具えた高級霊です。大天使団、神の使節です。

 いつもは「神界」におられる高級霊も、中間境を越えて「霊界」や「幽界」まで指導のために降りて行くことがあります。霊界とは、下層界から上層界へと自分勝手に行くことはできませんが、上層界から下層界へ降りて行くことは可能なのです。そして、そのような時は、下の界に合わせた体をまとうことになります。
 そのような際の、高級霊の容貌を説明している霊界通信がありますので、分かりやすくまとめてみます。この話もまた、霊界での形の様相が想像できるくだりです。もっとも、 この通信霊はイギリス人ですから、どうしても私たち日本人とは違う感覚で観ておられます。多分、日本人がこのような霊視できるチャンスを与えられたとしたら、その時の高級霊は、日本人に馴染みの深い神仏の姿で現れてくださるでしょうね。
 『死後の世界』の中にある、著者のワァド氏が通信役の叔父さん霊と語り合っていた時に、霊視力を臨時に与えられて見せてもらった状況です。

 ふと気が付くと、叔父さんの背後には満身ただ光明から成った偉大荘厳なる天使の姿が現れました。天使が纏う衣装はひっきりなしに色彩が変わって、ありとあらゆる色がそれからそれへと現れます。
 叔父さんに比べると天使の姿は遥かに大きいのです。それも、全てが円満で、全てが良い具合に、普通の人の三倍くらいはありそうな大振りなのです。
 そして、その目鼻立ちと云ったら、どんなギリシャの彫刻よりも美しい。雄雄しくて、 しかも気高い。気高くて、しかも優美なのです。にやけたところなど微塵もありません。親切であると同時に凛とした顔、年寄りじみていないと同時に若々しくもない顔です。肌は金色で、人間の肌の色とはまるで比べ物になりません。髪もひげも、いずれもふさふさとしていて、えも言われぬ立派さでした。
 あまりにも荘厳美麗で、とても言葉では言い表せないくらいでした。
 「これが天使に違いない……」
 そう思った私は、日頃の癖で、つい、どこかに翼はないものかと探しましたが、そんなものは一つも付いてはいませんでした。やがてワァド氏が訊ねました。
 「私にも守護神があるのでございましょうか?」
 すると巨鐘の音に似た力強い音声が、ただ「見なさい」と響きました。
 たちまちワァド氏の背後にはもう一人の光の姿がありありと現れました。
 大体それは叔父さんの守護神の姿に似てはいましたが、しかし目鼻立ちその他がはっきり異なっていました。そして、不思議なことには、ワァド氏はこれまでにどこかで出会ったことがあるような、言うに言われぬ親しみを感じました。
 が、それは驚くべき変化性に富んだお顔で、同一でありながらしかも間断なく変ります。 ただの一瞬だってそのままではいないが、そのくせ少しもその特色を失いません。
 ワァド氏は、もしかしたらこの姿を夢で見たことがあるのではないかと思いましたが、 どうしても思い出すことができませんでした。
 ひげは、伯父さんの守護神のひげに比べたら大分短いのですが、全身からほとばしる光明、人間よりはるかに大きなお姿などは、すべてがみんな同様でした。

 同じく『死後の世界』の中で、神界の一人の天使が次のように述べています。

第六界 (霊界) に下りている間は、自分は天使の姿をしているが、それは自分の元の姿ではなく、また地上にいた時の姿でもない。ただ、そうしようと想って、その姿を造るまでのことである。姿は自分の想う通りになる。動物の姿になろうと想えば直ちに動物になり、火炎の形になろうと想えば直ちに火炎になる。いわゆる悪魔と称するものにも、この力は具わっているが、その秘密はこれ以上漏らすことはできない。とにかく火の壁 (神界と霊界の間の中有界) の彼方のことは説いて聞かせることは出来ないが、個性が失われないことだけは保障する。

 西洋人の前には天使の姿で現われるが、それが日本人であったら観音様であったり、菩薩様であったり、あるいは日本的な神様の姿で現われてくださるということですね。でも、 背中に羽根の生えた天使というものは霊界通信では絶対お目にかかりません。あの羽根をつけた天使というのは、あくまでも宗教で勝手に造り上げた、想像の産物です。
 「神界」のことは「霊界」の人たちにもほとんど知らされていないということです。神界から降りて来て、霊界や幽界の霊人たちの救済や教育もするのですが、それでも神界の事情については絶対に秘密を漏らさないそうです。
 そんなわけで、本書で取り上げる「神界」の情報は、具体的なものになると、ほとんどありません。その辺は、地上を去って、霊界の上層部にたどり着いたら、自ずと窺い知ることとなるのでしょう。
 現段階では、まず肉体を脱いですぐの世界で迷わないような知識を得ておくことが大事なことです。霊的な知識があると無いのとでは、霊界の旅に要する時間がまったく違ってしまいます。無知のままで還ったら、それこそ地上の時間にして、何十年も、中には何百年も迷いの世界にさ迷ってしまうことになるのですから…。
 「神界」の方々と言えば、元陸軍士官の地獄からの脱出の際に登場したような天使たちも、 相当に高位の方々であるようです。そうでないと、波動の極端に低い地獄界の境涯でその務めは果たせないということですね。
 「霊界」の最高部に達した霊でも、降りて行けるのは地獄のほんの入り口辺りと、地獄の学校までくらいです。それ以上に深い所まで霊界段階の者が降るのは危険なのです。

第八章 光明へと到る道

意識の向上

 これまでの話で霊界の様子は大体分かりましたでしょうか?
 学生の受験勉強用で、「傾向と対策」という本があります。それになぞらえたら、もう霊界の傾向はお分かりになったことと思います。次には対策ということになります。
 最後におさらいの意味も含めて、地上を去った後の生活を快適なものにするにはどうしたら良いかということでまとめてみましょう。
 まずは、今からあなたの意識を上げておくことです。霊格を上げると言ってもいいでしようか。
 霊界は――ほんとうはこの地上生活でもそうなのですが―――波動の法則がはっきりと顕れる世界です。嘘とごまかしの利かない世界ですから、自分自身の意識の波動と同じ境涯に行くことになります。性格や思想や趣味の同じような人たちが集まって来るのです。
 如何でしょうか? 自分のことは自分自身がいちばん良く知っています。そのあなた自身とそっくりな人たちと暮らすのが霊界の生活なのです。
 もしも、ご自分で「こんなところがいやだなぁ」と思える点がありましたら、今からその性格を直してしまうことです。そうしたら、そのイヤな部分を持った方々とは逢わないですみます。
 基本的に言って、「善い人」というのは、自分事よりも他人様のことを大事にする人ではないでしょうか。反対に「悪い人」というのは、自分中心の考え方で生きている人であり、それがもっとひどくなると、他人を苛めることを楽しみとさえしてしまいます。ここまで行ったら、即暗黒界行きとなることは必定です。そうならないためにも、地上で生活しているうちに霊的な真理を学んで、正しい人の道を歩んで頂きたいものです。
 でも、それがまた、なかなか一筋縄では行かないものでして、どうも人間というものは、 何度となくこの地上でのきびしい人生で反作用を経験しなければ覚(さと)ることの出来ない生き物のようです。
 しかし、本書を手にされて、この最終章まで読まれたような方でしたら、もう光明の世界は近いはずです。また、山村さんの本も読んで、皆さんの魂の中に秘めていた「智慧」 というものを思い出したでしょうし、「真理」というものの総括も出来たはずです。後は思い出した真理を地上生活の指針としながら、実践を重ねることです。
 またその真理は、地上を去ってからも通用することです。地上世界も霊界も法則はまったく変わりなく運用されています。
 高橋信次先生の講演録の中に次のような意味の一節があります。

 「地上生活中に自分の過ちに気付いて反省し、そしてその後に再び同じ過ちを冒すことがなかったとしたら、その人は霊界に還った時、その過ちの分については「反省済』というチェック印が押されている」
 
 このことから考えたら、人生の罪状のトータルでその人の行き先が決まるのではなくて、 亡くなる時の意識の状態で、当面行かされる霊界の境涯が決められるという風に考えていいでしょう。
 もちろん過ちを冒した分のカルマは来世において払うことになりますが、当面の行き先については、今現在の意識がどの辺にあるかということで決定されるということです。
 どうも皆さん、このような霊的な真理を学んでいくと、つい自己反省が過ぎて、「私はきっと地獄に堕ちる…」なんて心配なさいますが、それは考えすぎということになりましょう。
 大いなる神の存在を信じ、自分にも「裡なる神」が宿っているということを覚り、そしてその意識を基にした利他的な生き方を実践していたら、まず何も心配することはありません。

まずは死んだことに気付くことです

 皆さんの守護霊や指導霊がいちばん困る事態というのは、まず霊的な知識もないままに地上から霊界へと還ることです。なかには、「死んだら無」という信念の人もいるのですから、このような唯物論者は、もっとも指導するのがやっかいな人たちということになります。
 次には、自分がもう地上生活を終えて霊界に移り住んでいるのに、自分が死んだことにさえ気付かない人たちです。その自分の死を気付かない要因としては、やはり霊的な無知が挙げられます。
 それくらい、死んでから最初に行く幽界の下層辺りの風景も、またその時の自分の体も、 この地上とほとんど同じなのです。それだけに自分がまだ地上で生きているような錯覚に陥って、なかなか「死」を自覚できないわけです。
 本書をここまで読み進めて、地上生活と幽界生活との微妙な違いや、根本的に異なる部分が分かりましたでしょうか?
 もしも、幽体離脱の感じで、自分の肉体を上から見下ろしながら、シルバーコードの切れるのを見せられたら、「あぁ、自分は死んだのだな」と気付いてください。
 あるいは、病院で治療していたのに、いつの間にか家に帰り、家族に話しかけても誰も答えてくれない。ドアを開けようとしてノブを握ってもつまめず、それなのに自分の体はドアや壁を平気ですり抜けてしまう。そんな映画『ゴースト』のような、不思議なことが続いたら、それはあなたが既に肉体から脱け出たということです。
 そしたら、死後の世界へ旅立つ心の準備をなさってください。その心境になってくださるだけで充分です。後のことは、あなたの守護霊や指導霊たちがすべて取り計らってくれますから何も心配することはありません。安心して旅立ってください。

守護霊を探してください

 霊界への旅路でもしも、「道に迷ってしまったな」と思ったら、すぐにあなたの守護霊のことを意識してください。「守護霊さま、助けてください」と思えばいいのです。簡単なことです。
 霊的な知識のないままに地上生活を終えた人は、守護霊という存在さえ知りません。でも、山村さんの本や、私のこの本を読まれた方はもう既に守護霊や指導霊のおられることを知りました。その存在さえ知らない人には、守護霊のことを意識することは絶対に無理ですが、知っていたら想うことは簡単なはずです。意識さえしてくれたら、そこに波長の原理が働いて、守護霊があなたに見えるようになるのです。
 守護霊は、この地上生活中だけではなく、霊界に還ってからもあなたを導いてくれます。 いつでもあなたのそばに付き添っていてくださるのです。
 なかには小桜姫の場合のように、自然霊の産土神が霊界の最初の指導霊として付いてくださることもあるでしょうが、例えそのような場合でも、守護霊も一緒に見守っているのです。
 このように、霊界ではいつでも護り導く体制が完ぺきに出来上がっていますので、そのような方々に素直に付いて行けばいいのです。
 でも、間違っても悪い霊には付いて行きませんように…。その見分け方ですが、霊界では善い霊と悪い霊とがすぐに分かります。光り輝く人が善霊・高級霊の方々です。心のきれいな高級霊や善霊たちの霊体は純粋できれいな光彩を放っています。反対に、低級霊や地縛霊の霊体は、濁ったような汚い色で、決して鮮やかな光は放ちません。霊格がそのまま光彩となって顕れているのです。
 ですから、気持ちの悪い光を発している霊が近寄って来たら、それは悪意を持った霊たちですから、近寄ってはいけません。即刻逃げ出すか、勇気を持って追い払うことです。 もちろん、そのような危機が迫ったら守護霊たちの応援があります。
 もっとも、このような危険な状況が起こるのは、肉体から抜けてまだ間もない頃でしょうね。いわゆる地表圏で地縛霊と遭遇する可能性がある階層です。
 それ以上の階層で、もしも周り中がそんな気持ちの悪い霊たちばかりだとしたら、それはあなたご自身の意識が好ましくない状態だから、穢れた界に迷い込んでいるということにもなりますね。それだったら、自分の間違っている意識を早く浄めてしまうことです。 そしたら自然と、気持ちのさわやかな人たちだけの世界に行けることになります。
 あるいは、地上を去って間もなくの頃、地表圏や夢幻界というまだ地上に近い階層で、 地上時代の自分の行ったこと、想った事などの悪い部分がそれこそ悪夢のようにドッと自分に押しかけて来るようなことがありましたら、ワァド氏の叔父さんのように、大いなる神に祈りを向けたらよいのです。
 どんな人でも過ちというものを冒していますが、それと同じように、どんな人でも少なからずの善行もまた積んでいるものです。その徳があなたの混乱した状態を鎮め、援助する力となりましょう。
 また、地上に残した家族や愛する人への、情という未練執着で心が千々に乱れて仕方のない時には、小桜姫がそうしたように、心を統一して静かに神に祈るのです。乱れたままの心では迷いの世界に入り込むだけです。心を平安にすることで、視界が開き、周囲を冷静に見定めることが出来るようになります。また、背後の守護霊や指導霊たちからの援助・ 指導を享けやすくなります。

成仏したくなったら

 読者の皆さんにそんなことが起こるとは夢にも思いませんが、万が一にも、自分が地縛の状態で迷ってしまったと感じた時に、光の世界へ成仏するのは簡単なことです。「光の世界へ行きたい」と自分が心で思うだけで良いのです。何も難しいことではありません。
 守護霊や指導霊の立場から、自分が世話する人を観たとき、地表圏の中間境から幽界の下層へだけは、とにかく早く行ってほしいのです。ですから、この辺では本人の気持ち次第ということで、つまり、進級試験はないものと思っていいでしょう。当初の場面では、 とにかく不成仏、地縛の状態から脱して欲しいのです。
 そのためにも、霊界側はあらゆる手段を講じて気付きを与えようとします。そして気付いた霊は自らの力で上がりますが、なかには浄霊の得意な霊能者の力を借りて上がる霊もいます。
 そのような浄霊の最後の場面でよくあることですが、成仏してほしい地縛霊に、指導霊たちが光の世界を遠くの上空に垣間見せます。そこには以前に亡くなった両親や友人たちが迎えに来ています。「こちらへおいで」と手招きしています。きれいな花の咲き乱れる美しい光景も見えます。指導霊やエンゼルたちも一緒に行こうと誘っています。後は本人がその気になりさえすれば良いのです。
 霊能者が地縛霊に諭します。
 「さあ、あなたがあそこへ行こうと、心に思うだけでいいのですよ」
 そして、地縛霊自身がそう思った瞬間に、本人はもう光の世界の人たちと一緒になっています。実に簡単なことでしょ?
 でも、実は本人がその気になるまでが大変なことなのです。その人に染み付いた、間違った思想や性格を正さなければならないからです。特に間違った宗教で洗脳された信者さんの心を正すのは容易なことではありません。それでも、周りの人や背後霊、エンゼルたちの協力を得て、光の世界へと上がって行かれるのですが、なかには最後まで抵抗して、 とうとう浄化しない霊もいたりします。
 そのような感動的な浄霊の場面が『迷える霊との対話』という本の中にもたくさん出てまいります。ウイックランド博士というアメリカの精神科医が、自分の奥さんを霊媒として、精神病になった患者さんの憑依霊を浄化する過程での事柄です。統合失調症の多くが憑依霊の仕業であることが分かると同時に、地縛霊自身が何を考えながら人間に憑依しているのかも知らされる貴重な本です。

劇は終わりました

 人生の中の出来事はすべて因果律という法則に添った地上の劇でした。
 その「因」はすべてが、過去世を含めた、人生の中で自分自身が作ったものです。「親の因果が子に報い」という言葉がありますが、決してそんなことはありません。即ち、自分の行動、抱いた想い、発した言葉のそれぞれが原因となったのです。
 この宇宙のすべても、因果律の働きで動いております。その法則から逃れられるものなどありません。その「因果律」の摂理をまず悟ってください。そして悟ったら、次には、もうこの地上劇は終わったのだと、さっぱりとあきらめることです。
 例えこの地上時代にどんなにつらい仕打ちを受けたとしても、それも神の用意した因果律という法則の中での出来事です。ひどい仕打ちをした相手に対して、復讐の念などを持ち続けたまま霊界に還ってはいけません。
 そうでないと、被害者だった人までが、暗黒界の海に沈んで行くことになります。どんなにこちら側に正義がある被害者であっても、そのことで怨み続けたら、それは「憎悪」という地獄思想です。そしたら、そのような怨念霊たちの住む暗黒界の憎悪の街へと行くことになってしまいます。それではつまらない話でしょ?
 極悪人はあなたが裁かなくても、神の用意した完ぺきな「因果律」という法則の中で必ず裁かれていくものなのです。善因善果、悪因悪果です。
 また、その時、自分が「被害者」となった訳も、因果律でそれ以前の人生を探っていけば、必ずそれなりの自分でこしらえた原因があったのです。このことは、霊界に還った時に守護霊や指導霊から教えてもらえます。そして、「そのことに納得しない人は一人としていません」とシルバーバーチも諭しております。一つの人生だけでは計れない、永い輪廻転生の中でのカルマの解消ということもあるのです。

元気なうちの引導と浄霊

 死の直前の意識の状態が、その後に住む霊界の境涯に大きな影響を与えることは既にお話しました。それと関連する話です。
 例えばインドでは、死にかかった浮浪者がまるで捨てられたように、ゴミ置き場に放置されておりました。マザー・テレサの施設ではそのような方々を救い出して治療を施したのです。それでも多くの人たちが命を永らえることはできずに亡くなったのですが、例えそうであったとしても、これらの治療を受けた方々の死後の生活は、すぐに明るい世界へと向かったはずです。
 人生最後の短い時間であっても、そこで人の温かい情けある行為に接したということで、 彼らの冷え切った心は温められ、感謝の想いに満たされたことでしょう。ですから、すぐに光明の世界に還ることができたのです。
 その反対に、放置されたままに地上を去った人たちは、人を怨み、世間を怨み、神を怨んだままで霊界へと還ることになってしまいます。そうしたら、この人は暗い怨みの世界に還ります。
 このように、死の直前の意識の差が、その後の生活に大きな影響を与えることは歴然としています。マザー・テレサとその施設で働く人たちは、その意味でも、苦しい環境で死んでいく人たちに、生きているうちから気付きを与え、まさに浄霊を施したことになります。
 仏教でも「引導をわたす」という言葉があって、臨終間近の人に僧侶が死後の生活や心構えなどを諭したはずなのですが、現状ではなかなか見かけませんね。
 それどころか、僧侶が来たら「縁起悪い」といって遠ざけられてしまいます。正しい霊的な知識を与えずに葬式仏教ばかり行ってきたから、こうなってしまったのですね。
 仕方ないですから、皆さんが本来の僧侶の仕事を引き受けるつもりで、周りの人たちで、 このような霊的な話を聞いて下さる方がいらしたら、ほんとうのことを伝えてあげて行ってください。
 最低限、「お墓に入るんじゃないのよ。仏壇に納まってもだめよ。守護霊たちに導かれて光明の世界に上がるのよ」と伝えておくだけでも、そのことを伝えられた人は、死んだ後で迷わないですむはずです。
 本来の「引導をわたす」ということは、何も縁起悪いことではありません。皆さんは、 死の寸前になってこの言葉を思い出すから、余計縁起悪いと思うのでしょうが、だったら、 元気なうちからその引導を享けてしまうのです。即ち、正しい真理や霊的な知識を学んで、 自らの智慧としてしまうのです。
 もともと「死」という現象自体が、蝶がさなぎを破って、より自由な世界へと旅立つような、嬉しい自然の摂理でもあるのです。そのことが分かったら、「死」を怖れることも、 嘆き悲しむこともありません。
 本書の冒頭でも申しましたように、現在の霊界は不成仏霊、地縛霊の類であふれかえっています。その霊たちを光の世界へ上げるために、それぞれの守護霊・指導霊や、自然霊を含めた、その他多くの善霊、高級霊たちが日々ご苦労なさっておられます。そうした霊界側のご苦労が、私たちの気付き、あるいはちょっとした霊的な知識の普及で軽減されるのです。
 それに何といっても、正しい霊的な知識を差し上げることで、その方の霊界での迷いの時間をものすごく短縮して差し上げられます。これはお友達や身近な方々への何よりの餞別となります。
 これまでいろいろと話して来ましたように、スピリチュアリズムの霊界通信をまとめれば、間違いなく、私たちには死んだ先にも生活があるということを教えてくれています。 生活だけではなく、他が為に生きるという、神の子としての使命も与えられて、大きな仕事もしなければならないということも教えています。
 でも、そこまで行き着かないで、霊界の入り口で迷ってしまう人たちが結構多いのです。 私も何度か浄霊の現場に立ち会ったり、憑依されて精神病になっている患者さんの家族から頼まれて霊能者に取り次いだりしたことがありますが、とにかく霊界で迷っている人を説得するのは大変なことです。
 まず、霊とコミュニケーションができる霊能者の存在が必要です。でも、山村幸夫さんみたいに、どんな凶悪な邪霊や悪霊が暴れていたとしても、口笛吹きながら現場まで車を飛ばして行って、簡単に浄霊してしまうような豪の者はそんなにおられません。特に心優しい女性霊能者では、実際には化け物みたいな霊が観えたりすることもあるのですから、 やはりびっくりして腰が引けるのではないでしょうか。
 だったら、生きているうちに浄霊してしまうのが早道です。ほとんどの地縛霊が、無知なるが故に地上圏で迷っているのですから、生きているうちに正しい霊的な知識を得てもらえば地縛霊になる確率も格段に下がります。いちばん簡単で確実な浄霊の方法ではないでしょうか…。
 ということで、もしもあなたが、本書で初めて霊的な知識を得られたのであれば、いま一人の浄霊が完成したことになります。もうあなたが迷って地縛霊となることはないからです。
 そして、今度はあなたが次の人へと、正しい知識を伝えて下されば、またそこでも浄霊が完成したことになります。霊界の迷い人になるかも知れなかった人を事前に救ったということになりますから…。くれぐれもお節介にならないよう気を付けながら、霊能者に頼らなくてもすむ浄霊の輪を口コミでどんどん拡げてまいりましょう。
 このように、まだ地上生活中の元気なうちに浄霊をするのです。浄霊すること、即ち、 霊的な真理を覚り、そして心の中にある、怒りや恨みや妬み、嫉みなどの地獄思想を抹消し、天界意識にしてしまえば、その後の生き方も死後の旅路も非常に楽しく軽やかなものになるとは思いませんか?
 素直に聞いて下さる方も少ないことではありますが、それでも、「この人は聞いてくださりそうだな」と思ったら、勇気を出して発信してみてください。
 それと、この霊的な旅路のなかでは、自分だけが幸せになろうなんて考えは認められません。元陸軍士官が地獄から這い上がる時に、「一人でもいいから誰かを連れて来なさい」 と諭されました。このように、共にみんなで協力しあいながら、霊的な成長を遂げて行くのが神の用意した摂理なのです。
 小さな行為でもけっこうです。身近な人に正しい意味での引導をわたしてあげ、浄霊をしてあげてください。
 最後に、この地上だけでなく、死後の旅路でも共通する大事な心得を簡単にまとめますと、

 ・正しい真理や霊的な知識を得ること。
 ・その学んだことを日々の生活のなかで実践すること。
 ・自分だけが幸せになろうとする利己主義を棄てて、周りの人と共に歩み成長すること。

 このように理解しておけばまず大丈夫です。

あとがき

 如何でしたか、最後まで怖がらずに読めましたか?  あるいは何度か本を置きながら、 ようやくここまで読み終えたのでしょうか?
 それくらい、この「死後の世界」という話題は重苦しいものですが、それでも死んだ先の世界を知ってしまったら恐怖心も和らいだのではないでしょうか。贅沢を申しますならば、筆者としては、死んだ先のことが楽しみと思えるほどになっていただけたのなら最高の喜びなのですが…。
 山村幸夫さんが教えた祈りの言葉の中に、
 「私自身が神と約束してきた人生を正しく全うできますように、どうぞお導きください」
 という一文があります。この地上に生まれ出る前に、今回の人生プログラムの立案に自らも参加し、そしてその脚本通りに歩むことを神と約束してきたというのです。
 私の人生脚本の中には、スピリチュアリズムの普及活動という使命も書き込まれていたのでしょうか。この六十六歳という段階で我が人生を振り返ると、確かにそうであろうと思います。
 幼少時の大病から虚弱児になってしまい、常に死を意識しながら生かされていたことも、 私に死後の世界を学ばせるための布石だったのでしょう。
 どうやら、この布石ということでは、多くの先人たちも同様の経験をされておられるようです。山村さんの最初の霊的な師である高橋信次先生も、幼少時に何度となく死に掛けて、その度に幽体離脱をして自分の肉体を上から眺めておられたそうです。
 布石の後では、やはり脚本通りに生きるために、必要な環境へと行かされ、そこでまた使命を果たすための人材と逢わされていきます。もちろん私の場合、クライマックスに向けての出来事は山村幸夫さんとの出会いでありました。そして、彼の本を編集、出版したことから、ついには自分でもこのような本を書く仕儀となってしまいました。まことに人生とは奇しきなるものでございます。
 そうした私自身の、これまでのスピリチュアリズムとの出会いやその後の経過を今にして考えますと、やはり自分の目的に向かって運ばれて来たような感があります。それも、 私自らが志願し、行動に移してきた結果、今があるのですから、やっぱり私自身が神と約束してきたことなのでしょう。
 わけても、小桜神社には深い縁を感じますので、思い出話で書き綴ってみます。

 本書の中でもたくさん引用させて頂きました『霊界通信・小桜姫物語』の小桜神社とは、 今から思えば若い時から不思議な縁がありました。とは言っても、当初はそこが小桜神社とも知らず、ましてやスピリチュアリズムに出会う前でしたから、日本の心霊研究のうえで貴重な存在であることなど露ほども知らないで通っておりました。
 「私は二十七歳からずっと電気機器製造という分野で自営業でした。皆さんは私のことを出版関係の人とよく勘違いなさるのですが、ほんとはささやかな電気屋さんなのです。
 そして、鹿児島・出水の八代海 (別名・不知火海) の海岸で生まれ育ったものですから、 関東に来てからも休日になると海が見たくなって、よく海釣りに行っていました。
 横浜から近いのはやはり三浦半島です。それもまた、富士山を遠くに眺める西海岸の風景が好きでした。最初は江ノ島から始まって、葉山海岸、秋谷海岸、荒崎海岸、油壺湾、 諸磯海岸、そして最南端の城ヶ島と、次第に釣り場が南下して行きました。
 それらの磯場の中で、いちばん通ったのが諸磯海岸です。朝早く、日の出の前に磯に出られるようにと横浜から車を飛ばします。そして、三浦市の浜諸磯に一時間ほどで着くと、 車を停めて磯場へと向かいます。その途中の、海岸沿いの細い道の上に、さして大きくもない神社がありました。それが諸磯神明社の本殿だったのです。
 そうですね、三年程はそれが自分にとって大事な神社であるのにも気付かず、ただ神社の脇を通り過ぎていただけでした。
 そして三十五歳を過ぎた頃に『シルバー・バーチの霊訓』との出会いがあり、それからはスピリチュアリズム関係の本に没頭したのですが、それらの中の一冊に『小桜姫物語』 があったのです。そこから小桜神社の存在を知り、いつも通り過ぎていた神社であることに気付いてびっくりしました。
 それ以来、小桜姫に敬愛の情を込めて、ずうっと通い続けているようなわけです。神明社本殿に向かって左側の、奥まった所にある社が小桜神社 (境内の案内図では若宮神社) です。もう一つの小さな社  (稲荷社) と二つ仲良く並んでいます。

 若宮神社 (小桜姫) の由来について『小桜姫物語』から簡単にまとめてみます。
 小桜姫は鎌倉の生まれで、父親は鎌倉幕府の重臣だった大江広信です。その一人娘として育った小桜姫は、別名を若宮と呼ばれていたことから若宮神社と呼ばれています。
 小桜姫が二十歳の春に、三浦新井城主であった三浦導寸の嫡男三浦荒次郎義光と結婚し、三浦の新井城で住むようになりました。
  嫁いで十年余りは幸せな日々だったのですが、北条早雲の三浦攻めに遭い、新井城での籠城三年間のすえ、あえなく三浦軍は滅ぼされてしまいました。
 小桜姫は戦の前に城から逃れ、浜諸磯に仮屋を設けて身を隠していたのですが、、永正十三年(一五一六年)対岸の城が焼け落ちるのを見て、夫との別れを知らされました。
 城跡である油壺に三浦一族の墓 (現在の油壺マリンパークの正門の近くに現存) が建てられましたが、小桜姫は毎日欠かさず、浜諸磯からそこまで墓参りに訪れたのです。
 再婚もせず夫に操を捧げる小桜姫の姿を見た村の人たちは、彼女を「女の鑑」として敬い慕いました。
 夫との死別で気落ちした小桜姫の身体は次第に衰えはじめ、毎日の墓参も叶わぬようになって、落城から一年後に三十四歳の若さでこの世から去ったのです。
 その後、小桜姫を「女性の鑑」として尊崇する村人たちが、姫のお墓に願いごとをするようになりました。
 それから二百年ほど後のことです。江戸時代の中期、伊豆から関東にかけて、かつてないほどの暴風雨が伊豆半島から房総半島を襲いました。
 三浦半島も大災害の危機に見舞われたのですが、その時、日頃から小桜姫のお墓にお参りしていた諸磯の一人の女性が、「小桜姫様にお願いすれば三浦の地を救ってもらえる」 と思いたち、姫の墓前で、吹きすさぶ嵐の中、一心不乱にお祈りをしたのです。
 すると俄かに嵐はおさまり、三浦半島は大きな被害も無く助かったのでした。当日、伊豆半島と房総半島は壊滅的な被害をこうむったと言われています。
 そしてその夜、一心不乱に祈願をした女性の夢枕に小桜姫が立たれたのです。
 そのことが村人たちにも伝わり、「小桜姫様は三浦の土地の守り神様だ」という噂になりました。そのことから感謝を込めてお社を造ることになったのです。
 そして浜諸磯が姫ゆかりの地として選ばれ、そこに若宮神社が建立されました。
 
 このようないきさつは『小桜姫物語』の中にすべて述べられておりますが、それでもやはり、本の中だけよりも、現実に自分がこの眼で見て、手で触れられて、その神前で実際に小桜姫に語りかけられるということは幸せなことです。
 あれは、山村さんの最初の本『神からのギフト』の自費出版が始まった頃でした。私は神前で小桜姫に祈願しました。
 「これから私も及ばずながら、スピリチュアリズムの普及にこの身を捧げます。どうぞ見守っていてください…」と。
 どうやら、その願いは聞き届けて頂けたようです。今ではこんなに大勢の方に山村さんの本を読んでもらっているのですから…。
 その後、大した釣果の記録もないままに磯釣りの趣味は終わりましたが、それでも小桜神社にだけは時折訪ねて、社の周りの清掃をさせてもらったり、神前でお話をさせてもらったりしています。
 参拝後には、裏手の磯まで行き、三浦の景観を楽しみます。神社の裏は小高い丘になっており、ちょうどその丘を右から迂回する形で磯に出るのですが、浜には小さいながらも白亜の灯台があり、その右手には小桜姫の住んでいた三浦城の跡地、今は油壺マリンパークとなっている小高い丘が海越しに眺められます。左手は城ヶ島や大島、そして前方には相模灘を隔てて富士山や伊豆半島を望める、まことに眺望絶景なる磯海岸です。ここには芝生も生えていて、そこでの昼寝などは極楽の極みです。
 この三浦の海岸の眺めは、岩場の様子や遠くの風景、波の大きさやトンビやカモメの鳴き声など、私の生まれ育った不知火海とはまったく違う景色なのに、何とも心の落ち着く眺めなのです。もしかしたら、私にとっても、三浦の西海岸は、いつかの世に慣れ親しんだことのある土地なのでしょうか? そんな想いさえ浮かんで、ちょうど久しぶりに生まれ故郷に帰った時のような安心感を抱いてしまうのです。
 ところで、浅野和三郎先生たちが小桜神社の位置を確認なさったのは昭和五年とのことです。ですから、その当時は現在の地に社があったことになります。
 ただ『小桜姫物語』に記されている、神社創建の時の様子がたいそう大掛かりな感じなのに比べて、現実の社があまりにもこぢんまりとしているものですから、その点が私にはどうも合点がいかなかったのです。同書には次のように書かれております。

 「現界の方では、どんな所にお宮を建てているのでございますか」
 「あそこは何と呼ぶか…、つまり籠城中にそなたが隠れていた海岸の森陰じゃ。今でも里人たちは、遠い昔の事をよく憶えていて、わざとあの地点を選ぶことに致したらしい」
 「では油壺のすぐ南側に当る、高い崖のある所でございましょう、大木のこんもりと茂った…」
 「その通りじゃ。が、そんなことはこのワシに訊くまでもなく、自分で覗いて見たらよいであろう。現界の方はそなたの方が本職じゃ」
 お爺さんはそんなことを言って、真面目に取り合ってくださいませんので、やむを得ずちょっと統一して、のぞいて見ると、果たしてお宮の所在地は、私の昔の隠れ家のあった所で、辺りの模様はさしてその時分と変わっていないようでした。普請はもう八分通りも進行しており、大工やら、屋根職やらがいずれも忙しそうに立ち働いているのが見えました。
 「お爺さま、やはり昔の隠れ家のあった所でございます。たいそう立派なお宮で、私には勿体ないことでございます」

 この記述と比べて、現在のお社は屋根職が上れるような大きさではありませんし、たいそう立派なお宮でもありません。その辺りの疑問から、平成十年頃、当時の氏子総代だった出口翁にお訊ねしましたところ、その昔、それまでの位置から現在の神明社の本殿左脇に小桜神社を移したということを教えてくれました。
 それまでは、浜諸磯の海岸に下りていく道の右側、今は創価学会の施設がある場所に元の小桜神社があったのだそうです。三浦城を諸磯湾越しに望める、海岸の絶壁の上ですから、姫が籠城した夫たちの様子を窺うためにも、そこは絶好の隠れ家の位置ということになります。
 移された理由については古老も知らないことでしたが、いずれにしても、神社が移設されたという古老の話が真実であれば、本文中の記述と現状との相違点も納得がいきます。
 そして、今は道を隔てていますが、学会の施設の前に「姥ヶ谷 (うばがやつ) 」と呼ばれている、土地の人たちも触ってはならないという言い伝えのある一帯があります。この地と、学会の施設のある地とを併せた土地が、かつての隠れ家の跡であり、またその後に姫が仮住まいとされた屋敷のあった場所ではないかと推察されます。
 ただ、この姥ヶ谷の近くに「小桜姫産湯の井戸」と伝わる場所もありますが、これだけは姫が鎌倉の生まれということからして有り得ない話です。
 また神社移設の時期については、三浦一族の小桜姫研究資料の中にある『新編相模国風土記稿』に、徳川時代の後期、文化 (一八〇四~) 、安政 (一八一八~) の頃、既に現在の地に若宮神社が記載されていることから、移設はそれ以前であることが分かりました。 また、、研究資料では、神社創建の時期を元禄年間と推察しておられます。

 今でもなお、多くの姫を慕う方々がこの諸磯の地を訪ね、神前で祈りを捧げておられることは、社前に供えられる花束のいつも新鮮なことを見るだけでも分かります。でも、時には幸福の科学の信者たちが幟を立てながら大勢で参詣したり、観光バスでの参詣があったりと、昨今はなかなかに騒々しい感もありまして、いささか複雑な心境です。願わくば、 小桜姫の伝えた霊的な真理に添って、ご利益信心や教祖信仰、他力本願に染まらない純粋な信仰心で神前に立って頂きたいものです。
 このような騒々しさも災いしているのでしょうか、最近の土地の人たちの小桜神社参詣に対する心象は決して好ましいものとは思えません。また、残念ながら今では、地元の方々のすべてが小桜姫のことを信じているわけでもありません。なかには、「小桜姫は実在しなかった」とおっしゃる方もおられます。
 姫が実在しなかったという説の根拠は、三浦家の系図に小桜姫の名前が記されていないということですが、それに対しては、「その当時のしきたりで、お子様に恵まれず、早く世を去られました小桜姫は、三浦家の系図に記入されておりませんでした」という、三浦直系四十一代、三浦一族会長の岩間尹氏の証言があります。
 岩間氏は、昭和三十五年頃から十年間、枕辺に美しい婦人の訪問を受け続けたことから、 その人が霊界通信の中の小桜姫ではないかと思い立ち、色々と史実的に調査をされました。 その結果、霊界通信と史実に多くの一致点を発見し、三浦一族の研究として「確かに小桜姫は、三浦荒次郎の奥方として実在していた」という調査結果を出したのです。
 そして、昭和四十四年、諸磯神明社の若宮に、
 三浦都比花開美女命(ミウラツコノハナサクヤヒメノミコト)
 というオクリナをされたということです。
 小桜姫としても、自分が実在していなかったということになれば、それこそ多慶夫人を経由した霊界通信のすべてが否定されてしまうわけですから、そこは必死で三浦家の子孫の方に訴え続けたのでしょうね。
 とは言え、そんな現地の実状のなかでも、土地の人たちにご迷惑をかけては申し訳ないことですから、参拝者の心得を少しまとめてみます。
 まずは供物の持ち帰りです。神社という所は、墓所とは違いますから特に清浄なることが第一です。それに、神域に達した小桜姫が、お酒や食べ物を摂るはずもありません。口紅等の化粧品を好むはずもありません。それくらいは心霊を学んだ方なら理解できることでしょう。供物を捧げましたら、お帰りの時には必ずお持ち帰りください。
 また、村の古老に伺ったところでは、残念ながら、賽銭泥棒が多くて困惑しているとのことでした。姫の社の賽銭箱がいかにも小さいので、そのような不心得者が現れるのでしょうが、ここは皆さまの真心だけを姫にお届けして、お賽銭の方は本殿の大きな賽銭箱にお預けするのがよろしいかと思います。
 それと、神社に参拝用の駐車場はありません。ゆっくりと参拝し、裏の磯までも散策したいのでしたら、有料ですが、近くの青少年施設の中に駐車場がありますので、そちらを利用なさって下さい。
 私自身の今回の生涯のなかで、身近に神様の存在を感じた出来事の一節として、小桜姫との何かしら不思議な縁というものをお話ししてみました。
 ちなみに、私としては、『小桜姫物語』の中でいちばん親近感を抱く人物は、姫の身の回りの世話を焼く「数馬の爺や」です。本書には登場しませんでしたが、全文を読むことがありましたらどうぞ思い出してみてください。

 さて、本書の地獄編に登場してもらいました元陸軍士官殿は、果たしてどの辺りまで降りて行って仲間の救済に当ったのでしょうか。その後の報告はありませんので分かりませんが、でも彼が以前にどん底まで堕ちたということは、それだけ経験で学んだ智慧があるということですから、相当な働きをしたことと推察できます。また、そういう場合には、一緒に活動してくれる高位の天使たちの援助もあったはずですから、彼の資質に適した救済の場面が用意されたことでしょう。
 ところで皆さんは、この元陸軍士官の体験談を読んで、「なんて愚かな人…」と思われたのではないでしょうか。それが私には、どうしても他人事とは思えなかったのです。もちろん、今現在の自分事とは思いませんが、遠い昔には私も、こんなにひどい事まではしなかったとしても、でもそれに近いような、愚かな人生を過ごして、そして暗黒界を散々経験させられたこともあったのではないかと思うからです。その意味で言えば、元陸軍士官の姿は、遠い昔の、かつての私自身の姿でもあるのです。
 反面、神界から降りて来て、暗黒界まで落ちている霊魂の救済をしたり、地上人類の指導に当ったりしておられる天使や高級霊たちは、遥かなる未来の、私たちの姿でもあります。いつかは私たちも「神界」に到達して、光り輝く存在となるのです。
 このような観点から私たちの霊的な成長の旅路を眺めてみたら、例え今は暗黒界で呻吟(しんぎん)しているような極悪人でも蔑(さげす)むことはできません。
 また遥かに先を歩まれる高級霊たちを、「私とは別格の神様」と特別視することもありません。それぞれの成長段階を経て、いずれは私も皆さんも、高位の光の存在となるのですから…。
 それまでにはまだまだ遥かに遠い旅路を要します。まさに「旅路はるかなり」ですが、少しでも早く到達できますように、お互いがんばってまいりましょう。
 本書は、その永遠なる魂の旅路が、私とご縁のあった方だけでなく、すべての方々にとりましても、迷いのない順調な道筋でありますようにとの想いをこめながら、微力ながらも編集と著作を重ねたものです。未熟故の至らぬ点、御高評を仰げましたら幸いです。
 最後に、本書の表紙デザインと装丁にご協力頂きました浜田正観氏に心より感謝申し上げます。
 また、本書の内容も多くの心霊研究の文献から引用させていただいた結果、ここまで仕上げることが叶いました。それぞれの真理探究の先達方へ、満腔の謝意を捧げます。
 とりわけ、浅野和三郎先生の娘さまの秋山美智子様、ならびにお孫さんの浅野修一様には、引用の件を快くご了解頂いたうえに、色々と往時の文献資料まで拝見させて頂き、感謝に堪えません。いずれ『霊界通信・小桜姫物語』を含めた、浅野和三郎先生の文献、書籍等を現代文に訳することで、現代の若い人たちに、先生の業績と小桜姫のことを紹介できたらと切望しています。

すべての生命ある存在が神の愛と平安で充たされますように

二〇一〇年四月吉日 黒木昭征 識

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